〈閑話13〉縦島くんのお見舞い ——Another Dimension Y——
ここはパラレルワールドな放課後。
病院には、妙に静かな空気が流れていた。
ベッドの上には、白いシーツに包まれた一人の男子生徒。
騎士部の問題児にして煩悩の権化――縦島である。
彼は額にうっすら汗を浮かべ、苦しげにうなされていた。
「だ、大胸筋が……。大胸筋が……せ、迫って来る! や、やめろ……やめてくれ! ピトってしないで……。ムニって押し付けないで……」
ベッドの脇で、その様子を見下ろしていた瑠衣が、静かに言った。
「……これは酷い」
「何かとんでもないトラウマを植え付けられたみたいね」
遥が引きつった笑みを浮かべる。
「もう三日も意識が戻らないと聞いている」
瑠衣が淡々と続けた。
「縦島君……、いったい君に何が……?」
郁佳が呆れ半分、同情半分で眉を寄せる。
「すっごい辛そうね」
「うん……」
短いやり取りのあと、瑠衣がふいに顔を上げた。
「……ふみちゃん、私に考えがある」
「え?」
驚く郁佳。
「もしかしたら正気に戻させることができるかもしれない」
淡々と返す瑠衣に今度は遥が尋ねる。
「? 瑠衣の柳流古武術に何か特別な活法でもあるの?」
「……特別な活法であることは間違いない。ただし今回は検証」
「検証?」
遥が首を傾げる。
瑠衣は真顔のまま、ベッドの上の縦島を見た。
「前回は、ふみちゃんを用いた」
「前回って何!? 用いたってなに!?」
「だから今回は、比較対象を変える必要がある」
郁佳がじり、と一歩後ずさる。
「いや待って。待って瑠衣。僕、なんか嫌な予感しかしないんだけど」
その時だった。
「縦島くんの病室はここかしらー?」
保健室の引き戸が開き、結女がひょこっと顔を出した。
相変わらずのふわふわ笑顔である。状況をまったく知らない無垢な顔をしているが、この顔を信用してはいけないと遥は最近学びつつあった。
「そう、結女ちゃんを呼んだ」
「もっと嫌な予感しかしないんだけど?」
郁佳が青ざめる。
「うん。検証、ふみちゃんと結女ちゃんを入れ替えた場合」
「ぶふっ」
遥が吹き出した。
「待って待って待って!? 何そのタイトルみたいなやつ! あとそれ絶対ろくでもないやつだよね!?」
「? いったいどうしたのー?」
結女は不思議そうに瑠衣を見る。
瑠衣は、真面目に説明した。
「縦島君は、接触刺激によって意識を取り戻すことが判明している。そして前回はふみちゃんを使用した。ならば結女ちゃんに置き換えた場合、同等以上の効果が出る可能性がある」
沈黙。
郁佳が言った。
「いや、だから“使用”って何!?」
遥が言った。
「人を実験器具みたいに言わないでもらえる!?」
郁佳は突っ込む。
結女は不思議そうな顔のまま、ニコニコとしている。
そして、いつも通りの柔らかい声で言った。
「なんだかよくわからないけど、わたし、何をしたらいいのー?」
瑠衣が頷く。
「縦島君の頭の横に立って目を瞑ってほしい」
遥はごくりと息を呑んだ。
郁佳は心の中で縦島の冥福を祈った。まだ死んではいないが。
「? よくわからないけど、検証は大事だものねー?」
結女はふわりとベッドの横へ移動する。
その仕草はいつものように優雅で、何も知らない人が見れば天使のようだった。
「るいちゃん、これでいいのー?」
「大丈夫。始める」
遥が小声で呟く。
「ごくり……」
衣擦れの音。
そして、ぷに、と。
「ぶふぉっ!」
遥が盛大に吹く。
結女の目が開く。
状況の確認。
次の瞬間だった。
ベッドの上の縦島が、びくんと跳ねた。
「ん、んんっ……!?」
薄く開いた瞼。
呼吸が荒くなる。脈拍、上昇。顔、真っ赤。効果は覿面だった。
「おおっ! 起きる! 起きるかも!」
遥が身を乗り出した、その時。極寒の冷気が吹き荒れた気がした。遥の首がぐぐぐっと結女の方を見る。
結女が、瑠衣の方を向いた。
「るいちゃん?」
にこにこ。
「……なに?」
「これー、わたしに説明なしでやらせたのー?」
にこにこにこ。
「うん。比較実験だから」
瑠衣が冷静に結論を出した。
「……成功。結女ちゃんの方が効果が高い」
「ふぅん……」
にっこり。
結女は笑っていた。
だが、その笑顔がいつもよりほんの少しだけ深い。
遥は察した。あ、これ、やばいやつだ。
そして結女は、ゆっくりと瑠衣へ向き直った。
「じゃあ次はー、るいちゃんも検証してみよっかー?」
瑠衣が初めて、明らかに動揺した。
「……?」
一歩下がる。
「……結女ちゃん、それは不要」
「でもー、比較対象は多い方が正確じゃないー? あ、でも起きかかってるわねー」
結女が縦島の胸の辺りにふわりと手を置いた。
どぅんっ!!
ベッドが揺れた。
「かはっ!」
起きかけた縦島がもう一度昇天する。
「まさか、今の技は」
結女の絶技に目を見張る瑠衣。
「るいちゃん?」
にっこり。
「……うおっふ」
青ざめた。
結女が笑顔で覗き込む。
「るいちゃん?」
「……はい」
「あとで超ウルトラメガ盛りテラマックス級のパフェ、奢ってくれるよねー?」
「…………はい」
瑠衣は青ざめたまま、かすかに震えていた。
郁佳が小さく肩をすくめる。
「まあ……自業自得かな」
「うん、完全に自業自得ね」
遥は笑いを堪えきれず、ベッドの端に突っ伏した。
その横で、縦島から呻くような声がもれる。
「う、うーん……」
なんで死んだ婆ちゃんが手を振ってるんだ? そんな寝言が聞こえてくる。
「そうか、俺は死んだのか」
「死んでないわよー」
「……はっ! こ、ここは!? い、生きてる!! よ、よかった……いやよくない!? な、なんで結女さんが俺の目の前に!?」
「おはよー」
「え、えっと……俺、助かったんですか?」
「うん、たぶん」
「たぶん!?」
「でも代わりに、るいちゃんのお財布が死んだわねー」
「うおっふ……」
瑠衣が二回目の変な悲鳴を漏らした。
保健室の窓の外では、夕焼けが静かに赤く滲んでいた。
そしてその日の帰り、瑠衣が震える手で巨大パフェ代を支払う姿が目撃されたという。
別の世界線笑笑
YはYumeのY、分岐のYです笑
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