〈閑話10〉縦島くんのお見舞い
彼はうなされていた。眉間には皺がより、布団の端を苦しげに握りしめる。意識は未だ戻っていない。病院のベッドから辛そうな唸り声が薄く空気を震わせる。
その彼、縦島の顔は苦悶に歪み、額には汗を浮かべながら、うわごとのように呪詛を吐く。
「だ、大胸筋が……」
唇がかすかに動く。
「大胸筋が……せ、迫って来る……やめろ……やめてくれ……ぴとってしないで……むにってしないで……」
病室に、沈黙が落ちた。
瑠衣は腕を組み、ベッドを見下ろした。
「……これは酷い」
「何かとんでもないトラウマを植え付けられたみたいね」と遥が眉を寄せる。
「もう三日も意識が戻らないと聞いている」
郁佳は枕元にそっと歩み寄り、苦しそうな顔の縦島をじっと見つめた。
「縦島君……。いったい君に何が……?」
「すっごい辛そうね」
「うん……」
しばらく、モニターの電子音だけが鳴っていた。
「……ふみちゃん」
瑠衣が口を開いた。
「私に考えがある。もしかしたら正気に戻させることができるかもしれない」
「え?」郁佳が振り返る。「瑠衣の柳流古武術に何か特別な活法でもあるの?」
「……特別な活法であることは間違いない」瑠衣は一拍置いた。「ただ、私一人では不可能。ふみちゃん、縦島くんの頭の横に立って、目を瞑ってほしい」
「へ?」
「瑠衣ってもしかして気功的な技か何かできるの?」と遥。
「よく似たもの。協力してほしい」
郁佳はしばらく瑠衣の目を見ていたが、やがて小さくうなずいた。
「……わかった」
二、三歩、歩く。ベッドの頭側に立ち、目を閉じた。
「これでいいかい?」
「大丈夫。始める」
遥が固唾を飲んだ。
衣擦れの音。
次の瞬間、
*ぷに。*
「ぶふぅっ!」
遥が盛大に吹き出すのと、郁佳の叫び声が重なった。
「っきゃ! っきゃあ!! ちょっ、胸! 胸ぇっ!」
「そう、ぱいタッチ」
瑠衣は何でもないように言った。
「えっちな縦島くんなら、目が覚めるかもしれないと思った」
「じ、自分のでやりなよ! なんで僕の……ちょっ! 揉まないで! 無意識なのに揉まないでよ!」
「瑠衣とはるちゃんではおそらくサイズが足りない」
「ぐふぁっ!」
遥にも流れ弾が命中した。
「遥にまで流れ弾が!?」
そのとき。
「ん……うんん……」
縦島の瞼がかすかに動いた。
「ここは……?」
かすれた声。ゆっくりと、目が開く。
「今……なにか素敵な感触が……?」
「た、縦島君っ!」
郁佳の声がひっくり返った。
「目が、目が覚めたの!? 看護師さんを呼んでこないと!」
ばたばたと足音が遠ざかる。
残された瑠衣が、静かな病室でぽつりとつぶやいた。
「ふーみん縦島カップル説は、あながち間違いではないかもしれない」
「あ、あははははー」
遥の乾いた笑いが、白い天井に溶けた。
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