〈閑話9〉よしお、勝負に出る。
クリスマスソングが商店街に流れる季節。よしおは体育館裏でもなく屋上でもなく、昇降口のすぐそばで結女を待ち構えていた。場所の選択からして、すでに彼の限界が窺えた。
永遠に思える十数分が過ぎた頃、ふわりと長い髪がその視界に入った。血液が圧力を持って視界を急激に狭くする。自らの心臓の音で、自分の声すらまともに聞こえない。
「結女さん!」
声がひっくり返った。
「あら、なにかしらー?」
結女はいつも通りだった。ゆったりとした笑顔で、世界のすべてを余裕の内側に収めているような、あの顔。よしおにとっては凶器に等しい。
昨日の晩、ひとり練習し、必死に用意していた言葉を言おうとするが、うまく口が回らない。
「そ、その……これ!」
いっぱいいっぱいになったよしおが、勢いよく差し出したのは一通の封筒だった。結女は首を傾けながら受け取り、中を見た。
「なーに? これー?」
一瞬の沈黙。
「こここ、今度の椎茸林檎とABOのクリスマス限定合同ライブのチケットを、た、たまたま、てて、手に入れたんだ! いいい、一緒に行かないか? いや、行ってください!」
語尾が疑問から懇願に変わったことには、よしお本人も気づいていなかった。
結女はチケットを眺め、小さく目を細めた。
「……え? これってかなり高かったはずよね? たまたまで手に入るものじゃないわよー? どうしたの?」
「た、たまたま手に入れ……」
「られるものじゃないわよねー?」
穏やかな声だった。責めているわけでも試しているわけでもなく、ただ事実を確認しているだけのような。それがかえって、よしおの防衛本能を根こそぎにした。
「すみません! 嘘吐きました! めっちゃくちゃバイトしました! ごめんなさい!」
直角に頭が下がった。
結女は小さく息をついた。
「そう……。でも、ごめんなさい。私、その日はどうしても外せない用事があるのよー」
静寂。
「うえーい……。そう、なんだ……」
よしおはゆっくりと顔を上げた。必死に笑顔を作り、傷ついた顔をなんとか誤魔化そうとしていた。していたが、隠し切れるわけもなく、ただ、それよりも自分を責める色の方が濃かった。
「あ、いや、こっちこそごめん。結女さんの予定も聞かずに勝手に……」
「ううん、こっちこそごめんねー。せっかく用意してくれたのに」
結女は封筒をよしおの手に戻しながら、少し間を置いた。
「だから……今から一緒にカラオケに行きましょー」
「え?」
「好きなのよねー」
「え?」
「カラオケ❤」
くすくすと笑いながら、結女はもう歩き出していた。
「ほらー、行くわよー」
「あ、ちょっ、え? う、うえ――い!! ま、待ってくれ」
よしおは慌てて後を追いながら、自分が今どういう顔をしているのか、まったくわかっていなかった。
「ま、あと一万八千キロってところかしらー♪」
「なんの話なんだそれ?」
「さぁてー。何の話かしら♪」
鼻歌が混じり始める。
「歌いまくるわよー♪ もっさいもっさいもっさいわー♪ あなたが思うよりもっさいでーす♪」
冬の街に、二人分の足音が重なった。外気にあたり、一度冷えたチケットは、よしおのポケットの中で行き場をなくし、それでも温かかった。
甘酸っぱい感じが出てたらいいなー。
閑話2を見てくれると伏線回収になってます٩(^‿^)۶
面白いと思ってくれたそこのあなた!
ブクマと評価を忘れずに!٩(^‿^)۶




