最終決戦4
『試合終了!』
審判の声が、スタジアム全体に響き渡った。
『波理日高校、松栖流高校、両総大将のリタイアを確認! 瀬戸際・尼剃根栖連合軍の勝利です!』
一瞬。
戦場が、静まり返った。
それから、爆発したような歓声が上がる。
「勝った……?」
郁佳が、剣を下ろしながら呟いた。
まだ実感が追いついていない。
あまりにもギリギリだった。
重音が落ちた。
よしおが落ちた。
吉津と鳴葉が落ちた。
潔谷が落ちた。
それでも、最後の一撃は届いた。
波理日校長は、赤いローションにまみれたまま倒れている。
魔王エカテリーナ。
その名で恐れられた最強の一角が、ついに落ちた。
「勝ったわよ!」
遥が、バスターソードを高く掲げた。
「大勝利――!!」
その声を合図に、瀬戸際高校の選手たちが一斉に叫ぶ。
尼剃根栖高校の残存部隊も、ローションまみれの仲間を抱えながら雄叫びを上げる。
中央でまだ武器を構えていた松栖流の選手たちは、悔しそうに息を吐き、ゆっくりと武器を下ろした。
もう戦う意味はない。
総大将は落ちた。
勝敗は決した。
「やったわねー」
結女は、いつものように柔らかく笑った。
その手には、もう槍がない。
最後に投げたからである。
総大将が最終盤で武器を投げる。
普通に考えれば無茶。
だが、勝った。
勝ったのなら、問題ない。
「問題しかない気もするけどね」
郁佳がぼそりと言う。
「勝ったからいいのよー」
「それで済ませるんだ……」
瑠衣は、静かに双剣を下ろした。
「勝利」
表情はほとんど変わらない。
けれど、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。
その近くで、よしおがローションまみれのまま親指を立てようとしていた。
だが、滑った。
「……決まらねぇ」
「よしお君」
結女が近づく。
よしおは顔を上げた。
「結女さん……勝った?」
「ええ。勝ったわー」
「そっか……俺様、ちょっとは役に立ったっしょ?」
「ええ」
結女は、少しだけ真面目な声で言った。
「とても、かっこよかったわ」
「……それ、録音してぇ……」
よしおは満足そうに目を閉じた。
死んではいない。
もちろんリタイアしただけである。
ただし、絵面としては完全に燃え尽きていた。
少し離れた場所では、重音和音が係員に助け起こされていた。
防御の上から叩き潰された衝撃は大きかったらしく、まだ肩を押さえている。
それでも、意識ははっきりしていた。
「ふっ……見事だったぞ、小娘たち」
「先輩、大丈夫ですか?」
郁佳が声をかける。
和音はローションまみれの顔で、無駄に爽やかに笑った。
「心配はいらない。魔王は一度倒れてこそ、次に蘇る時の格が上がるものだからな」
「普通に休んでください」
「はい」
魔王系元部長は、普通に怒られて普通に返事をした。
さらに向こうでは、潔谷が仰向けに倒れたまま、空を見上げている。
「……十秒、稼いだわよ」
「助かったわー、潔谷君」
結女が声をかけると、潔谷は片手をひらひらと上げた。
「勘違いしないで。あんたのためじゃないわ」
「またオネェに戻ってる」
遥がぼそっと言う。
「戻ってないわよ!」
「戻ってるよ」
「戻ってる」
「戻ってるわねー」
四人から同時に言われ、潔谷はローションまみれのまま沈黙した。
「……勝ったから、もういいわ」
潔谷は諦めた。
かなり疲れていた。
◇
「試合、終了っ! 試合終了です!!」
実況席で、羽月鋼が絶叫していた。
「学校対抗騎馬戦、初の合従戦は!! 瀬戸際・尼剃根栖連合チームの勝利に終わりました――!!」
羽月の声はすでにかすれていた。
だが、テンションは落ちない。
「最後は牛島遥選手がキメました――!! 歴史に残る名勝負っ! ここに完結です!!」
隣の木戸菜月も、顔を紅潮させていた。
「わ、私、興奮してもう! アレがソレでアレで、なんて言うか、テンション爆上がりです!!」
「木戸さん、実況を! 実況をお願いします!」
「これほどの白熱した試合は、プロリーグでも中々見られない代物です! 素晴らしかったです! 本当に素晴らしかったです!」
「そうですね! 瀬戸際高校、尼剃根栖高校、そして波理日・松栖流高校、全選手に拍手を――」
「あ、すみません」
「はい?」
木戸が、すっと席を立った。
「私は、さっき吹き飛ばされた重音選手の容態が気になるので、お先に失礼します!! では!」
「は? え? いや、木戸さん?」
木戸菜月は、実況席から消えた。
本当に消えた。
「木戸さーん!? 今まだ中継中ですよ!? 木戸さーーん!!」
返事はない。
羽月は数秒だけ固まった。
それから、モニターに映る瑠衣を見た。
勝利後も、瑠衣はいつもの無表情で双剣を下ろしている。
ほぼ無傷。
美しい。
尊い。
羽月の目が、すっと据わった。
「……瑠衣たん」
周囲のスタッフが、一斉に羽月を見た。
「すみません! 私も山ノ井瑠衣選手の無事を確認して――」
「止めろ! 羽月さんも行く気だ!」
「そこのアホ捕まえて!」
「瑠衣たーーん!!」
走り出そうとした羽月鋼は、スタッフ数名に取り押さえられた。
「離してください! これは推しの安否確認という、実況者として当然の責務です!」
「実況者としては席にいてください!」
「瑠衣たん! 瑠衣たーーん!!」
「締めて! せめて中継締めてからにしてください!」
「ええい! 以上! 本日の中継は、実況・羽月鋼と、途中退席・木戸菜月でお送りしました! 皆様、また次の試合でお会いしましょう!! 瑠衣たーーん!!」
最後の一言で、全部台無しだった。
中継としては完全に事故である。
だが、試合はもう終わっていた。
たぶん、ぎりぎりセーフである。
◇
戦場では、ようやく選手たちの回収が始まっていた。
赤いローションまみれの選手たちが、係員に支えられながら次々と運ばれていく。
松栖流高校の筋肉特戦隊も、それぞれ違った意味でひどい状態だった。
大胸金之助は胸筋をぴくつかせながら担架に乗っている。
三角近一郎は一発屋モブ子に刺された場所を押さえ、納得いかない顔をしている。
僧帽欽也は、そっとしておいた方がよさそうだった。
大殿欣二は、ローションまみれのまま瑠衣を見て、悔しそうに、しかしどこか満足そうに笑っていた。
「玉狩り姫……覚えておきなさいなぁ……」
「覚えない」
「ひどいわぁん」
そして、波理日校長。
魔王エカテリーナは、赤いローションにまみれたまま、仰向けに倒れていた。
敗者の姿である。
だが、その顔は笑っていた。
「うふふふふ……」
「な、何笑ってるのよ」
遥が少し引きながら言う。
波理日校長は、ゆっくりと上体を起こした。
係員が駆け寄るが、片手で制する。
「楽しかったわぁ」
その声は、先ほどまでの濃すぎる圧とは少し違っていた。
ひどく疲れていて。
けれど、どこか晴れやかだった。
「久しぶりに、本気で叩き潰しに行って……それで負けたわ」
波理日校長は、遥、郁佳、結女、瑠衣を順番に見た。
「いいチームねぇ。あなたたち」
「……褒められてる?」
郁佳が警戒する。
「褒めてるのよぉ。素直に受け取りなさいな」
「じゃあ、ありがとうございます」
結女が笑う。
「でも、うちの校区は渡さないわよー」
「んふふ❤ 分かってるわよ。負けは負け。今日は、あたしたちの負け」
波理日校長は、そう言って立ち上がろうとした。
だが、ローションで滑った。
つるん。
「んふぅっ!?」
べしゃ。
魔王、二度目の沈没。
スタジアムが、どっと笑いに包まれた。
遥も我慢できずに吹き出した。
「ぷっ……あはははは!」
「笑うんじゃないわよぉん!」
「いや、無理!」
結女も口元を押さえている。
郁佳は顔を背けて肩を震わせている。
瑠衣は無表情のまま、静かに言った。
「魔王、滑落」
「実況しないでちょうだい!」
勝利の熱と、疲労と、笑い。
戦場の空気が、ようやく緩んでいく。
瀬戸際高校は勝った。
尼剃根栖高校も守った。
そして、第三学区は守られた。
結女は、遠くで掲げられる瀬戸際高校の旗を見た。
ボロボロだった。
部隊も、選手も、誰もかも限界だった。
それでも、旗は倒れていない。
「……守れたわねー」
小さく呟く。
その横に、遥が並んだ。
「うん!」
郁佳も並ぶ。
「本当に、ぎりぎりだったけどね」
瑠衣も、静かに隣へ立った。
「でも、勝った」
四人は、しばらく何も言わずに戦場を見ていた。
ひどい試合だった。
熱い試合だった。
バカみたいな試合だった。
そして、きっと忘れられない試合だった。
遥が、もう一度バスターソードを掲げる。
「みんなー! 勝ったわよー!!」
その声に、瀬戸際高校の仲間たちが応えた。
ローションまみれで。
泥まみれで。
疲れ果てて。
それでも、笑いながら。
勝利の歓声が、もう一度スタジアムに響き渡った。
◇
数日後。
瀬戸際高校近くの、いつもの店。
大きなテーブルの上には、パフェ、ケーキ、ドリンク、なぜか誰かが頼んだポテトが並んでいた。
試合後の簡易祝勝会である。
「それじゃあみんな!」
遥がグラスを掲げた。
「本当にお疲れさま! 縦島君と元副部長も無事に復帰できたし、重音先輩もよしお君も、潔谷も、御手洗さんも、吉津ちゃんも鳴葉ちゃんも来てくれたし!」
「一発屋モブ子もいます」
「おー! モブ子ちゃんも来てくれたんだ! ありがとう!」
「ここでも出番が一発だけなのです」
「そんなことないから! たぶん!」
遥は笑って、改めてグラスを掲げる。
「それじゃあみんな! 勝利を祝って!」
「かーんぱーい❤」
「「かんぱー……」」
全員の声が、途中で止まった。
その場にいた全員が、声のした方を見た。
そこにいた。
波理日校長が。
当然のように。
グラスを掲げて。
「って、えぇっ!? 波理日校長!?」
遥が叫んだ。
「あらやだ❤ あたしが乾杯したらまずいかしら?」
「いやいやいや! これ祝勝会も兼ねてるんだけど!」
「だから来たのよぉん❤」
「だからって何!?」
郁佳が額を押さえる。
「というか、敗戦校の総大将が普通に祝勝会に混ざるってどういう神経してるの……」
「筋肉の神経よ❤」
「意味が分からない」
瑠衣が即答した。
波理日校長は、まったく気にしていない。
むしろ楽しそうだった。
「んふふ❤ 気にしなくていいわよーん。試合には負けちゃったけど、今回の試合で筋肉の素晴らしさに目覚めた入信希望者が爆増してるから❤」
「それでいいんだ!?」
「いいのよぉん❤ あたしはもう専業のご神体として、ダーリンのムキオちゃんと教団を大きくしていくことにするわーん❤」
「専業のご神体って何!?」
「ダーリンのムキオちゃんって誰!?」
「情報量が多い」
瑠衣が静かに言った。
そこへ。
ぷるるるる。
波理日校長の端末が鳴った。
「あら?」
波理日校長は、当然のように通話に出る。
「はーい❤ ムキオちゃん? あらぁん、どうしたのぉ? え? 今? 祝勝会よぉ。あたしたちは負けた側? 細かいことは気にしないの❤」
全員が無言で見ていた。
ツッコミが追いつかない時、人は黙る。
「え? 入信希望者がまた? まあ❤ そんなに? ふふふ、やっぱり今回の試合、いい布教になったのねぇん❤」
波理日校長は、うっとりと目を細めた。
「ええ。分かったわ。すぐ戻るわねー。ムキオちゃん、待っててね❤ ちゅっ❤」
通話が切れた。
沈黙。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
「……今の、誰?」
遥がようやく聞く。
「ダーリンのムキオちゃんよ❤」
「それは聞いた!」
「漢女神教団の大事な人よぉん❤ これからは二人で、もっともっと筋肉の素晴らしさを広めていくの❤」
「県内統一は!?」
郁佳が思わず言った。
「あら、それはもういいのよぉ」
「いいの!?」
「だって、あたし気づいちゃったの❤ 学校の校区を取るより、教団そのものを大きくした方が早いって❤」
「危ない方向に進化した!」
遥が頭を抱えた。
結女は、にこにこと笑っている。
「なるほどねー。負けても目的は達成したってことかしらー」
「そういうこと❤ さすが黒姫ちゃん、話が早いわぁん❤」
「褒められてる気がしないわねー」
「褒めてるのよぉ❤」
波理日校長は、グラスを置いた。
「というわけで、みんなごめんあそばせ❤ 入信者がまた門を叩いてるみたいだから、あたしはもう行くわね❤」
「来るのも自由なら帰るのも自由すぎる!」
「あ、そうそう」
波理日校長は、ドアへ向かいかけてから、くるりと振り返った。
「そういうことだから、あたし、波理日校長ことエカテリーナ・ゴンザレス・山田は、もう校長先生をやる必要がなくなったの❤」
「え?」
御手洗由美が、ぴくりと反応した。
波理日校長は、にっこり笑う。
「後釜はお願いね、御手洗せんせ❤」
「……え?」
御手洗由美の目が点になった。
「え、あたし?」
「そうよぉん❤ あなたなら波理日高校の濃さにも耐えられるわ❤」
「耐えられるって何!? でも……え? もしかして」
御手洗由美は、ゆっくりと瀬戸際校長を見る。
「これ、あたし……無職回避?」
瀬戸際校長は、腕を組んで大きく頷いた。
「そのようだな」
「やったわ!」
御手洗由美は、両手を上げた。
「無職回避よぉ! ほーっほっほっほ!」
「おめでとうございます、お姉さま!」
「お姉さま、波理日高校でもついていきます!」
吉津と鳴葉が即座に反応した。
「あなたたちはまず自分の学校に戻りなさい!」
郁佳がツッコむ。
波理日校長は満足そうに笑った。
「それじゃあ、あとはよろしくねーん❤ レッツパーリィー❤」
ドアが開く。
波理日校長は嵐のように現れ、嵐のように去っていった。
しばらく、誰も動かなかった。
「……行っちゃった」
遥がぽつりと言う。
「嵐のように来て、嵐のように去っていったわねー」
結女が笑う。
「しかも台風の目にムキオちゃんがいた」
瑠衣が言った。
「何その嫌な台風」
郁佳が疲れた声で返す。
御手洗由美は、まだ少し呆然としていた。
「え、ほんとにあたし、無職回避なの?」
「おそらくな」
瀬戸際校長が頷く。
「波理日高校も混乱はするだろうが、前校長があれだけ堂々と後釜に指名していった以上、少なくとも交渉の余地はある」
「やったわ……」
御手洗由美は、静かに拳を握った。
「勝ったわ……」
「試合に勝ったのは私たちだけどね!」
遥が言う。
「人生の試合にも勝ったのよ!」
「なんか重い!」
祝勝会の空気は、完全に別方向へ流れていた。
瀬戸際高校は勝った。
第三学区は守られた。
御手洗由美は、たぶん無職を回避した。
波理日校長は、校長職を捨てて、ムキオちゃんと教団を大きくするらしい。
何が勝利で、何が敗北なのか。
もう少し分からなくなってきた。
それでも。
遥は、もう一度グラスを掲げた。
「えーっと! いろいろありすぎたけど!」
全員が遥を見る。
「とにかく、勝ったってことで!」
結女が笑う。
郁佳が肩をすくめる。
瑠衣が小さく頷く。
よしおはなぜか胸を張り、重音は爽やかに笑い、御手洗は高笑いをし、潔谷は疲れた顔でジュースを持った。
遥は、大きな声で叫ぶ。
「かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
今度こそ。
祝勝会は、ちゃんと始まった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。このあと、数話の閑話を挟んで一旦完結となります。
来年の専門学校での収録用にキャッスルブレイク編を執筆中ですが、こちらは公開後の発表になりますので、そこまでは不定期でスピンアウトを書いていくつもりです。
これからも騎馬戦記⭐︎ガールズナイツ、ガルナイ!をよろしくお願いします(((o(*゜▽゜*)o)))♡




