最終決戦3
「むふふふふふーん❤」
波理日校長が、ゆっくりと一歩を踏み出す。
それだけで、空気が歪んだ。
重い。
あまりにも重い。
筋肉という名の質量が、戦場そのものを押し潰してくるようだった。
「うふふふ❤ 健気ねぇ。いいわぁ。そういう男の子、あたし嫌いじゃないわよぉ❤」
波理日校長は、倒れたよしおを見下ろし、艶っぽく笑った。
「でも、残念❤ 守り切るにはあと一歩、実力が足りなかったわねぇ」
太い腕が、再び持ち上がる。
狙いは、結女。
今度こそ、結女の正面には遮るものがない。
重音が落ちた。
吉津と鳴葉が落ちた。
よしおが落ちた。
波理日校長との距離は、あまりにも近くなりすぎていた。
「「結女!」」
遥と郁佳が、波理日校長へ即座に飛びかかる。
瑠衣は無言で、刈り取りに行く。
だが――それでも間に合わない。
波理日校長の腕が、振り下ろされようとした。
結女は槍を構えた。
受けられるとは思っていない。
逃げきれるとも思っていない。
それでも、何もしないという選択肢だけはなかった。
その瞬間。
横から、一本の剣が割り込んだ。
ズバンッ!!
乾いた衝突音が、戦場に響く。
波理日校長の一撃が、わずかに逸れた。
結女のすぐ横を、圧の塊が通り抜ける。
刃はないはずの武器が、その速度だけで結女の長い髪の一部を切り落とした。
そして、その前に立っていたのは――
「そこまでよ」
潔谷保志だった。
元潔岳高校騎士部部長、潔谷保志。
尼剃根栖高校――女子高のはずなのに、なぜかそこにいる男。
いや、正確には。
この一戦において尼剃根栖を率いる実戦指揮官であり、もう一人の総大将である。
彼は、結女の前に立っていた。
勝つためではない。
守るために。
「潔谷君!」
結女が名前を呼ぶ。
だが、潔谷は振り返らない。
視線は、波理日校長から外さない。
「下がれ、日野」
まるで、異星の戦士たちが地球に襲来した時、ギリギリで現れた伝説の戦士のように。
颯爽と。
「助けに来てくれたのー?」
「勘違いしないで」
……だが喋りはオネェだった。
「……」
一瞬の間。
微妙な空気が流れる。
「勘違いするな」
潔谷は決め台詞を言い直した。
「お前が落ちたら負ける。それだけだ」
その声に、迷いはない。
ただし、キャラは相変わらず迷子だった。
潔谷は理解していた。
この場には二人の総大将がいる。
自らと、結女。
だが、この戦いの本当の総大将は、日野結女であると。
今この盤面を作り、瀬戸際、潔岳、尼剃根栖の戦力をひとつの流れに押し込んでいるのは彼女だ。
ルール上はどうあれ、彼女が倒れれば終わる。
瀬戸際・尼剃根栖連合は敗北する。
尼剃根栖が後方でどれだけマッスル部隊を止めていようと、郁佳の部隊がどれだけ中央を押し返していようと、すべてが無駄になる。
だから、ここは通せない。
たとえ相手が、波理日校長であっても。
「うふん❤ あらぁ、またいい男が出てきたわねぇ❤」
波理日校長が、にたりと笑う。
「でも、あなた一人であたしを止めるつもりぃ?」
「止めるわよ」
潔谷は短く答えた。
そして、一拍置く。
「……倒せるとは言っていない」
「あら、正直❤」
「時間を稼ぐ。俺の役目はそれで十分だ」
その言葉に、結女がほんの少しだけ目を細めた。
潔谷は勝つつもりで来たのではない。
倒すつもりで来たのでもない。
日野結女を倒させないために来た。
ただ、それだけ。
だからこそ、強い。
「潔谷君」
「なんだ」
「十秒!」
「……任せろ」
潔谷が一歩前へ出る。
波理日校長もまた、一歩前へ出た。
両者の間にある空気が、ぎちりと軋む。
後方では、まだ尼剃根栖の雄叫びが響いている。
郁佳の部隊は、中央乱戦を押し込み続けている。
遥が切り開いた左翼の道は、今も細く残っている。
重音が落ちた。
よしおが落ちた。
それでも、結女はまだ立っている。
全ては、この一瞬のために繋がっていた。
「残ってるみんなー」
結女は通信を開いた。
声はいつも通り柔らかい。
けれど、指示は速い。
「波理日本陣の近衛を押さえてー。倒さなくていいわー。十秒だけ、足を止めてー」
『十秒!?』
『相手、本隊精鋭ですよ!?』
『もうこっちも限界です!』
「うん。だから倒さなくていいのー」
結女は笑った。
「目を奪い、足を止めて、武器を出させて。十秒だけ、私たちの道を守ってー」
一拍。
返事が返る。
『了解!』
『やります!』
『十秒だけなら、意地でも!』
瀬戸際の残存部隊が動く。
尼剃根栖の部隊も、雄叫びを上げて前へ出る。
もう、最初の突撃ほどの勢いはない。
足は重い。
腕も上がりきらない。
それでも、彼女たちは下がらなかった。
勝つためではない。
通すために。
波理日校長へ届く、ほんの細い道を作るために。
◇
一秒。
波理日校長の武器が、横から走る。
潔谷は受けない。
半歩下がり、剣の腹を添えて軌道を流す。
止めれば潰される。
受ければ折れる。
だから、流す。
それでも衝撃は腕に残った。
「っ……!」
二秒。
柄尻が下から跳ね上がる。
潔谷は剣を立てる。
間に合う。
だが、重い。
足が浮きかける。
「まだ!」
三秒。
波理日校長が間合いを詰めた。
長柄武器の距離ではない。
懐。
近すぎる。
普通なら、長柄武器が扱いにくくなる距離。
だが、魔王エカテリーナにとっては違った。
武器を短く持ち替え、まるで短槍のように突き込んでくる。
潔谷は肘を引き、ぎりぎりで胴を守った。
衝突。
息が詰まる。
「いい反応ねぇ❤」
「褒められても嬉しくないわね」
「そう? じゃあ、もっと褒めてあげる❤」
四秒。
連撃。
上。
下。
横。
突き。
重いだけではない。
速い。
そして、いやらしい。
受けた場所を見て、次に逃げる場所を潰してくる。
筋肉で押しているのではない。
戦っている。
読み、誘い、崩し、叩き込む。
だからこそ、魔王と呼ばれた。
五秒。
潔谷の剣が弾かれた。
「ぐっ!」
胸部判定へ、波理日校長の武器が伸びる。
潔谷は身体を捻った。
完全には避けられない。
肩口をかすめる。
センサーが光った。
浅い。
まだ落ちない。
「まだよ!」
六秒。
潔谷は自分から踏み込んだ。
守るだけでは潰される。
だから、攻める。
勝つためではない。
波理日校長の足を、一瞬でも止めるために。
「でりゃあああ!」
剣が正面から走る。
「いいわぁ❤」
波理日校長が受けた。
その一瞬。
波理日校長の足が止まる。
ほんのわずか。
だが、そのわずかが欲しかった。
七秒。
「はるちゃん、右から!」
「おーけー!」
「ふみちゃん、近衛の二枚目を止めて!」
「分かった!」
「瑠衣ちゃんは低く!」
「了解」
結女の指示が飛ぶ。
遥が近衛兵の壁へ突っ込む。
「どきなさい!」
バスターソードが、敵の武器ごと押し返した。
倒すためではない。
道を開けるための一撃。
郁佳は右から来た近衛兵を受け止める。
「ここは通さないよ」
「それはこっちの台詞だ!」
「じゃあ、勝負だね」
剣がぶつかる。
瑠衣はさらに低く、地面すれすれを滑るように抜けた。
「玉狩り姫を通すな!」
「通る」
「断言!?」
八秒。
潔谷の膝が沈んだ。
波理日校長の一撃を受け、踏ん張りきれなくなった。
「そろそろ限界かしらぁ?」
「まだ……!」
潔谷は、無理やり身体を起こす。
視界の端に、結女が映る。
遥が映る。
郁佳が映る。
瑠衣が映る。
道は、まだ完全には開いていない。
だから。
「まだ終われないのよ!」
九秒。
潔谷は最後の力で踏み込んだ。
波理日校長の武器へ、正面から剣をぶつける。
弾け飛ぶような衝撃。
腕が悲鳴を上げる。
肩が軋む。
腰も、ちょっと嫌な音を立てた。
「うふふ❤ 無茶するわねぇ」
「無茶くらい……!」
潔谷は笑った。
「女子高生なら、するものよ!」
十秒。
潔谷は、波理日校長の武器をほんのわずかに押し返した。
ほんのわずか。
紙一枚。
だが、その紙一枚で十分だった。
「今よ!」
潔谷が叫ぶ。
次の瞬間、波理日校長の武器が潔谷の胴を捉えた。
「ぐふぁっ!」
潔谷の身体が後方へ吹き飛ぶ。
センサーが光る。
赤いローションが、頭上から落ちた。
どぼん。
潔谷保志、リタイア。
だが。
十秒は、稼いだ。
◇
「潔谷君!」
結女が叫ぶ。
潔谷はローションまみれになりながら、片目だけを開けた。
「行け……黒姫……!」
「ええ」
結女の表情が、ふっと消えた。
笑みはある。
いつもの柔らかい笑み。
だが、その奥の目は冷たい。
盤面が見えている。
十秒。
近衛兵の足は止まった。
遥が道を割った。
郁佳が横を抑えた。
瑠衣が左下を抜けた。
波理日校長の武器は、潔谷を落とした直後で、わずかに外へ流れている。
今しかない。
「三人ともー」
結女が槍を構えた。
「ここで決めるわよー」
「うん!」
遥が正面に立つ。
「任せて」
郁佳が右側へ回る。
「切る」
瑠衣が左下へ沈む。
波理日校長は、潔谷を倒した武器をゆっくり戻しながら笑った。
「うふふふ❤ いいわねぇ。友情。連携。青春。そういうの、嫌いじゃないわぁん」
「じゃあ、大人しく倒れてくれるー?」
「それは嫌❤」
「でしょうねー」
結女は笑った。
そして、唐突に言った。
「あ、あんなところにいい男ーっ!」
「そんな古典的な嘘に引っかかるわけな……」
「あ、木村拓郎があんなところに」
「やだーん❤ どこかしらー!」
波理日校長が反射的に横を向いた。ひっかかった。盛大にひっかかった!
「引っかかるんだ!?」
遥が叫ぶ。
「今ー」
結女は、すでに槍を振りかぶっていた。
投げる。
ひゅん、と風を裂く音。
槍が、波理日校長へ一直線に飛んだ。
「うおっ!? 槍投げ!?」
波理日校長が反射で武器を上げる。
槍を弾く。
だが、その動きで体勢がわずかに崩れた。
「チャーンス!」
遥が正面から踏み込んだ。
バスターソードが、波理日校長の武器へ叩きつけられる。
「六っ連っ撃!」
一撃。
二撃。
三撃。
四撃。
五撃。
六撃。
六つの衝突音が、ほとんど重なった。
波理日校長は受ける。
受ける。
受ける。
それでも、完全には戻れない。
「くっ! なんて馬鹿みたいな連打なのかしらぁ!」
「馬鹿みたいは余計!」
遥が叫ぶ。
その横を、郁佳が抜けた。
「そこだーっ!」
低い姿勢。
長剣をまっすぐに突き出す。
「見よう見まねっ、牙突!」
鋭い突きが、波理日校長の胴部判定へ入る。
「ぐおっ!」
浅い。
だが、崩すには十分。
さらに、左下。
瑠衣が滑り込んでいた。
「今度こそ」
双剣が交差する。
「切り落とす」
「ちょっと待ちなさい、その言い方は本当に怖――」
「玉狩りストラッシュ」
双剣が走った。
ずばーん。
そして。
チーン。
「あっはーん♪」
「うわ、嫌な声!」
遥が顔をしかめた。
だが、止まらない。
ここで止まれば、全部が無駄になる。
重音が落ち、よしおが結女を庇って落ちた。
吉津と鳴葉が落ち、潔谷が十秒を稼いだ。
近衛兵を押さえている部隊も、もう限界に近い。
この一瞬を逃せば、もう二度と同じ形は作れない。
だから、決める。
「トドメよ!」
遥がバスターソードを構え直した。
「抜刀術!」
「バスターソードで!?」
郁佳が思わず言う。
「奥義」
瑠衣が真顔で補足する。
「無理がある」
「甘すぎて」
遥は聞いていない。天は駆けない!
「竜も吐き出す!」龍は閃かない!
巨大な剣が、風を巻く。
「必殺!」
遥の身体が回る。
バスターソードが、巨大な風車のように唸った。
「パフェ斬り……」
さらに回る。
なぜパフェなのか。
誰にも分からない。
たぶん、サボテンパフェのせいである。
「大回転っ!」
巨大な剣の腹が、波理日校長の胸部判定へ叩き込まれた。
どん。
鈍い音。
波理日校長の身体が、大きく後ろへ揺れる。
「ぶふぁっ!」
手にしていた武器が、宙を舞った。
「そんな……総大将が……武器を手放すだなんて……」
波理日校長の声には、驚きと、どこか楽しげな色が混じっていた。
だが、センサーは容赦しない。
胸部。
胴部。
蓄積ダメージ。
閾値突破。
次の瞬間、赤いローションが頭上から落ちた。
どぼん。
「んふぅん❤」
最後まで、声が濃かった。
魔王エカテリーナ。
波理日高校総大将。
リタイア。
そして。
高らかな笛の音が、戦場に響き渡った。
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