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騎馬戦記⭐︎ガールズナイツ  作者: mutsu!


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48/60

刺すとこ刺されるところ

移動のためアップしなおし分です( ̄▽ ̄;)

 瑠衣が大殿欣二を下した。


 その瞬間、中央の空気が変わった。


 松栖流の長槍隊が、一拍だけ止まる。


 近衛兵が振り返る。


 大将騎馬を守っていたはずの部隊が、ほんのわずかに呼吸を乱す。


 大殿欣二が落ちた。


 その事実は、単なる一人のリタイアではなかった。


 松栖流高校の総大将が討ち取られた。


 それはつまり、松栖流側の士気と連携、その中心にあった柱が折れたということだった。


「なっ……大殿総大将が!?」


「総大将が落ちたぞ!」


「隊列を崩すな! まだ戦闘は継続中だ!」


 松栖流の指示は速い。


 さすが全国準優勝校。


 総大将が落ちたからといって、一気に瓦解するほど甘くはない。


 だが、確実に弱くはなった。騎馬戦(ナイツゲーム)において、合従戦など全国大会で行われない。プロリーグと学校対抗戦にのみある特殊ルールであった。

 つまり、本来であれば総大将が敗北すればそのチームは負けなのである。だが、本戦では戦いは続く。もう一人の総大将が生きているからだ。シンプルに言えば慣れない状況に陥り、指揮系統が乱れた。

 結果として——


 槍の出が、ほんの少し遅れる。


 前列と後列の交代が、ほんの少し乱れる。


 それまで完全に揃っていた圧が、かすかに波打つ。


 その“ほんの少し”を、結女が見逃すわけがなかった。


     ◇


「あ、郁ちゃんより先に瑠衣ちゃんの方が勝利したみたいなんだけどー」


 後方で、結女がぽつりと言った。


 声はいつも通り柔らかい。


 だが、目は笑っていない。


 盤面を見つめるその視線は、冷たく澄んでいた。


「あちゃー……あれ、校長先生二人とも腰に来ちゃってるわねー。あらー、袋叩きにされてる。あーあ」


 モニターの一角では、ローションを浴びた瀬戸際校長と御手洗由美が、腰を押さえたまま係員に運ばれていた。


 絵面がひどい。


 だが、戦果は大きかった。


 瀬戸際校長と御手洗由美が倒れ、尼剃根栖精鋭が削られた代わりに、松栖流総大将・大殿欣二は落ちた。


 この交換は、盤面上では十分に釣り合っている。

 いや、むしろ得だ。

 香車二枚で飛車角のどちらかを取ったのに等しい。

 


 横に立っていた潔谷が、どこか複雑そうな顔で言った。


「御手洗先生も……あれで五十手前だから……仕方ないわね」


 結女が、すっと潔谷を見る。


「あなたもだいぶ重症ねー」


「ぐふっ!」


 潔谷は一瞬だけ胸を押さえ、すぐに咳払いした。


「ごほん。お前の手回しだろうが!」


「うふふー」


「笑ってごまかすな」


 潔谷は顔を引き締め、戦場へ視線を戻した。


「それより、大殿を倒したってことは、連携が乱れて松栖流所属の選手は弱体化しているはずだわ」


 言ってから、また一拍置く。


「……はずだ」


「そうねー」


 結女は、そこを突っ込まなかった。


 今は盤面が優先である。


 松栖流はまだ崩れていない。


 波理日本隊も健在。


 筋肉特戦隊も、全員が落ちたわけではない。


 しかし、大殿のリタイアによって、中央の乱戦に初めて明確な穴が生まれた。


 ここを逃せば、また波理日校長が何かを仕掛けてくる。


 結女は通信を開いた。常時においては盗み聞きを嫌い、手信号で指示を出していたが、ここはスピードが命と言える。素早く指示を重ねていく。


「第九部隊から第十一部隊のみんなー?」


『はい!』


『聞こえてます!』


『いつでも行けます!』


「中央の乱戦地帯を片付けるわよー。松栖流の槍列は今ちょっとだけ鈍ってるからー、無理に正面突破しなくていいわー。左右から押して、逃げ道を減らして、潔谷君の部隊に合わせて圧縮してー」


『了解!』


「あと、ローションで滑るから足元には気をつけてねー」


『そこ!?』


「大事よー」


 結女はにこりと笑う。


 そして潔谷へ視線を向けた。


「潔谷君、お願いできるー?」


「任せておけ」


 潔谷が剣を構えた。


 その周囲で、瀬戸際と潔岳の混成部隊が前へ出る。


 中央の乱戦を、外側から押し潰すように。


 左右から。


 前から。


 逃げ道を狭める。


 松栖流の長槍隊は、まだ強い。


 しかし、総大将を失い、中央から圧縮され、尼剃根栖に絡まれ続けた状態では、さすがに自由には動けなかった。


 戦場の形が、変わる。


 消耗戦だったものが、殲滅戦へ変わっていく。


     ◇


 その頃、郁佳はまだ僧帽欽也と斬り結んでいた。


 剣と剣がぶつかる。


 重い。


 速い。


 そして、しつこい。


 僧帽欽也の剣は、見た目の暑苦しさに反して、堅実だった。


 大振りに見えて、ちゃんと戻りが速い。


 力任せに見えて、受けを崩す角度を知っている。


 語尾はござる。


 見た目は筋肉。


 だが、実力は本物だった。


「ふむ。自らも戦い、素早く的確な指示。素晴らしいでござるな」


 僧帽が剣を押し込みながら言う。


「女にしておくのがもったいないのぉ」


 郁佳の目が細くなった。


「……今、なんて?」


「む?」


 そう、


「女にしておくのが勿体ない、だって?」


 地雷を踏み抜いた。


 郁佳の剣が、低く走る。


 僧帽が受ける。


 だが、重さが変わっていた。


「僕は女であることに誇りを持っている」


「ぬっ……!」


「男尊女卑なんて、今時流行んないよ?」


「いや、拙者はそういう意味で言ったのではなく――」


「それに」


 郁佳は半歩踏み込み、僧帽の剣を弾いた。


「拙者にござるとか、そんなキャラ設定ずっとやってるんだ?」


「ぐっ」


「可哀想に。相手になってあげるよ、厨二病さん」


「ぐはっ!」


 たぶん、母親より、妹とか姉にノリノリなところを見られて「なにしてんの?」とか言われたくらいのダメージが入る。


 僧帽の顔が赤くなった。


 図星だった。


「な、生意気な女め……!」


「図星かー。顔が赤いけど?」


「そ、そんなことないもんねー!」


 地が出た。


 完全に出た。


「せ、せせ、拙者はそんなキャラなんか作ってないしー、設定とか何のことだ、だしー!」


「地が出てるけど?」


「……ぶっ殺す!!」


 ござるが死んだ。


 たぶん、彼の中の大事な何かも死んだ。


 僧帽が踏み込む。


 怒りで剣筋が荒くなる。


 だが、その分、重い。


 郁佳は受ける。


「っ……!」


 腕に衝撃が走る。


 肩が軋む。


 足が沈む。


 長槍隊を止め、後方を守り、刺客まで相手にしている。


 体力はもう余裕がない。


 それでも、郁佳は下がらなかった。


 ここを抜かれれば、結女へ道が開く。


 それだけは、絶対に許せない。


「舐めるな、女……!」


「舐めてないよ」


 郁佳は剣を構え直す。


「ちゃんと強いと思ってる」


「ならばなぜ笑う!」


「強い相手を倒すのは、楽しいから」


 郁佳が踏み込んだ。


 僧帽も踏み込む。


 剣がぶつかる。


 郁佳は正面から受けず、角度を変えた。


 大きな力を、少しだけ横へ流す。


 僧帽の重心が、わずかに前へ乗る。


 その瞬間を狙う。


「小手!」


 郁佳の剣が、僧帽の手元を打った。


「ぐっ!」


 僧帽の剣が鈍る。


「胴!」


 二撃目。


 僧帽は受ける。


 だが、小手を打たれた側の反応が遅い。


「面!」


 三撃目。


 僧帽はかろうじて後ろへ跳んだ。


 判定は浅い。


 まだ落ちない。


「やるでござ……いや、やるじゃねぇか」


「戻すの諦めた?」


「うるさい!」


 僧帽が再び前へ出る。


 郁佳も前へ出ようとした。


 その時だった。


 僧帽の背後に、ふわりとした影が現れた。


「えい」


 あまりにも場違いな声。


 あまりにも柔らかい声。


 次の瞬間、僧帽欽也の身体がびくりと止まった。


「ふごっ!?」


 何かが刺さった。


 かなり変なところに。


 郁佳は固まった。


「……結女?」


 そこにいたのは、日野結女だった。


 瀬戸際高校総大将。


 本来なら最も後方にいるべき人物。


 その結女が、いつの間にか槍を構え、僧帽の背後に立っていた。


 そして困ったように笑う。


「あ、ごめん。変なとこに刺しちゃった」


「お、おお……き、貴様は……日野……結女……」


 僧帽は目を見開いた。


「なぜ総大将が……こんなところに……」


「もうここ、安全地帯だからー」


「なっ……」


 僧帽が周囲を見る。


 いつの間にか、潔谷の部隊が前線を押し上げていた。


 松栖流の歩兵部隊は、左右から圧縮され、中央で逃げ場を失いつつある。


 大殿が落ちたことで、指揮の連動が鈍った。


 その一瞬を、結女は逃さなかった。


 ここはもう、僧帽が突破してきた危険地帯ではない。


 瀬戸際側が押し返した、安全地帯になっていた。


「く……黒姫……!」


 僧帽が何かを言おうとした。


 だが、その前にバックパックが作動する。


 赤いローションが、どぼん、と落ちた。


 僧帽欽也、リタイア。


 郁佳は、数秒だけ黙っていた。


 そして、ゆっくりと結女を見る。


「結女」


「なあに?」


「僕、今から決めるところだったんだけど」


「そうねー」


「そうねーじゃないよ!?」


「ごめんごめん。でも、早い方がいいかなってー」


 結女はまったく悪びれていなかった。


 いや、少しは悪びれているのかもしれない。


 ただ、戦術効率が勝っただけである。


 とても結女だった。


「お疲れー、郁ちゃん」


 結女は、いつもの調子で笑った。


「今、潔谷君が前線を押し上げてくれててー、松栖流の歩兵部隊を駆逐してるところよー」


 郁佳は周囲を見た。


 たしかに、さっきまでとは戦場が違っていた。


 松栖流の槍列は崩れ始めている。


 瀬戸際、潔岳、尼剃根栖の残存部隊が、中央を一気に押し込んでいる。


 遠くでは、瑠衣が大殿を討ち取った余波が、まだ戦場を揺らしていた。


「もうここは安全地帯ねー」


「総大将が前に出てきて言う台詞じゃないよ、それ」


「うふふー」


 結女は笑った。


 そして、視線をさらに奥へ向ける。


 波理日校長の本陣。


 濃すぎる空気の中心。


 まだ落ちていない、最後の敵。


「さてとー」


 結女は槍を軽く持ち直す。


「ラスボスを倒しに行きますかー」

楽しいと思っていただけた方、続きが読みたいと思っていただけたそこのあなた!

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