刺すとこ刺されるところ
移動のためアップしなおし分です( ̄▽ ̄;)
瑠衣が大殿欣二を下した。
その瞬間、中央の空気が変わった。
松栖流の長槍隊が、一拍だけ止まる。
近衛兵が振り返る。
大将騎馬を守っていたはずの部隊が、ほんのわずかに呼吸を乱す。
大殿欣二が落ちた。
その事実は、単なる一人のリタイアではなかった。
松栖流高校の総大将が討ち取られた。
それはつまり、松栖流側の士気と連携、その中心にあった柱が折れたということだった。
「なっ……大殿総大将が!?」
「総大将が落ちたぞ!」
「隊列を崩すな! まだ戦闘は継続中だ!」
松栖流の指示は速い。
さすが全国準優勝校。
総大将が落ちたからといって、一気に瓦解するほど甘くはない。
だが、確実に弱くはなった。騎馬戦において、合従戦など全国大会で行われない。プロリーグと学校対抗戦にのみある特殊ルールであった。
つまり、本来であれば総大将が敗北すればそのチームは負けなのである。だが、本戦では戦いは続く。もう一人の総大将が生きているからだ。シンプルに言えば慣れない状況に陥り、指揮系統が乱れた。
結果として——
槍の出が、ほんの少し遅れる。
前列と後列の交代が、ほんの少し乱れる。
それまで完全に揃っていた圧が、かすかに波打つ。
その“ほんの少し”を、結女が見逃すわけがなかった。
◇
「あ、郁ちゃんより先に瑠衣ちゃんの方が勝利したみたいなんだけどー」
後方で、結女がぽつりと言った。
声はいつも通り柔らかい。
だが、目は笑っていない。
盤面を見つめるその視線は、冷たく澄んでいた。
「あちゃー……あれ、校長先生二人とも腰に来ちゃってるわねー。あらー、袋叩きにされてる。あーあ」
モニターの一角では、ローションを浴びた瀬戸際校長と御手洗由美が、腰を押さえたまま係員に運ばれていた。
絵面がひどい。
だが、戦果は大きかった。
瀬戸際校長と御手洗由美が倒れ、尼剃根栖精鋭が削られた代わりに、松栖流総大将・大殿欣二は落ちた。
この交換は、盤面上では十分に釣り合っている。
いや、むしろ得だ。
香車二枚で飛車角のどちらかを取ったのに等しい。
横に立っていた潔谷が、どこか複雑そうな顔で言った。
「御手洗先生も……あれで五十手前だから……仕方ないわね」
結女が、すっと潔谷を見る。
「あなたもだいぶ重症ねー」
「ぐふっ!」
潔谷は一瞬だけ胸を押さえ、すぐに咳払いした。
「ごほん。お前の手回しだろうが!」
「うふふー」
「笑ってごまかすな」
潔谷は顔を引き締め、戦場へ視線を戻した。
「それより、大殿を倒したってことは、連携が乱れて松栖流所属の選手は弱体化しているはずだわ」
言ってから、また一拍置く。
「……はずだ」
「そうねー」
結女は、そこを突っ込まなかった。
今は盤面が優先である。
松栖流はまだ崩れていない。
波理日本隊も健在。
筋肉特戦隊も、全員が落ちたわけではない。
しかし、大殿のリタイアによって、中央の乱戦に初めて明確な穴が生まれた。
ここを逃せば、また波理日校長が何かを仕掛けてくる。
結女は通信を開いた。常時においては盗み聞きを嫌い、手信号で指示を出していたが、ここはスピードが命と言える。素早く指示を重ねていく。
「第九部隊から第十一部隊のみんなー?」
『はい!』
『聞こえてます!』
『いつでも行けます!』
「中央の乱戦地帯を片付けるわよー。松栖流の槍列は今ちょっとだけ鈍ってるからー、無理に正面突破しなくていいわー。左右から押して、逃げ道を減らして、潔谷君の部隊に合わせて圧縮してー」
『了解!』
「あと、ローションで滑るから足元には気をつけてねー」
『そこ!?』
「大事よー」
結女はにこりと笑う。
そして潔谷へ視線を向けた。
「潔谷君、お願いできるー?」
「任せておけ」
潔谷が剣を構えた。
その周囲で、瀬戸際と潔岳の混成部隊が前へ出る。
中央の乱戦を、外側から押し潰すように。
左右から。
前から。
逃げ道を狭める。
松栖流の長槍隊は、まだ強い。
しかし、総大将を失い、中央から圧縮され、尼剃根栖に絡まれ続けた状態では、さすがに自由には動けなかった。
戦場の形が、変わる。
消耗戦だったものが、殲滅戦へ変わっていく。
◇
その頃、郁佳はまだ僧帽欽也と斬り結んでいた。
剣と剣がぶつかる。
重い。
速い。
そして、しつこい。
僧帽欽也の剣は、見た目の暑苦しさに反して、堅実だった。
大振りに見えて、ちゃんと戻りが速い。
力任せに見えて、受けを崩す角度を知っている。
語尾はござる。
見た目は筋肉。
だが、実力は本物だった。
「ふむ。自らも戦い、素早く的確な指示。素晴らしいでござるな」
僧帽が剣を押し込みながら言う。
「女にしておくのがもったいないのぉ」
郁佳の目が細くなった。
「……今、なんて?」
「む?」
そう、
「女にしておくのが勿体ない、だって?」
地雷を踏み抜いた。
郁佳の剣が、低く走る。
僧帽が受ける。
だが、重さが変わっていた。
「僕は女であることに誇りを持っている」
「ぬっ……!」
「男尊女卑なんて、今時流行んないよ?」
「いや、拙者はそういう意味で言ったのではなく――」
「それに」
郁佳は半歩踏み込み、僧帽の剣を弾いた。
「拙者にござるとか、そんなキャラ設定ずっとやってるんだ?」
「ぐっ」
「可哀想に。相手になってあげるよ、厨二病さん」
「ぐはっ!」
たぶん、母親より、妹とか姉にノリノリなところを見られて「なにしてんの?」とか言われたくらいのダメージが入る。
僧帽の顔が赤くなった。
図星だった。
「な、生意気な女め……!」
「図星かー。顔が赤いけど?」
「そ、そんなことないもんねー!」
地が出た。
完全に出た。
「せ、せせ、拙者はそんなキャラなんか作ってないしー、設定とか何のことだ、だしー!」
「地が出てるけど?」
「……ぶっ殺す!!」
ござるが死んだ。
たぶん、彼の中の大事な何かも死んだ。
僧帽が踏み込む。
怒りで剣筋が荒くなる。
だが、その分、重い。
郁佳は受ける。
「っ……!」
腕に衝撃が走る。
肩が軋む。
足が沈む。
長槍隊を止め、後方を守り、刺客まで相手にしている。
体力はもう余裕がない。
それでも、郁佳は下がらなかった。
ここを抜かれれば、結女へ道が開く。
それだけは、絶対に許せない。
「舐めるな、女……!」
「舐めてないよ」
郁佳は剣を構え直す。
「ちゃんと強いと思ってる」
「ならばなぜ笑う!」
「強い相手を倒すのは、楽しいから」
郁佳が踏み込んだ。
僧帽も踏み込む。
剣がぶつかる。
郁佳は正面から受けず、角度を変えた。
大きな力を、少しだけ横へ流す。
僧帽の重心が、わずかに前へ乗る。
その瞬間を狙う。
「小手!」
郁佳の剣が、僧帽の手元を打った。
「ぐっ!」
僧帽の剣が鈍る。
「胴!」
二撃目。
僧帽は受ける。
だが、小手を打たれた側の反応が遅い。
「面!」
三撃目。
僧帽はかろうじて後ろへ跳んだ。
判定は浅い。
まだ落ちない。
「やるでござ……いや、やるじゃねぇか」
「戻すの諦めた?」
「うるさい!」
僧帽が再び前へ出る。
郁佳も前へ出ようとした。
その時だった。
僧帽の背後に、ふわりとした影が現れた。
「えい」
あまりにも場違いな声。
あまりにも柔らかい声。
次の瞬間、僧帽欽也の身体がびくりと止まった。
「ふごっ!?」
何かが刺さった。
かなり変なところに。
郁佳は固まった。
「……結女?」
そこにいたのは、日野結女だった。
瀬戸際高校総大将。
本来なら最も後方にいるべき人物。
その結女が、いつの間にか槍を構え、僧帽の背後に立っていた。
そして困ったように笑う。
「あ、ごめん。変なとこに刺しちゃった」
「お、おお……き、貴様は……日野……結女……」
僧帽は目を見開いた。
「なぜ総大将が……こんなところに……」
「もうここ、安全地帯だからー」
「なっ……」
僧帽が周囲を見る。
いつの間にか、潔谷の部隊が前線を押し上げていた。
松栖流の歩兵部隊は、左右から圧縮され、中央で逃げ場を失いつつある。
大殿が落ちたことで、指揮の連動が鈍った。
その一瞬を、結女は逃さなかった。
ここはもう、僧帽が突破してきた危険地帯ではない。
瀬戸際側が押し返した、安全地帯になっていた。
「く……黒姫……!」
僧帽が何かを言おうとした。
だが、その前にバックパックが作動する。
赤いローションが、どぼん、と落ちた。
僧帽欽也、リタイア。
郁佳は、数秒だけ黙っていた。
そして、ゆっくりと結女を見る。
「結女」
「なあに?」
「僕、今から決めるところだったんだけど」
「そうねー」
「そうねーじゃないよ!?」
「ごめんごめん。でも、早い方がいいかなってー」
結女はまったく悪びれていなかった。
いや、少しは悪びれているのかもしれない。
ただ、戦術効率が勝っただけである。
とても結女だった。
「お疲れー、郁ちゃん」
結女は、いつもの調子で笑った。
「今、潔谷君が前線を押し上げてくれててー、松栖流の歩兵部隊を駆逐してるところよー」
郁佳は周囲を見た。
たしかに、さっきまでとは戦場が違っていた。
松栖流の槍列は崩れ始めている。
瀬戸際、潔岳、尼剃根栖の残存部隊が、中央を一気に押し込んでいる。
遠くでは、瑠衣が大殿を討ち取った余波が、まだ戦場を揺らしていた。
「もうここは安全地帯ねー」
「総大将が前に出てきて言う台詞じゃないよ、それ」
「うふふー」
結女は笑った。
そして、視線をさらに奥へ向ける。
波理日校長の本陣。
濃すぎる空気の中心。
まだ落ちていない、最後の敵。
「さてとー」
結女は槍を軽く持ち直す。
「ラスボスを倒しに行きますかー」
楽しいと思っていただけた方、続きが読みたいと思っていただけたそこのあなた!
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