玉狩り姫、右から左
移動のためアップしなおし分です( ̄▽ ̄;)
瑠衣が消えた。
いや、消えたように見えた。
コントロールされた完璧な脱力、身体の落下。そしてその重みを抗力へと変換し、神速の踏み込みへと繋げる。無形に構えた双剣が閃いた。
大殿欣二の鎌が、反射的に下へ走る。
瑠衣の右手の小太刀が、その鎌を弾き飛ばした。
激しい衝突音が響く刹那、瑠衣は右足を軸に、反時計方向に極小回転。左手の小太刀が大殿の右脚部膝上内側――動脈の判定を狙う。
バックステップ。
間一髪、巨大な筋肉の塊が後ろへと大きく下がった。
玉狩り姫と、鎌使いのマッスル軍師。
二人の勝負が、無言のまま始まった。
大殿の鎌が、弧を描く。
横薙ぎ。
ではない。
瑠衣の胴を狙うように見えた軌道が、大殿の繊細な手首の返しで急変する。刃先は、着弾直前に足元へ沈んだ。
斬るための軌道ではない。
絡めるための軌道。
双剣を弾き、足を止め、身体の向きを崩すための一撃だった。
「発想が……ねちっこい!」
瑠衣は短く跳ねる。着地と同時に鎌を左足で踏み抜く。地面との間に押さえた。
同時に踏み込む。
右の小太刀が、大殿の手首へ走る。
だが、大殿はそれを読んでいた。
鎌を強引に引き、刃ではなく柄で斬撃を受ける。
必然、鎌を踏みつけていた瑠衣も引き寄せる形になる。手首を返し、瑠衣を鎌ごと身体ごと捕縛しようとする。
「っ!」
「あらぁん♡ 捕まえたかしら?」
「まだ」
瑠衣は左足をさらに踏み込む。引かない。
むしろ、自分から半歩踏み込んだ。
近い。
近すぎる。
大殿の鎌が最も扱いにくい距離。
だが、大殿欣二はただの鎌使いではない。
「甘いわぁ♡」
大殿は鎌の柄を短く持ち替えた。
長柄武器を、まるで短槍のように扱う。
柄尻が、瑠衣の胸部判定へ突き込まれた。
「む」
瑠衣は身体をひねる。
紙一重。
判定は入らない。
しかし、その回避で姿勢が浮いた。
そこへ、大殿の膝が前へ出る。
もちろん、プレイヤーへの直接打撃は禁止である。
だが、膝で進路を塞ぐことは禁止ではない。
瑠衣の足が止まる。
「うふふ♡ 逃がさないわよぉ♡」
鎌が、上から落ちた。
瑠衣は双剣を交差させて受ける。
軽い素材同士の衝突。
それなのに、腕に響く。
大殿の一撃は重い。
筋肉特戦隊隊長。
松栖流総大将。
その肩書きは、決して飾りではなかった。
「強い!」
瑠衣は、一人の武術家としてその技術を賞賛した。
鎌からかかる重圧が緩んだ瞬間、瑠衣は右手の小太刀の柄を、大殿が突き出した膝に当てる。同時に、両足で大鎌の柄を挟み込んだ。
蹴ったのではない。
支点にしたのだ。
そのまま瑠衣は、バク転の要領で後方へ跳び、間合いをとった。
大殿が一歩踏み込む。
瑠衣が半歩下がる。
大殿が鎌を振る。
瑠衣が受け流す。
瑠衣が低く潜る。
大殿が柄尻で押し返す。
速さの瑠衣。
間合いの大殿。
双剣の連打。
大鎌の制圧。
互いに一撃を入れれば、その瞬間に勝負が傾く。
そんな距離で、二人は何度も刃を交わした。
◇
少し離れた場所では、吉津と鳴葉たちが必死に近衛騎馬を抑えていた。
「鳴葉! 右よっ!」
「分かってる! 持ち堪えるわよ! この試合、全ては……」
「「瑠衣お姉さまのために!」」
いつの間にか二人は御手洗から瑠衣に鞍替えをしたらしい。だがその動きは悪くなかった。
吉津は盾で二人騎馬の進路を塞ぎ、鳴葉は横から食い込んで足を止める。
残った尼剃根栖精鋭も、松栖流近衛兵に食らいついている。
倒せなくてもいい。
突破されなければいい。
五分。
瑠衣が大殿を落とすまで、ほんの少しだけ時間を稼げばいい。
だが、その「ほんの少し」が重かった。
松栖流の近衛は強い。
中央の乱戦を抜けてきた尼剃根栖精鋭も疲れている。
数は不利。
体力も不利。
それでも、彼女たちは下がらなかった。
「持ち堪えます!」
吉津が叫ぶ。
「瑠衣お姉さま! そっちは任せました!」
「お姉さまではない」
瑠衣は律儀に返した。
大殿の鎌を受けながら。
「あらぁん♡ 余所見する余裕があるのねぇ♡」
「返事しただけ」
「それを余裕って言うのよぉ♡」
大殿の鎌が、再び絡む。
今度は双剣ではない。
瑠衣の足元。
鎌の先端が、足首の外側をかすめるように走った。
瑠衣は跳ぶ。
だが、大殿は待っていた。
空中。
足場がない。
避けにくい。
そこへ、鎌の柄が下から跳ね上がる。
「もらったわぁ♡」
瑠衣は、空中で身体を丸めた。
左の小太刀を柄に当てる。
弾くのではない。
押す。
その反動で、身体を横へずらす。
大殿の一撃が、わずかに外れる。
「曲芸ねぇ♡」
「柳流」
瑠衣は着地と同時に踏み込んだ。
「双影」
左右の小太刀が、同時に別方向へ走る。
右は大殿の手首。
左は胸部判定。
どちらか一方を受ければ、もう一方が入る。
普通なら。
「うふっ♡」
大殿は鎌を縦に立てた。
手首を守る。
同時に、胸部判定へ来る小太刀を、鎌の柄で滑らせる。
二つの攻撃を、一本の鎌で受けた。
「……器用」
「褒めても何も出ないわよぉ♡」
「今のは褒めていい技術」
「それならそろそろ、倒されてもらえないかしら♡」
「断る」
大殿の呼吸がわずかに乱れていた。
瑠衣は見逃さない。
鎌は強い。
間合いも広い。
絡める動きも厄介。
だが、近距離で連続して受け続ければ、さすがに負荷がかかる。
瑠衣はさらに低く構えた。
大殿は、それを見て笑う。
「そろそろ決めに来るのかしらぁ?」
「そう」
「あら、正直♡」
「嘘をつく必要がない」
「うふふふ♡ いいわぁ。だったら、あたしも本気でいくわよぉ♡」
大殿の鎌が、ゆっくりと大きく構え直される。
刃が下。
柄が上。
普通の構えではない。
鎌の先端が、地面すれすれに置かれている。
足元を狙う構え。
だが、それだけではない。
上へ跳ね上げる余地がある。
横へ絡める余地もある。
逃げれば引っ掛かる。
受ければ絡められる。
潜れば、柄で潰される。
大殿欣二の得意距離。
瑠衣は小さく息を吐いた。
「面倒」
「最高の褒め言葉ねぇ♡」
「でも……」
「……」
次の瞬間、大殿が踏み込んだ。
鎌が地面すれすれを走る。
瑠衣は下がらない。
前へ出る。
鎌の刃が足元を刈る前に、柄の内側へ入る。
だが、大殿はそれを読んでいた。
柄尻が瑠衣の進路へ落ちる。
瑠衣は右の小太刀で弾く。
その瞬間、鎌の刃が戻ってきた。
絡める。
瑠衣の左の小太刀に、鎌の先端がかかった。
「捕まえたぁ♡」
大殿が笑う。
鎌を引く。
瑠衣の身体が、前へ流れた。
吉津が叫ぶ。
「瑠衣さん!」
鳴葉も目を見開く。
「瑠衣お姉さま!」
「お姉さまではない」
瑠衣は、また返した。
捕まりながら。
大殿の笑みが深くなる。
「本当に余裕ねぇ。でも、これで終わりよぉ♡」
鎌に小太刀を絡められたまま、大殿が身体を捻る。
瑠衣を引き寄せ、体勢を崩し、そのまま近衛兵の方へ投げるつもりだった。
だが。
瑠衣は逆らわなかった。
引かれる。
流される。
その力に乗る。
「柳流」
小さな声。
「旋風」
大殿の目が、わずかに細くなる。
「正面から?」
「裏」
瑠衣の身体が、沈んだ。
絡められた小太刀を支点にして、地面へ落ちるように低くなる。その沈み込みは、先ほどとは比べものにならなかった。
大殿の視界から、瑠衣が消える。
「んなっ! 消えた!!」
大殿は反射で鎌を返す。
こういう時、速い相手は背後に回る。
そう読んだ。
「って、こういう時は大体後ろ――」
「残念」
瑠衣の声は、下から聞こえた。
「下」
「しまっ……!」
大殿の視線が落ちる。
瑠衣はほとんど地面に伏せるほど低い姿勢で、すでに大殿の懐の下へ入り込んでいた。
背後ではない。
横でもない。
下。
大殿の意識の死角。
そして、男子が本能的に一番守りたい場所の、さらに下。
「ビリヤード」
「待っ……!! それは――」
「ショット」
待たない。
瑠衣は待たない女だった。
右の小太刀が、鋭く突き込まれる。
狙いは一点。
右の玉。
「ふぐぉっ!?」
軽い素材が、急所判定を正確に突いた。
その衝撃が、内側へ抜ける。
こつん。
右の玉が、左の玉へ。
ごっつんこ。
「~~~~~~~~~~っ!?」
大殿欣二の身体が、びくん、と硬直した。
鎌の軌道が止まる。
足が止まる。
呼吸が止まる。
世界も、たぶん一瞬だけ止まった。
吉津が目を見開いた。
「こ、これが……玉狩り姫……!」
鳴葉が小さく歓喜に震える。
「なんて正確な……技っ!」
だがここで終わりなわけがない。
瑠衣はもう次へ移っていた。
低い姿勢のまま、全身をばねのように縮める。
瑠衣の身体が跳ねた。
「からの」
下から上へ。
水面を割って、鯉が滝を登るように。
双剣が、大殿の急所判定から胴、胸部、そして喉元へ向かって一気に駆け上がる。
「鯉の滝登り」
「ちょ、待っ――!」
待たない。
瑠衣は、待たない女だった。
打ち上げるような斬撃が、大殿の身体を下から叩き上げた。
「ふぐぉおおおおおっ!?」
センサーが連続で光る。
下段。
胴。
胸部。
喉元。
判定は十分。
いや、過剰だった。
大殿の鎌が、力なく下がる。
大殿欣二は、震える膝で何とか立っていた。
だが、もう戦える状態ではない。
「……うふふ」
大殿は、震える声で笑った。
「まさか……あたしが……こんなところを……狩られるなんて……」
「強敵だった」
「も……無理……」
大殿の膝が落ちる。内股で、泡を吹きながら。
その頭上で、バックパックが作動した。
赤いローションが、どぼん、と落ちる。
白目を剥いた大殿が崩れ落ちた。
筋肉特戦隊隊長。
鎌使いのマッスル軍師。
オカマ官兵衛、ここに散る。
松栖流総大将、大殿欣二。
リタイア。
瑠衣は双剣を下ろした。
息を吐く。
ほんの少しだけ、肩が上下していた。
さすがに、楽な相手ではなかった。
だが、勝った。
瑠衣は静かに告げる。
「総大将、討ち取ったり」
楽しいと思っていただけた方、続きが読みたいと思っていただけたそこのあなた!
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