筋肉の刺客
波理日本隊が動き始めた、その時だった。
中央の乱戦地帯で、御手洗由美の高笑いが響いた。
「おぉっほっほっほっほー!! 良いわねぇ! さすがは私の尼剃根栖♡ 筋肉量でも、熱さでも、負けてないわねぇ♡」
鞭を肩に乗せたマイクロビキニのアラフィフが、戦場のど真ん中で高笑いしている。
「みんな! 女の意地と、覚悟を見せなさい!」
字面だけなら事故だった。
絵面は高校生の目には毒であった。
だって親と同世代の女性の肌色多めだから。
だが、実際にその周囲で起きていることは、戦術的に極めて重要だった。
尼剃根栖高校の女子生徒たちは、松栖流の長槍隊に真正面から勝とうとしているわけではない。絡み、押し、食い込み、槍の間合いを潰し、乱戦へ持ち込む。
松栖流の強みは、整った槍列と呼吸だ。
ならば、その呼吸を乱してしまえばいい。
荒い。
強引。
暑苦しい。
だが、効いている。
「潔岳校長っ! 助かりました!」
郁佳が、長剣を構えたまま声を飛ばす。
すると御手洗由美は、くるりとこちらを向き、片手を頬に当てた。
「あらあら小娘ちゃん、あたしは今はもう潔岳の校長なんかじゃなくってよ?」
「……あ」
非常に気まずい。言ってしまえば郁佳たちの手で御手洗由美は失職している。
「貴女と同じ、女子高生♡ 由美ちゃんって呼んでくれないと嫌だわ♡」
「……」
非常に気まずい。言ってしまって良いのだろうか?
御手洗先生キツいです。
この戦場は、時々理解と時空を超えるのだ。
郁佳の顔がなんとも言えない表情になる。
「宇宙猫みたいな顔になってるわよー? まっ、女子高生由美ちゃんがここは任されたからぁ♡ 予定通り、貴女の守備部隊は一旦下がってスタミナを回復させなさいな」
そして、前半はともかく後半は言っていることはまともだった。
見た目と自称がまともではないだけで……。
郁佳は一拍だけ固まり、それからすぐに息を吸った。
「……感謝します! 守備部隊! 全員後退!!」
号令が飛ぶ。
瀬戸際の守備部隊が、崩れずに下がり始めた。
ただし、背中は向けない。
盾を切らさない。
槍を流し、剣で弾き、和音とよしおが左右の穴を埋める。
松栖流の長槍隊は追おうとするが、その間に尼剃根栖が絡む。
押す。
絡む。
剥がれない。
まるで、熱量のある泥沼だった。
郁佳は下がりながら、浅く息を吐いた。
腕が重い。
肩が熱い。
ここまで前線を支え続けた疲労は、確実に身体へ溜まっている。
だが、まだ終わっていない。
むしろ、ここからだった。
◇
「ふう、何とか前線を崩されずに持ち堪えられたわねー」
後方で、結女が小さく息を吐いた。
いつものふわふわした声音だ。
だが、盤面を見る目は冷たいほど澄んでいる。
守備部隊の援護に入っていた瀬戸際校長が、郁佳たち守備部隊の交代に合わせて本陣へと戻っていた。黒マントの裾を払いつつ、渋い顔で頷く。
「一時はどうなるかと思ったがな……」
「それにしても、まずは松栖流の大将を討ち取る必要があるんですけどー」
結女は視線を奥へ向ける。
乱戦地帯のさらに先。
松栖流の本隊奥深く。
そこに、松栖流側の大将が控えている。
「かなり陣地の奥の方にいるから難しいのよねー」
「うむ。尼剃根栖と松栖流は、ほぼ均衡しておるようだからな。このままだと消耗戦になってしまうだろう。何か手を打ちたいところだ」
「校長先生は、まだスタミナは大丈夫ですかー?」
「ふむ。私も私の部隊も、まだスタミナは残っておるぞ」
瀬戸際校長は胸を張った。
腰痛持ちにしては、かなり頼もしい。
腰痛持ちでなければ、もっと頼もしかった。
「そしたらー」
結女は、にこりと笑う。
「瑠衣ちゃんと一緒に中央で御手洗先生と合流して、松栖流本隊を目指してもらっていいかしらー?」
瑠衣の目が、ほんの少しだけ細くなった。
「やっと瑠衣の出番」
「うむ、承知した!」
瀬戸際校長が柔らか剣聖部隊へ向き直る。
「いくぞ!!」
「「おおー!!」」
黒マントの旧式レールガンが、まだ撃つ気でいた。
撃った後にどうなるかは、誰も考えないことにした。
フラグが立っちゃう、からである。
「私はどうしたらいい??」
前線から戻ってきた遥が、バスターソードを肩に担いで聞いた。
もう暴れたくて仕方ない顔だった。
結女はそちらを見て、ゆるく指を伸ばす。
「はるちゃんはー、重音先輩とよしお君の裏側。時計回りに乱戦を避けて、波理日の本隊を左側から攻めて行ってー」
「おっけー!」
「一番端っこの部隊を落としたらー、そのまま状況次第でもう一部隊潰すか、松栖流を削りながら戻ってきてー」
「了解!」
返事が軽い。
指示の内容は、敵本隊の側面をえぐりながら帰ってこい、である。
軽く返事をする内容ではない。
「それじゃあ遥ちゃん直属部隊のみんな!! 気合入れてくわよー!!」
「「おおー!!」」
遥が走り出す。
彼女の後ろに、瀬戸際の遊撃部隊が続く。
その進路は、中央の乱戦を避けるように時計回り。和音とよしおがいる三時方向の裏を抜け、波理日本隊の左側面へ向かう軌道だった。
同時に、中央では瀬戸際校長、御手洗由美、瑠衣、吉津、鳴葉を含む尼剃根栖の精鋭が、松栖流本隊へ向けて動き始める。
右側では、和音とよしおが波理日本隊へ圧をかける位置に入っていた。
三方向。
中央。
左側面。
右側面。
戦力の分散——本来なら悪手である。だが結女は、包囲される側から、逆に相手の包囲陣を三つの点で揺らしにいった。
◇
実況席では、羽月鋼が身を乗り出していた。
「一気に面白い試合運びとなってきました!! 現在、中央が乱戦になっている中、九時の方向から時計回りに牛島選手が! 中央では瀬戸際校長、御手洗由美選手、山ノ井選手を含む部隊が! さらに三時方向からは重音選手と田中選手が、それぞれ波理日・松栖流合従軍へ攻撃を仕掛けています!」
木戸菜月も、モニターを見つめたまま声を張る。
「日野選手、ここで守り一辺倒から攻勢へ切り替えましたね! ただし無理に全軍で押し込むのではなく、三方向から相手の陣形を揺らしにいっています!」
「なるほど! 包囲される前に、包囲の輪そのものを揺らす狙いでしょうか!」
「はい。ただ、波理日高校も黙ってはいません!」
画面が切り替わる。
そこには、波理日本隊の中から飛び出してくる十人ほどの部隊が映っていた。
「瀬戸際高校守備の要、長谷部郁佳選手を潰すために、筋肉特戦隊の一角、僧帽欽也選手を刺客として放っています!」
「ここで長谷部選手を狙う!」
「当然の判断です。長谷部選手が守備の軸である以上、彼女を崩せば瀬戸際側の後方は大きく乱れます。日野選手が攻勢へ切り替えた直後を狙った、かなり嫌な一手ですね」
「嫌な一手が多い!」
「そういう試合です」
◇
「前衛後衛交代っ!! そのまま結女のところまで下がって!! 前衛に入った部隊は包囲体制!!」
郁佳が声を飛ばす。
守備部隊は疲労している。
前線を下げたとはいえ、完全に安全になったわけではない。
むしろ、ここで一息つけると思った瞬間が危ない。
「郁佳さん!!」
後方の瀬戸際モブが叫んだ。
「波理日陣地内から十人がそちらに向かっています!! 一人騎馬一騎、二人騎馬三騎! 速すぎて止められません!!」
「んなっ!」
郁佳が振り向くより早く。
足音が迫った。
低く、重く、速い。
次の瞬間、太い剣が郁佳の頭上へ振り下ろされる。
「貰ったぁ!! チェスト――!!」
郁佳は反射で長剣を上げた。
――バンッ!!
重い。
腕が痺れる。スポチャン武器で出せる威力としては最大限に近い。
だが、受けた。長剣で円を描き、力を右側に流す。
「のわあっ! ……っと、あ、危なかったー!」
郁佳は数歩下がり、息を整えながら相手を睨む。
そこにいたのは、首が見当たらないほど僧帽筋を盛り上げた男だった。
僧帽欽也。
筋肉特戦隊の一角。
剣使いのござる男である。
「ほほーん。今の攻撃を受け止めるとは、さすがでござるな! 鉄壁の!」
「……何者だ!?」
「筋肉特戦隊がひとり、僧帽欽也でござる」
僧帽欽也は、剣を構え直した。
その口調はふざけている。
見た目もふざけている。
だが、構えだけはふざけていなかった。
「この戦において邪魔なお主を倒しに来た刺客、といえば伝わるかね?」
「……なるほど」
郁佳は長剣を握り直す。
疲労は溜まっており、腕はまだ痺れている。
だが、退けない。
自分が崩れれば、結女のいる後方へ道が開く。
「お手柔らかにして欲しいところなんだけど?」
僧帽欽也は、静かに笑った。
「そうしてやりたいのは山々でござるがな?
そういうわけにもいかんのだ。許せよ」
郁佳は息を吐いた。
視界の端では、遥が左側面へ走っている。
中央では、瑠衣と校長たちが乱戦を突っ切ろうとしている。
右では、和音とよしおが波理日本隊へ向かっている。
それぞれの戦場が、同時に動き始めていた。
「……仕方ない」
郁佳は、剣先を僧帽欽也へ向ける。
「相手になってあげるよ、ござるさん」
僧帽欽也の眉が、ぴくりと動いた。
「……その呼び方、気に入らないでござるな」
「じゃあ、厨二病さん?」
「なお悪いでござる!」
剣と剣が、再びぶつかった。
戦記物は書いてて面白いですね。
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