アマゾネスたちの祭り
「ファルファル祭り、第二部開幕」
瑠衣がそう告げた瞬間、誰もが一瞬だけ勘違いした。
筋肉特戦隊も。
波理日本隊も。
実況席も。
たぶん遥も。
瑠衣がこのまま波理日本隊へ突っ込むのだと、そう思った。
だが、違う。
瑠衣は双剣を構えたまま、ほんの半歩だけ前へ出た。
たったそれだけ。
それだけなのに、筋肉特戦隊の視線が一斉に瑠衣へ吸い寄せられた。何人かはちょっと内股気味になる。
「……」
「うふふふ♡ 来るのかしらぁん、玉狩り姫ちゃん♡」
大殿欣二が鎌を肩に担ぎ、艶やかに笑う。
「ぐへへへ。小せぇのにいい度胸だなぁ」
三角近一郎が二本の大剣を鳴らす。
「はっはっは! まずは俺の大胸筋を越えてみろ!」
大胸金之助の胸筋が、ぴくりと動いた。
「油断は禁物でござる」
僧帽欽也だけが、静かに剣を構えていた。
瑠衣は無表情のまま、彼らを見た。
「暑苦しい」
「褒め言葉として受け取っておくわぁ♡」
「褒めてない」
なお、戦場であり、お互いの言葉はお互いに届いていない。一方は読唇術、一方は雰囲気で言っている。
そのやり取りの間にも、結女は盤面を見ていた。
松栖流の長槍隊は、まだ崩れていない。
遥が横を荒らし、郁佳が半歩押し返し、和音とよしおが波理日本隊の差し込みを止めた。
だが、それはあくまで一時的な呼吸の乱れでしかない。
松栖流は堅い。
彼らはすぐに立て直す。
そして一度立て直されれば、また同じように前線を押し込まれるだろう。
だから、その前に。
呼吸が乱れている今、この瞬間に。
結女は視線だけを、少し離れた場所にいる御手洗由美へ向けた。
御手洗由美は、その視線の意味をすぐに理解したらしい。
マイクロビキニ姿で、鞭を肩に乗せたまま、艶やかに笑う。
「ふふふ♡ 結女ちゃん、あなた随分と、人使いが荒いわねぇ」
結女が軽くウインクをする。
「今が一番おいしいところですからー」
「……ふふ、嫌いじゃないわ♡」
御手洗由美は素早く合図を入れた。
「吉津! 鳴葉!」
「はい、御手洗お姉さま!」
「いつでも行けます、由美お姉さま!」
二つの返事が、ほぼ同時に返ってきた。
「ふふ。そろそろ突っ込むわよ♡」
表情だけで分かる。
片方は真面目。
片方はだいぶ危ない。
だが、どちらも士気は異様に高かった。
「合図をしたら予定通り、左右から噛みつきなさい! 松栖流の長槍隊を、綺麗に、優雅に、そして徹底的に乱してあげるのよ♡」
「了解しました!」
「お姉さまのために、全身全霊で突撃します!」
「うふふ♡ いい返事ねぇ。でも、ほどほどにね?」
「ほどほどに全身全霊で!」
吉津鈴香が闘気を漲らせる。
「それは、ほどほどとは言わないわねぇ♡」
御手洗由美はくすりと笑った。
結女も笑っていた。
だが、その目はまったく笑っていない。
戦場の左右。
松栖流の長槍隊が中央へ意識を集中させ、波理日本隊が差し込みを狙い、筋肉特戦隊が瑠衣へ視線を向けたその瞬間。
「今よ! 突撃っ!」
両翼の影が、動いた。
◇
左翼。
吉津鈴香は、盾を構えたまま静かに息を吐いた。
尼剃根栖高校の部隊は、すでに低い姿勢で待機している。全員が前を見ていた。いや、正確には前ではない。
中央の側面。
松栖流の長槍隊の横腹。
そこを見ていた。
「みんな!」
「「おおー!!」」
駆け出す尼剃根栖の女子生徒達が、雄叫びを上げて突進を開始する。いや、女子なら雌叫びか。
先頭を走る吉津の声は熱をはらみ、同時に落ち着いていた。
「我々の役目は、松栖流の隊列を正面から破ることではありません。横から噛みつき、呼吸を乱し、中央の瀬戸際部隊が押し返す余地を作ること!」
理路整然としている。
真面目だった。
とても真面目だった。
「つまり、殲滅だ!」
そしてやっぱり尼剃根栖だった。
「目標、松栖流長槍隊左側面! 接敵後は押し込まず、食い破る!」
「「はいっ!」」
部隊が応じる。
吉津は告げた。
「御手洗お姉さまに、勝利を」
「「御手洗お姉さまに、勝利を!」」
次の瞬間、左翼が走った。
それは整然とした突撃ではなかった。
松栖流のように足並みをそろえて、圧で押す動きではない。
低く。
速く。
獲物に飛びかかる獣の群れのように。
ただし全員、目だけは異様に真剣だった。
◇
右翼。
鳴葉楓は、にやりと笑っていた。
「みんな! 突撃よー!」
「「おおおおおおっ!!」」
その周囲にいた尼剃根栖の部員たちが、一斉に雌叫びを上げる。
突撃の最中、いちばんまえを走りながら鳴葉楓は滔々と語る。顔は蕩けそうだ。
「お姉さまが、私たちに指示をくれた!」
鳴葉は胸に手を当てる。
「つまりこれは、信頼」
いい話のように聞こえる。
「つまりこれは、愛」
少し怪しくなった。
「つまりこれは抱擁♡」
完全に危ない人だった。
「これは、お姉さまの視界に私たちが入っているということ!」
なんか、はぁはぁしてる。やばい。
「「おおおおおおっ!!」」
だが士気は高かった。
理由はともかく、士気は高かった。
鳴葉は片手を掲げ、松栖流の右側面を睨む。
「狙うのは長槍隊の横っ腹! 突っ込んで、削って、崩して、最後に由美お姉さまへ勝利を捧げるわ!」
「「はいっ!」」
「あと、瀬戸際の皆の邪魔はしないように!」
「「はいっ!」」
「特に電光石火ちゃんが接近したら、進路には入らないように! あれは巻き込まれると危険よ!」
「「はいっ!!」」
認識は正しかった。
鳴葉は深く頷く。
右翼が走り出した。
◇
左右から、尼剃根栖が来る。
松栖流の指揮官が、それに気づいた。
「左翼、敵襲っ!」
「右翼にも来るぞ!」
「側面警戒! 槍列を崩すな!」
指示は速い。
さすが全国二位。
しかし、速いだけでは間に合わない場面がある。
今が、それだった。
松栖流の長槍隊は中央の郁佳たちを押さえ込むため、前へ力を集中させていた。
さらに遥の横槍で外側の意識を乱され、瑠衣が筋肉特戦隊の視線を吸っていた。
そこへ、左右から尼剃根栖。
タイミングが悪すぎる。
いや、違う。
悪くさせられたのだ。
左右から突っ込んだ尼剃根栖部隊が、松栖流の側面へ食い込んだ。
武器がぶつかる。
盾が鳴る。
槍が横へずれる。
整っていたはずの隊列に、ほんのわずかな歪みが生まれた。
「ちぃっ……!」
「隊列を維持しろ!」
松栖流は崩れない。
それでも、揺らぐ。
吉津の部隊は、真正面からぶつからない。盾で槍の軌道をずらし、足元を狙い、相手の前進を横へ流す。
鳴葉の部隊は、さらに厄介だった。
彼女たちは一度ぶつかると、すぐには離れない。相手の槍が自由に振れない距離へ入り、押すのではなく絡む。競技として許される範囲内で、ひたすら面倒くさい近接攻撃を仕掛けていた。
「こ、こいつら……!」
「間合いが近い!」
「槍が振れない!」
「そこです!」
吉津の盾が、槍の柄を押さえる。
「いただきます!」
鳴葉の一撃が、横から胸部判定を取った。
赤いローションが落ちる。
「よし!」
郁佳が、その瞬間を見逃さなかった。
「前列、半歩!」
瀬戸際の前線が、同時に前へ出る。
尼剃根栖が横から乱し、瀬戸際が正面から押す。
それは、ようやく成立した挟撃だった。
これまで郁佳たちは、松栖流の長槍隊を受け止めるだけで精一杯だった。
だが、左右から圧がかかった今なら違う。
防衛線は、防衛だけでは終わらない。
「押すよ!」
郁佳の声に、瀬戸際側の部員たちが応じる。
「「おおっ!」」
半歩。
また半歩。
松栖流の長槍隊が、初めて明確に後ろへ下がった。
◇
実況席では、羽月鋼が叫んでいた。
「ここで尼剃根栖高校が左右から突入ーっ!! これは見事に刺さりました! 松栖流高校の長槍隊、中央で長谷部選手に圧をかけ続けていましたが、左右から崩され始めています!」
木戸菜月も、興奮を隠しきれない様子でモニターを見つめる。
「御手洗校長、見事にタイミングを合わせましたね。牛島選手で横展開を止め、長谷部選手で中央を戻し、山ノ井選手で筋肉特戦隊の視線を引いた。その直後に尼剃根栖を左右から入れる。かなり嫌なタイミングです」
「嫌なタイミング!」
「はい。とても嫌です」
「木戸さん、褒めてます?」
「もちろんです」
実況席のモニターには、左右から尼剃根栖、中央から瀬戸際が噛みつく様子が映っていた。
松栖流の長槍隊は、まだ持ちこたえている。
だが、明らかに苦しくなっていた。
「これは流れが変わりますか!?」
「まだ分かりません」
木戸は即答した。
「松栖流高校は全国二位の実力校です。これだけ綺麗に横から刺されても、一気に崩れるほど脆くはありません。それに、波理日高校の本隊と筋肉特戦隊はまだ残っています」
「つまり?」
「瀬戸際側は、ようやく相手の第一段階を崩し始めたところです」
「まだ第一段階!?」
「はい」
木戸の視線が、波理日校長の本陣へ向く。
「本当に怖いのは、ここからでしょうね」
◇
結女は戦場を見ていた。
左右から入った尼剃根栖。
半歩押し返した郁佳。
前線の穴を埋める和音。
差し込み役として戻ったよしお。
そして、いつでももう一度走れる遥。
悪くない。
悪くないどころか、かなり良い。
それでも結女は、油断しなかった。
一瞬の油断は、一気に敗北を招く。
相手はまだ、本命を切っていない。
波理日校長。
筋肉特戦隊。
その二つが本格的に動いた時、戦場はまた一段変わる。
「瑠衣ちゃん」
「なに?」
瑠衣は、筋肉特戦隊と向かい合ったまま答えた。
「まだ突っ込まなくていいわー」
「了解」
「でも、目は離させないでねー」
「得意」
瑠衣は双剣を軽く回した。
再び、発泡スチロール製の刃が、金属でもないのに光を反射した気がした。
それを見た大殿欣二が、楽しそうに目を細める。
「あらぁん♡ 誘ってるのかしらぁ?」
「誘ってない」
「じゃあ、待ってるのねぇ♡」
「それも違う」
「じゃあ何かしらぁ♡」
瑠衣は一拍置いて、静かに答えた。
「見張ってる」
大殿の笑みが深くなった。
「あらやだ♡ 怖い子ねぇ♡」
筋肉特戦隊はまだ動かない。
だが、完全に止まったわけでもない。
前へ出る準備はできている。
ただ、瑠衣がそこにいる。
それだけで、踏み出すタイミングが一拍遅れる。
その一拍を、結女は欲しがっていた。
そして、その一拍を積み重ねるために、瑠衣を置いた。
中央では、尼剃根栖と瀬戸際の挟撃によって、松栖流の隊列がさらに揺らいでいる。乱戦に持ち込むことに成功したようだ。
そして、奥の波理日本隊がじわりと動いた。
今度は、本当に来る。
結女は小さく息を吸った。
「さてー」
その声は、いつも通り柔らかい。
けれど、盤面を見つめる目だけは、冷たく澄んでいた。
「次は、どこを崩しましょうかー」




