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騎馬戦記⭐︎ガールズナイツ  作者: mutsu!


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39/60

誤解と遥とアウトロー

 結女が次の指示を飛ばそうとした、その時だった。


 和音の背後で、空気を裂くような気配が走った。


「————っ!! 重音っ!!」


 叫びと同時に、鋭い斬撃が和音へ振り下ろされる。


「死ねぇえええっ!!」


「なにっ!?」


 風切り音。

 反射的に和音が大鉈を返す。


 ――ズバンっ!


 辛うじて防いだ。だが、浅く受けた衝撃が肩口まで響き、和音の身体が大きくぶれた。


「ぐあっ!」


「チィッ! 浅かった!!」


 和音は信じられないものを見るように目を見開く。


 目の前にいたのは、敵ではない。


 田中よしおだった。


「ぐぬぅっ……! 田中よしお貴様! 何のつもりだ!? 我らを裏切るつもりか!?」


「ははっ! 裏切る、だと!? ウェーイ! 裏切ったのは貴様だろうが、重音っ!!」


 よしおの目は血走っていた。

 いつもの軽薄さも、いつもの雑な明るさも、そこにはなかった。あるのは怒りと焦りと、どうしようもなく拗れた感情だけだった。


「一体、何の話だ!?」


「何の話だだと!? とぼけやがって!!」


 よしおが、さらに踏み込む。


 連続する剣戟が、中間地点の空気を一気に荒らした。


「俺が結女さんに惚れていることは知っていただろう!? なぜ手を出した!! 応援するって言ってくれたのは、あれは嘘だったのかよ!!」


「は? いや、何の話――!」


「どりゃあああああっ!!」


 和音が受ける。

 よしおが打ち込む。

 そのやり取りが始まった瞬間、戦場の一角だけ、まるで違う修羅場になった。


「まだしらを切る気か!? 重音和音!!」


 よしおの声が、半ば泣き声みたいに震えていた。


「お前が結女さんと原宿の街を一緒に歩いていたのは証拠が上がってんだよ!! ちくしょう!! 俺のことを二人して笑ってたんだろ!! 二人はもう恋人気分でウェーイなんだろ!! ちくしょう!! ウェーイ!!」


「だから一体、何の話をしていると聞いている!! そのような恐ろしい事実、あるわけがないだろう!! 頭を冷やせ、田中!!」


「うるせえっ!! 俺は冷静だバカヤロー!!」


 どう考えても冷静ではなかった。

 その混乱は、前線の空気にもじわりと伝播する。

 いいけど怖い、とはどういうことかしら——とでも言いたげに、結女の笑顔がわずかに引きつった。


 最前線では、松栖流の長槍と郁佳の防衛線がなおも激しくぶつかり合っていた。けれど、背後で味方同士が本気で斬り合いを始めれば、そちらへ意識が引かれるのは避けられない。


「くっ……!」


 前列の一人が、一瞬だけ後ろを見た。


 その隙を見逃さず、松栖流の槍が重く叩き込まれる。


「後ろに気を取られないで!!」


 郁佳が鋭く叫んだ。


「集中して! 今崩れたら全部終わるよ!!」


 叫びながら、自分でもわかっていた。

 まずい。かなりまずい。


「結女! どうしよう!? 郁佳が最前線を押さえてくれてるけど、このままじゃやばいよ!」


 後方で遥が叫ぶ。


 結女は一瞬だけ目を閉じた。

 前線。

 後方。

 中間地点。

 全部を見た上で、最短の答えを出す。


「うーん……とりあえず、はるちゃん」


「うん!」


「武器を使ったらダメージ判定入っちゃうからー、よしお君を止めてきてー。物理で」


「いぃっ!? 物理で!?」


「足の付け根を蹴り上げるか、延髄に一撃入れて連れてきてー」


 結女はにこにこしている。めっちゃニコニコしている。でもなぜだろう? 背後に見えてはいけない何かが見える気がする。遥の顔には縦線が入る。これはさからっちゃいかないやつだ。


「ひょえっ! 結女? 笑顔が怖いよ!?」


「あと校長先生ー? すみませんが少しの間、郁ちゃんの援護に入ってもらっていいですかー?」


「ふむ。任されよ!」


 瀬戸際校長が即座に動く。


 遥は顔に縦線を入れたまま和音と小競り合いを続けるよしおの方を見た。苦笑い。一度だけ大きく息を吸ってから、にやりと口元をつり上げた。


「おーけー。じゃ、ちょっと行ってくる!」


 次の瞬間には、遥の身体が地を蹴っていた。


 中間地点では、なおもよしおが和音へ斬りかかっていた。


「死ね重音ぉぉぉ!!」


「だから落ち着けと言っているだろう!!」


 二人の剣戟が火花みたいに散る。

 そこへ、横合いから一陣の風、いや弾丸が飛び込んだ。


「だあらっしゃぁぁああああああ!!」


「え?」

「ぷぎょルっ!?」


 返事をする暇もない。


 遥の身体が宙を舞い、揃えた両足がそのまま綺麗な軌道でよしおの顔面へと突き刺さる。某・外界宿のシスターな肝っ玉かあさんもかくやの一撃。


 ドロップキックである。


 見事な直撃。

 ギャグ漫画補正がなきゃ死んでる。


 よしおの身体がぐらりと傾き、そのまま白目を剥いて騎馬から転げ落ちる。


「お、おお……」


 和音が思わず声を漏らす。もちろん顔には縦線がびっしりだ。


 よしおは地面に落ちたまま、ぴくぴくと痙攣したあと、静かになった。



「ぐふぅ……」

「……よし」


 遥は着地し、満足げに頷いた。


「よし! じゃないよ!!」


 和音が思わず突っ込んだ。顔に差す縦線は増えてる。

 一瞬、戦場全体の空気が凍った気がするのはきっと気のせいだ。


 遥は、気絶したよしおの足首をむんずと掴む。


「よいしょっと」


「ちょっ、牛島さん!? 雑! 雑じゃないかな!?」

 なぜか先輩なのに、遥を苗字で、しかもさん付けで呼んじゃう和音元部長。


「大丈夫よ先輩、死んでない死んでない」


「その雑な安心の仕方は信用ならないんだけど!?」


 ずる、ずる、ずる。


 気絶したよしおは、そのまま戦場の地面を引きずられていく。あちこち擦りむいていそうだが容赦はない。


 そして結女の前、いや御前。


「はい、連れてきたわよー」


 遥が手を離すと、よしおは情けない音を立てて転がった。


 少しして、


「……はっ!」


 と、よしおが飛び起きる。


 目の前には結女。

 しかも笑っている。

 とても優しく。

 とても逃げ場のない感じで。


「ひっ! 結女さん!?」


「おはよう、田中よしお君」


 結女は柔らかい声で言った。


「とりあえず、正座。なんで裏切ったのか、納得できる理由を話してもらえるかしらー?」


 有無を言わせぬ声音だった。


 よしおはほぼ反射で正座した。


「ひぃっ!?」


「よろしい」


 結女の笑顔は崩れない。


 よしおはおろおろと口を開いた。


「こ、これを! このしゃ、写真! お、俺、結女さんがすすす好きで、重音が応援してくれるって言ってたのに、う、裏切ったから!」


 よしおは、一枚の写真をポケットから取り出した。

 ちょっと震えている。


「ふーん……どれどれー?」


 結女は写真を受け取り、ひらりと眺める。


「ああ、これねー。確かにこれは本物よー?」


「ぐふぅっ! やっぱり!」


 よしおが崩れ落ちかける。

 そこへ結女が、のんびりとした口調のまま続けた。


「確かに原宿で重音先輩には会ったわー。でも、これ、最近流行ってる『超巨大天空の真っ白マシュマロラピュタの綿菓子雲海巻き』をテイクアウトしに行った時に、偶然会っただけよー?」


「……へ?」


「先輩は妹さんと来てたわねー」


「へ?」


 よしおの顔が、間抜けなほど止まる。


「重音先輩のアンチが、ネットに拡散してるみたいなのよねー、それー」


「ほ、本当なのか?」


 和音が肩で息をしながら近づいてくる。


「本当だ。結女は瑠衣と来ていた。そうだろう?」


「間違いない」


 瑠衣が真顔で頷いた。


「この日、わたしは用事で少し遅れていた。そして私が待ち合わせの場所に来たら、重音先輩と妹ちゃんがいた。結女ちゃんがわたしに断りもなく別の人を呼ぶのは考えにくい。完全にたまたま」


「うえーい……」


 よしおの顔から、みるみる血の気が引いていく。


「ってことは……俺は、嵌められたのか?」


「そうなるな」


 和音が即答する。


「そうなるわねー」


 結女も頷く。


 数秒の沈黙。


 そのあと、よしおは地面に額がつく勢いで頭を下げた。


「……すみませんでしたー!!!」


 ものすごい勢いだった。完璧な土下座である。


 完璧すぎて、遥がちょっとだけ引いた。


「試合後に単独ファルファル祭りの餌食」


「ひっ!」


 瑠衣の冷たい(ただしいつも通り)執行予告に、よしおの肩が跳ねた。


 結女は写真をくるりと指で回してから、よしおの前にしゃがみ込む。


「そうなりたくなかったらー」


 声が甘い。


「私に嫌われたくなかったらー」


 笑顔も甘い。


「この後の活躍に期待しているわよー? うふふふ」


「は、はひぃっ!!」


 よしおの返事は、もはや敬礼に近かった。


 結女は満足そうに立ち上がると、すぐに盤面へ意識を戻した。


「さぁ、仕切り直しよー!」


 その瞬間、また軍師の顔になる。


「まずは重音先輩とよしお君は、代わりに援護に入ってくれてる校長先生の部隊とチェンジ。瑠衣ちゃんはもう少し待機ねー」


「了解」

「は、はいっ!」

「了解」


「はるちゃんは、そろそろ横に張り出してきた敵グループを狩ってきてー」


「おーけー!」


 遥が笑う。


 よしおは立ち上がりながら、ちらりと和音を見た。


「……その、さっきは悪かった」


「気にするな」


 和音は即答した。


「でも今は試合中だ。あとで飯でも奢ってくれ。まずは勝つぞ」


「うえーい……」


 微妙に情けない返事だったが、さっきよりはだいぶまともだった。


 結女が、その様子を見て小さく息を吐く。


 盤外から崩された空気は、ひとまず戻せた。


 なら、次は盤面そのものをひっくり返す番だ。


 戦場の喧騒は、まだ止まらない。


 だが瀬戸際側の呼吸は、ようやくもう一度、ひとつに揃い始めていた。

某・外界宿のシスターな肝っ玉かあさん=ゾフィー・サバリッシュ

懐かしい笑笑

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