そして戦いの火蓋は弾け飛ぶ。
やがて両軍は、それぞれの開始位置へとついた。
冬の風が、広いフィールドを横切っていく。
はためく旗の音。鎧と武具が触れ合う乾いた気配。観客席を埋めたざわめきも、いよいよ試合開始が近いことを察したのか、少しずつ熱を孕みながら静まっていった。
波理日・松栖流連合軍。
瀬戸際・尼剃根栖連合軍。
互いに二校ずつ、最大規模の兵力を抱えたまま向かい合う光景は、もはや一つの学校同士の試合というより、小さな戦争そのものだった。
審判が中央へ進み出る。
「これより――波理日・松栖流合従軍対、瀬戸際・尼剃根栖連合軍の試合を開始する! 両者、礼!」
きしりと空気が鳴る。
一方はそのような礼儀すらなく、一方は闇討ちを仕掛けられた側だ。礼儀を持って相対するに値しない。
お互いに向かい合い、礼はしない。
波理日校長が、艶っぽく笑った。
「こんばんわぁん❤ 瀬戸際校長ちゃん、ご機嫌麗しゅう❤」
その声に、瀬戸際校長は真正面から視線を返す。
「波理日校長。貴様、よくも我が校の生徒たちに下らん真似をしてくれたな」
「あらやだぁ❤ 何のことかしらぁん?」
波理日校長は肩をすくめ、ねっとりと笑う。
「でもまあ、今日ここであなたたちには派手にやられてもらう予定だから、どのみち同じことかしらねぇ❤」
その言葉に、御手洗由美が一歩前へ出た。
「その節はお世話になりましたわねぇ?」
波理日校長の笑みが、ほんの少しだけ細くなる。
「……あら。まだいたのねぇん❤」
「ええ。だから今日は、借りを返しに来ましたのよ❤」
ぴしり、と空気が張った。
瀬戸際校長は低く言い放つ。
「波理日校長。いや――魔王。現役時代の借りも含めて、今日ここで返させてもらうぞ」
波理日校長の目から一瞬の覇気が溢れる。
だが次の瞬間には、喉の奥で愉快そうに笑っていた。
「懐かしい呼び方をするじゃなぁい❤ いいわぁん。なら、あたしも期待に応えてあげる❤ 絶望ってものを、たぁっぷり見せてあげるわねぇ❤」
審判が、すっと手を上げた。
「両者、位置について――」
全員の意識が、一点に絞られる。
張り詰めた静寂。
次の瞬間、
「――始めっ!!」
鋭い笛の音が、冬空を切り裂いた。
「「おおおおおおおおっ!!」」
咆哮が上がる。
歩兵が駆ける。騎馬がうねる。
槍が立ち上がり、剣が走る!
「郁ちゃん、前線固定! まずは受けるわよー!」
結女の声が飛ぶ。
「了解!」
郁佳が短く応えた。
その背後で、瀬戸際側の防衛線が素早く形を整える。前衛の歩兵が横一線に広がり、その後ろに二人騎馬が控える。尼剃根栖の歩兵部隊は指示通り左右外側、少し後方で待機。機を伺う構え。動かない。
結女は盤面を見ていた。
向こうの動きは想定通りだ。
最前列には松栖流の歩兵長槍隊。
隊列は乱れず、一定の間隔を保ったまま、静かな圧力と共に前へ出てくる。
派手さはない。
だがだからこそ、不気味なほど整っていた。
「……来るよ」
和音が低く言う。
「ああ、見ればわかる」
郁佳も頷く。
松栖流の先頭集団は、一切無駄のない足運びで距離を詰めてくる。無言。感情を前に出さないまま、ただ淡々と、しかし確実に射程へ入ろうとしていた。
「うわ、やだやだ……なんか真面目に強そうなのが一番やだ……」
遥が後方で顔をしかめる。
「筋肉が迫ってくる絵面はかなり暑苦しい」
瑠衣が真顔で言った。
「ほんとに……」
和音が苦笑しかけた、その時だった。
松栖流前列の槍が、一斉に持ち上がる。
「来るわよー! 郁ちゃん!」
「任せて!」
次の瞬間、松栖流の長槍隊が一斉に打ち下ろした。
重い。
空気を裂く音が、まず重かった。
単純な打撃ではない。
速く、正確で、そして迷いがない。一本一本の軌道が、訓練で削り出されたように揃っている。
「っ――!」
郁佳の前線が、ぎり、と受け止める。
槍同士が噛み合い、火花のように緊張が散った。
一撃で終わらない。松栖流はそのまま二撃目、三撃目と間断なく槍を打ち下ろしてくる。
「重いっ……!」
瀬戸際側の歩兵が歯を食いしばる。
押される。
まだ崩れてはいない。だが、油断すれば一瞬でラインを割られる。
「郁ちゃん!」
「大丈夫! まだいける!」
郁佳が声を張る。
「前列、下がらないで! 受けるだけでいい! 無理に返さなくていいから、まず形を崩さない!」
その声に呼応して、防衛線がぐっと踏みとどまる。
結女の目が細くなった。
やはり厄介だ。
会議で聞いていた以上に、松栖流の前線は堅実だった。筋肉特戦隊のような分かりやすい濃さもなければ、波理日本隊のような不気味な静けさとも少し違う。ただただ、基本を極めた集団の圧がそこにはあった。
だが――まだ崩れていない。
「よし……」
結女が小さく呟く。
「はるちゃん、瑠衣ちゃん。もう少し待機ー。まだ早いわー」
「ぐぬぬぬぬ」
「まだよー」
「了解」
瑠衣はそれ以上言わず、静かに双剣逆手に握り直した。
一方その頃、松栖流後方。
波理日本隊の本陣では、波理日校長がうっとりとその光景を見つめていた。
「んふふふふ❤ いいわねぇ、松栖流ちゃんたちの真面目な筋肉……❤ 地味だけどちゃんと働いてて好感が持てるわぁん❤」
その横で大殿欣二が頷く。
「瀬戸際側は想定通り、防衛に兵力を寄せていますわ❤ 四姉妹の一人、鉄壁を軸に受け切るつもりのようですわね❤」
「ええ、ええ、そうでしょうとも❤」
波理日校長は、楽しそうに目を細めた。
「でもねぇ、大事なのはどこで崩れるか、じゃなくて――どこで、崩したと錯覚させるか、なのよぉん❤」
その言い方には、まだ何かあると匂わせる湿った愉悦があった。
前線ではなおも、攻守双方の長槍がぶつかり合っている。
「郁ちゃん、右前少し押されてるわー!」
「見えてる! 二列目、一歩前! 左はそのまま!」
郁佳の指示が飛ぶ。
防衛線は乱れそうで乱れない。ぎりぎりの均衡のまま、なんとか踏みとどまっていた。
「……すごい」
和音が思わず呟く。
「郁佳一人で、あの圧を止めてる……」
「僕一人じゃないよ!」
郁佳が食い気味に返した。
「みんなが支えてくれてるからだ!」
その声に、前線の空気がわずかに持ち直す。何人かが「郁佳様!」なんて漏らしてる。天然の垂らしである。
結女はその様子を見ながら、静かに息を吐いた。
第一波は、まだ耐えられる。
だが、このまま受け続ければいずれ削られる。
なら、どこで切り返すか。
その一点だけを、結女の頭は冷静に測っていた。
合従戦の火蓋が弾け飛び、間も無く最初の均衡点へとたどり着こうとしていた。




