作戦会議
部室の空気は、依然として重いままだった。
だが、ただ沈んでいても仕方がない。
現実が厄介だったのなら、整理して、切り分けて、これ以上選択肢を狭めない。可能なら増やす——つまり対策を立てるしかないのだ。
そんな空気の中、瑠衣が静かに口を開いた。
「まずは情報の整理。情報を制する者は全てを制す」
低く、淡々とした声。
それが妙にもっともらしく響く。
「そうね! まずは情報の共有からね!」
遥が場の空気を変えるように、こくんと力強く頷く。結女が遥を一瞬見て、信頼の笑顔を浮かべた。
和音へ向けて促す。
「そうね。先輩、お願いしまーす」
「了解」
和音は一つ咳払いをしてから、表情を引き締めた。
「まず、松栖流高校の戦術は、歩兵で隊列を組んでの長槍の打ち下ろし攻撃が主体だ。基本を忠実に極めた戦術は、地味だけどかなりの脅威だと言える」
部室の空気が少しだけ張った。
派手な奇策ではない。
だが、基本を極めた相手ほど厄介なのは、騎士戦を知る者ほどよく分かっていた。
遥が腕を組み、首を傾げる。
「ただの打ち下ろしなら、回避からのヒット&アウェイか、ガード&カウンターで返せばいいんじゃない?」
「たぶん、それは難しいと思う」
和音はすぐに首を横に振った。
「攻撃の速さと正確さ、そして重さ。つまり練度が桁違いなんだ。遥や瑠衣を含む部隊長クラスならともかく、一般選手全てにそれを求めるのは酷だろう」
「なるほど……それもそうですね」
郁佳が小さく呟く。集団戦において、構成メンバー全員が特異な程の戦闘力を備えているならば、この世に戦術などいらないのだ。遥とか瑠衣とかを基準にしちゃいけない。
本人は気づいていないが、郁佳とてその統率力と防御力はちょっと頭がおかしいレベルだ。それでも、個の戦闘力という一点において、遥と瑠衣は頭ひとつ抜けていた。
「避けるにも槍同士の隙間が少なくて、歩兵だと一撃、騎馬だと連続で攻撃を受けてリタイアに追い込まれる可能性が高い。暑苦しい連中だけど、堅実なチームだと言える」
「まさに難攻不落、ねー」
結女がゆるい調子で言う。
だが、その目はしっかりと思考していた。
そこへ今度は瑠衣が続けた。
「そうなると最初に接敵した時に、どれだけ早く相手の第一陣を潰せるかが、かなり重要。早い段階で数的有利を取らないと、一気にこちらが潰されてしまう。とてもやりにくい……」
「そうだね」
和音も同意するように頷く。
「……それに厄介なのは筋肉特戦隊だ」
「あー……」
遥の口から、なんとも言えない声が漏れた。
嫌な予感しかしない。
主に名前の時点で……。
「どんな選手達なの?」
「まずは大胸金之助選手」
和音は資料をめくるような口調で言った。
「こよなく筋肉を愛する男で、ふんふん言いながら高速で槍を突いてくる姿は、色々な意味で怖ろしい選手だ。ついた二つ名は機関車筋肉」
「「ぶふっ……!」」
遥と郁佳が揃って吹いた。
無理もない。
字面がもう既におかしい。
「……どこから何をどう突っ込んだらいいのか、理解不能」
瑠衣が真顔で呟く。
「あ、あはは……」
さすがの和音も少し苦笑した。
「次に僧帽欽也選手。ござる口調の男で、彼も筋肉を愛しすぎた男だ。僧帽筋を鍛えすぎて首がなくなっている」
遥と郁佳がもう一度揃って吹いた。瑠衣と結女も少し遠い目をしている。
「ついた二つ名はジャミラ。キャラの濃さとは対照的に正統派の剣の使い手だ。本人は忍者気取りのようだ」
「ジャミラて……」
遥の顔に縦線が入る。昭和が終わってもう長い。知っている人が一体どれくらい、いるのか……。
「宇宙怪獣なのか忍者なのかはっきりして欲しいとこねー」
忍者ならニンニン言っておけば良いのにと、結女がもっとも(?)なことを言った。
ハッ◯リ君を指しているのかハ◯ーさんを指しているのか。おそらく後者だ。縦笛は正義である。
和音は構わず続ける。
「あとは三角近一郎。身長百九十センチ超えの大柄な選手で、大剣の二刀流。筋肉による筋肉の為の筋肉な男だ。イミフが過ぎるが、力推しのスタイルを極めたような選手だな。二つ名は筋肉の大三角形」
「夏の星座か!」
遥のツッコミが即座に飛ぶ。
見た瞬間に目が腐るかもしれない。誰もがそう思った。
もう誰も止めない。
止められない。
止める気もない。
「そして最後に大殿欣二」
そこだけ、和音の声が微妙に疲れた気がした。
「彼は波理日高校から編入した大鎌使いで、二つ名はパリピ官兵衛だ……ったんだが、松栖流高校編入後の二つ名はオカマ官兵衛。漢女神教という宗教に入信してからオネェ化したみたいだ」
部室の空気が白黒になって凍った。
全員の口が四角くなる。
「ぶっ! なにその漢女神教って!?」
遥の台詞で世界に色がなんとか戻った。
「最近流行ってる新興宗教みたいねー」
結女がさらっと補足する。
「困った、切り落としても喜びそう……」
瑠衣が良い笑顔のまま、わりと物騒なことを言った。
その言葉に、和音の額にじわりと冷や汗が浮かぶ。
「うん。そうだねー」
否定はしなかった。
「おーけー」
遥が軽く頭を振る。整理しきれない情報を一旦脳の端へ押しやった顔だった。
「それで、元凶の波理日チームはどんな感じなの?」
その問いに、和音の表情が改めて引き締まる。
「そうだな……ひと言で言うなら、何の変哲もないチーム、だな」
部室の空気が、少しだけ変わった。
ここまでの筋肉特戦隊の濃さからすると、逆に拍子抜けするような答えだったからだ。
だが和音は、そこで言葉を切らなかった。
「だからこそ強く、全国一位になり得たとも言える」
その一言に、結女の目がわずかに細まる。特徴のない敵は一番やりにくく、正攻法で迎え撃つ必要がある。奇策が通じにくいのだ。
「特徴として、総大将と一部を除く全ての部隊が、二人騎馬のみで構成されているんだ」
「二人騎馬だけで……?」
郁佳が思わず問い返す。
和音は頷いた。
「今回の試合はおそらく、波理日校長が総大将として参戦してくるだろう」
その名前が出た瞬間、部室の空気に重みが戻る。
悪趣味な策。
知れない不気味さ。
和音は静かに言った。
「伝説の四騎士の時代に、魔王と畏れられた最強の一角に、僕たちは牙を向けられているんだ」
その言葉は、脅しではなかった。
冷静な事実確認だった。
だからこそ、重かった。
さっきまで筋肉の大三角形だのジャミラだのオカマ官兵衛だのと、情報の濃さにツッコミを入れていた遥も、今はさすがに黙っている。
ふざけた名前の向こうにいるのは、本当に強い敵だ。
しかも、それを束ねているのは、盤外工作すら平然と仕掛けてくる魔王。
厄介なんて言葉では、もう足りないのかもしれなかった。




