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騎馬戦記⭐︎ガールズナイツ  作者: mutsu!


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28/59

恋するウェーイと筋肉のお届けもの

 夜の街は、昼間とは別の顔をしていた。

 12月に入り、そこかしこでジングルベルのメロディーが鳴り響く。


 ネオンが冷たい冬の空気を揺らし、車のライトが細い川みたいに流れていく。通りに並んだ店からは、油の匂い、甘い匂い、呼び込みの声が溢れる。この時期特有の日常と非日常が入り混じった、師走の気配が漂っていた。


 その中を、田中よしおは一人、だらだらと歩いていた。手を温める吐息は白く、手と指の隙間から漏れ出し、口から漏れ落ちる言葉は、


「ウェーイ……」


 いつもの弾けたウザい口癖のはずなのに、今日はまったく弾んでいない。


「部活の後にバイトとか、まーじでキツいぜ……」


 部活が終わったあとのバイトの帰りだ。身体は重いし、眠いし、腹も減っている。理由は単純だった。


「けど、クリスマスのライブに結女さんを誘うためだ。頑張れ俺様……」


 そう自分に言い聞かせる。


 バイト代のほとんどは、ライブのチケット代に消える予定だった。——人気アーティストのクリスマス限定合同ライブ――椎茸林檎とABO。名前だけ見ると何だそれ、であるが、チケットはもっとなんだそれだった。高かった。めちゃくちゃ高かった。とても高校生のお小遣いで買えるものではなかった。


 だが、必要経費である。


 恋には勢いが必要だ。タイミングも必要だ。あと、金もいる。そして同時に、ここに親から貰ったお小遣いを注ぎ込むのはなんか違うとも思った。

 そんなこんなで健気にアルバイトに勤しむ、よしおだった。


「よし……。ここを乗り切れば、あとは当日うまく誘って、ウェーイって感じで距離を詰めて……」


 そこまで考えて、よしおは一人でうっすらにやけた。


 結女が少し困ったように笑って、でも断りきれずに一緒にライブへ行く。

 ついでにそのあと、冬のイルミネーションの中でいい感じになる。

 さらに流れでカラオケとか行って、もしかしたら、もしかすると――


「うへへ……いやいや、落ち着け俺様。まだ早い。まだ早いぞ……」


 ——普通に考えて、ごく普通に「ごめんなさい」される可能性もある。いや、むしろその方が確率は高いだろう。だが、そこに囚われてしまっては頑張れないのも事実である。意識的にその考えは季節の向こうへと追いやった。

 口元を押さえて自制する。

 人通りのある場所で一人にやにやしている男は、シンプルに危ない。


 ——繁華街を通り過ぎ、人通りが少なくなった道で溜息をひとつ。


「――ところで、誰だ? お前らは?」


 よしおの声が、虚空に響く。


 アルバイト先の店を出て暫くしてからずっと、見覚えのない、いや、見覚えがあってたまるかという連中が、チラチラとこちらをうかがっていたのだ。

 ……一拍、ぬるりとその全容を現す。


 筋肉だった。


 夜の街に似合わない。いや、そもそもどこの街にも似合わない濃度の筋肉が、そこにあった。


 しかも、布面積が少ない。


 そして、一人だけやたらとねっとりしている。


「あら❤ なかなかいい勘してるわねぇ」


 厚化粧の筋肉――大殿欣二が、うっとりと微笑む。真っ赤な口紅が蠢き、そこから這い出る野太い声が全身を撫で回す。


 全身に広がる鳥肌をコントロールする。

 よしおは一拍置いてから、心の底から嫌そうな顔をした。


「ふざけんな。お前らみたいなきっつい奴らが目の前でうろうろしてりゃ、誰でも気づくだろうが。俺様に一体何の用だ?」


「はっはっは! バレてしまったようだな!」


 横からぬるりと追加された別の筋肉が、やたらと胸を張る。 両手の親指と人差し指で輪を作って、乳首を強調しながら野太い声で言った。


「今日はお前にぃ、素敵なお届け物を持って来たのよぉ」


 続いて現れた別の筋肉が、ぶっとい腕を見せつけるようなポージングをしたまま、ぐへへへと笑いながら、一枚の紙を取り出した。ひらひらと見せつける。


 その瞬間、よしおの顔が露骨にしかめられる。


「……届け物だと?」


 嫌な予感しかしない。


 というか、謎の筋肉の集団から渡される届け物だ。ろくなものが入っているはずがない。おそらく不幸の手紙の方がまだマシな代物だ。


「ふん。どうせ碌でもねえもんだろ」


「げへへ。これを見ても、そんなことが言えるといいな?」


 げへへへと笑っていた筋肉が、わざとらしく三角筋を見せびらかしながら、存外に繊細な感じで丁寧に紙を広げる。


 ——ばさり。


 そして街灯の下、その写真がはっきり見えた瞬間。


 よしおの顔色が変わった。


「……んなっ!」


 そこに写っていたのは、原宿の人混みの中に立つ二人の男女の姿だった。

 それも、よく知る二人がそこにあった——


 その写真は切り取り方が、あまりにも悪かった。


 いや——正確には、あまりにも“良かった”。


 巨大な白い綿菓子を手に楽しそうに笑う結女。その隣でやわらかく笑う、ごく自然体の和音。

 距離が近い。近すぎた。なんならあーん、とかしている。もう何年も付き合っている恋人同士のように見えた。


 三角近一郎が、にたにた笑いながら覗き込んでくる。


「ぐへへへ。かわいそうになぁ。お前、ただのピエロじゃねぇか」


「そんな……馬鹿な!!」


 よしおの手が震えた。


 写真を奪い取るように掴み、もう一度見る。角度を変えて見る。何度見ても、写っているものは変わらない。見間違いなどするわけがなかった。


「和音……結女さん……」

 

「ピ、エ、ロっ♪ そらピ、エ、ロっ♪ ほれピ、エ、ロっ♪」


 筋肉特戦隊が、無駄に息を合わせて歌い始めた。


「可哀そうにねぇ❤」


「可哀そうでござるな」


「ま、元気出せ♪」


「うるせえええっ!!」


 よしおの怒声が夜道に響いた。


 写真を握る手に力が入る。皺が寄る。だが、それでも目は離せなかった。


「嘘をつくな! そんなもん、俺が信じるわけねーだろ!! 絶対合成か何かに決まってる!!」


 そうだ。そうに決まっている。


 いや、そうであってくれ。


 そう願うことしか出来なかった。それくらい写真の中の二人は仲睦まじげに見えた。


「そう思いたくもなるわよねぇ❤ わかるわぁん❤」


 大殿が妙に優しい声を出す。逆に腹が立つ。


「だからこれも一緒にあげる❤ 信じるかどうかはあなた次第よぉん」


 大殿が差し出してきたのは、小さな記録媒体、USBメモリだった。

 よしおは反射的にそれを受け取ってしまった。


「……なんだ、これ」


「元データ❤ 時刻も場所も残ってるわよぉん。親切でしょ?」


「……っ!」


 その一言が、妙に重く響いた。


 もし本当に撮影データそのものなら、時刻も場所も一致してしまったなら、これは、言い逃れできない“本物”になる。


 大殿は、何もかも見透かしたみたいに目を細める。


「それじゃあ、またねー❤ ばいばいきんにーく❤」


 筋肉特戦隊は、来た時と同じように、ぬるっと去っていった。


 その背中を、よしおは追えなかった。


 追う余裕なんて、もうなかった。


 残されたのは、夜の街灯と、手の中の写真と、妙に冷たい風だけだった。


「……嘘だ」


 ぽつりと、声が漏れる。


「こんな写真……絶対、嘘に決まってる」


 言いながら、USBメモリをスマホにつなぐ。


 指先がうまく動かない。震える。それは寒さだけのせいではなかった。 自らの心臓の音がうるさい。いやな汗が背中を伝う。


 表示されたのは、たしかにその写真のデータだった。


 撮影時刻。位置情報。たった一枚の写真だけが保存されたUSBメモリ。

 最悪の角度の一枚が確かにそこにあった。


 結女が和音へ綿菓子を差し出し、和音が自然な顔でそれを口で受け取ろうとしている瞬間。


 その一枚だけ見れば、十分すぎるほど“そう”見えた。そこには本来その場にいたはずの妹も、瑠衣も写っていない。

 それは……見えない悪意の塊、そのものだった。


「そんな……」


 喉が、からからだった。


「馬鹿な……」


 頭では、まだ何か別の事情があるのかもしれないと思っている。でも、胸の奥の嫌な部分だけが、どんどん先に結論へ飛びたがっていた。


 あいつは、重音は。


 いつも余裕そうな顔をして。何でもそつなくこなして。女子から人気があって。しかも、結女さんとも自然に話していて……。


「ちくしょお……」

 よしおの拳が、ぎり、と鳴った。


「嘘だ……」


 もう一度、写真を見る。


「こんなの……」


 視界が滲む。


「応援してくれるって……言ったじゃないか……」


 呼吸が浅くなる。一瞬の静寂——


「酷いじゃないか……。重音……お前は……俺を裏切ったのか……?」


 違う。裏切り、なのかどうかさえ、まだわからない。 そもそも自分は何ひとつ約束された立場じゃない。


 そんなことは分かっている。


 分かっているのに。


「……なぁ?」


 写真の中の和音に向かって、よしおは掠れた声で呟いた。


「嘘、だよな……?」


 返事は、ない。


 夜の街は、ただ静かに流れていく。


 手の中の写真は冷たく、けれど胸の中だけが、どうしようもなく熱かった。

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