この日現れていた筋肉の地獄を、彼女たちはまだ知らない
同じ頃、市内のカフェでは、まるで別世界のような平穏が流れていた。
ガラス越しの柔らかな灯り。甘い匂い。楽しげな客たちのざわめき。その一角で、瀬戸際高校四姉妹は巨大なパフェを前にしていた。
正確には、もうパフェと呼んでいいのかどうか怪しい代物を。
瑠衣はそれを前にして、静かに、だがどこか神託めいた口調で呟いた。
「瑠衣は今、とても驚いている。超ウルトラメガ盛りテラマックスケーキ乗せダブルポッキーサボテン蜂蜜フォンデュ生クリーム掛けホワイトドラゴングレイテストロアー! まさかサボテンパフェに更なる進化系が産まれていただなんて」
日野結女が、うっとりと目を細める。
「……きっと、今この世界にあるスイーツの中の王様と言っても過言ではないわー」
「とても神々しい」
「うふふー。そうねー」
その隣で、郁佳は心の底から困惑していた。
「今のセリフ、よく最後まで噛まずに言えたね……」
「実は何度か噛んだ後」
「一体どういうこと!?」
遥も笑いながら、しかしパフェを前に若干引いている。
「あ、あはは……ねぇ郁佳? 私もさ、甘いものはけっこう好きな方なんだけどさ? アレはもうパフェとは違う別のナニカになってる気がするわ……」
「遥、僕もその意見には同意しかないよ……」
目の当たりに縦線が入る郁佳である。
あまりにも平和だった。
同じ街のどこかで男子生徒二名が筋肉に挟まれて気絶しているとは、とても思えないほどに。
だがその温度差こそが、この世界の日常なのかもしれない。結女がスプーンを手に取りながら、ふと思い出したように言う。
「そういえばー、最近ちょっと波理日校長が怪しい動きをしてるみたいなのよねー」
その一言で、空気がほんの少しだけ変わった。
遥が首を傾げる。
「へー、その話、重音先輩から?」
「そー。松栖流高校を配下におさめたらしいわよー。あと尼剃根栖高校にも接触してるとかしてないとか」
「松栖流高校……」
郁佳が小さく繰り返す。
瑠衣は無表情のまま、しかし興味を示して視線を上げた。
「強い?」
「強いわよー。重量上げとかボディービルとか、そういう大会で何度も優勝者を出してる筋肉のエリート校だそうよー」
「き、筋肉のエリート校……?」
郁佳が微妙な顔になる。
「なんていうか……ものすごく暑苦しい……」
「なんか胸の筋肉とかピクつかせて喜んでそうね」
「気持ち悪い……」
瑠衣が即答し、遥が思わず吹き出す。
まだ誰も知らない。
その“筋肉のエリート校”と、もっとひどい何かが、すでにこちらへ牙を剥き始めていることを。
そして、今まさに縦島と元副部長が、後のトラウマとなるほどの何かを味わった直後だということも。
甘ったるい香りの中で、スプーンがパフェに沈む。
平穏な放課後は、まだ終わっていないように見えた。
だがその実、戦いの火種はもう、すぐ足元にまで転がってきていたのである。
この肉。あの花、ではない。




