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騎馬戦記⭐︎ガールズナイツ  作者: mutsu!


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ワタシマッソー♡アナタノスグウシロニイルノ

 その頃、瀬戸際高校から少し離れた夜道を、二つの人影が必死に走っていた。


 冬の空気は容赦なく冷たく、吐く息は白い。街灯の光は頼りなく、道の先をぼんやり照らしているだけだ。そんな夜の路地を、縦島と元副部長はほとんど転がるような勢いで駆けていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ、くそっ! 一体あいつら何やねん! なんで俺らを追いかけて来んねん!? しかもこんなクソ寒い中ブーメランパンツ一丁とか絶対に頭おかしいやろ!!」


 振り返りながら叫ぶ縦島の声は、切実そのものだった。


 隣を走る元副部長は、すでに息も絶え絶えである。


「た、縦島君……僕もう……走れ……ない……」


「諦めんな! 捕まったら何されるかわからへんぞ! 走れ元副部長!!」


「せ、せめて君ぐらいは名前で呼んでくれない!?」


「それもそうやな! とりあえず逃げるで! しも――」


 その時だった。


 後方から、場違いなほど陽気で、そして信じられないほど息の揃った声が聞こえてきた。


「マッスルマッスルマッソッソ♪ マッスルマッスルマッソッソ♪ マッスルマッスルマッスルマッスルマッスルマッスルマッソッソ♪」


 縦島は本気で泣きそうになった。


 恐怖というものは、しばしば人の理解を超えた瞬間に最大値へ達する。夜道で、謎の集団に、謎の歌を歌いながら追われるという状況は、まさにその典型だった。


「また俺の名前――っ!!」


 いつまで経っても名前を呼んでもらえない不憫な元副部長氏が叫んだ瞬間、二人の前方に黒い影が滑り込んだ。


 ざっ、と足音が止まる。


 街灯の下に立っていたのは、異様なほど鍛え上げられた男だった。いや、その表現は正確ではない。顔立ちは男だが、言動と雰囲気は妙にねっとりとしており、しかもポーズに無駄な色気がある。筋肉の上にオネェを着込んだような存在だった。


「見つけたわよ❤ 縦島くん、元副部長さん❤」


 うっとりと笑う、厚化粧の筋肉。


 逃げ道は塞がれた。


 縦島は反射的に元副部長を庇うように前へ出る。


「お前ら一体何者や!? なんで俺らを狙うねん!?」


「うふふふ❤ お馬鹿さんねぇ❤ そんなの、名乗るわけないじゃなーい❤」


 そう言いながら、大殿はくるりと腕を振った。


「出ておいでー❤ あたしの素敵な仲間たちー❤」


 その合図とともに、暗がりからぞろぞろと現れた影を見て、縦島は本気で目を疑った。


 筋肉だった。


 筋肉が、複数いた。


 しかもどいつもこいつも布面積が少なすぎる。


「我ら筋肉特戦隊っ! ぬるっとムキッと素敵に参上!」


 目が点になる二人。


「めっちゃ名乗っとるやんけ!!」


 思わず叫んでから、縦島ははっとした。自分は今、恐怖のあまり常識的なツッコミを入れてしまった。だがそれは、この場ではまったく意味を成さない。


「ふん! 学のない男でござる! これはブーメランパンツなどではない!」


「はっはっは! そうだぞ! これは……競泳水着だ!!」


「どっちでもえぇわっ!!」


 縦島の悲痛なツッコミが夜道に響き渡る。


「そろいもそろってこんもりさせやがって! キモいのは変わらんねん!! こんなクソ寒い日に服も着んと頭おかしいやろ!」


「何も着ていない、だと?」


 ひときわ大柄な男が、心外そうに眉をひそめ、にたりと笑った。


「一体どこを見ているんだ? よく見ろ、ほれぇほれぇ」


「乳首強調すんなや! 目ぇ腐るわボケっ!!」


 元副部長は半泣きで縦島の背中に隠れている。隠れてはいるが、二人まとめて追い詰められていることに変わりはなかった。


 厚化粧の筋肉が恍惚とした表情で両腕を広げる。


「解らないかしらねぇ❤ あたし達はちゃんと着ているわよ? そう――この分厚い筋肉を! ほらお前達っ! 昨日徹夜で作った美しいポーズを見せるわよー!」


 何ひとつ理解できないまま、筋肉特戦隊は一斉に決めポーズを取った。


「筋肉特戦隊隊長、大殿欣二(だいでんきんじ)❤」

「熱い男! 大胸金之助(おおむねきんのすけ)!」

僧帽欽也(そうぼうきんや)でござる!」

三角近一郎(みすみきんいちろう)だ!」


「全員揃って筋肉参上♪ 我ら筋肉特戦隊っ♪ ジェア!」


 名乗りの最後に無駄に揃った決めポーズが決まり、なぜか背後では色とりどりの花火まで上がった。冬の夜なのに空気だけが暑苦しい。

 

 ……。


 もう一度目が点になる二人。

 縦島と元副部長は、数秒遅れて同時に叫んだ。


「……暑苦しいわっ!!」

「暑苦しいよ!!」


「さぁ、行くわよ❤」


 大殿の声が少し低くなった。


「私達の力をっ! 筋肉をっ! 存分に見せつけてやるのよー❤」


「オッケーマッソー!」


「待て待て待て、何をする気や――」


 最後まで言わせてもらえなかった。


 三角近一郎に身体を軽々と持ち上げられ、縦島の足が宙に浮く。


「うわぁっ!? なっ、離せーっ!?」


「た、縦島君っ!? ……う、うわぁっ!」


 元副部長の方も、僧帽欽也に抱え上げられていた。


「きゃぁっ! いやぁ! ぬるっとしてる! なんかぬるっとしてるぅ! 離してっ! 離してー!!」


「ふむ。小ぶりだが中々いい筋肉をしているでござるな。さすりさすり」

 僧帽欽也が二人の尻を撫で回す。


「ひ、ひぃいい!」


「や、やめろぉ!!」


 縦島は全力で暴れたが、筋肉の拘束はびくともしなかった。体格差というものは時に、理不尽そのものである。


 しかも最悪なのは、こいつらが本気で楽しそうなことだった。


「はっはっは! どうだ? 我らの筋肉の触り心地は!」


「ふざけんな、放せやボケー!!」


 大殿が、慈愛に満ちた顔で近づいてくる。


「くふふふふ。心配しなくても、ちゃあんと天国を見せてあげるわぁーん❤」


 その台詞が一切の安心材料にならないところに、この状況の地獄さが凝縮されていた。


「行くわよぉ❤ そーれ❤」


「「筋肉サンドイッチ❤」」


「う、うわっ! う、うわっ! いや! イヤ――!!」


 迫る大質量。


 押しつけられる筋肉。


 妙に温かい体温。


 逃げ場のない圧迫感。


 鼻先をかすめる、嬉しくない男の匂い。


 そのすべてが一気に襲いかかった瞬間、縦島の意識は真っ白に弾け飛んだ。


「むぐっ!」


「ふぐっ!」


「ほーら、スリスリ、スリスリ❤」


 最後に聞こえたのは、そんな悪夢のような声だった。

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