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騎馬戦記⭐︎ガールズナイツ  作者: mutsu!


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〈閑話8〉超巨大! 天空の真っ白マシュマロラピュタの綿菓子雲海巻き

結女ちゃん回

 それは、夏が終わり、まだ季節の空気に少しだけ軽さが残っていた頃の話だ。


 昼休みの教室で、瑠衣はいつになく真剣な顔をしていた。

 いや、普段から真顔ではある。けれど、この日の真顔はほんの少しだけ圧が違った。


「結女ちゃん、次の日曜日に原宿に行こう」


 机に頬杖をついていた結女が、ふわりと視線を上げる。


「原宿ー?」


「そう。わたしが毎月買ってる雑誌『スイーツまる裸』に特集されてた情報がある」


「相変わらずすごい雑誌を読んでるわねー」


「情報は確か。超巨大天空の真っ白マシュマロラピュタの綿菓子雲海巻きのお店が、特別出店するらしい」


 結女の目が、すっと細くなった。


「行きましょう」


「うん。結女ちゃんならそう言ってくれると思ってい——」


「今日の放課後」


 瑠衣は一度、ぴたりと止まった。

 瑠衣の目もすうっと細くなる。


「……さすがは結女ちゃん。話が早い」


 結女はにこにこと笑う。


「善は急げよー」


「わかった」


 瑠衣は、ニヤリと笑った。

 本人的には、ニヒルに笑ったつもりのようだ。


「じゃあ、今日行こう。でも、今日だと私は少しだけ遅れることになる。大丈夫?」


「大丈夫、決まりねー」


     ◇


 そして放課後。


 結女は少しだけ早く原宿に着いていた。


 瑠衣は、何か学校で少しだけ作業を終わらせてから来るそうだ。某ファンクラブの会報の発行であるとは誰も思わない。


 竹下通りはいつものように人で溢れ、色と音と匂いが洪水みたいに押し寄せてくる。結女はそういう雑多な熱気を嫌いではなかった。むしろ、少し面白いと思う方だった。


「さてさてー、問題のお店はどこかしらー」


 スマホで位置を確認して、目的の特別出店ブースへ向かう。


 そして見つけたそれを見上げて、結女はふふ、と笑った。


「……これはまた、すごいわねー」


 看板に大きく書かれた商品名。


 【超巨大! 天空の真っ白マシュマロラピュタの綿菓子雲海巻き】


 名前だけで情報量が多い。

 某有名なセリフを、思わず素で言ってしまいそうになるほどの大きさだ。

 結女が二人並んでも、まとめて隠れられそうなサイズ感があった。

 どうやらラピュタは本当にあったらしい。


 渦を巻くような真っ白な綿菓子。その中心でふわふわと重ねられたマシュマロには抹茶パウダーが振りかけられ、まるで雲の中に浮かぶ深緑の大地のようだ。

 ところどころに散った銀色のアラザンが、きらきらと輝いている。

 軽そうなのに巨大で、巨大なのに繊細で、もはや菓子というより神話の雲海だった。

 どう見ても、空から女の子が降ってきそうである。


 結女は列に並んだ。


 待っている間も、周りから聞こえてくるのは「映える」「やばい」「でかい」「これ食べ物?」みたいな言葉ばかりだ。皆考えることは同じらしい。


 順番が来て、結女は一息で注文した。


「超巨大天空の真っ白マシュマロラピュタの綿菓子雲海巻きを一つお願いしまーす」


 店員が一瞬だけ目を丸くしたあと、にっこり笑った。


「ありがとうございます! 雲海巻き一つですね!」


「略したわねー」


 そして数分後。


 結女の手には、巨大な白い雲海があった。


「うわあ……」


 思わず声が漏れる。


 近くで見ると本当にすごい。

 高い。白い。軽い。危うい。


「これ、ちょっとした兵器じゃないかしらー」


 うふふ、と呟いたところで、


「あれ? 結女さん?」


 聞き覚えのある声がした。


 振り向くと、そこには私服姿の重音和音がいた。隣には、小柄な女の子。小学校の三年生くらいだろうか? どこか和音に似ているが、もっと素直に目が丸くて、見ていて可愛らしい。


「あらー、重音先輩」

「こんにちは。偶然だね」

「ほんとねー。今日は妹ちゃんとお出かけですかー?」

「うん。買い物帰り。そしたら、すごいものを持ってる人が見えて。まさか結女さんだったとは思わなかったよ」

「ふふふ。これねー、最近流行ってるのよー」

「こんにちは、いつも兄がお世話になっています。重音音符と言います」

「あらあら、しっかりした妹さんですねー」


 結女は、綿菓子雲海巻きを少し持ち上げた。

 音符が目をきらきらさせる。


「すごい……雲みたい……」

「でしょー?」

「可愛いし、おいしそう!」

「うふふ。でしょー」


 和音も苦笑した。


「相変わらずすごいものに惹かれるね、結女さん」

「これは瑠衣ちゃん案件よー? 今日は瑠衣ちゃんに誘われて来たの」

「へえ、……珍し、くはないか」

「雑誌で見つけたらしいわー。『スイーツまる裸』でー」

「……雑誌名は聞かなかったことにしておこうかな」


 結女が笑っていると、人混みの向こうから瑠衣が現れた。


 肩で少しだけ息をしている。けれど表情はいつも通りだ。


「結女ちゃん、いた」

「いたわよー。ちゃんと先に買って待ってたわー」

「早い」

「善は急げ、だものー」


 瑠衣の視線が、結女の巨大な綿菓子から、和音、妹へと移る。


「? 重音先輩と……?」

 珍しく目をぱちくりさせながら、瑠衣は二人に視線を向けた。


「重音先輩の妹さんだそうよー」

「やあ、瑠衣さん。偶然会ってね」

「重音音符です。はじめまして」


 瑠衣の目尻がわずかに下がる。


「妹ちゃんも、食べたい?」

「え?」

「真っ白マシュマロラピュタの綿菓子雲海巻き」


 音符は少し慌てたように首を振った。


「嘘はダメ」

 瑠衣が無表情のまま、メッとする。


「あ、へ? え?」


「私が買ってあげる」

 瑠衣は間を置かずに言った。


「え、でも……」


「だめ、奢る。可愛い女の子に甘いものはマスト」


 和音が思わず吹き出す。


「どんな理屈?」

「瑠衣ちゃんらしいわねー」

「理屈は通ってる」

「通ってるのかなあ……」


 妹はおろおろしていたが、結女はくすくす笑って背中を押した。苦笑いする和音。


「ほらほらー、せっかくだしお願いしちゃいなさーい」

「で、でも……」

「大丈夫。瑠衣ちゃん、こう見えて押しが強いからねー。行かないと怒っちゃうかもー?」

「がおー」

 無表情のままなんだかよくわからない猛獣っぽいポーズをとる瑠衣。

「あ、ほんとだ」


 音符はくすりと笑い、一瞬だけ兄の顔を見た。和音は軽く顎で促し、瑠衣も小さく頷いた。


「行こう。並ぶ」

「はい!」


 そうして瑠衣は満面の笑顔の音符を連れて、列へ向かった。


 その後ろ姿を見送りながら、結女は笑う。


「瑠衣ちゃん、ああ見えてほんとに優しいのよねー」

「うん。知ってる」

「しかも自分ルールが独特だしー」

「そこも含めて瑠衣さんだよね。今度、何かお返ししないとだね」


 結女は綿菓子を少しちぎって口に入れた。


 ふわっと溶けて、思っていたよりずっと優しい甘さが広がる。


「……あ、美味しい」

「見た目の圧に反して?」

「そうそうー。もっと暴力的に甘いかと思ってたわー」

「それ、スイーツの感想としてどうなんだろう」

「先輩にも少しお裾分けねー」


 結女が少し綿菓子をちぎって口元へ持っていく。

 ごく自然体で「いただくよ」と和音が笑った、その時だった。


 人混みの向こうで、小さくシャッター音が鳴った。


 パシャリ。


 結女はそちらを見る。

 けれど、スマホを構えていたらしい人影はもう人混みに紛れて見えなかった。


「……んー?」

「どうかした?」

「今、なんか撮られた気がするのよねー」

「写真?」

「んー、たぶん。でもまあ、原宿だしー」


 和音も振り返ったが、もう何も見えない。


「気にしすぎじゃない?」

「そうかしらー」

「結女さん、目立つし」

「それ、褒めてるー?」

「美人さんだからね」

「先輩も校内にファンクラブとかあるじゃないですかー」

「……はは、あれ、困ってるんだけどね」


 結女は少しだけ首を傾げたけれど、深くは考えなかった。


 原宿で写真を撮られるなんて、別に珍しいことでもない。騎馬戦(ナイツ)ゲームはテレビ放送もされている。

 それに、今この場にあるのは、巨大な白い綿菓子と、甘い匂いと、少し穏やかな時間だけだった。


 やがて瑠衣が戻ってくる。

 妹の手には、新しい雲海巻きがあった。


「任務完了」

「任務だったのねー」

「可愛い女の子に甘いものを供給した。完全勝利」

「おおげさだなあ」

「瑠衣お姉ちゃん、ありがとうございます……!」


 妹が嬉しそうに頭を下げると、瑠衣は目尻を下げ、綿菓子と交互に見た。少し悔しそうに言う。


「……うん。よかった」


 その反応に、結女はまた小さく笑う。


「瑠衣ちゃん、妹ちゃんに抱きつけなくて悔しがってるのよねー?」

「綿菓子はとても素敵。でも今はちょっと邪魔」


 白い雲海が二つ並ぶ。


 和音の妹は嬉しそうにそれを見上げ、結女は楽しそうに笑い、瑠衣は少しだけそっぽを向く。和音はそんな三人を見て苦笑していた。


 さっき誰かに撮られた写真が、後になって妙な誤解の火種になることを。


 この時の四人は、まだ知らない。

次回から本編戻ります。

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