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騎馬戦記⭐︎ガールズナイツ  作者: mutsu!


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18/59

東の柔らか剣聖、西のジャンヌダルク相対す!

「ウエーイ! そんなアホな!」


 元・宇恵井部長、田中よしおのツッコミが、戦場の喧騒の中にむなしく響いた。


 だが、その混乱すら意に介さず、黒いマントの男――瀬戸際校長は豪快に笑い飛ばした。


「はっはっは! 出場依頼があったときはさすがに私も驚いたが、むしろ自らの職場を守るのは当然のことっ! かつては柔らかい剣の剣聖の名を欲しいままにしたオジ様の実力、とくと見せてやろう!! とうっ!」


 そう言うや否や、瀬戸際校長は驚くほど軽やかな踏み込みを見せた。

 年齢相応の衰えも、普段の渋い佇まいもそこにはない。まるで若い頃の身体が一瞬だけ戻ってきたかのように、黒マントの下から鋭い斬撃が連なる。


 対する潔岳校長――御手洗由美もまた、妖艶な笑みを深めて前へ出た。


「ふふふ。この御手洗由美、またこの場に立つことになるなんて、思ってもみなかったわ。華麗に優雅に降り立つは西のジャンヌダルク、参る! さぁ誇り高き潔達! あの男を倒せば素敵なチケットを上げるわよ! 具体的には裏口……ケホンケホン推薦入学のチケットよー! いきなさい!!」


「「おおっ!!」」


 その一言で、潔岳の生徒たちの目の色が一気に変わる。

 推薦という餌は強い。教育の香りはあまりしないが、士気は確実に上がっていた。


「ふん! 職権乱用も甚だしいストーカー女め! 頭のおかしい格好をしよって! 柔らかい剣の剣聖、参るっ!! ほおあちょー! チェスト―!! あたー! あたたたー!」


 瀬戸際校長が、もはや剣術なのか何なのかわからない掛け声とともに突っ込む。


 しかし――強い。


 勢いだけではない。踏み込みの角度、間合いの取り方、連撃の切れ味。そのどれもが、年齢を感じさせない水準にあった。柔らかい剣がしなるたび、潔岳モブたちの悲鳴が次々に上がる。


「ぎゃあっ!」

「うおっ!?」

「ぐはぁっ!!」


 頭上から、赤いローションがどぼどぼと降り注ぐ。


「はーっはっはっはっは!! 弱いっ!! 弱すぎるぞ―――!!!! は――っはっはっは……ふぁっ!?」


 高笑いの途中で、瀬戸際校長の顔が固まった。


 嫌な音がした。


 ……ぐきり、と。


「お、おう、こ、腰が!」


 ほんの一瞬。

 戦場の空気が止まる。


 御手洗由美は深く、深くため息をついた。


「……はぁ、貴方の相手は私、なんて決め台詞も言わせてくれないのね……。やっておしまいなさい! もちろん、腰のあたりを集中的に、ね」


「ちょちょっと、たんまたんま!! 年寄りは優しく扱おう! ね? ね?」


 哀願は無駄だった。


 次の瞬間、幾つもの武器が容赦なく振り下ろされ、瀬戸際校長の全身に判定が走る。腰にも判定が走る。ひどい。

 まさしくボッコボコである。赤い液体が頭上からどばっと降り注いだ。


「ぐっはー!」


 黒マントの剣聖、わずか数秒で散る。


 沈黙が落ちた。


 その沈黙を最初に破ったのは、結女だった。


「校長先生……思いのほか役に立たなかったわねー」


「あ、あはは……だけど、五人程倒してくれたし十分だよ! さすが柔らか剣聖さん。守備部隊のみんなっ! ここが正念場だ! 結女に指一本触れさせるんじゃないよ!!」


「「お――っ!!」」


 郁佳の声に、瀬戸際の守備部隊が一斉に気合を入れ直す。


 御手洗由美は唇を歪めた。


「ふん! 掛かって来なさい! 青二才ども!」


「あなたの相手は僕だよ!!」


「へっ! 俺もいるぜ!」


 郁佳と縦島が同時に飛び込む。

 校長という肩書きにひるむ気配はない。というより、ここまでくるともう肩書きなど関係なかった。目の前にいるのはただの危険な強敵である。


     ◇


 その頃、別の戦線では瑠衣が完全に孤立しつつあった。


「はぁはぁはぁ、暴れてくれたなぁ、玉狩り姫っ! だが、ここまでだ!」


 潔岳モブAが、息を荒げながらも勝ち誇ったように叫ぶ。


 その周囲には、すでにローションまみれで転がる潔岳の生徒たちが十数人。だいたいみんな特定の場所を押さえている。


 瑠衣は一人でそこまで削ったのだ。


 だが、その瑠衣も肩で息をしていた。呼吸は荒く、足元も少しふらついている。さすがに消耗は隠せなかった。


「はぁはぁ、囲まれた。瑠衣はもうこれまでのよう。ここからは最後の足掻き、ふふ、あと何人か連れていくとしよう——秘剣双剣玉砕き——」


 そう呟いた瞬間、瑠衣の二刀が閃いた。

 ただし柳流古武術にそんな名前の技はない。


 神速の連撃。

 舞うように振るう剣線。前後左右。四方向にいた潔岳モブたちが、ほとんど同時に悲鳴を上げて崩れ落ちる。


「ッギャー!!」

「オッホウっ!」

「は――んっ!!」

「あ、ありがとうございまーす!!」

 変なやつも混じる。


 だが、それは瑠衣の懐を開ける動きでもあった。

 最後の一人が、倒れた味方を盾にして、捨て身で踏み込んでくる。

 瑠衣が振り向いた時には、既に目の前に敵の攻撃が迫っていた。


 ぎりぎりで返す刀。

 瑠衣の左手の小太刀が、相手の右脇の下を切り上げる。


「ぐあっ……甘い!!」


 だが、相手も捨て身だった。

 被弾しながらも、剣を左手に持ち替えていたのだ。


 間に合わない。


「そこだー!!」


 瑠衣の右手の小太刀が、相手の顎先を捉える。

 もちろん、約束の地を通過したあとで。


「にゃほーん!!」


 敵が崩れ落ちる。


 同時に、瑠衣の胸元にも敵の一撃が届いていた。


「うあっ……!」


 瑠衣は小さくよろめき、ぽつりと呟いた。


「……っく、相打ち。無念……あとはみんな任せた……」


 ローションが、二人の頭上から同時に降り注いだ。


「きゃあ!!」


「「瑠衣――!!」」


 遥と郁佳の叫びが重なった。


 その瞬間、重音の目が燃える。


「くそぉっ! 貴様ら、瑠衣の頑張りを無駄にしてはならぬ!! 我に続け——!!」


「「おお――!!」」


 瀬戸際の残存部隊が一気に勢いづいた。


 当人は

 「あ、これイチゴ味だ」

 とか言いながら、かき氷のいちごシロップにも似たフレーバーのローションで、ぬるぬるになっているだけなのだが……。


     ◇


 実況席でも、戦況の変化ははっきり見えていた。

 木戸が叫ぶ。


「おっとここで瀬戸際高校攻撃の要! 山ノ井瑠衣選手がリタイアだ―—!! これは痛い、痛すぎる損失です!!」


 羽月が悲鳴をあげる。

「ああーっ! 瑠衣た――ん!!!」


「うわっ、きも! ……って、おっと、また戦局が動きました!! 潔岳左半分が完全に崩壊っ!! 瀬戸際高校元部長重音和音選手、大鉈で潔岳高校の左翼部隊最後の一騎をぶっ倒しました――!! 会場でも黄色い声援が上がっています!! っきゃー!! 和音様素敵ぃぃっ!! 抱いて―!!」


 羽月は隣を見た。


「うわっ……」


 木戸は実況という職務を忘れ、半分本気で騒いでいた。


     ◇


「はぁはぁ……。我が配下供よ、あとひと踏ん張りだ! 隊列を整えろ! 一気に残党を叩くぞっ! 気合を入れろっ!! 勝鬨(かちどき)だ!!」


「「おおっ!!」」


 重音の号令で、瀬戸際の隊列が立て直されていく。


 遥も剣を振り上げた。


「みんな、私達は一旦後退! 隊列を整えて、一気に殲滅するわよ!!」


「「おお――っ!!」」


 乱戦から、一瞬だけ秩序が戻る。


 しかし、潔岳陣営の総大将もまだ折れてはいなかった。


「くそっ! 重音の野郎に四姉妹め、やってくれる! 竜司! 源! 卓也! お前ら二人騎馬三部隊で重音を押さえろ!! 他の奴らは俺に続け!! まずは電光石火を潰すぞ!!」


「「おおっ!!」」


 戦場は、最終局面へ向けて再編成されていく。


 実況席の木戸もさらに声を張り上げた。


「戦局は最終局面に入ったようです! それぞれフォーメーションを敷き直して最終攻勢の構えを見せています!!」


「瑠衣たんがいない瀬戸際チームなんて……」


「やかましい! 仕事せい!!」


     ◇


 戦場の隅。

 そこだけが、妙に静かだった。


 遠くで武器音と怒号が飛び交う中、瀬戸際校長は地面にうつ伏せのまま、なぜか落ち着いた声を出した。


「ふむ。これは見所ですね」


「ここで勝負は決まる」


 同じくリタイアした瑠衣が、隣で淡々と頷く。


「もう見守るしかできません。後は運を天と彼らに任せるしかないでしょう。君は……確か四姉妹の山ノ井さんだね。もしかして君のお母さんの名前は瑠香さんというのではありませんか?」


「……あなたは誰? どうして私のお母さんを知っているの?」


「やはりそうでしたか。私はただの校長ですよ。瀬戸際校の……え? 覚えてないの??」


「人の顔を覚えるのは苦手。ところでさっきからどうして地面でうつ伏せのまま?」


「腰が……死んだからですよ」


「……年寄りの冷や水」


「ははは、手厳しいですね」


 まったく格好がついていなかった。

 会話の内容だけを切り取れば伝説の語り部めいているのに、うつ伏せである。全部台無しだ。


「あなたは潔岳の校長に恨まれていると聞いた。何をしたの??」


「……なに、大したことはありません。何度か朝までボードゲームで完封しただけですよ」


「理解した。最初の質問。なんでお母さんを知ってるの?」


 瑠衣はぶれない。


 瀬戸際校長は、少しだけ目を細めた。


「学生時代、私の憧れだったんです」


「……そう」


「私は四騎士に憧れて騎士チームに入りました。私は彼らの伝説を語り継ぐためにもこの母校を守らなくてはなりません」


「台詞はかっこいいのにうつ伏せはしゅーる。全部台無し」


「それは……否定できませんね」


     ◇


 最前線では、郁佳と御手洗由美の戦いがなおも続いていた。


「オーッホッホッホッホ! なんてしぶとい子たちなのかしら! あなた鉄壁の二つ名は伊達じゃないわねぇ! ……忌々しい」


「あなたこそしぶといですねぇ! 結構いいお歳でしょうに」


「小娘が!」


「ええ、小娘ですよ? それがどうしました? おば様?」


 一瞬、空気が凍った。


 次の瞬間、御手洗由美の笑い声が怒りの色を帯びる。


「オーッホッホッホッホ! 地に伏せさせてあげるわ!」


「眉間にしわが増えますよ?」


「ぶっころす!」


 剣と鞭が激しく打ち合う。

 郁佳は息を切らしながらも一歩も退かない。だが相手は想像以上にしぶとく、圧力も強い。


「くっ! はっ! たぁっ!」


「ふみちゃん! 一旦戻って来てー」


 結女の声が飛んだ。


「結女!? 了解!!」


 郁佳がすぐに踵を返した。


「行かせるわけないでしょう!?」


 御手洗由美が追撃に出ようとした、その横から。


「でやあああ!!!」


 縦島が突っ込んだ。ヒーロー登場。


「ちいっ!」


「俺を忘れてもらっちゃあ困るなぁ! このけしからんチチシリフトモモめ!」


「お前は縦島とか言うクソガキ!」


「縦島君! その年増痴女の相手は任せたよ!!」


「おうっ! 任せとけ!!」


「この、モブごときがぁ!」


「俺は熟女もいける口なんでな! ふん……揉みしだいてやる!」


 ヒーローと言ったさっきの言葉を返せ。

 ……もはや何の戦いなのか一瞬わからなくなるが、勢いは本物だった。


 その隙に郁佳が結女の元へ駆け戻る。


「結女、要件は?」


「あらかたの雑魚は倒したことだしー、あのビキニマントは他のメンバーと縦島君に任せておいてー、重音先輩の後ろから総大将の後ろに回りこめる?」


 郁佳は一瞬だけ目を見開き、すぐに理解した。


「……なるほど、やってみる価値はあるね」


「さすがにもうこっちに回す戦力はないだろうからねー」


「わかった」


 郁佳が再び走り出す。

 その先で、金属的な打撃音が鋭く響いた。


 戦いは、いよいよ終盤へと雪崩れ込んでいくのだった。

次回たぶん決着です。

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