法螺貝、吹いていい?
潔岳戦、開戦直前です。
作戦確認、士気高揚、謎の人物。
銀英伝が好きな方には、ほんのり何かを感じてもらえるかもしれません。
なお、騎馬戦です。
結女が、敵陣を見渡してのんびりと言った。
「うわー、なかなか壮観ねー」
その声に、郁佳が思わず顔を引きつらせる。
「ラスボスがいっぱいいる……」
無理もなかった。
潔岳高校の陣形は、ひと目見ただけで異様だった。前線には長槍を構えた歩兵部隊。その後方には、通常とは形の違う変形三人騎馬がずらりと並び、まるで壁のように戦場を塞いでいる。どの騎馬にも長槍が備えられており、近づくだけでも厄介そうだ。
なにせ三人騎馬は、構成次第で騎士役とは別に馬役まで武器や盾を持たせることができる。通常は馬役の負担が大きすぎるためまずやらないが、変形三人騎馬でそれを成立させた場合、前方に攻撃手段が集中する。
重音は苦笑まじりに息をついた。
「はは。やっぱり変形三人騎馬の壁を作ってきたね」
「しかも全員長槍持ってて、前には歩兵部隊が待ち構えてるわね。乱戦になったらかなり面倒臭い事になりそう」
騎士役も両手に槍を持っているのだ。真正面から相対した場合、四本の武器を相手に戦わねばならない。
遥の言葉に、重音はすぐには返さなかった。
「……」
敵陣を見つめたまま、彼はわずかに目を細める。
軽口を叩いていても、脳裏には先日の校長室でのやり取りが鮮やかによみがえっていた。
――随分と勝手な提案だな。
低く押し殺したような瀬戸際校長の声。
対する潔岳校長は、いつものように艶のある笑みを含んだ声音で応じていた。
――うふふ。そうかしら? 断るなら、それでもよろしくてよ? その場合はこちら、毎週のように宣戦布告を重ねるだけですもの。
その瞬間、瀬戸際校長の眉間に深い皺が刻まれた。
宇恵井を手中に収めたとはいえ、選手層ではまだ潔岳に遠く及ばない。毎週のように宣戦布告を受け続ければ、いずれどこかで無理が出る。疲労は蓄積し、負傷者も避けられないだろう。
――生徒を守るのは、教育者としての最低限の矜持だ。譲れない。
校長の沈黙には、そんな思いが滲んでいた。
「脅しか」
絞り出すようなその一言に、潔岳校長は即答した。
「現実的な提案ですわ」
あまりにも迷いのない返しだった。
その場の空気が、ぴんと張り詰める。
耐えきれず、重音は一歩前へ出た。
「校長! 受けてください! 僕たちが必ず退けて見せます」
瀬戸際校長は、しばらくのあいだ重音を見つめていた。
やがて、その眼差しから迷いが消える。
「和音……。わかった。任せよう」
その一言には、教師としての苦渋と、託す者としての覚悟の両方が込められていた。
試合会場の喧騒が、ふっと意識の中へ戻ってくる。
熱気、歓声、緊張感。現実の戦場が、再び目の前に立ち上がった。
重音は小さく息をついた。
「……さて、どうやって崩そうね?」
「結女、どうする?」
遥が振り返ると、結女は敵陣を観察したまま、相変わらずふわふわした調子で口を開いた。
「うーん、ちょっと失敗したかなー。宇恵井高校は併呑とかしないで、同盟校として動かした方がよかったかしらねー」
一校につき最大120人の縛りはあくまでも一校につき、である。つまり、宇恵井を飲み込まずに残していた場合、宇恵井高校の部隊は同盟軍として、まるっと結女の指揮下に入れられた可能性はあった。だが……。
「ま、宇恵井部隊の三十人に突撃してもらってー、混乱した所を横から後ろから狩っていくしかないわねー。よしおくーん」
呼ばれた田中よしおが、いかにも嫌そうに眉をひそめる。
「ウエーイ……その名で俺を呼ぶんじゃねーよ」
ウエーイ系なのに田中よしお。本人のキャラクターと合わさると妙な残念感がある。本人も嫌そうだ。
「……で、今の話だと俺は敵陣のど真ん中に突っ込めばいいのか?」
「そうねー。一気に中央突破! 総大将がこっちから見て左側にいるから、反時計周りに後方へ走り抜けて貰えるかしらー? 抜けた時点での損耗率は一〇パーセント未満が目標よー」
「ウエーイ……マジで軽く無理難題を言ってくれるなぁ、さすがは俺が惚れた女だぜ。ふん! おもしれ―! やってやるよ!」
他の宇恵井の男子生徒達も気合十分に見える。
共学化という餌は、男子の士気を吊り上げるには十分だった。少なくとも部長氏は、完全に結女の掌の上である。
結女、黒い。真っ黒である。
よしおは口では文句を言いながらも、その目はぎらついていた。こういう無茶振りを、嫌いきれない性格なのだろう。
結女はうなずいて、すぐに次の指示へ移る。
「重音先輩の部隊は、よしおくん部隊の真後ろを二人騎馬でついて行って、右側の歩兵を刈り取ってくださーい。数は八部隊で二十四人」
「了解」
「残り六十六人は、私の護衛に十二人。はるちゃんとふみちゃんの部隊は二十人、三人騎馬をそれぞれ五部隊。瑠衣ちゃんと残り十四人は歩兵よー。合図を出すまで後方待機ねー」
「「「了解っ!」」」
三人の声がきれいに重なる。
そこで遥が、ふと結女の横に立つ人物へ目を向けた。
「……ところで結女? その……横にいるダース◯ーダーのコスプレをしてる人は一体誰なの?」
黒いマント。黒い覆面。無駄に重厚な存在感。どう見ても怪しい。
結女はにっこり笑った。
「ふふふ、秘密兵器よー」
「コー、ホー」
重々しい呼吸音が返ってくる。
遥は引きつった。
「いやもう声でだいぶ怪しいんだけど!?」
しかし結女は、それ以上は何も答えず、ただ意味ありげに微笑むばかりだった。
◇
一方その頃、潔岳高校側の陣地では、別の意味で濃すぎる士気高揚が行われていた。
「きーよーしっ!」
潔岳部長の掛け声が響く。
「「ファイオーファイオー!!」」
部員たちが、一糸乱れぬ勢いで応じた。
「諸君は選ばれし潔たちだ!! 我々はこの戦に勝ってさらに選ばれし者たちの仲間入りをする!! エリート中のエリート潔の中から、更に選ばれた潔になるんだ!!」
部長は拳を振り上げる。完全に職業軍人か宗教指導者みたいなノリだった。
選ばれし潔ってなん?
そんな疑問は持つだけ無駄であった。
「具体的には!! 校長に気に入られて推薦で潔岳大学への切符を手に入れるんだ!! こんなところで躓いている場合ではない!! 絶対に勝つぞぉー――!!」
「「オー!!」」
士気だけは異様に高い。
だって推薦が掛かってるから。こちらも真っ黒である。
そんな中、ひとりの部員が、おずおずと手を挙げた。
「ところで部長? その横にいらっしゃる、赤いマントの変なお面をかぶっている人は誰なんですか?」
部長は即答した。
「秘密の助っ人だ」
「雰囲気的に高校生じゃないようですけど……」
「秘密の助っ人だ」
「え? でも……」
そこで、赤い仮面の人物が優雅に胸を張る。
「私は秘密の助っ人【けっこうな仮面!】 気にしてはいけませんよ?」
「え? その声はこうちょ――」
「秘密の助っ人だ!」
部長がかぶせるように断言した。
「そ、そうですか」
部員は納得していない顔のまま引き下がったが、この学校ではきっとそれ以上突っ込んではいけないのだろう。
部長は咳払いひとつして、あらためて全員を見渡す。
「よし! 諸君、我々のラスボス戦法は無敵だ。だがラスボス戦法は背後からの攻撃には弱い! おそらく奴らは中央突破を狙ってくるだろう!! 後方へ抜けた後、反転攻撃からの挟み撃ちがセオリーだ! だからこそ逆に! やつらを中央への誘い込み、確実に挟み撃ちにするんだ!」
さっきまでの妙な空気が嘘のように、戦術説明は的確だった。
伊達に全国ベストフォーではない。
部長は大きく腕を振り上げる。
「いくぞ!! キヨシ―! ッファイ!!」
「「オ――!!」」
異様な熱気が、潔岳陣営を包み込む。
瀬戸際高校もまた、同じように闘志を燃やしていた。
決戦の法螺貝が鳴るまで、あとわずかだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回、両軍がファイエルします。
なお騎馬戦です。死にません。ローションまみれになるだけです。
敵も味方も戦術はガチ。
ただし、なぜか両陣営に怪しい仮面の人がいます。
中央突破か、誘い込みか。
決戦をお楽しみください。
いいね・ブックマーク・感想などいただけると、作者の士気もキヨシー! ッファイ! します。




