—フォーシスターズの日常2—
——結女と郁佳——
手洗い場には、放課後らしい気の抜けた静けさが流れていた。
蛇口から流れていた水が止まり、結女がハンカチで手を拭きながら、まるで天気の話でもするみたいな調子で言った。
「ふみちゃん、わたし田中君に告られちゃったわー」
郁佳はちょうど顔を上げたところだった。
その一言をまともに食らって、思い切り吹き出す。
「ぶっ! 唐突だね! ってかマジ?」
「うん、ほんとー」
結女はあっさり頷いた。
その気の抜けた顔を見ていると、重大報告なのか雑談なのか分からなくなる。
「ま、まさかOKしたの?」
郁佳が半ば恐る恐る聞くと、結女は心底不思議そうな顔をした。
「するわけないじゃなーい。ずっと考えとくって言ったわー。そしたら、“ずっと俺のこと考えてくれるのか?”なんて言ってたけどー」
郁佳は乾いた笑いを漏らした。
「あ、あははは……。田中君、成仏しろー」
半分同情、半分諦めである。
結女に“ずっと考えとく”と言われて、希望を見出せるのはある意味すごい。あるいは哀れだ。
すると今度は結女が、にこにこと笑ったまま問い返してきた。
「郁ちゃんの方はどうなのー??」
「うっ……」
郁佳の顔がほんの少しだけ引きつる。
「なんか、踏んでくださいとか打ってくださいとか言う変なのは寄ってきたな」
「あははー……困った子たちねー」
結女は笑っている。
面白がっているみたいだ。
「あと、クラスの女子達からラブレターを渡された。僕、女なんだけど……」
郁佳はため息混じりにそう言った。
自分でも一応わかってはいるのだ。
そもそも、一人称が"僕"なんて、女としてはマイノリティである。
制服を着ていても、立ち姿や空気感がどこか“男役”っぽいことは。だが理解と納得は別である。
結女は楽しそうに首を傾げた。
「郁ちゃんって、僕っ子だしー、雰囲気がなんていうか男装の麗人ー? とか宝塚の男役っぽいからねー。そういえば、僕っ子になった経緯ってあるのー?」
「一応ね」
郁佳は少しだけ懐かしそうな顔になる。
「剣道の男子大会に潜り込んだ時に、手加減とかされたくなくって、女だってバレないように僕って言ってたら、なんかしっくりきちゃって、それ以来かな」
「へー、そんなことがあったんだ」
結女は素直に感心したように目を丸くした。
郁佳にとっては、今となってはそんなに大仰な話でもない。けれど、今の“僕”の原点がそこにあるのは確かだった。
少し間を置いてから、郁佳はふと思い出したように言う。
「そういえば光明みつあきおじさん、今度いつ帰ってくるの? うちのお父さんにも聞かれてるんだけど。たしか海上幕僚長だっけ? 自衛隊の偉い人だよね?」
その名前が出た瞬間、結女の顔がちょっとだけ柔らかくなる。
「郁ちゃん、うちのパパに憧れてるもんね。でもパパったら、現代の諸葛亮なんて言われて外じゃお偉いさんだけど、家だとママには頭が上がらないんだよー?」
「良いじゃない!」
郁佳は即答だった。
「おじさん優しいし、子煩悩な感じがまた……そこに痺れる憧れるっ!」
本気の声である。
たぶん今、目が少し輝いている。
結女はそんな郁佳を見て、くすくすと笑った。
「ふふふー。来月の二週目に帰って来れるみたいだからー、みうらさんとまた一緒に遊びに来たらいいよ」
「うん、お父さんにも伝えておくよ」
郁佳は素直に頷いた。
手洗い場の外からは、部室の方から聞こえてくる誰かの笑い声がかすかに届いていた。
戦場では四姉妹だの黒姫だの玉狩り姫だのと騒がれている彼女たちも、こうしているとただの年頃の女子高生でしかない。
もっとも、話している内容は一部……普通ではなかったけれど。
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