本編再開22 夏の蝉は高く飛ぶ
最後の鋒矢が、アクセルに足をかけた。
「鋒矢陣っ!! 先頭、私!! 続きなさい!!」
『おおっ!!』
返事は速い。
背水乃陣高校、中央八騎。
横に並んでいた騎馬が一気に中央へ集まり、鋭い一本の矢へと形を変えていく。
鋒矢陣。
――それは正面突破以外の全てをかなぐり捨てた隊列である。
【↑】の形。
その先頭。
矢尻の頂点に総大将、牛島夏華。
その後ろへ二騎。
さらにその両端へ二騎。
最後尾に三騎。
縦列。
八騎による小型鋒矢陣である。
疲労している。
脚は重い。
それでも、陣形を作る速さだけは最後まで鈍らない。
鈍らせない。
「行くわよっ!!」
夏華が薙刀を掲げた。
「ここまで来て! 疲れましたから負けました、なんて!!」
薙刀を振り下ろす。
「死んでも言いませんわ!!」
「死んだらどっちみち言えないから!」
遥が後方からつっこむ。
「比喩ですわぁぁぁぁ!!」
地獄耳。
元気だった。
少なくとも。
口は。
「行っけぇぇぇえええ!!」
まさに全速前進。
背水乃陣高校の本隊、最後の八騎が瀬戸際本体へと襲いかかる。
「来るよ!」
郁佳が声を張る。
正面。
背水乃陣高校の鋒矢。
真正面から受ければ、八騎分の圧力が一点へ集中する。
なら。
真正面から受けなければいい。
「中央、開ける! 左右二十騎ずつ! 斜め後方へ! 二列! 鋒矢の側面に合わせろ!!」
『了解!!』
四十騎が動いた。
右へ。
左へ。
中央が大きく開く。
一本の道。
その奥。
真正面に見えるのは、一騎の二人騎馬。
結女の総大将籠。
唯一の騎馬。
「……! その誘いっ! 乗ってあげますわ!!」
だが。
当然。
退いたのではない。
左右へ分かれた二十騎ずつが、それぞれ十騎二列。
中央から外側へ向かうほど僅かに後方へ下がり、二枚の斜めの壁を作る。
まるで。
迫り来る矢の形に沿うように。
「突撃!!」
夏華の目が光った。
「そのまま!! 結女さんまで一直線ですわよ!!」
『おおおおおおおっ!!』
鋒矢が加速する。
「郁佳!?」
誰かが叫ぶ。
「大丈夫!」
郁佳は鋒矢から目を離さない。
「止めなくていい!」
「え?」
「前へ行かせる!」
距離。
十五メートル。
十。
五。
「全騎!!」
夏華が叫ぶ。
「突っ込みなさぁぁぁぁい!!」
『おおおおおおおっ!!』
八騎。
一気に瀬戸際高校の中央へ飛び込んだ。
「取ったぁぁぁぁ!!」
夏華が叫ぶ。
その瞬間。
「左右! 受ける!!」
『了解!!』
ドドドドドッ!!
激突。
ただし。
正面ではない。
鋒矢の左右。
斜めに伸びた二枚の壁へ、背水乃陣高校の側面が次々と接触していく。
「っ!?」
夏華の目が見開かれた。
止まらない。
確かに鋒矢は前へ進んでいる。
だが。
「押し返すな! 角度を維持! 前へ流せ!!」
『了解!!』
左右から大盾が当たる。
斜めに受ける。
圧をかける。
けれど、正面へは押し返さない。
鋒矢の進行方向へ。
流す。
「なっ……!?」
前へは進んでいる。
結女との距離も縮まっている。
なのに。
さっきまでのように進まない。
鋒矢の推進力が、左右へ逃げていく。
「面で受けていますの!?」
「そういうこと!」
郁佳が叫ぶ。
鋒矢は強い。
一点へ戦力を集中し、敵陣を貫くための陣。
なら、その一点を受けなければいい。
矢の先端を止めるのではない。
矢の形に沿って、左右から長い面で受ける。
八騎が生み出す前進力を。
四十騎へ。
薄く。
広く。
分散させる。
「押し返す必要なんてない!」
郁佳が盾を構える。
「前に行きたいなら、行かせる!」
「くっ……!!」
夏華が歯を食いしばった。
「構いませんわ!! そのまま前へ!! 結女さんを取れば終わりです!!」
『おおっ!!』
背水乃陣高校。
さらに一歩。
二歩。
進む。
だが、進むほどに左右から触れる盾が増える。
前へ進もうとする。
斜めから押される。
姿勢を直す。
また進む。
また押される。
そのたびに、二人騎馬の馬役が踏ん張り、身体を捻り、騎士役を支え直す。
もう一人を乗せたまま。
「っ……!」
一騎。
馬役の足が滑った。
「崩さないで!!」
夏華の命令。
「はい!!」
即座に立て直す。
反応は速い。
やるべきことも分かっている。
ただ。
その立て直しにも。
脚を使う。
「……やっぱり」
郁佳が小さく呟いた。
「もう残ってない」
「何がですの!?」
「脚」
「っ!」
左右。
二枚の壁。
押し返してはいない。
ただ、鋒矢へ触れ続ける。
ほんの少し。
ほんの少しずつ。
横から圧をかける。
それだけ。
だが、疲労した二人騎馬にとって、その僅かな修正すら重い。
「部長! 右が押されます!」
「左も姿勢が――!」
「前を見なさい!!」
夏華が怒鳴る。
「横は捨てて構いませんわ!! このまま結女さんまで突き抜けます!!」
正しい。
もう時間はない。
遥。
瑠衣。
和音。
よしお。
縦島。
元副部長。
そのどこか一つでも抜かれれば終わる。
なら。
結女を先に取る。
それしかない。
「前へ!!」
『おおおおおっ!!』
鋒矢がさらに深く、瀬戸際高校の防衛線へ突き刺さる。
結女。
近い。
総大将籠が見える。
「あと少しですわ!!」
夏華の目が輝いた。
「結女さん!!」
「あらー?」
結女が、にこりと笑う。
なんなら手も振っちゃう。
Ciao!
「……っ! 何を笑っていますの!? もう目の前ですわよ!!」
「そうねー」
首を傾げる。
「ふみちゃん」
「うん」
「そろそろかしらー?」
「僕もそう思ってた」
「……何を?」
夏華の表情が変わる。
「左右」
郁佳が短く命じた。
「角度を深くする!」
『了解!!』
左右。
二枚の壁が、さらに内側へ向きを変えた。
流すための面が。
締めるための面へ変わる。
「なっ!?」
「押せ!!」
『おおおおおおっ!!』
左右から一斉に圧がかかった。
「ぐっ!!」
「うおっ!?」
背水乃陣高校。
八騎。
横から押される。
「踏ん張りなさい!!」
夏華が叫ぶ。
踏ん張る。
踏ん張ろうとする。
だが。
もう。
脚が。
「っ……!!」
一騎の膝が、がくりと落ちた。
それにつられ、隣の騎馬も傾く。
「立て直して!!」
『はい!!』
返事は速い。
動きも正しい。
それでも。
身体だけが。
追いつかない。
鋒矢の速度が落ちる。
さらに。
落ちる。
そして。
「……止まりましたわね」
夏華が呟いた。
「うん」
郁佳が答える。
「ここなら止められる」
前。
結女。
あと数メートル。
手を伸ばせば届く距離ではない。
だが。
もう。
目の前だった。
「……まだ」
夏華が薙刀を握り直す。
「まだですわ!!」
その時。
「まだ、まだだっ!!」
「部長!!」
「え?」
夏華の下。
彼女を支える二人の馬役。
二人が。
顔を見合わせた。
「行ってください!!」
「は?」
二人が、夏華の身体を真上へ軽く放り上げた。
「きゃあっ! 一体なに!?」
その一瞬。
二人の馬役が互いに向き合う。
落ちてきた夏華。
その両足を。
がっ。
二人がそれぞれの腕で受け止めた。
「……まさか」
二人が腰を沈める。
脚へ。
腰へ。
腕へ。
残っている力。
全部。
「ちょっと待――」
「せぇぇぇの!!」
ぐんっ!!
「きゃああああああああ!?」
夏華が。
前へ。
高く飛んだ。
「夏華!?」
遥の声が遠くから飛んでくる。
夏華の身体は、総大将籠へ向かって宙を舞う。
「まじで!?」
呟く夏華。
だが。
一瞬で理解する。
チャンス!
空中。
身体を丸め。
くるん。
一回転。
そして。
両足。
着地。
ザッ!!
「……っ!!」
膝を沈め。
片手を地面につき。
すぐさま顔を上げる。
正面。
結女。
「――取っ……」
その間。
ずらり。
六人。
「…………」
結女の前。
六人。
ずらーり。
先ほどまで。
結女の左右に三人ずついた。
今まで一度も動かなかった。
予備兵。
総大将を守る。
最後の防波堤。
「…………」
夏華の顔に。
縦線。
両目が隠れた。
お口が。
ぴよ。
結女がにっこり。
「最後の防波堤よー」
「…………」
ぴよぴよ。
「あらー?」
結女が首を傾げる。
「…………」
夏華が。
ゆっくり。
結女を見る。
「最初から?」
「んー?」
「この六人も!?」
「予備は大事よー?」
「黒姫ぇぇぇぇえええっ!!」
本日、もう一話アップ予定です(°▽°)
たぶん今度こそ決着します。
たぶん。
ブクマとか、評価とか、コメントとか、忘れないで置いてけください(°▽°)




