本編再開13 無形陣
「……で」
遥が。
背水乃陣高校から。
自分たちの陣地へ視線を戻した。
「こっちは?」
「どうしようかしらー?」
「いや。どうしようかしらー? じゃなくて」
遥が。
周囲を見渡す。
「陣形」
「ないわよー」
「…………」
「…………」
郁佳が結女を見る。
「ない?」
「うんー」
「鶴翼は?」
「やらないー」
「横陣も?」
「やらないー」
そこで和音が口を挟む。
「斜行陣で片面から削るのか?」
「それもやらないー」
「ウェーイ! 結女さん、どうするつもりなんだ?」
「うーん」
結女が考える、ふりをした。
「逃げる?」
「ぶふぉっ! なんで疑問形!?」
遥が吹き出し。
「なるほど」
瑠衣が納得する。
「納得しちゃった!」
結女が。
ぽん。
手を叩いた。
「みんなー」
結女が全体を見渡して言葉を落とす。
「全員、騎馬を解いてー」
「…………」
「…………」
「…………」
一拍。
「はい?」
遥が聞き返した。
「マジで?」
結女がにっこり。
「もちろん、まじ、よー?」
両手を使ってほどく仕草をする。
「はいはーい、みんなばらしてばらしてー」
「……また碌でもないことするつもりなんだ」
「僕はもう諦めたよ……」
「まあ……日野さんだしね……」
「ふん! 我らが黒姫様だ! 考えがあるんだろう」
遥、郁佳、和音、よしおの順にそれぞれの反応を見せた。
そのまま遥が、背水乃陣高校を見る。
三十六騎。
楔形陣。
その後方。
夏華を中心とした四騎。
四十騎。
全て。
二人騎馬。
対して瀬戸際高校は全員一人騎馬である。
戦車に歩兵で挑むようなものだった。
「全国大会二回戦でやることじゃないわね」
遥が苦笑いをする。
「そうねー」
「どうすんの? 相手あんなガッチガチの楔なのに」
「だからよー」
「……まあ、結女のやることだしね。大丈夫なんでしょ」
遥が笑う。
「はるちゃん、大丈夫。そのうち分かる」
元々一人騎馬部隊の瑠衣は、降りる必要がない。
双剣を軽く素振りしながら、体を温めていた。
「そうね」
「そう。結女ちゃんだから」
遥が騎馬を解く。
続いて。
郁佳。
和音。
よしお。
縦島。
元副部長。
瀬戸際高校の騎馬が次々と解体されていく。
全ての部隊が一人騎馬へ。
そして数分後。
瀬戸際高校の自陣に。
陣形らしい陣形はなくなった。
ただ人がいる。
ばらばらに。
適当に。
散っている。
「…………」
郁佳が。
改めて周囲を見る。
「ほんとに守備陣すら敷かないんだ……」
「無形」
瑠衣。
「無形陣ってこと?」
「たぶん」
「たぶんなんだ!?」
「あらー?」
結女が首を傾げる。
「形がないんだからー」
「無形ではあるけど!」
「じゃあ無形陣でいいんじゃない?」
「そんな雑な命名ある!?」
そんな中。
一ヶ所だけ。
騎馬が残っていた。
「…………」
遥が。
そこを見る。
二人騎馬。
その上。
結女。
「…………」
「なあにー?」
「いや」
「どうしたのー?」
「何で結女だけ乗ってんの?」
「あらー?」
「全員歩兵じゃないの?」
「私が走ったらー」
「うん」
「すぐ死ぬー」
「そこまで!?」
「体力ない」
瑠衣が補足する。
「知ってるけど!」
「だから運んでもらうのー」
「えー」
遥は苦笑いをした。
「たぶん結女ちゃんが降りたらすぐ捕まるから、合理的」
「……それもそうね。でも総大将だけ籠みたいになってるわ」
その光景を、反対側から夏華が見ていた。
「…………」
「部長?」
「…………」
「どうしました?」
「いえ」
夏華が目を細める。
瀬戸際高校の布陣。
騎馬なし。
陣形なし。
それどころか。
隊列すらない。
「……何をするつもりですの?」
呟く。
聞こえる距離ではない。
それでも、まるで聞こえたかのように、結女が夏華を見た。
「…………」
にこっ。
「…………」
夏華の。
眉間に。
皺が寄った。
「嫌な笑顔ですわね」
「部長?」
「何でもありません」
夏華が右手を上げる。
「私たちは、予定通りやるだけですわ!」
「はい!」
「相手が何を企んでいようと」
前方。
三十六騎。
巨大な楔。
「中央から」
夏華の。
口元が。
吊り上がる。
「踏み潰します」
『両校、準備はよろしいですか!?』
「はい!」
「いいよー」
『それでは――』
場内が静まる。
背水乃陣高校、四十騎全てが腰を落とす。
瀬戸際の一人騎馬が構える。
『試合――』
遥が前を見る。
真正面、楔の先端。
「……来るよ」
「うんー」
『開始!!』
ピーーーーーッ!!
「全騎!!」
開始と同時に夏華の右手が振り下ろされた。
「突撃っ!!」
「おおおおおおおお!!」
背水乃陣高校。
四十騎が一斉に。
走り出す。
地面を蹴り、滑るように駆ける。
熟練の移動であった。
二人騎馬。
八十人分の足音。
それが。
ひとつの塊となって。
瀬戸際高校へ。
迫る。
「うわ」
遥が。
思わず。
声を漏らした。
「近くで見ると怖っ!」
「圧がすごいね」
郁佳が楔の先端を見る。
「日野さん? どうするんだい?」
「逃げるわよー」
「おーけー。タイミングは?」
「まだー」
距離。
三十メートル。
二十五メートル。
二十。
十五……メートル!
背水乃陣の速度がここで。
上がる。
「ちょっと!」
「まだよー」
十。
「結女!!」
「はいー」
結女が。
手を上げた。
「左右ー」
「左右!?」
「分かれてー」
瀬戸際高校。
一斉に。
動いた。
中央から。
左。
右。
真っ二つ。
いや。
陣形がない。
そもそも。
隊列すらない。
だから。
崩れるものも。
ない。
一人騎馬全員が一気に左右へと散る。
結女を乗せた二人騎馬――遥曰く、籠――は、自陣から見て右翼。
背水乃陣高校の左翼側へと逃げた。
「なっ!?」
夏華の目が見開かれた。
真正面。
いたはずの。
瀬戸際高校が。
いない。
「前方――」
「夏華様!」
「避けました!」
「分かっていますわ!!」
だが。
もう。
遅い。
四十騎。
全速。
楔形陣。
急停止など。
できない。
「そのまま抜けなさい!!」
「はい!」
背水乃陣高校。
誰もいない。
瀬戸際高校中央を。
そのまま。
突き抜けた。
「…………」
「…………」
「…………」
数秒後。
楔。
減速。
夏華がゆっくりと振り返る。
左右。
遠く。
瀬戸際高校。
「…………」
遥が。
手を振った。
「おーい」
「…………」
「夏華ー」
「…………」
「誰もいなかったね」
「分かってますわよぉぉぉぉ!!」
場内に、夏華の声が響き渡った。
『背水乃陣高校!』
実況も少し困っている。
『強烈な正面突破――!!』
一拍。
『……を、瀬戸際高校が避けました!!』
「実況も困ってる!」
「面白くなりそう」
瑠衣が呟く。
郁佳が横目で結女を見、夏華を見る。
「……これ、かなり嫌だろうね」
「何が?」
「四十騎で全力で走って」
郁佳が。
自分たちを見る。
「誰とも戦えてない」
「…………なるほど」
遥が背水乃陣を見る。
楔が反転せずに、そのまま時計回りにくるりと回ってくる。
陣形を崩さずに回る、回転半径のコンパクトさは流石の一言であった。
「うふふー」
結女が。
笑った。
「一回目ー」
「一回目?」
「うんー」
「何回やる気?」
結女が指を三本立てた。
「とりあえずー」
「…………」
「三回くらいー?」
「また逃げんの!?」
「もちろんー」
遠く。
夏華が再び右手を上げる。
「楔、崩すな!!」
「はい!!」
三十六騎の楔。
その後方に続く夏華たち四騎。
四十騎全てが。
陣形を保ったまま。
再び。
瀬戸際高校へと先端を向ける。
「もう一度ですわ!!」
夏華が。
遥たちを。
睨みつける。
「今度こそ、踏み潰しますわよ!!」
「夏華」
「何ですの!?」
「また来るの?」
「行きますわよ!!」
「学習しなよ!」
「あなたにだけは言われたくありませんわぁぁぁ!!」
そして二度目の楔が——
動き出した。




