本編再開10 盤外戦は本物の圧勝
「……で、夏華ネェ?」
「その呼び方やめてくださる!? 何か含みを感じますわ!?」
「何しに来たの?」
「そこだけ普通に戻らないでくださる!?」
夏華が胸元を両腕で隠した。
もちろん。
隠すほどのものは、もうない。
「返してもらえば?」
「誰のせいですの!?」
「あらー?」
八枚。
まだ結女が持っている。
「結女、いい加減返してあげなよ」
「はーい」
ほっとする夏華。だが、
「あとでー」
「どうして!?」
「話の途中だからー」
「わたくしの胸を人質に話を進めないでくださる!?」
「人質」
瑠衣が頷いた。
「八質」
「瑠衣さぁぁんっ!!」
夏華のツッコミが様になってきた。
「夏華……」
遥が疲れ切った顔で、もう一度訊いた。
「もう、ほんとに何しに来たの?」
「…………」
夏華が。
大きく息を吐く。
「まったく」
髪を払う。
気を取り直したらしい。
「本日は」
「うん」
「あなた方へ、ご挨拶に参りましたの」
「挨拶?」
「ええ」
「何の?」
「…………」
夏華が。
遥を見る。
「何?」
「遥」
「何」
「わたくしが今、どこの高校に通っているか」
「…………」
「覚えていらっしゃいます?」
「…………」
遥が止まった。
「……え?」
「まさか」
夏華の眉が。
ぴくり。
「覚えていらっしゃらない?」
「いやいやいや」
遥が手を振る。
「知ってるよ」
「では?」
「えーっと……」
腕を組みながら左斜め上を見る遥。
「…………」
「…………」
「……どこだっけ?」
「遥ぁぁぁぁぁ!!」
「だって!」
「従姉でしょう!?」
「従姉だからって高校まで覚えてる!?」
「何度も話しましたわよ!」
「夏華の話、長いんだもん!」
「聞きなさいよ!!」
「どんな話だった?」
郁佳が訊く。
「えーっと……」
遥が。
記憶を探る。
正月。
親戚の集まり。
夏華が。
聞いてもいないのに。
延々と。
自分の高校について語っていた。
『我が校は、その名の通り――』
「…………」
『退路を断ち!』
「…………」
『絶境に身を置き!』
「…………」
『己が力の全てを引き出すことを校是とする――』
「…………」
「待って」
遥の顔が。
固まった。
「思い出しました?」
「夏華」
「はい?」
「……背水乃陣高校?」
「ようやくですの!?」
「あ」
郁佳が。
声を上げる。
「背水乃陣高校って……」
「うんー」
結女が。
にこにこ。
「次の相手ねー」
「…………」
遥が。
止まった。
「…………」
夏華も。
止まった。
「…………」
「…………」
「え?」
「…………」
「ええええええええええ!?」
「今ですのぉぉぉぉぉ!?」
「待って待って待って!」
「何を!?」
「夏華、背水乃陣高校だったの!?」
「今思い出したでしょう!?」
「いやそうだけど!」
「何ですの!?」
「じゃあ次、夏華と戦うの!?」
「そのために挨拶に来たんですのよ!!」
「知らなかった!」
「何故!?」
「だって夏華だし!」
「説明になっていませんわ!!」
「待って」
遥が。
さらに。
嫌な顔をする。
「夏華」
「何ですの!?」
「騎士部なの?」
「そこからですの!?」
「知らない!」
「何度も言いましたわよ!」
「いつ!?」
「正月!」
「学校自慢の途中!?」
「騎士部部長だと!」
「聞き流してた!」
「聞きなさいよぉぉぉ!!」
「部長?」
郁佳が反応した。
「夏華さん、部長なの?」
「ええ!」
夏華が。
勢いよく振り返る。
「背水乃陣高校騎士部部長!」
胸を張る。
「牛島夏華ですわ!」
「…………」
遥が。
その胸を見る。
「何ですの?」
「いや」
「言いなさい」
「さっきより迫力なくなったなって」
「どこを見て言っていますのぉぉぉ!!」
「八枚返してもらってから名乗った方がよかったんじゃない?」
「返してぇぇぇ!!」
「あらー?」
結女が。
八枚をひらひらさせる。
「今大事な話してるからあとでねー」
「あなたが一番邪魔していますわ!!」
「部長……」
郁佳が改めて夏華を見る。
「じゃあ、あなたが?」
「ええ」
夏華もようやく、少しだけ真面目な顔になる。
「次戦」
その視線が瀬戸際高校の四人へ。
そして最後に——
結女へ向いた。
「敵将として」
にっこり。
「改めて、ご挨拶に参りましたわ」
「あらー」
結女も。
にっこり。
「わざわざどうもー」
「先ほどの試合」
「うんー」
「大変興味深く拝見しましたわ」
「ありがとうー」
「特に」
夏華が。
結女を見る。
「あなた」
「私ー?」
「ええ」
「…………」
「…………」
笑顔。
笑顔。
その間に。
何か。
見えないものが飛び交っている気がした。
「怖い」
瑠衣が呟いた。
「怖いね」
郁佳が頷いた。
「怖い」
遥も頷いた。
「何ですの?」
「なあにー?」
「「…………」」
三人が黙った。
「相手を誘導して」
夏華が続ける。
「動かして」
一歩。
結女へ近づく。
「最後は袋詰め」
「うんー」
「随分と趣味の悪い戦い方をなさるのね」
「あらー?」
結女が。
首を傾げる。
「褒め言葉ー?」
「もちろんですわ」
にっこり。
「…………」
にっこり。
「……笑顔って怖いんだね」
遥の顔に縦線が入る。
「羊の皮を被った狼対、猫の着ぐるみを着た虎」
「瑠衣?」
「……狼よりチワワ?」
「「ぶふっ!!」」
遥と郁佳が同時に吐き出す。
「誰がチワワですか!?」
夏華が律儀にツッコむ。
瑠衣に向けた視線を結女に戻す。
そして遥へ視線を移した。
「まさか」
「何?」
「全国大会で、遥と戦う日が来るとは思いませんでしたわ」
「…………」
遥が。
少しだけ。
目を瞬かせる。
「急に何」
「いえ」
夏華が。
ふっと笑う。
「昔は」
「?」
「わたくしの後ろを、ちょこちょこと付いて回っていた子が立派になって」
「付いて回ってない!」
「木に登っては降りられなくなって泣き」
「五歳くらいでしょ!?」
「犬に追いかけられては泣き」
「それも小さい頃!」
「セミが顔に飛んできて――」
「その話はやめろぉぉぉ!!」
「虫、苦手?」
瑠衣が訊いた。
「今は平気!」
「ほんと?」
「……だいたい!」
「少し弱くなった」
「瑠衣!」
「ふふ」
夏華が。
楽しそうに笑う。
「昔は本当に可愛らしかったんですのよ?」
「過去形にするな!」
「証拠もありますわ」
「…………」
遥が止まる。
「何の?」
「可愛かった遥の」
「やめろ」
夏華が。
すっ。
スマホを取り出す。
「遥、五歳」
「待て」
「こちら」
「待てって!!」
画面には。
幼い遥。
今より短い髪。
小さな身体。
そして。
隣に立つ。
まだ縦巻きロールではない夏華の服の裾を。
ぎゅっ。
と掴んでいる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
静寂。
「かわいい」
瑠衣が言った。
「消せぇぇぇぇぇ!!」
遥が飛びついた。
「おーっほっほっほっほ!!」
夏華がスマホを高く掲げる。
「寄越せ!」
「嫌ですわ!」
「消せ!」
「可愛らしい思い出ですわ!」
「私の許可なく保存するな!」
「親戚の写真ですわよ?」
「そこだけ切り抜くんじゃない!」
「送って」
「瑠衣!?」
「三千円」
「買うな!!」
ぴくっ。
「五千円」
夏華が止まる。
「……五千円?」
「夏華!?」
「交渉成立ですわ!」
夏華と瑠衣の間でがっちりと固い握手が結ばれる。
「五千円で売られた!?」
「あらー」
結女が。
楽しそうに笑う。
「やっぱり仲良しなのねー」
「違う!」
「ですわね」
「夏華も肯定するな!」
「まあ」
夏華が。
スマホをしまう。
「それはともかく」
「ともかくで済ますな!」
「次の試合」
声が。
少しだけ。
変わった。
遥も。
その変化に気づく。
「手加減はしませんわよ」
「…………」
遥が夏華を見る。
いつものうるさい従姉。
おーっほっほと笑う。
縦巻きロール。
胸パッド八枚。
その夏華の目が。
今だけは。
完全に。
敵を見る目になっている。
「…………」
遥が。
少し笑った。
「する気だったら怒るよ」
「まあ」
夏華も。
笑う。
「言うようになりましたわね」
「そっちこそ」
「楽しみにしていますわ」
「うん」
「次は」
夏華が。
結女を見る。
「盤上で」
「あらー?」
結女が笑う。
「私たちー」
「?」
「盤の上では戦わないわよー?」
「…………」
「騎馬戦だからー」
「比喩ですわ!!」
「知ってるー」
「この人ぉぉぉ!!」
「結女にまともに相手してたら負けるよ」
「遥! 先に言いなさい!」
「聞かれなかったし」
「あなたという人は!!」
「でもー」
結女が。
にこにこ。
「夏華ちゃん?」
「何ですの!?」
「私ばっかり見てて大丈夫ー?」
「?」
結女が。
遥を見る。
「はるちゃんもー」
瑠衣を見る。
「瑠衣ちゃんもー」
郁佳を見る。
「ふみちゃんもー」
そして。
笑った。
「みんな結構、めんどくさいわよー?」
「誰がめんどくさいの!?」
「否定できない」
「瑠衣!」
「僕まで?」
「もちろんー」
結女が。
郁佳を見る。
「ふみちゃんが敵陣にいたら、一番嫌だものー」
「…………」
郁佳が。
微妙な顔で視線を逸らす。
「それ褒めてる?」
「褒めてるー」
「たぶん」
「たぶん!?」
「ふふ」
夏華が。
その様子を見て。
笑う。
「望むところですわ」
「お」
遥が。
片眉を上げる。
「正面から」
夏華が縦巻きロールを揺らし、胸を張る。
無いけど。
「全員まとめて叩き潰して差し上げますわ!」
「…………」
遥が。
胸を見る。
「何ですの?」
「いや」
「言いなさい」
「やっぱり迫力ないなって」
「どこを見て言ってますのぉぉぉ!!」
「八枚の置き場」
「返して!!」
「あらー?」
結女が。
まだ。
持っている。
「何故まだ持っていますの!?」
「忘れてたー」
「忘れる量ではありませんわ!!」
「ごめんねー」
「では早く!」
「はーい」
結女が。
一枚。
夏華へ差し出す。
「いちー」
「数えなくていいですわ!」
二枚。
「にー」
「やめなさい!」
三枚。
「さんー」
「お願いだから!」
四枚。
「よーんー」
「数えないでって言ってますでしょう!?」
五枚。
「ごー」
「いやぁぁぁ!!」
六枚。
「ろくー」
「…………」
七枚。
「ななー」
「…………」
八枚。
「はちー」
「…………」
夏華が。
胸パッド八枚を両手に抱えた。
真っ白だった。
「返却完了ー」
「……いっそ殺して下さいまし」
「大袈裟」
「瑠衣さんは黙っていて!!」
結女は。
変わらず。
にこにこしていた。
盤外戦。
本物。
圧勝。
「…………」
夏華が。
白黒のまま。
とぼとぼと扉へ向かう。
「夏華」
「何ですの……」
「それ」
「?」
「忘れないようにね」
「何を?」
「八枚」
「忘れさせてぇぇぇぇ!!」
「次の試合も入れるの?」
「聞くなぁぁぁ!!」
「防護具」
「用途が違いますわ!!」
夏華が。
扉に手をかける。
そこで。
もう一度。
振り返った。
「……遥」
「何?」
「覚悟なさいませ」
「夏華こそ」
「おーっほっほっほっほ!!」
「最後くらい普通に帰れ!!」
ガッシャン!
高笑いとともに。
牛島夏華は。
控え室を出ていった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
静寂。
数秒後。
瑠衣が。
ぽつり。
「……面白い人」
「でしょ?」
遥が答える。
「遥に似てる」
「どこが!?」
「全部?」
「全部!?」
「あらー」
結女が。
にこにこ。
「はるちゃんー」
「何!?」
「次の試合ー」
「うん」
「楽しみねー」
「…………」
遥が。
閉じた扉を見る。
少しだけ。
口元が上がる。
「……まあね」
「嬉しそう」
「嬉しくない!」
「耳赤い」
「暑いだけ!」
「冷房最強」
「瑠衣ぃぃぃ!!」
控え室に。
遥の叫び声が響いた。
一方。
廊下。
「…………」
夏華が。
胸パッド八枚を抱えて歩いていた。
「……まったく」
小さく。
笑う。
「少し見ない間に」
ずるっ。
「あ」
一枚。
落ちた。
「…………」
夏華が止まる。
右。
左。
誰もいない。
「…………」
そっと拾う。
そして。
物陰へ。
「…………」
数秒後。
何事もなかったかのように。
夏華が出てくる。
胸もある。
尻もある。
「…………」
胸元を確認する。
「よし」
再び。
廊下を歩き始めた。
「次こそは」
にやり。
「泣かせて差し上げますわ――遥」
その胸には。
八枚。
万全の布陣であった。




