第51話 すれ違いの時間
昼食を一人でとるようになって、十日が経った。
部屋に食事を運んでもらって、書類を見ながら食べた。効率的だ。仕事の邪魔をしない。エドヴァルドは今、朝から夜まで軍務の会議と報告確認に追われている。私が書類を持って廊下を歩き回るより、部屋で作業している方が邪魔にならない。
「夫人、元気がないような気がするんですが」
ミレイが言った。
「そうですか」
「そうですよ。最近、侯爵様とご一緒に食事されていないですよね」
「忙しい時期ですから。私がいても迷惑でしょう」
「迷惑かどうかは、侯爵様に聞かなければ分からないじゃないですか」
「聞く必要はありません。忙しい人の時間を使うことは避けるべきです」
ミレイが何か言おうとした。でも私は帳簿を開いた。
* * *
仕事があった。
薬品台帳の更新。医療記録の先月分の整理。春の食糧補充計画の最終版の提出。使用人の作業分担の記録の更新。
どれも一人でできる仕事だ。書類を出せばいい仕事だ。
……仕事さえしていれば、邪魔にならない。
その考えが浮かんで、私は少し手を止めた。
前世で働いていた時もそうだった。存在を消すように仕事をした。余計な会話をしない。主張しない。与えられた範囲だけを、ただ丁寧にこなす。
そうすれば、いられる。
「……」
帳簿に目を戻した。
* * *
カルルがエドヴァルドに報告したのは、その日の夕方だった。
「侯爵、最近夫人の姿が見えないですが」
「……そうか」
「食事も別々に取られているようです。夫人が引いているように見えます」
「……忙しい時期だからな、あの人なりの」
「侯爵が声をかければいいのでは」
エドヴァルドが書類を置いた。
「今夜は国境の報告が来る」
「明日でも」
「明日は朝から兵の配置の確認がある」
「では夕食の時間に——」
「それはカルルが決めることではない」
少し強い言い方だった。カルルが「……かしこまりました」と下がった。
エドヴァルドは書類に目を戻した。
気になっている。気になっているのは分かっている。でも——今は軍務が優先だ。妻の機嫌のために時間を使える状況ではない。
そう思いながら、「機嫌」という言葉が自分の考えの中に出てきたことに引っかかった。機嫌ではない。あの人は機嫌が悪い顔をしているわけではない。ただ、引いている。
* * *
夕食の時間、大広間にレティシアの姿があった。
最近は部屋に届けてもらっていると聞いていたが、今日は珍しく広間に来ていた。ミレイと一緒に、端の方の席についていた。
エドヴァルドは少し足を止めた。「今日は一緒に」と声をかけようとした、その瞬間。
「侯爵!」
伝令が廊下から走ってきた。「国境からの急報です」
エドヴァルドが振り返った。レティシアの方向に背を向けて、伝令に向き合った。
「急報だ。来い」と伝令に言いながら、廊下へ歩いた。
大広間に残ったレティシアは、その背中を少し見た。
よかった、と思った。邪魔にならなくてよかった、と。
でも——それ以外の感情が、少しだけ、あった。




