第44話 領民からの感謝
朝、城の正門で人が待っていると使用人が知らせてきた。
「城下の代表者の方々で、夫人にお届けしたいものがあると」
「私に?」
「はい」
正門に向かうと、五人の男女が立っていた。農夫と見える人、商人らしき人、年配の女性が二人。それぞれが荷物を持っていた。野菜の篭、乾燥させた果物、手で編んだ布地のようなものが見えた。
「夫人にお届けしたくて参りました」と先頭の男性が言った。「今年の冬、食糧が助かりました。倉庫の管理が変わって、備蓄が切れることがなくて」
「先生——ヘルダ先生のところでも、記録のおかげで早めに対処できたと聞きました。今年は流行病も最小限で」と若い女性が続けた。
「皆さんが動いてくださったからです」と私は言った。「ヘルダ先生が診察して、城下の皆さんが水の使用を控えてくださって——」
「夫人」と年配の女性が言った。「来る前は、毎年冬に誰かが死んでいました」
私は言葉が止まった。
「食べ物が足りなくなって。具合が悪くなっても薬が届かなくて。毎年、誰かが」
女性の目が赤くなっていた。
「今年は、一人も死ななかったんです」
* * *
私は——何を言えばいいか分からなかった。
記録をつけただけだった。薬品庫の補充計画を立てて。食糧倉の管理の仕組みを整えて。ヘルダと診療記録の様式を決めて。
それだけのことで。
「……ありがとうございます」
言葉が出た。受け取ることができた。
「ありがとうございます」と続けた。「お持ちいただいたものも、大切にします」
代表者たちが荷物を置いて、頭を下げた。私も頭を下げた。
彼らが城下へ戻っていく背中を見ながら、私は荷物を見た。野菜。果物。布地。
これは——感謝だ。
前世でも今生でも、誰かにこういう形で感謝されたことは、なかったかもしれない。「役立たず」として送り込まれた辺境で。
ここに来て良かった、と思った。
はっきりと、初めて。
* * *
ミレイが横にいた。気づいたら目が赤くなっていた。
「泣いていますか」と私は言った。
「泣いてません」
「目が赤いです」
「……一人も死ななかった、って」とミレイが言った。「夫人がいたから、ですよ。それだけのことじゃないですか」
「私が一人でやったわけでは——」
「夫人がいなければ始まらなかったことです。全部」
ミレイが少し泣きながら言った。私は、それ以上何も言わなかった。
* * *
夕方、エドヴァルドがその話を聞いた。
「毎年……死者が出ていたのか」
カルルが「そうだったようです」と答えた。
「俺は知らなかった」
「城下の話は、ガストン様を通じて上がってくる形でした。細かい数字までは」
エドヴァルドが窓の外を見た。
毎年、誰かが死んでいた。それが今年は止まった。なぜか。
妻が記録をつけたからだ。薬品の補充計画を立てたからだ。診療記録の仕組みを作ったからだ。
——あの人は、どれほどのことをしていたのか。
静かに、でも確かに衝撃が来た。




