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第41話 奇跡の完遂

「……余の父上を。あの男、蘭鳳は……我が父上を守り抜いたというのか」


 崩れゆく玉座の残骸に手をつき、皇帝は絞り出すような声で呟いた。

 蘭鳳が剣を突き出したあの瞬間、彼は一人の奇術師としてではなく、帝国の存亡を賭けた「唯一の防波堤」としてそこに立っていたのだ。

 真実という名の重圧に、皇帝の肩が激しく震える。

 自分が信じてきた正義、父(先代皇帝)が下した処罰の宣告、そのすべてが、守られるべき愛によって覆された。


「余は、この十三年……何を守り、何を憎んできたのだ……!」


 皇帝の慟哭が、激しく燃え盛る楼閣の爆鳴に掻き消される。

 その時、楼閣の最上階から、さらなる爆発が起きた。玄天が最後の逃走経路に仕込んでいた予備の火薬が、炎の熱に耐えきれず暴発したのだ。


「ぐわぁぁぁッ!!」


 悲鳴を上げたのは玄天だった。

 自分が築き上げた「偽りの神殿」が、今や自分を焼き尽くす檻へと変わっている。崩落する床の隙間に足を挟まれ、紅蓮の炎が彼の豪華な法衣の裾を舐め始めた。


「助けてくれ! 陛下! 載淵! 私は、私はまだ死ぬわけにはいかないのだ!」


 その醜悪な叫びに対し、載淵サイエンは冷徹な視線を向けたまま、一歩も動かなかった。彼にとって、玄天はもはや解析の価値もない「壊れたゴミ」に過ぎない。


 だが、その炎のカーテンを切り裂いて、一筋の影が跳んだ。


「――お父さんの奇術に、『死』という幕引きは必要ありませんわ!」


 蘭瑛ランエイだった。

 彼女は、楼閣の底部から引き抜いてきた、不思議な形状の金属棒を手にしていた。それは父・蘭鳳が、万が一の事故に備えて設計図の隅に書き残していた「緊急脱出用のアーム(救護の腕)」だった。


 蘭瑛は、物理学的な梃子の原理を利用し、アームを楼閣の支柱の「歪み」に鋭く差し込んだ。

 ガガガッ、という金属音と共に、アームが油圧のような力強さで玄天を挟んでいた瓦礫を跳ね除ける。


「捕まって、偽物の神様!」


 蘭瑛がアームの基部にある隠しバネを解放した。

 強靭な弾力によってアームが大きくしなり、玄天の体を炎の外、安全な広場の石畳へと力任せに放り出した。


 ドサリ、という無様な音を立てて転がる玄天。

 彼は命拾いしたが、その目は恐怖で虚ろになり、二度とその口から神の言葉が紡がれることはないだろう。


 蘭瑛は、炎上する楼閣が完全に崩壊を始める直前、ふわりと軽やかに舞台の端へと着地した。

 直後、轟音と共に『昇天の楼閣』が内側へと折れ曲がり、巨大な火柱を夜空に噴き上げながら、瓦礫の山へと帰していった。


 しん、と静まり返る紫禁城。

 ただ、天を焦がす火の粉だけが、雪のように美しく舞い落ちてくる。


 蘭瑛は、荒い息を吐きながら、熱風に煽られる髪を指で払った。

 その時、隣にいた載淵が、そっと彼女の肩を抱き寄せた。彼の逞しい腕の熱が、戦いを終えた蘭瑛の緊張をゆっくりと解かしていく。


「……終わったな、蘭瑛」


「ええ。……お父さんのマジック、最後の一幕まで、ちゃんと演じきれましたわ」


 蘭瑛は、載淵の胸に顔を埋め、天を見上げた。

 夜空に舞う火の粉は、もはや恐怖の象徴ではない。それは、十三年という長い年月、闇に閉ざされていた蘭鳳という男の「誇り」が、ようやく光となって解放された姿に見えた。


 父の汚名は、今、この瞬間を以て、帝国史上最強の「守護のマジック」として国中の記憶に刻み直された。

 ガラクタだと笑われ、放置されていた古い歯車。錆び付いて捨てられていた一本の剣。それらが組み合わさったとき、一人の男の無私無欲な忠義の形が、この世界で最も美しい幾何学模様となって完成したのだ。


 マジシャンは、誰にも知られずにタネを仕込み、誰にも見られずに舞台を去る。

 父が望んだのは、名声でも富でもなく、ただ自分の愛した人たちが、明日も笑顔で夜明けを迎えられること。


「……お父さん。マジックは、大成功よ」


 蘭瑛の頬を、熱風ではない、温かな涙が伝った。

 それは、十三年分の孤独と、そしてようやく手に入れた「真実」への、清らかな祝福の雫だった。


 皇帝は、膝をついたまま、空に向かって深々と頭を下げた。

 載淵は、蘭瑛をさらに強く抱きしめ、彼女の頭を優しく撫でる。


「貴様は、世界で一番……最高に厄介で、最高に誇らしい奇術師だ」


 炎の余熱が、夜の冷気に混じって心地よく肌を撫でる。

 父・蘭鳳が命を懸けて守り抜いたこの帝国に、今、本当の意味での夜明けが訪れようとしていた。

 

 蘭瑛の指先には、父から受け継いだ「知恵」という名の魔法が、今も、そしてこれからも、静かに、だが熱く宿り続けている。

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