19.定石
クエスト受領後、ニトロコングを討伐に向かう前、俺は自室にこもって手紙を書いていた。
手紙の送り先は、タロー村にいるセレスティア。内容は……通算二度目の遺書。
「カイルさん、そろそろ準備出来ましたか?」
「ああ」
俺は便箋を封筒に入れて蝋で封をした。
「丁度、書き終えたところだ」
「それじゃあ、行きますか」
俺は頷いて、自室を後にした。その後は、郵便局によって手紙を預けて、そうして王都の城門前にやってきた。
「ニトロコングの生息地は、ここから徒歩でどれくらいだ?」
「徒歩だと一日です」
エリスは淡々と続けた。
「……魔物討伐までに体力を温存したいと思ったので、馬車を手配しておきました」
「馬車を?」
「はい。……啖呵を切った手前もあるので、時間も惜しい。早く移動を開始しましょう」
エリスに連れられて、俺は彼女の手配した馬車に乗り込んだ。馬車のシートは固く、乗り心地は良いとは言えない。しかし、徒歩で一日歩き続けるよりかは、幾分かマシだと思えた。
「それじゃあ、作戦会議です」
エリスの言葉に、俺は頷いた。
「今回の討伐対象は、ニトロコング。昨今では中堅冒険者に上がる登竜門的魔物として位置づけられています」
「俺はその魔物の名前を聞いたことがなかった。だから、父がその魔物を倒して名声を得たことが少し驚きだった」
「……あなたのお父さん。英雄、ナイル・ドゥランが活躍した頃は、今からざっくり二十年前から五年前の間とされています。そして、丁度二十年前、彼が単独で討伐してみせたのが、件の魔物。ニトロコングです」
なるほど。俺が生まれる前に討伐した魔物であれば、俺がその名を知らないことも無理はない。
「冒険者ギルドに入りたてのカイルさんは知らないでしょうが、実は冒険者ギルドでは、魔物討伐の攻略を容易化するため、日夜魔物に対する研究を進めています」
「そうなのか」
「えぇ。ただ、あなたのお父さんが活躍し始めた頃は、冒険者が束になっても相手が出来ない魔物がたくさんいた。ニトロコングも、討伐に際した推奨人数は冒険者三十人とされていた」
「そんなに」
「そんな中、あなたのお父さんは、ニトロコングとのたった一度の戦闘で、魔物の特徴、弱点を把握して、たった一人で討伐してみせた。それもクエスト受注後、僅か四日で」
「確かにそれは、父が名声を得ることになるのも当然だな」
「えぇ。あなたのお父さんが他の冒険者よりも優れていたのは、魔物に対する分析力だったとされています」
「だから、そんなにすぐに弱点を見破れた、と」
……しかし、エリスの説明では納得できないことがある。
「エリス。一つ質問いいか?」
「なんですか?」
「父は、ニトロコングの特徴、弱点をすぐに把握した。その上で、僅か四日でその魔物を屠った。その後、冒険者ギルドで件の魔物に対する研究も進んでいるだろう。しかし、父がニトロコングを倒してから二十年、ニトロコング討伐の最速記録が更新されていない理由は何故だ?」
「鋭い質問です」
そりゃあどうも。俺は黙って、彼女の言葉の続きを待った。
「まあ、当然の疑問ですよね。カイルさんはお父さんの実力を過小評価しているのだから」
「そういうわけではない」
「正直、二十年も時間が経ったのだから、ニトロコング最速討伐記録も更新されていて当然だと思っていたはず。でも、それが成されていない。その理由は、一体何故か?」
エリスは一つ、わざとらしい咳払いをした。
「それは、ナイル・ドゥラン、かつ冒険者ギルドが発見したニトロコングの特徴にあります」
「特徴?」
「ニトロの特徴は、爆炎を放つことが出来ること。その爆炎を放つ原理は、あなたの父や冒険者ギルドを以てしても未だ解明されていません」
「……ほう」
「ただ、爆炎を放つことが出来る魔物と聞いて、カイルさんは気付いたことがありませんか?」
気付いたこと、か。
気付いたことはないが、気になったことはある。
「そのニトロコングという魔物は、どれくらいの爆炎をコントロール出来るんだ?」
「自分の体長を超え、人間程度であれば一瞬で灰に出来る温度の爆炎を放つことが出来ます」
「なるほど。ならばおかしい」
「何がです?」
「どうしてニトロコングは、自らの放つ爆炎に巻き込まれない?」
「そうです」
エリスは満足げに頷いた。
「ニトロコングは自らの放つ爆炎で傷を負うことがありません。その原理は、同じくナイル・ドゥランや冒険者ギルドを以てしても、未だ解明されていません」
「……なるほど。なんとなく読めてきたぞ」
ここまでのエリスの説明を整理すると、ニトロコングの特徴は二つ。
一つは、爆炎を放つことが出来るということ。
もう一つは、自らの放つ爆炎で傷を負うことがない……つまり、ニトロコングは防炎能力を備えている。
「エリス、父のニトロコングの討伐方法は……遠距離からの集中攻撃、とかだったんじゃないか?」
ニトロコングには無傷な爆炎も、人間がまともに食らうと無事では済まない。
その前提を加味すると、父は遠距離からの……例えば、ひたすら投石を続けるとかで、ニトロコングの体力を奪い、討伐してみせたのではないだろうか?
「その通りです」
やはりそうだった。
「ニトロコングの討伐方法は、あなたのお父さん……そして、その後の冒険者の尽力もあり、遠距離からの攻撃が定石とされています」
「なるほどな」
「その定石を作り、かつその定石を最も効率的にこなせたのが、あなたの父だった。だから未だに、あなたの父の討伐記録を越せた人間がいない。これが真実です」
……つまり。
「つまり、俺がこれから挑むべきことは、ニトロコングの討伐方法の新たな定石作り」
父が作った定石以上に安全で、かつスピーディーに魔物を討伐する方法を見つけること、ということか。
「なあ、エリス?」
少し引っかかったことがある。
「ニトロコングの特徴は、父が気付いた点も含めて、その後、冒険者ギルドも研究を進めているんだよな?」
「そうですね」
「なら、どうして未だに、防炎能力の原理解明さえ進んでいないんだ?」
エリスはピクリと肩を揺すった。
正直、彼女の話には幾ばくかの違和感があった。
父が生前、ニトロコングを何度討伐したかは知らないが……少なくとも二十年近く、ニトロコングに関する研究を進めていたにしては、冒険者ギルド側の研究は進んでいなさすぎる気がするのだ。
「……まあ、気付いてしまいますよね」
エリスは観念したようだった。
「ニトロコングは、中堅冒険者に上がる登竜門的存在。逆を言えば、中堅冒険者であればほぼほぼ全員、その魔物を討伐することは容易なんです」
「……それが?」
「その上、ニトロコングの討伐は、遠距離からの集中攻撃でなんとかなる実績も多数ある。……要は、別に新しい攻略方法を作らなくても誰も困らないんです」
……なるほど。
つまりは、ニトロコング程度の新しい討伐方法の定石作りのため、冒険者ギルド内の研究機関に研究を任せたところで……得られる利益が少なく、それなら別の、より強力な魔物の研究にリソースを割く方が建設的、ということか。
「相変わらず、損得勘定で動く団体だな」
「この世の中にある団体は、大体利益が出ないとまともに動くことさえ出来ませんよ」
……まあ、それは確かに、そうかもしれない。
そうかもしれないが……それはつまり、俺に利用価値がなくなったら、あなた達は俺を容赦なく切り捨てる、と……暗にそう言っていることにならないか?
「俺達の関係は、あくまで利害関係が一致しているだけ、ということか」
……ふ。俺も馬鹿な奴だ。そんなこと、とっくの昔からわかっていたことなのにな。
「……エリス、馬車の手配、ありがとう」
そして、エリスに向けて頭を下げた。
「うえぁ!?」
「なんだよ、その反応」
エリスは目を丸くして、大層驚いた顔をしていた。
「いや、だって……いきなりお礼なんて、どうしたのかな、と」
「……俺だって礼の一つくらいするさ」
俺は唇を尖らせて、抗議をした。
「……アースとの約束は、クエスト受注から完了までの日数を三日でこなすことだった。つまり、冒険者ギルドでクエスト受注後、移動時間も加味した上の記録ということだ」
「……そうですね」
「徒歩で一日。つまりは往復で二日。これは随分なタイムロスになっていたはず」
エリスは少し照れ臭そうに俯いた。
「だから、ありがとう」
「礼には及びません」
「そんなことはない」
「いいえ」
エリスは、首を横に振った。
「……冒険者ギルドの人間として、一番に願うことは冒険者の安否。そして、より効率的な魔物の討伐。あなたが、あなたの父の構築した討伐方法を超す術を見つけるならば……馬車代なんて、先行投資の中にも含まれません」
……ニトロコングの討伐は、既に父が一つの定石を作っている。
そのやり方で、ある程度は安全な討伐方法が確立されていて……俺が出る幕は本来ならばなかったのかもしれない。
でも、父の作った討伐方法で、これまでの命を落とした連中だって少なからず、いたに違いない。
「安全に、より効率的にニトロコングを討伐する術を見つける……」
……皮肉なものだ。
これから俺がニトロコングにすることは、大多数の命を守る行為。
つまりは、俺が忌み嫌う……まさしく、英雄的な行動の一つなのだから。




