18.喧嘩
二人に連れられた大衆食堂は、王都に住み始めてからまもなく十日が立とうとするにも関わらず、俺が初めて入店するお店だった。
店内は酒の匂いで溢れ、ウェイターのけたたましい声があちこちで飛び交っていた。よく見れば、ほぼ空席が見当たらないくらいの来店客。どうやら相当、繁盛しているお店らしい。
「うわあ、一番混んでいる時間に来ちゃったねー」
「みたいですね」
俺を先導する女性二人は、来店客のあまりの多さに少し辟易とした様子だった。
「……おい、見ろよ。パラボラさんだぜ?」
空いている席を探す二人の後に続いていると、ヒソヒソ声が聞こえてきた。
「マジじゃん。やった。今日は付いてるな」
「な。しかも隣を歩くの、あのエリス譲じゃないか」
「本当だ。今日も麗しい」
どうやらこの二人、このお店では結構な人気者らしい。
しかしまあ、ベストセラー作家らしいパラボラはまあ理解出来るが、エリスまで人気者であることは少し意外だった。
「……ま、待てよ? エリス譲って今確か、あのカイル・ドゥランの同行役を務めているんじゃなかったか?」
「あ、そうだそうだ」
二人を見ていた奴等の視線が、俺に突き刺さった。
「あいつが、カイル・ドゥラン……」
「タロー村を救った英雄!」
「この前は燃えている家屋に突っ込んで、子供を一人救ったらしい……」
痛いくらいに突き刺さっていた……。
「あ、カイルさーん! こっち空いているみたいです」
席を見つけてたエリスが声を張った。その途端、より一層、多くの客からの視線が俺に突き刺さった。
……ここは、見世物小屋の中か何かか?
動物園の動物にされた気分で、かなり居心地が悪い。
さっさとエリス達と昼飯を食って、ここを立ち去ろう。
そう思った途端だった。
「おいお前! カイル・ドゥランか?」
俺は肩を掴まれ、名を呼ばれた。
さっきまで騒がしかった大衆食堂店内が、途端に静まり返った。
俺を威圧するかのような声の方に振り向くと、そこに立っていたのは、一人の男。
「へっ、田舎育ちのおのぼりさんみたいな面構えだな」
そこにいた男は……金髪、つり目で、百八十センチくらいはありそうな長身だった。
「誰です、あなたは」
「俺か? 俺は、アース・ブラスト。その名前、知らねえか?」
「すみません。最近、王都に越してきたもので……」
「……アース」
背中からエリスの声がした。
「こんなところで、何か用ですか? ウチのカイルさんをそろそろ解放してほしいのですが」
背中のエリスの声は、いつになく冷たかった。
「おいおいエリス、その言いぐさはないだろ?」
「カイルさん、行きましょう。その男に構う必要はないです」
「こいつにはないだろうなぁ。でも、俺にはあるんだ」
そう言ったアースと目が合った時、俺は妙な既視感に襲われた。
この人を蔑む目。面倒事を企み、吊り上がる口角。
……ああ、こいつを見ていると、ゴードンを思い出す。
「お前、あのナイル・ドゥランの息子なんだってな?」
大衆食堂の雰囲気が、また静かになった。
「……それが何か?」
「偽証行為も程ほどにな」
「偽証? 一体、何が偽証だと?」
「おいおい、とぼけるなよ。自らの体躯をよく見てみろよ」
……ははあ。
「お前のその貧相な体つきは、ナイル・ドゥランとは似ても似つかないってことだよ!」
ドッと沸き上がる大衆食堂。
……これは中々に安い挑発だ。
俺は俺の肩を掴むアースの手を振りほどいた。
「やるか?」
「か、カイルさんっ!」
アースを睨んでいると、今度は血相を変えたエリスに肩を掴まれた。
「だだだ、駄目ですよ! 喧嘩は!」
「……しないよ」
「相手は冒険者! 冒険者同士のいざこざなんて、英雄は絶対にしないんですからねっ……って、え?」
「しない。しないさ。喧嘩なんてね」
俺は踵を返した。アースの挑発は正直、俺の心に響かなかった。
何故なら、こっちから願い下げだったからだ。
実の父と親子だと思われることは……色んな意味で。
「……っち。つまんねえ奴」
アースの負け犬の遠吠えが聞こえてきた。
「親子の関係を貶されたのに、文句の一つも言い返せねえのかよ!」
「あなたと彼は違うってことよ。この金の亡者」
「おいエリス、そんな奴を本当に英雄候補生だと思えるのか! その腰抜け野郎をよぉ!」
俺は空席の方へ歩き続けた。
残念ながら、その挑発も効かない。何故なら俺自身、俺が英雄に相応しいとは一切、思っていないからだ。
本当、哀れな男だ、アース・ブラスト。
こんな安い挑発しか出来ないなら、奴の実力も程度が知れるな。
俺が椅子に手をかけたその時……。
「くそがっ! 感謝するんだな、タロー村の連中にっ!」
俺は、椅子を引く手を止めた。
「偶然、自分が所属する村がゴブリンに襲われて、手柄を立てれて良かったな!」
……俺は踵を返した。
「あの事件さえなければ、きっとお前は冒険者に勧誘さえされなかっただろうぜ」
俺は、アースの方に振り返った。
「村民に感謝しろよ! 救わせてくれてありがとうってな!」
気付いたら、頭の中は沸騰しているように熱かった。
さっきまではなんとも思わなかった。ただ今は、この下衆な男を殴らないと気が済まなかった。
タロー村の連中は……。
セレスティアは……っ!
今、明日を生きれるか。そういう瀬戸際での生活をしているのに、この男は……っ!
「ストーップ!」
俺とアースの間に、エリスが立ちふさがった。
「落ち着いてください、カイルさん。あなた今、何をするつもりでしたか」
「……どけ」
「退きません」
「……おい、カイル・ドゥラン。お前、俺をどうするつもりなんだ?」
アースの下衆な笑みを見て、怒りは頂点に達していた。
「殺してやるよ」
俺はドスの効いた声で言い放った。
「この場で殺してやる。土下座をさせて、身ぐるみひん剥いて、その上で殺す」
「おいおい、こいつは随分と笑えるジョークだな」
「本当にジョークだと思うか?」
俺が不敵に微笑むと、アースは下衆な笑みを引っ込めた。
「きゃっ」
代わりに、エリスを突き飛ばして、俺の前に立ちふさがった。
「その度胸だけは認めてやるよ、ルーキー」
アースの睨みに臆することなく、俺は奴を睨み続ける。
そして、俺が渾身の右ストレートを奴にお見舞いしようとした時だった。
「ちょっと、カイルさんっ」
パラボラの叫び声で、俺は我に返った。
「それ以上はまずいって! 英雄譚が殺人ドキュメンタリーになっちゃうからっ!」
……それもまた、面白いかもしれないと一瞬思った。
「なんだ、俺を殺すんじゃなかったのか?」
アースが懲りずに挑発を繰り返す。
「……駄目ですよ、カイルさん」
再び、エリスが俺を制止する。
「こんな奴の挑発に乗るのだけは、絶対に駄目」
「……ふんっ。冒険者ギルドの裏方組の考えることは、いつだって神経を逆なでしてくる」
アースの顔に苛立ちが見て取れた。
「お前等、こいつを英雄に仕立て上げるつもりだろ?」
「……そんなことはないわ」
「何が違う。こいつのストーリー性を買って、後はプロパガンダで大衆を盛り上げようとしているだけじゃねえか」
「……仕立て上げるんじゃない」
エリスは、俺とアースの間に割って入った。
「彼は、彼自身の実力で、英雄になってみせるの」
……これまでの彼女からは聞いたことがないような、熱量のこもった声だ。
「……それでも、冒険者ギルドがこいつを英雄にするため、お膳立てする気なのは事実じゃねえか」
つまらなそうに、アースは舌打ちをしていた。
「わかった。そういうことならわかったよ」
「今度は何を企んでいるの、アース」
「なあに。俺も付き合ってやろうと思ったのさ、こいつが英雄になるストーリー強化をさ」
「なんですって?」
「……おい。カイル・ドゥラン」
アースの瞳には、怒りの感情がこもっていた。
「お前、『ニトロコングの討伐』のクエストを受注しろ」
「何?」
「そのクエストは、ウィンドワーウルフ等の討伐を重ねた冒険者なり立ての連中が、中堅冒険者になるための登竜門と言われるクエストだ。丁度、王都周辺の街道で出現し、昨日からクエストボードに貼られている」
アースの奴、一々そのクエストがクエストボードに貼られていることを調べているのか? なんで知っているんだ、そんなこと。
「お前、そのクエストを三日で成功させろ」
吐き捨てるように言うアース。
「ちょっと、アース!」
「あんた、なんてこと言ってるのよっ!」
アースに対して、エリスとパラボラは血相を変えて苦言を呈した。
一体、どうして二人はこんな態度を……?
「ニトロコングの討伐は、奴の耐久力も相まって長期戦になることが常なんです」
「大体、奴の討伐は二週間のロングスパンで計画されることが多い。奴の持久力。必要時間の長さが、奴の討伐が中堅冒険者に上がると評される理由になっている」
「……ただ、そのニトロコングの討伐をたった四日で成し遂げた男が、この世に一人いるんです」
「……まさか」
まさか、その男って。
「お前の父、ナイル・ドゥランだ」
アースは不敵に微笑んだ。
「お前、英雄になるんだろ? だったら当然、英雄だった実の父と同じように、いやそれより早く、ニトロコングを屠ってみせるよな?」
アースは声高らかに笑い出した。
「おっと、お前にクエストを受けない選択肢はない。何故ならお前は、英雄候補生。一度、殺すとまで言った相手の挑発から、尻尾を巻いて逃げたりしないよなぁ!?」
……この嫌な男を前にして、安い挑発を浴びせられて、ストレスが溜まっていないと言ったらウソになる。
ただ、父越えの記録を残せ、と言われれば、そう易々と『やってやる』と啖呵を切ることは出来ない。
父は、去り際は酷いものだったが……それまでは、俺の憧れだったのだから。
まだまだ冒険者になりたての現状で、簡単にあの大きかった背中を超えることなど、出来るはずもないと思っていたから。
……でも。
どうしても。
どうしても……っ!
タロー村のことを。
セレスティアのことを嘲笑したこの男のことだけは、許せなかった。許しちゃいけないんだ。
「……わかった」
怒りが、今の俺の原動力だった。
「やってやる」
「……ほう」
「やってやる。やってやるよ!」
大衆食堂が、俺の啖呵に沸き上がった。
「……か、カイルさん」
エリスは呆然としていた。
「大丈夫なの、そんな啖呵切って」
パラボラは、呆れていた。
「……パラボラ。俺が無事に帰ってきたら、ちゃんとコラムに書いてくれよ」
「何を?」
「俺の誉れ高き英雄的行動を」
俺はアースを指さした。
「そして、こいつの負け犬っぷりをっ!」
こうして、俺の次なるクエストは決まったのだった。
この主人公、直情的すぎる




