17.憩いの場
ライデン村でのウィンドワーウルフの討伐を終えて、王都へ帰還した翌日、休む間もなく、俺はエリスに呼び出しを食らったため、冒険者ギルド本部へと足を運んだ。
「お疲れ様です、カイルさん」
「お疲れ様。エリス」
俺達の集合場所は、相変わらず閑古鳥が鳴いている冒険者ギルド本部に併設されている酒場だった。
「それで、今日はどうして俺、呼び出されたんだ?」
単刀直入、俺はエリスに尋ねた。
「あらあら、嫌ですねぇ。冒険者たるもの、毎日この冒険者ギルド本部に足を運ぶのは当然のことでは?」
エリスは今日も俺に軽口を叩く。先日、ライデン村の宿の一室で、俺が遺書を書いている時には、俺の行為を奇行と罵り、あたしが俺を英雄にする、と隣人の就寝を邪魔する程の大声を叫んでいた奴の姿とは思えない。
「で、要件はなんだ?」
「……忘れたんですか」
質問をしたら、質問で返されてしまった。
「まあ、呼ばれた理由はなんとなくわかっているんだが」
「ほう。一体、それは?」
「パラボラの取材」
ウィンドワーウルフの討伐直前、俺はセレスティアに遺書を送っていた。クエスト失敗時、俺の最期が彼女に伝わるように。
そして、今回のクエストでは無事に生存出来たわけだから、生存報告のためにパラボラにコラムを書いてもらい、出版してもらわないといけないのだ。
「で、肝心要のパラボラは?」
「……」
「エリス?」
「寝坊です」
……そういえば彼女、初対面の時も寝坊していたな。
「……時間にルーズな人だな」
「えぇ、ベストセラーさえ出さなければ、速攻でクビだったでしょうね」
同感だ。
「いやー、ごめんごめんっ!」
パラボラが酒場に姿を見せたのは、俺が冒険者ギルド本部に到着してから一時間程経過した頃だった。
「ごめんじゃないでしょ、パラボラ」
エリスは怒り顔だ。
「え? ああ、おはよう!」
「おはよう、じゃない。もうお昼」
「じゃあ、こんにちは?」
「そうね。それが正解」
納得しちゃったよ……。
「って、そうじゃない!」
エリスの奴、気心の知れた相手とそうじゃない相手との会話だと、本当に全然対応が違うな。
「ごめーん。昨晩、ちょっとお酒を飲みすぎて」
「じゃあ、これからしばらくはお酒禁止ね」
「えーっ! 待ってよエリス! ちょっと待ってよ! それはさすがに酷くない?」
「仕事に支障をきたすあなたが悪いんじゃない」
さすがにそれには同意だ。
「……と、とりあえずさあ。あんまり長い間口論するのもなんだし、そろそろ取材、始めちゃわない?」
「……はぁ。早くコラムを出版してもらわないといけない事情もあるし、わかった」
エリスの言う早くコラムを出版してもらわないといけない事情とは、まさしくセレスティアへの生存報告のためなのだが……パラボラは何のことか当然わからず、小首を傾げていた。
「ま、まあとりあえず、取材を始めまーす!」
パラボラの威勢のいい言葉とともに、俺への今回のクエスト内容の取材が始まった。
前回の取材から、まだ両手で数えられる程の日数しか過ぎてない今日。相変わらず、取材というものにはあまり慣れず、時折しどろもどろになりながら、それでも淡々と今回のクエスト内容について、俺は答えていく。
「なるほどー」
俺の答えを聞き、ペンを走らせるパラボラ。
「つまりカイルさんは今回の一件、土地勘のない村での討伐クエストであったにも関わらず、その慧眼を持って魔物の潜伏先を見つけ出し、素晴らしい作戦を立案した後、夜が明ける間という短時間で、その驚異的な戦闘能力を持って、魔物を討伐しきり、村の面々から誉れ高き英雄と称えられるまでに至った、というわけだね!」
「違う……」
パラボラの一々誇張した表現に、俺は苦い顔を作った。
「えー? 何が違うのー?」
困り顔のパラボラ。
「そうですよ、何が違うんですか。カイルさん」
反面、エリスは大層面白そうにニヤニヤしていた。
でも、違う。悪いが本当に残念ながら、俺はそんなに大層なことはしていないのだ。
「まあ、とりあえずこれでコラムは書かせてもらいます」
「……えー」
「致し方ないですよ、カイルさん。だってあなたは、英雄候補生なのですから」
エリスはいつもの調子で語り出す。
「あなたは英雄候補生。英雄になるために必要なものは品格と民意です。あなたのクエスト成功を、さも当然のこと。当たり前の事実と伝えたところで、国民はあなたのことを英雄だとは認識しません」
「その説明は聞き飽きた」
「そう言わないでください。実際この方法で、一部界隈では、あなたはもう有名人なのですから」
「その事実は知りたくなかった」
一体、俺はどの界隈で有名人になっているのだろう?
想像するだけでもおぞましい。
「とりあえず取材はこれで終わりかな」
パラボラは満足げだった。
「そうですか。じゃあパラボラ、今回のコラムも頼みますよ」
「うん! しっかりカイルさんを英雄的存在に仕立て上げるから、ちゃんと見ててねっ!」
「仕立て上げるとか言うな」
パラボラはペロッと舌を出していた。
「とりあえずそろそろお昼時だし、ご飯食べに行かない?」
提案したのはエリスだった。
「賛成」
「じゃあ、俺は帰って鍛錬してくる」
「ちょっと」
席を立とうとした俺の肩を、エリスが掴んだ。
「……な、なんだよ」
「いいじゃないですか。たまにはこのメンツで、ご飯食べに行きませんか?」
「……いいよ。面倒くさい」
「カイルさんって、ご飯食べるの好きじゃない系?」
「好きじゃない……かな。食べている時間を勿体ないと思う口だ」
「えー、勿体ない。美味しいご飯を食べている時こそ、人生唯一の至福の時なのに」
「あなたも中々尖った思想の持主ね、パラボラ」
「……とりあえずあたし、グルメ本も過去に出版しているから、今度本屋に立ち寄って買っていってくれない?」
商魂たくましいな、この人……。
「とりあえず、カイルさんも一緒にご飯に行きましょう? あたし達これから、しばらくビジネスパートナーになるわけだし、交友を深めることも大切ですよ?」
エリスの言葉は、アドバイザーとしての彼女の立ち位置が絡んでのものに聞こえた。
……ビジネスパートナーだから、打ち解けよう、か。
これまでの人生では、そういう価値観を重視したことがあまりないから、少し新鮮な響きのある誘い文句に聞こえた。
確かに、この仕事は信頼関係で成り立っているような部分はあるし……突然、背後から刺されたりしないようにするためにも、一緒にご飯を食べに行くくらいの手間はかけるべきか。
「わかった」
「やった!」
手を挙げて喜んだのはパラボラだった。
「じゃあ、たくさん聞かせてもらっちゃお! カイルさんの恋人の話」
「ねー。あたしもそれ、聞きたかった」
アドバイザーの顔から一転、女子特有の色恋話好きの顔を見せたエリスに、俺は悟った。
こいつ、それが本音だったのか……っ! と。
「ほらほら、じゃあご飯に行こう!」
しかし、もう遅い。
「行きましょう、行きましょう!」
あまりにも遅かった。
「お、おい! 手を引くな!」
俺は、女子二人に無理やり、彼女達行きつけの大衆食堂に連れていかれるのだった。
……ん?
今、俺達が取材に利用しているこの酒場も一応、昼食を食べることは出来たはずだよな?
それなのに、彼女達が敬遠するこの酒場って……一体、どれ程、飯がまずいのだろう?




