13.スキャンダラス
舗装されていない歩道。人の腰くらいまでしかない低い木の柵。遠くから匂ってくる家畜の糞尿の匂い。
王都で暮らし始めて数週間が経ち、クエストのためにやってきたライデン村だが、村の中で見た光景は、育ちの故郷であるタロー村をどこか彷彿とさせるものだった。
畑を耕す村民を見ていると、かつて自分が志した将来像を思い出し、懐かしさ。そして、少しの寂しさを覚えた。
「……いい村ですね」
「そうだな」
隣を歩く女性の言葉に、俺は同意をした。
「そうなんだが……」
同意はしたものの、疑問は尽きない。
「エリス。そろそろ答えてくれ。あんた、どうして俺に付いてきた?」
俺は隣を歩くエリスに尋ねながら、頭を抱えた。
手早く家での身支度を終えた後、俺はライデン村に向かうために王都の城門前へと向かったのだが、エリスは城門前で俺を待ち伏せしていた。
そして、疑問を抱える俺を他所に、彼女は今回のクエストに自分も同行する、と言い出し……今に至る。
今言ったように、ライデン村にたどり着くまでの道中、俺はエリスに何度か、彼女の同行理由を尋ねてきたが、はぐらかされるばかりで中々真意を教えてくれなかった。
「もうライデン村に到着したし、そろそろ教えてくれないか?」
「そうですね。そろそろいいかもしれません」
エリスは散々勿体ぶっていた同行理由を、ようやく教えてくれる気になったらしい。
「まあ、簡単な理由なんですが……あなたのクエストに同行することが、あたしの仕事だから、今回は同行させて頂いています」
「はあ?」
彼女の同行理由を聞いて、俺は首を傾げた。
「あんた確か、冒険者ギルドの視察団リーダーだったはずだろ」
これがまだ冒険作家のパラボラが同行する、というのなら、取材の一環だと理解出来るのだが……恐らく、冒険者ギルド内でも程々の役職を持つエリスが同行、となると、理解が出来ない。
「ああ、その役職ならもう解任されました」
「ケロッと言うことじゃないから、それ」
エリスがあまりにもあっさりと言い放つものだから感覚が狂いそうになるが……大所帯の冒険者ギルドで肩書のある役職に就くことは、きっと容易なことではなかったはずだ。それなのに、こうもあっさりとその肩書を捨てるだなんて。なんと勿体ないことか。
「ケロって言っているように見えますか?」
「ああ、滅茶苦茶見える」
「あはは。それなら良かった」
エリスはケラケラ笑った。
「……内心は絶望していることが悟られなくて、本当に良かった」
エリスは顔に陰を落として、苦笑した。
どうやら内心ではしっかりと落ち込んでいるらしい。
「……まあ、元々あの視察団は、英雄候補生を探すために設立されたグループだったので。あなたという将来有望株を見つけた以上、解散も止む無しなのです」
「それはまあ、すまなかった」
「謝ることなんてないです。……あたしの給与がだいぶ減って、雇用を解除された人間も多数存在しただけなので」
なんというか、本当ごめん。
「というわけで、今のあたしは、視察団リーダーという役を解任され、英雄候補生カイル・ドゥランの同行役という任に就いています。今後ともよろしく」
「……ああ」
「さ。気を取り直して今回のクエストの依頼主への挨拶を済ませて、クエストを開始しましょうか」
そんな簡単に気を取り直すことは出来ないが、クエストはさっさと済ませてしまうことには同意だった。
この村に長く滞在する程、俺達にとってはリスクが多くなるのだから。
そんなわけで俺達は、クエスト依頼主であるこの村の村長への挨拶を手短に済ませた。
村長への挨拶の後、村の中に一軒だけある宿へ向かい、一夜の住処に無事ありついた。
「というわけで、簡単に作戦会議をしますか」
年頃の男女ということもあり、俺達は各々、一部屋ずつを借りたのだが、エリスは今俺の部屋に来ていた。理由は、クエストに関する作戦会議をするため。
「先んじて言っておくと、あたしは今回、クエストに助力をすることはありません」
「え、そうなの?」
「当然です。あたしの仕事は、あなたと行動を共にすることですので」
エリスの腰には立派な剣があるから、てっきり参加してくれるものだとばかり。
「……それなら別に、同行役なんて必要ないのでは?」
いざという時、戦闘に助力してくれないのであれば、彼女は一体、何のために俺と行動を共にするのだろう?
「いいえ、これは必要な役回りです」
「何故?」
「何故なら、あなたが英雄候補生だからです」
「またそれか」
「これからあなたは、英雄になるために幾多の試練にぶつかるでしょう。そんな時、あたしのような同行役があなたにアドバイスをする。つまりは、アドバイザーですね」
「具体的には、どんなアドバイスをしてくれる予定なんだ?」
「そうですね」
エリスはうーんと唸った。
「例えば、生活態度」
「ほう」
「金銭トラブルを未然に回避させるとか」
「賭博に手を出す予定はない」
「他には、女性トラブルの解決とか」
「俺には心に決めた人がいるんだが」
「心に決めた人がいても、別の女性と一夜を共にする日だってあるかもしれないでしょう?」
「俺はそんなプレイボーイではない」
「おかしいですね。有名冒険者は、美人となれば誰彼構わず手を出すのが相場のお決まりなのですが……」
「腐った連中だな、有名冒険者って」
「二、三人の女性から不貞行為を告発されて、クエスト報酬は養育費に全て消えていくことだってザラだと聞きます」
「本当に腐った連中だな、有名冒険者って」
たかだか魔物を倒せるくらい力が強いだけなのに、どうしてそんなに威厳を振りまけるのか。正直、神経を疑う。
「まあ、そういうアドバイスを積極的にさせてもらうのが、あたしの仕事、というわけですね」
「……アドバイス、というか、そういうことをするな、というお叱りだよな」
「そうですね。そうかもしれません」
エリスは微笑んだ。
「なら、今日限りであなたの任はまた不要になるな」
「というと?」
「俺はそいつらのような低知能ではない、ということだ」
つまりは、そういうお叱りを受ける以前の問題で、俺はそういう行為に手を染めることがない、ということだ。
そうであれば、彼女のアドバイザーとしての仕事は不要となる。
「……まあ、カイルさんは、今はまだ一途な性格に見えるので、生活態度での助言は不要そうですね」
「今は、じゃなく、これからも一生、だ」
「ただ、ならばこういうのはどうですか?」
「……なんだ?」
「今回のように、クエストの度、あたしがカイルさんに成功のための助言を行う、というわけです」
……なるほど。今のエリスの言葉を聞いて、この部屋に入ってくるや否や、彼女が作戦会議をしよう、と言い出した意味が、ようやく理解出来た。
「どうでしょう。そういう助言もするとなれば、あなたの中でのあたしの存在価値も、多少は増すのではないですか?」
「そうだな」
少し不服だが、俺は頷いた。
俺が素直に頷いたことが嬉しかったのか、エリスは一層笑みを深めた。




