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 日が昇り王都全体に陽の光が差し込む頃。ローヴェン商会の執務室では、商会長グスタフが既に居座っていた。指で机を一定間隔に叩いている。時間が経つにつれ膝も揺れてきた。


「遅いな。まさか───」

「ローヴェン様。お客様がお見えです」

「客だと?」


 例の件が成功した。その報告を待っていたグスタフだが、使用人の言葉は別であった。


「面会の予約も無しに来るとは。帰らせろ」


 グスタフはその無礼さに、苛立ちを隠すことなく使用人に言い放った。貴族であっても事前に連絡が来る中で何も無くいきなりの面会希望に腹が立ったのだ。


 話は以上だと言わんばかりに、机に視線を戻すグスタフだったが使用人の気配が消えない。彼は鋭い目付きで使用人見た。

 使用人はその瞳に怯えながらも端的に伝える。


「それが⋯⋯⋯ニョルズ商会長と名乗るものでして」

「⋯⋯⋯通せ」


 その言葉を想定していた使用人は執務室のドアを開けて件の人物を部屋へ通した。その者は現在、王都の商会や職人、冒険者の間で話題となっている商会の会長であるデルタであった。


 今回の面会について彼は心当たりがあった。その件についての対応策を考える前に当人が来てしまった。グスタフは使用人の優秀さに舌打ちした。

 異様な雰囲気が立ち込める中、デルタは胸に手を当てお辞儀する。


「お初にお目にかかります。ニョルズ商会の商会長デルタと申します」

「こちらこそお初にお目にかかる。知っているとは思うがローヴェン商会長のグスタフ・ローヴェンだ。それで?如何様の件で来たのだ?私も忙しい身だ。それ相応のものであるのだろうな?」


 グスタフは言葉の節々に圧を加えながら言い放った。だが、デルタは気にすることなく次の言葉を紡いだ。


「先日、我がニョルズ商会に鼠がふ込んできました」

「そんなもの商会であれば珍しくもない」

「確かに珍しくとも何ともないですね。多少店内が汚れてしまいましたが、こちらで処理しました」 

「⋯⋯⋯そうか。それは災難だったな」

「ただ⋯⋯⋯」

「なんだ?」

「鼠を観察した結果、ローヴェン商会に餌付けされていたことが分かりました」


 グスタフは驚愕の色を何とか隠した。今回の襲撃に送った者たちは拷問の類の耐性を持っているからだ。だが、ニョルズ商会に襲撃の首謀者が誰であるかバレている。


「ふん。まさかそんな戯言、信じる訳ではないだろうな?」


 苦し紛れの言葉であることはグスタフも分かっていたが、何も言わないわけにはいかなかった。

 それを知ってか知らずしてか、デルタは笑顔で続ける。


「勿論です。ニョルズ商会とローヴェン商会の争いを狙った第三者の可能性もあります」

「まるで我が商会と肩を並べているかの言い草だな」

「これは失礼を。新参者である私どもでは、王都の流通を担うローヴェン商会の足元にも及びません」

「⋯⋯⋯要件は以上か?」

「はい⋯⋯⋯あぁ、最後に一言だけ」


 デルタが執務室を後にする寸前、思い出したかのように首だけグスタフへと向けた。


「我々はいずれ鼠の巣を叩きます。鼠の住処に心当たりがあればニョルズ商会までご連絡を」

「あぁ、協力しよう。見返りは貰うが」

「それでは。ごきげんよう」


 そう言うとデルタは執務室から出ていった。足音が離れていき静寂が広がった。だが、それも直ぐに終わる。


「クソが!あの女狐め!」


 グスタフは机を力の限り叩いた。強く叩いたせいで手が赤く腫れたが、その痛みすら忘れて先程のやり取りを思い出す。


「⋯⋯⋯ふぅー。落ち着け。冷静になれ。グスタフよ。今までもこの程度のことはあったではないか。そう確かあれはまだローヴェン商会を立ち上げて間もない頃だったな。ははは。あれは苦労したものだ」


 グスタフは過去の出来事を回想した。そして現状を俯瞰する。競合商会を襲撃し撃退された挙句、企てたこともバレてしまった。

 だが、まだ直接的な命の危機ではない。時間の問題かもしれないが、その間に対抗策を講じればいい。


「おい。傭兵ギルドに伝えろ。護衛を10⋯いや30人ほど用意しろと。腕に自信がある者には高い報酬を用意するとも」

「はっ。かしこまりました」

 

 そう返答すると使用人は執務室を後にした。一人になった部屋でグスタフは顎髭を擦りながら対応策を思考する。


(まだ足りない。襲撃メンバーには元Aランク冒険者もいた。暗殺者崩れもだ。それを撃退するとはニョルズ商会がそれ相応の実力集団であるとも言える。王家にも支援を依頼すべきだな。借りを作ることになるが、彼らも我が商会が潰れれば困るはずだ)


 グスタフは引き出しからスクロールを取り出した。〈伝言/メッセージ〉が刻まれた物だ。それを使おうとして思い留まる。


(いや、待て。本来であればアルドリン殿下に依頼したいところだが現在謹慎中だ。それに彼奴の軍も解体されたという噂もある)


「ふぅー」


 グスタフはスクロールを起動した。



◇



 王都をゆっくりと走る1台の馬車。その場所が王都で初めて走った当初、率いる馬の珍しさから注目の的となっていた。だが、今ではそれも日常へと至っている。

 もっとも商人の間では視線が絶えない。今も王都有数の商会から出た馬車を横目に噂話をしている。それを馬車の中から鬱陶しそうに眺める女───デルタは溜息を零した。


「お疲れ様です、デルタ様」

「はぁ、ほんと鬱陶しいわね。直ぐにでもエターナル・ヴェインに戻りたいわ」

「それは⋯⋯⋯」


 セバスの言葉が途切れた。彼の心情を察したデルタは苦笑しながら続ける。


「勿論マスターの命令を遂行できるのはこの上ない褒美だわ」


(とは言え有象無象を相手にするのは面倒だけど。あの豚カエルからの連絡も多いし。はぁー、一通り終わったら一時引きこもりたいわ)


 彼女の吐露が終わると同時に馬車が停まった。外からドアが開かれる。


「デルタ様、セバス様。到着しました」


 ドアの前でお辞儀するクラリス。彼女を横目にデルタは馬車から出た。軽く背伸びをしてニョルズ商会の屋敷へと入っていく。


「さっさと片付けるわよ」

『はい』


 デルタたちは屋敷へと消えていった。




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