第37話
「いやー、悪い悪い。丁度風呂入っててさ」
<収納>から出した服を着用したハルは商品が展示されている机に腰を掛けた。
「いえ、こちらこそマスターのお手を煩わせてしまい───」
「いいって、いいって。それよりセバス怪我してない?」
「いえ、特に怪我はございません。少し衣服が汚れてしまったぐらいです。それと………」
セバスはそこまで言うと目を部屋へと移した。ハルも釣られてセバスから目線を外した。整然と並んだ商品は無残にも荒らされ、高価なカーペットも靴の跡で汚れている。入口付近の壁には剣痕があり床の一部は陥没状態だ。
───配下失格。
この言葉でセバスの頭は支配されていた。己の絶対的支配者であるハルより与えられし屋敷に襲撃者を招いてしまった。それだけに飽き足らず屋敷内は見るも無残な状態だ。
冷静に対処していれば、こんな事態にならなかったはず。だが、己の予想を超える実力者に出会い年甲斐もなく興奮してしまった。配下としてあるまじき行為だ。
「此度の件。完全に私一人の失態でございます。マスターのお手を煩わせてしまった私ですが、最後に一つだけお願いがございます。クラリスだけは見逃してください」
「あぁー………いや、こうなるのか」
(ミスったな。善性な心の持ち主の好々爺だけど戦闘狂って設定したの。実験と称してやってみたけど、本当に反映されるとは。もしかするとアルファたちも設定が反映されているのか?ありえるな。だとするとアルファには悪いことしてしまったな)
思考をそこまでにするとハルは手を叩いた。
「今回の件、セバスは何も悪くない。強いて言うならそうあれと作った俺の責任だな」
「いえ、そのようなことなど───!」
「はい、おしまい!これは命令だ。気にするな」
「………寛大なご決断に一層の忠誠を」
そう言うとセバスはその場で跪いた。ハルは笑顔で頷くと思い出したかのように掌に拳を打った。
「ところでこいつら誰?」
ハルは床に倒れ伏す襲撃者を見た。セバスから《伝言/メッセージ》でクラリスが危ないと聞き流れるように〈主従交換〉をして屋敷へと転移した。そのため何を相手に戦っているのか分かっていない。
「はい。恐らくではございますが、商売敵の者かと」
「商売敵ねぇ〜⋯⋯⋯デルタ恨まれてるの?」
顎を擦りながら疑問の声を上げた。
「いえ、デルタ様というよりはニョルズ商会かと思われます」
「そうなのか。まぁ、なんでもいいや。デルタに聞けば。〈召喚:デルタ〉」
セバスの横に魔法陣が出現した。魔法陣が音と光を生じさせ回転していく。数秒後、魔法陣が消えその場には先ほどまでいなかったはずのデルタの姿があった。彼女は一瞬呆けていたが、すぐに状況を整理するとその場に跪いた。
「いかがなさいましたか?」
「単刀直入に言おう。ニョルズ商会は恨まれている、らしい?」
「はい事実です」
「ありゃ?分かってたの?」
「ニョルズ商会は王都にある商会の既得権益を奪う勢いで展開していますから。いずれどこかの商会が襲ってくると思っておりました」
予想外の反応に困惑したハルは、デルタの説明を聞き納得した様子を見せた。
「つまりこいつらは、どこかの商会に雇われた者ということか。セバス予想当たってるみたいだよ」
「いえ、私の考えなどデルタ様には及びません」
「ですが」とデルタは続ける。
「マスター、まだ可能性の話ですので。これからの尋問で明らかにします」
そういうとデルタは襲撃者を見て怪しく笑った。
「ちなみにこの後の計画も合ったりして?」
「はい。今回の襲撃が商会によるものであれば、特定し必要であれば支配下に置きます」
「必要であれば?」
デルタの言葉に引っかかったハルは疑問の声を上げた。
「はい。相手が小規模の商会であれば潰すほうが利益になるでしょう。ですが、王都に深く根を張っている場合は、潰すより利用する方が得策です」
「なるほど。敵の規模次第ということか」
「その通りでございます」
(うーん、やっぱりデルタに任せて正解だったな。これからもどんどん任せていこう)
デルタの総合力はハルに遠く及ばない。<ダンジョンマスター>の性質上、知力と魔力のステータスはEoCに登場するボスを除きダントツだ。
だが、ハルは知恵比べでデルタに勝てるとは思っていない。恐らく配合した時に設定したフレーバーテキストが影響しているのだろう。
(何度考えてもEoCに転移したとしか考えられないんだよな。でもエルドリオンもアヴェリスも聞いたことないし。そもそも人間がこんなに群れていること自体珍しい世界だったからなぁー。わからないことだらけだけど、相変わらず面白い世界だ。いけない、いけない。今に集中しないと)
「アビス」
たった一言。外の鳥や虫の鳴き声よりも小さな声。だが、ソレの感覚には確実に届いていた。
ハルの影が動き蛇の形へと変貌する。影絵から徐々に姿を露わにした。
「シャアアア」
ハルの影から出現したアビスは肩へと登り深紅に染まった瞳でデルタとセバスを見つめる。絶対的な存在の差。それを如実に受け取った2人は反射的に体が固まった。
「こらこら。そんな圧を出すな。デルタたちは100Lvじゃないから耐えられないよ」
ハルの言葉を読み取ったアビスはデルタとセバスから視線を外した。
「前みたいにこいつらを腹に入れ、れないか。ここで〈変幻自在〉は使えないし。直接〈影転移〉できる?」
「シャアアア」
勿論だとでも言わんばかりに鳴くと同時に、襲撃者たちの体が床へと沈んでいった。
「よし。それじゃ、俺は帰るね。デルタはどうする?」
「私はこちらで事後処理を行っておきます。お手数ですが情報が入手でき次第、伝達してください」
「オッケー。その前に〈召喚:ガーゴイル〉〈召喚:ガーゴイル〉」
屋敷の外へと繋がる扉の前に2つの魔法陣が浮かび上がる。デルタを召喚した時のように魔法陣が起動した。
数秒後現れたのは2つの石像。1対2枚の羽を持ったグラマスな女型天使を模った大理石製のガーゴイルが出現した。
「護衛ですか」
「そうそう。いつでも俺が動けるわけじゃないからね。近衛兵を呼んでも良かったけどアルファに何か言われそうだし」
「ありがとうございます」
「うんうん。それじゃ、またなぁ〜。〈主従交換〉」
ハルと入れ替わるようにクラリスがテーブルへと現れた。彼女はバケツの水を被ったかのようにびしょ濡れだ。
「はぁ、入浴中だったのですね。向こうでは今頃騒ぎになっているところでしょうか」
生身で〈主従交換〉したハルを指導するアルファの姿を想像しデルタはクスリと笑った。
◇
まだ朝日が昇る前の王都。深夜に襲撃を受けたニョルズ商会は、一睡もすることなく復興作業を行っていた。ホムンクルスであるセバスとクラリスに睡眠は必要としない。一日中労働に従事することができる。
だが、荒れた屋敷を復興するには2人では人手不足だ。
ハルは、被害を出してしまったセバスとクラリスに対して何も咎めなかった。罪悪感を抱いた2人は復興作業を己の手ですることに決めた。
一方のデルタはニョルズ商会の上階にある執務室にて本日の襲撃について思考を巡らせていた。手元には『報告書』と書かれている。数時間前に襲撃した者から尋問した結果、判明した情報がまとめられている。
「これは…マスターの計画も進みますね」
『報告書』を読み終えたデルタは背もたれに体を完全に預けるとそう言った。




