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第36話 夜襲

王都の中心部に近い一等地。王都民が暮らす場所とは異なり、己が治める領から職務のため王都へ来る貴族たちの別荘が建ち並んでいる。土地柄ゆえ、比較的富裕層と呼ばれる商人でも店を構えることは並大抵のことではない。


 そのような地に貴族と遜色無い屋敷があった。門には豪華な装飾が施されており、出入りする者たちからも品位を感じる。だが、貴族の屋敷ではなくとある商会の店であった。


 王都において長年、幅広い分野で物資の流通を握っていた大商会───ローヴェン商会。その商会長であるグスタフ・ローヴェンは一代でただの小さな商会から現在の大商会へと成長させた。

 グスタフは己を貴族に並ぶ存在だと信じて疑わない。王都の流通を支え、多くの職人や冒険者、果ては貴族までもがローヴェン商会へと訪れる。その事実がよりグスタフの自尊心を際限なく肥大化させた。





 ローヴェン商会執務室。執務室には到底必要とは言えない豪華絢爛な部屋に、一人の男が入ってきた。先日、ニョルズ商会へと赴いた男だ。

 男は執務室の奥に座る者───グスタフを見る。一目見ただけで分かる裕福さ。だが、その瞳にはただ欲望に溺れた堕落者では宿すことのできない気配があった。


 男は執務室の奥へと進む。グスタフの眼は机に並べられた紙類から男へと移っている。

 机から約1mほどの距離まで近付くと、男はおもむろに口を開き報告した。


「───以上になります。ローヴェン様」


 男はニョルズ商会で見たもの、感じたものを嘘偽りなく伝えた。屋敷の外見、整然とした商品に『商品目録』に記載された有用な品々。セバスと名乗った店番の老人。そして商会長が不在であること等々。

 報告を受けたグスタフは深く背もたれに体を預けた。


「なるほどな。商会長は居ないのか」


 グスタフは口を歪める。彼にとって男の報告内容は、不愉快の一言であった。

 王都に新しく現れたという商会。それ自体はグスタフとしても別に問題視していない。だが、ローヴェン商会が作り維持している流通を乱す商品。武器職人や一部の高ランク冒険者が足繁く通う異常な品揃え。


───そしてなにより。実質的に王都の経済を支配しているローヴェン商会に挨拶一つ無いこと。

 ここまで無礼な商会はグスタフも初めてのことだった。


「全く。挨拶の一つも無く勝手に商売を始めるとは。私のことを知らないのか?いやあり得んな」


 グスタフは苛立ちを表すように机を指で何度も叩いた。王都で商売を行う者でローヴェン商会を知らぬ者はいない。少なくとも彼はそう信じていた。

 仮に知らなかったとしても、商会を開いているはずなら後々から王都を仕切っている商会の噂でも入ってくるはずだ。しかし一向にニョルズ商会からリアクションは無い。

 グスタフは既に、件の商会の振る舞いを無知ではなく侮辱であると判断した。


「何にせよ、だ」


 グスタフは目を細めながら続きの言葉を紡ぐ。彼の判断を凡そ予測できた男だが、グスタフの言葉を待った。


「そんな無礼な商会に罰を与えるべきだ」


(やはりか)


 その言葉に男は喉を鳴らしながら心の中で呟いた。

 グスタフが何を考えていたのか、男には長年の主従関係で分かっていた。これまでも同じようなことは何度もあった。王都に新しく参入した商会に圧力を掛け従属しなければ潰してきた。

 そうすることがグスタフのやり方であった。


「失礼ながら申し上げます。ニョルズ商会への武力介入は早計かと」

「なに?」


 グスタフの声が低くなった。男は迷わず言葉を続ける。


「商会にセバスという老人、いえ男がいます。その者は私の実力以上かと」


 セバスの不気味さを身に染みて感じた男はその脅威をグスタフに再度報告した。元Aランク冒険者である己に対して気配なく背後を取った。グスタフがいくらセバスを過小評価したところでこの事実は変わらない。

 だが、グスタフの意見もまた変わる様子を見せない。


「ふん、ただの用心棒が意見するな」

「⋯⋯⋯はっ。申し訳ございません」


 男はそれ以上、反論しなかった。彼はグスタフに雇われている。命令を覆す権限は無い。それがたとえ己の命が危ういとしてもだ。一度、命令に背けばこれまで積み上げてきた信頼関係を失うことになる。冒険者を辞め用心棒として雇われの身となった男にとって、信頼を失うことは飯の種を失うことに繋がる。


 グスタフは男の態度に満足したように鼻を鳴らす。


「いつも通り表沙汰にはするな。あくまでも野盗の仕業に見せろ。⋯⋯⋯あぁ、人質に使えそうな奴はいたか?」

「はい。若い女が一人いました。恐らく使用人かと。その者からは特に戦闘能力を感じませんでした」

「ほう?であれば其奴を人質にすれば、セバスとやらも問題無かろう」


 問題無い。グスタフは本気でそう思っていた。だが、男の不安は解消されない。果たしてセバスは人質を取られる隙を見せるだろうか。


「そんなに心配ならば増やせばよかろう?」


 グスタフは鬱陶しそうに言った。ローヴェン商会には他にも指折りの実力者が所属している。個人では敵わぬ敵も複数で取り囲めば攻略可能だろう。

 これは男が冒険者として培った知恵だ。どんな強力な魔物であろうとも適正ランク複数人で対処すれば解決できる。


「⋯⋯ありがとうございます」


 男はこれから行われるニョルズ商会襲撃へ向けて頭を回転させた。





 夜。

 王都の喧騒な雰囲気は既に鳴りを潜め、昼間は多くの人が行き交う大通りにも静けさが広がっていた。月明かりと一定間隔に設置された《永久光》を用いた街灯が道を仄かに照らす。

 そんな王都の外れに建てられた屋敷───ニョルズ商会。昼間は少なくない人が訪れるその道も今では夜鳥の鳴き声が響くだけだ。最近まで放置されていたため、《永久光》を用いた街灯も存在しない。


───つまり暗闇に影を潜ませるには絶好の場所ということになる。











 十を超える数の人影が闇に潜みニョルズ商会へと繋がる道を歩んでいた。漆黒の外套を身にまとっているため、一目では気付かれないだろう。だが、彼らは周囲の警戒を怠ることなどしない。


 夜更けに移動する彼らの格好は到底穏やかとは言えない。また歩みに無駄がなく足音も聞こえない。

 単なる野盗集団では真似できぬ芸当だ。事実、彼らはローヴェン商会に雇われた者達である。


 新参潰し、脅迫、強奪、果ては拉致まで。表では対応できない商会の障害を処理するための者たち。その中には元冒険者もいれば暗殺者崩れの者もいる。

 その中心にいるのは、先日ニョルズ商会へ訪れた男であった。元Aランク冒険者。現在はローヴェン商会の用心棒として裏の仕事を中心に任せられている。


「最終確認をするぞ」


 男は小さく言った。彼らは既に、ニョルズ商会と目と鼻の先までたどり着いている。僅かな音でも命取りとなる。


「隊長。いつも通りでしょ?というか新参者相手に俺たちまで出すってグスタフ様も随分と戒しているのですね」


 軽口を叩いたのは部下の一人であった。だが男は知っている。彼は仕事に入る前に、仲間たちの緊張を解すために敢えて言っているのだと。

 こいつはいつもと変わらないな、と思いつつも今回ばかりは違うことを釘刺す。


「あぁ、今回のターゲットはこれまでとは異なる。かなり厳しいものになると思え」

「えぇ、そんなにですか?」

「そうだ⋯⋯⋯行くぞ」


 男は剣に手を掛けるとハンドサインで行動を開始した。彼の合図に部下たちは三つの部隊に分かれる。一つは正面から侵入し、セバスを迎え撃つ班。一つは裏口から侵入しアイテムを略奪する班。そして最後の班は、人質を確保する班。

 彼らの事前調査によると、セバスと店番をしていた若い女はニョルズ商会に同居していることが分かった。彼女を抑えることができれば全て上手くいく。


 口にするのは簡単だ。だが、実際にやることは至難の業であることを男は知っている。だからこそ男がセバスを引き付ける必要があった。

 このような警戒もセバスが何も知らず眠っていれば万事解決だが、そのような都合の良いことは起きないだろう。


 男の内心を他所に部下たちは闇へと散っていく。遂にニョルズ商会へと脚を踏み入れた。門は閉じられている。高さは5m近くある。だが、彼らはそんな壁など知らないとでも言わんばかりに越えていく。


 敷地内は夜の静けさが広がっていた。男は細心の警戒を払い屋敷の扉を開ける。


「これはまた、随分と物騒なお客様ですね」


 襲撃者たちの動きが止まる。月明かりが刺す扉の向こうに立つ一人の影。それは臆することなく扉へと近付く。月明かりが照らしたのは、黒い執事服に身を包んだ老人───セバスだった。


「チッ。やはり気付かれたか。やれ」


 男の合図と共に襲撃者は一斉に動いた。数人がセバスへと斬りかかる。残りは側面へとと進みセバスを囲もうとした。

 だが、セバスはどこまでも冷静で穏やかな表情を崩さない。


「既に店は閉めております。申し訳ありませんが、ここから先へ進むことはできません」


 そう言うと、セバスの姿がぶれた。彼を囲もうとした者、正面から斬りかかろうとした者が気付けば床に転がっていた。

 セバスは武器を携帯していない。隠し武器があるのかもしれないが、倒れた者たちを見るに切り傷はない。蹴られたのか、殴られたのか倒れ伏した者たちには分からなかった。


───ただ一人を除いて。


「クソッ。分かっていたが、ここまでとは」


 男は歯噛みしながらも最短距離でセバスの間合いへと入る。そして続けざま斬撃を放った。だが、耳を塞ぎたくなる音が屋敷に響くだけだ。

 男は目を疑った。鋼でできた剣と腕が火花を散らし鍔迫り合いが成立していることに。


 床を強く蹴り距離を空ける。だが男が一息つくよりも前に、セバスの拳が眼前へと迫ってきた。

 男は剣の腹でセバスの拳をいなす。セバスが放った拳の後に風圧が男を襲った。若干の傷を負うも痛みを無視してセバスの腕を切り飛ばすため、腰を入れて大振りをお見舞いする。だが、その攻撃もセバスが軽く床を蹴っただけで避けられた。


「おや?これは以前、いらっしゃったお客様ではないですか。とても穏やかとは言えませんね」


 セバスはさも今気付いたかのように言った。男の正体を知ったにもかかわらず、態度を崩さない。


 男は思わず苦笑する。


「悪いねセバスさん。旦那からの命令なんだ。できれば大人しくしてくれないか?」

「それは無理なお願いですね。私もマスターからの命令がありますので」

「マスター⋯?いや、いい。行くぞ」


 再び交差する剣と腕。まるで鋼鉄を撃っているのではないかという反動が手に響く。


「中々の腕前とお見受けします。何故、これほどまでの実力をお持ちでありながらこのようなことを?」

「それはこっちの台詞、だ!」


 男は吐き捨てるように言うと、剣を力の限り振り払った。セバスは軽業師顔負けの動きをして床へと着地する。

 

「クソッ。決め手に欠ける」


 セバスの動きは速い。力もある。だが、どこか素直だった。戦闘経験が浅いのではないかと疑うほどに。しかし尋常ならざる身体能力で経験の差を埋められている。


(だからこそ、付け入る隙はある!)


 男は正面から斬り合うことを避け家具や並べられた武器を使いセバスの処理量を多くした。

 セバスの表情が動いた。有効だと直感した男は手を止めない。

 セバスが床を力強く踏み込み拳を突きつける。だが、男は冷静に剣を滑らせ後方へと下がる。男の頬に嫌な汗が流れる。あと何度、同じことができるだろうか。


 肩で息をする男に対して執事然とした態度を崩さない。戦闘が長引けば長引くほど身体能力の差が如実に現れる。時間は男の味方ではない。


───だが、戦闘は最後まで何が起こるか分からない。


「───私の勝ちだ」

「───ッ!これは、してやられましたな」


 突如、男とセバスの死闘に変化が訪れる。セバスの不利な状況として。


 セバスの後方。ニョルズ商会受付の奥に設置された2階へと続く階段から若い女が引きずり出された。彼女の首筋には短剣が押し当てられている。


 危機的状況。だが、女は酷く冷静だ。男は恐怖のあまり現実を受け入れられていないのだと考えた。しかし、それは女の言葉により否定される。


「セバス様。私のことは捨て置いてください」


(なんとういう胆力だ⋯⋯⋯)


 この場で最弱の者であるはずの女はどこまでも堂々としていた。予想外の言葉に男は驚愕した。


───失敗した。

 男の頭はその言葉で支配されそうになるが、諦めるわけにはいかない。

 男はセバスを見た。彼は難しい顔をしている。


「それはできません。クラリスも承知の上でしょう?」

「ですが───」

「セバスさん。大人しく私たちの命令に従って貰おうか」


 女───クラリスの言葉を遮って男は言った。セバスの考えが変わる前に投降させるためだ。


 男は慎重に、だが確実にセバスの元へと近付く。

 セバスとの距離約3歩。達人同士ではゼロ距離に等しい。だが、人質がいる中で何かできるはずもなかろう。

 男が拘束用魔道具を取り出そうとした瞬間、セバスがズボンの後ろポケットから何かを取り出した。


「⋯⋯⋯これだけは使いたくなかったのですが」


 言い終わるや否やセバスは、後ろ手でソレを使った。フワリと浮いたソレは魔法のように消えた。

 男はその現象に見覚えがあった。スクロールを使用した時のものだ。


「何を───ッ。誰だ!」 


 男がセバスの首筋に剣を当てたと同時に、拘束していた筈のクラリスが忽然と消えた。


───正確には入れ替わっていた。

 王国では珍しい漆黒に染まった髪。立場上、大商人や貴族と関わりがある男でも見たことが無い端正な顔立ち。

 不気味な青年が先程までクラリスが居た場所に立っていた───全裸の状態で。


「や、セバス。ピンチそうだから助けに来たよ」

「マスター。お手を煩わせてしまい申し訳ございません」

「良いって良いって」

「待て待て!お前何者だ!」


 聞くべきことは他にもあるのだろう。何故、裸なのか。どこから現れたのか。クラリスはどこに行ったのか。だが、男の頭は混乱しており冷静な状態ではいられない。


 しかし男以上に混乱していたのはクラリスを拘束していた部下だ。彼の剣は青年の首筋に当たっている。だが、流血するどころか剣が弾き返されているかのような感触だ。


「う、うわぁああああ!!!」


 理解不能な者を前にした人間の行動は酷く単純だ。

 男の部下は剣を力の限り青年の首筋へと押し当てる。剣づてに伝わる岩のような感触。いくら剣を当てようと切れる気配はない。


「あー、取り敢えず片付けようか」

「な、───がっ」


 青年の腕がブレた。その速度はセバス以上だ。


「よし。制圧完了。って、まだいたんだ」


 青年の目が男へと移った。剣を握る手が自然と強くなる。セバス以上の強敵だ。今の己に勝てるだろうか。否、勝つ以外に男が生きる道筋は無い。


 床を強く踏み込み青年との距離を縮め───剣を手放し床に倒れていた。


「これ以上、好きにはさせません」


 男が意識を手放す間際にセバスの声が響いた。


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