第35話 ニョルズ商会
王都では数えきれないほどの商会が存在する。新しく生まれては繁盛することなく消えていく。
それが日常茶飯事である王都にて新たな商会が参入した。名をニョルズ商会という。新規参入など珍しくもない。だが、その商会の商品は異常だった。
ニョルズ商会は魔物の素材を取り扱っている。これらは本来であれば冒険者ギルドを経由し流通するが、件の商会は独自に仕入れ販売していた。そのため従来の商会より安く商品を提供している。
安い商品に客が流れるのは自然の摂理だ。魔物素材の主要な顧客である武器職人及び道具職人はニョルズ商会へと足繫く通っている。
魔物素材の直接流通―――だけではない。ニョルズ商会は冒険者向けの武器も販売している。そのアイテムはどれも一級品であり簡単には手を出せない。だが、王都には高ランク冒険者が多く武器の売れ行きは悪くない。
商会長も特徴的だ。見事な朱色をした髪に硝子細工のように作られたのではないかと勘違いするほどの美貌。
噂によるとかの魔法ギルドと初対面で提携したという。その美貌を使ったのか将又、純粋な商売力なのか。王都の商会では噂の的であった。
新参者であるはずのニョルズ商会は経った1ヶ月で王都に確かな存在感を放っていた。
ニョルズ商会が店を構えているのは王都の一角にある屋敷であった。最低限の整備を施しただけの簡素な作り。
外見だけ見れば繁盛した商会とはいえない。だが、屋敷の規模を見ると到底、新参者が用意できるものとは思えない。屋敷一つとってもニョルズ商会の実力が窺える。
「ここが、噂の商会か」
扉の前で足を止めた一人の男。使い古された剣を腰にぶら下げているだけで王都民と変わらない平凡な服装だ。男は屋敷を一瞥すると、意を決したように扉を押し開けた。
「これは……」
中に一歩足を踏み入れた瞬間、男は屋敷に対する評価を一変させた。
広い玄関ホール。無駄に装飾は施されていないが、整然と並べられた武器と素材が目に入る。壁際には武器と防具が。中央には魔物の素材が種類ごとに仕分けされていた。そして奥―――一際厳重に管理されている区画には、魔石が並んでいる。
(なんという品揃えだ。この剣など私が使っている獲物と大差ないと見える)
男は自然と腰に下げた剣に触れた。その剣は男が愛用しているものであり決して安くない。むしろ並の冒険者では手に入らない一振りだ。
(この素材も凄い。何の魔物かは分からないが、高ランクであることは分かる。それを傷一つ無く用意するとは。ニョルズ商会は直接魔物を狩っているという。これは厳しい―――)
「これはこれは。気付くことができず誠に申し訳ございません」
「―――ッ!」
突如、男の背後から声が聞こえ体が反応した。男の職業柄、反射的に剣に手を掛けそうになるが、すんでのところで止めることに成功した。
男はまだ冷静ではない頭で現状把握に努める。背後にいたのは黒のタキシードを見事に着用した老人だった。髪も髭も完全に白一色。だが、タキシードを着ていても分かる鍛え上げられた肉体。顔は人当たりが良さそうな温厚な顔付きであり、一見すると戦闘とは無縁に見える。
(このご老人。私に勘づかれることなく近付いた。武の心得があると窺える。油断できる相手ではない)
男は元A冒険者であり日夜、高ランク魔物と戦ってきた。そのため己の実力を疑っていない。だが、油断も慢心もしない。死と隣り合わせの状況下で、男が今日に至るまで生きることができたのは彼の判断能力によるものが大きい。
つまり、男は目の前の老人がただの店員ではないと判断した。
「何者だ?」
努めて冷静に、だが虚偽は許さないという意思を込めて発した。本来であれば初対面の相手に無礼極まりない。だが、目の前の老人は憤慨することなく、寧ろ柔らかい表情をした。
「これは御無礼を。私、ニョルズ商会長であるデルタ様よりこの屋敷を任せられております。セバスと申します。以後お見知りおきを」
老人―――セバスは執事然としたお辞儀をした。その姿は見事であり王城に勤めていてもおかしくないと男は感じた。
冷静に見極める男を他所に、セバスは何時の間にか控えていたメイド服の女から1冊の本を受け取り、そのまま男へと渡した。本の表紙には『商品目録』と記されてある。
「こちらはニョルズ商会が取り扱っている商品の一覧でございます。武器、防具、道具、魔物素材、魔石となっております。性能、価格及び商品番号が記載されております。番号を店員に申して頂ければ、現物をお見せいたします」
セバスから本を受け取った男は喉を鳴らして徐に開いた。説明通り商品の情報が図鑑のように記されている。次々にページをめくり商品を確認していくとあることに気付いた。図鑑に記載された剣の種類と目の前にある種類との数が合わないのだ。
この場に無いものはどれもレアリティ及び値段が高いものだ。正しくは、目の前にある商品も高価であるが、それを凌ぐ物たちだ。
別格の商品は、別の部屋恐らく上階に保管されているのだろう。男は周囲を見渡した。2階へと続く階段が受付の奥にあることが分かった。
男はセバスに聞こうとする。だが、男が声を掛けるよりも前に屋敷のドアが開いた。中へはいってきたのは、金髪にブルーの瞳を持つ少年だった。
「あれ、今日はセバスさんいるんですね」
「これはこれは。お久しぶりでございますライム様」
セバスによると彼の名はライムと言う。男は屋内の観察を切り上げライムと呼ばれた少年を見る。男とは異なり綺麗な服装に装飾が施された剣を持っている。大商会の跡取り息子、もしくは貴族の子息だろうか。だが、そのような身分の持ち主が一人でここまで来れる訳が無い。必ず護衛が付くはずだ。
だが、男が注意を向けたのはライムの格好ではなく碧眼の奥にある何かだった。それが何であるのか男には分からない。だが、実力では取るに足りないはずのライムを見過ごすには何かが引っ掛かった。
男はライムの分析を程々に外の様子を軽く窺う。人の気配は感じなかった。彼は一体何者だろうか、気になるが、男の本来の目的から外れるためそこで中止した。
ライムとセバスの会話を中断させるように男は話し掛ける。
「店主。ここには貴方とそこの女の2人で切り盛りしているのか?」
男は疑問に思ったことを口に出した。商会に来てから2人以外に店員を見かけない。上階からも気配を察知することができなかった。だが、これほどのアイテム類と何より無駄な傷一つない剥ぎ取られた素材の数々。2人が用意するには到底、無理難題と言わざるを得ない。
ライムと話していたセバスは、気分を害することなく男に説明する。
「はい。店の運営に関しては私と彼女の2人でやっております。品々に関しては本拠地より定期的に運ばれてきます」
「本拠地か。それはどこなんだ?」
「それは秘密です」
「そ、そうか。失礼した」
セバスの温厚な笑顔からある種の圧を感じた男は詮索を止めた。男は踵を返すように入り口へと向かった。
「おや、お帰りですか」
「あぁ。今日は覗きにきただけだ。近いうちにまた」
「ニョルズ商会はいつでもお待ちしております」
セバスと女は外へ出る男へとお辞儀する。
男は振り返らずその場を後にした。外は既に日が暮れていた。ニョルズ商会がある区画は街灯が少なく暗い。ただでさえ閑散としている立地だ。良くないことも起きやすいだろう。
「フッ。俺が言えたことではないか」
男は己の思考を嘲笑するとそのまま王都の闇へと消えた。




