第34話 願いごと
寂れたとは言えないものの王都では珍しく静かな場所。そこに大きな屋敷が建っている。長年手入れされていないせいか、雑草は生え散らかしており門も錆びつき今にも外れそうな様子だ。
そんな屋敷に王都ではありふれているが、牽引する馬が特殊な馬車が停まった。御者台に1人、徒歩が1人。デルタとベタリオンである。
彼女らは馬車を屋敷の門内にいれるとそのまま屋敷へと入った。
(思ったより綺麗ですね)
デルタは屋敷の外見とは異なり少し磨けば生活できそうな空間だと感じた。とはいえエターナル・ヴェインが求める基準には遠く及ばない。
そう評価するとデルタは屋敷の奥へと進んだ。そこには既にハルがいた。ハルが座るソファの後ろにはジャックが護衛のように佇んでいる。
ハルは分厚い本に羽根ペンを走らせておりデルタに気付いていない。いや、気付いてはいるが、それよりも書き物を優先しているようだ。
ジャックはデルタと目が合うとハルを呼ぼうとした。だが、己のマスターの邪魔をしていいものか。エターナル・ヴェインの新参者にそのようなことが許されるのか。
そんなジャックの心情を他所にデルタは遠慮なくハルに話しかける。
「ただいま戻りました」
「あ、デルタ。おかえりー。ベタリオンも」
「ただいま戻りました、マスター!」
ハルは羽根ペンと本を〈収納〉に仕舞いながらデルタとベタリオンの帰還を迎えた。
「マスター、ベタリオンは少しお喋りみたいです。どうにかなりませんか?」
「どうにかって言われてもそうあれって作ったからなぁ」
ハルの言いぐさにデルタは呆れるが、顔に一切出さなかった。
ハルはそのまま話題を変える。
「そんなことよりもさ。どう?この場所。中々、良い感じでしょ」
自慢するように言った。この屋敷は貴族ではない、それも王都民以外の者が用意するにはかなりの労力が掛かる。
だが、それは普通の人間ならばの話だ。ハルはエターナル・ヴェインという組織の長に不可能はない。デルタは、いやハルに創造された者達はそう考えて疑わない。
「そうですね。よく用意できましたね」
「ふふふ⋯⋯⋯うん?もしかして馬鹿にしてる?」
「マスターの勘違いでは?」
「いや、うーん⋯⋯⋯まぁ、いっか」
(ちょっと引っかかるけど、まぁいいか)
ハルは喉を鳴らし雰囲気を変える。場の変化に即座に反応したデルタとベタリオンは跪いた。遅れてジャックも同様の行動を取った。
「さて、デルタ。報告よろしく」
「はい」
デルタは旧アヴェリス領からここに至るまでの過程を報告した。道中出会った魔物から魔法ギルドとの提携まで。
「上手くいったようで良かった。ありがとうデルタ」
「いえ、それが命令でしたので」
「それにしても災難だったね」
「はい。災難でした」
デルタの表情は、先程とは打って変わって本当に嫌な体験をした者の顔をしていた。
「何か欲しいものとかある?」
「では、一度でいいので私たち姉妹との茶会に参加してください」
「茶会?」
女であれば宝石とかアクセサリーとか欲しいと想像していたハルだが、返ってきた言葉は茶会への参加であった。予想外の言葉だがハルに断る理由はない。
「了解。今度開催する時にまた教えてよ」
そう言い終わるとハルは体を解すために背伸びをした。時刻は昼を過ぎ夕方へと突入している。
「お腹空いたぁ〜」
エターナル・ヴェインに所属するものに食欲など存在しない。だがハルは今、そういう気分なのだ。
「城へ戻られますか?」
「うーん、今日はこっちで食いたい気分だな。よし、ベルとアリスをこっちに呼んでこよう!」
本来であれば不必要に外の世界に呼ぶのは安全の観点からよいとは言えない。とはいえマスターであるハルの意向を阻止することなど、この場にいる者にできるはずもない。唯一できるデルタも今回ばかりは目を瞑った。
「〈召喚:ベル〉〈召喚:アリス〉」
手を翳した場所に2つの魔法陣が出現する。次の瞬間には、メイド服装のベルとアリスが姿を現した。
彼女らは突然の事態に驚くが、ハルの存在に気付くとデルタたちと同様跪く。
「やぁ、悪いんだけど今日はこっちで食いたい気分なんだ」
「かしこまりました。直ぐに用意します」
「よろしくね〜」
満面の笑みのハルに、待ったを掛ける者がいた。
「マスター。こちらには食材がありませんが、どのようにして食事を用意させるのですか?」
「あ、やっべ」
デルタの指摘によって自分のミスに気付いた。ハルは支配下にある者を〈召喚〉することはできる。しかし逆はできない。現状、扉の魔女を使うか、ハル自身が〈主従交換〉でユグドラサンクタム城に戻るしか方法はない。料理を運ばせるのならば、扉の魔女一択だ。
「⋯⋯⋯帰ろっか」
「そうしましょう」
先程のテンションとは打って変わってハルは落ち込んだ。
◇
「いやー、いつ食っても旨いなぁ〜」
ハルは腹を手で摩りながら軽く呟く。デルタたちは既に持ち場に戻っておりこの場にはハルしかいない。
ハルの仕事は既に終わっておりこれから先、当分暇になる。今後の予定を立てていると、ベルとアリスが入ってきた。彼女らは、空いた皿を綺麗に片付けていく。
「あ、そうだ。ベルたちも何か欲しいものとかある?」
思い出したかのようにハルは言った。ベルとアリスはエターナル・ヴェインの食事担当であり、希望する者たちに振る舞っている。2人で用意することは相当の苦労があるものだろう。その苦労をハルは思い褒美を与えようとした。
「恐れ多くもマスターに要求など―――」
「はいはーい!」
マスターの命令を受諾しても願望を言うわけにはいかない。ベルはそう判断しハルに伝えようとしたが、それを遮る形でアリスは跳ねながら手を挙げた。
「お、アリス。何かあるのか?」
「うん。マスターにお願いがあります!あのね、アリスお外を散歩してみたいなぁー、なんて⋯⋯⋯」
元気溌剌に発言していたが、言い終わる頃には段々と萎んでいった。アリスはベルを見た。彼女はアリスを咎めるような顔をしている。
「もちろんいいよ」
「やったぁー!ありがとうマスター!」
「ちょっと、アリス!」
「いいじゃん。たまにはさ」
「ですが……」
ハルから許可を貰ったアリスは元の天真爛漫を取り戻した。アリスを咎めようとしたベルだが、それもハルに止められた。
「明日にでも行く?」
「やったー!マスター大好き!」
「はははっ、可愛いやつめ」
アリスはハルに抱き着き猫のように顔を擦った。ハルはアリスの頭を撫でた。




