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フィア─帰りたい者達の異世界旅─  作者: ミリオン
"グレー"編
25/26

8


「コレを使えるようにしろ」


ノブデュレスの面々に近付きながら、未だ廃人化しているゼトを指差す。

ピスマとピズマは至極嫌そうな顔をしつつも“因果応報(ティタンリスク)”を解除し、今揃えられる限りの戦力が整えられると、スノードーム内で激しく暴れている怪物を見据えながら一様に構えを取った。


「クゥフィアは此処に居ろ」


そう言うとニナーナは再びゼトに乗り、一気に飛躍していった。

それを皮切りにノブデュレスの者達も特攻していき、ほんの僅かにだけ開けていたのだろう穴から中へ侵入した瞬間にその穴は塞がれて、スノードームは完全に不可侵領域と化す。

その場に残されたクゥフィアは、グレーに「私達はこっちへ」と促されて、怪物の死角となる建物の影へと移動した。


「一応結界は張っておくけれど、権能を使用している間、私は無防備になる。いざという時は自分の身だけでも守れるかい?」

「うん」

「上手くいった場合は、そのまますぐに次の世界へ飛べる様にしておいた方が良い筈だ。皆が頑張っている間に君はその準備を」

「うん」

「良い子だね。頼りになるよ」


優しく微笑むと、グレーは札を数枚周囲に浮かせて結界を張った後に、早速意識を集中させた。

途端に変わる空気。

神力の圧が目に見えるオーラとなって足元から螺旋状に浮き上がり、グレーを包み込んだ瞬間、中から凄絶ながらもしっかりと安定されている神聖な光を纏った男が、その姿を様変わりさせてクゥフィアの前に顕現した。

アリステアが本気を出した時と似てはいるが、あの時とは明らかに次元が異なる、とクゥフィアは肌で直感した。

美しい。

創造神の生まれ変わりである筈の神の子でも、思わず言葉を失う程に神々しく、天元の存在と言っても過言ではなかった。

これが、神にも成りうる素質を獲得した、覚醒した神の涙(ヘブンスフィア)適合者の、真の姿である。

グレーはそのまま力を展開し、目の前に寝かせているヘイヌーだったモノ等に纏わせていく。


「“検索を開始する”」


瞬間、クゥフィアの意識はグレーに引き摺られ、【世界の記録図書館(アカシックレコード)】へと沈んでいった⋯。


とてつもない情報量が無数の清流の如く駆け巡っていく。

この世の誕生から現在の出来事まで、全ての事象がこの空間に蓄積されているのは言わずもがな⋯、その中からグレーはたった一つの過去の煌めきだけを探っていく。

それは例えるならば、宇宙空間に浮かぶたった一粒の砂粒を探し当てるのと同じぐらいに無理難題であるのだが、管理者たるグレーのアクセス特権と、ヘイヌー自身を媒介にする事ですぐに目的の過去まで辿っていける索引材料を用意していたおかげで、目的の煌めきはすぐに見つけられた様だ。

その中身は、ヘイヌーがこれまで辿った軌跡そのものである。


「⋯⋯ヒット。“コネクト”」


煌めきから一筋の糸が伸ばされ、それを掴む。

続けてもう一言。


「“改変作業を開始”」


その瞬間、煌めきに不穏なバグ反応が起こった。

危険因子を駆除しようとせんばかりにグレーに向かって攻撃が開始され、それを神力で弾き返すと、今度は情報因子が具現化し、無数の霜の巨人(ヨトゥン)が記録図書館の中に出現する。


「お兄ちゃん!!」


流石にグレーの身の危険を感じて、クゥフィアが条件反射的に手助けをしようと構えた。

だが、それは長い腕で遮られる。

顔を上げると、クゥフィアとグレー以外誰もいないはずの空間に、角と牙を生やした細身の男が立っていた。


「ここから先は儂らの領分じゃ。お前さんは、呑まれる前に戻っておれ」


そう言って、長い爪が当たらないよう器用に、クゥフィアの額に強烈なデコピンを食らわせた。

途端に後方に弾き出される感覚。

次に目を開けた時、クゥフィアの意識は気付かぬ間に現実へと戻ってきていた。





怪物が腹の底から咆哮する。

その声だけでスノードームにヒビが入りそうな程の振動が走り、神力の波紋が満遍なく広がる事で、付与効果である筈の擬似吹雪を一掃してしまった。

その余波に押し潰されそうになるのを堪えながら、ピスマとピズマは苦々しげな表情を浮かばせる。


「何故」

「我等がこんな事を」

「悪魔狩りをするつもりが」

「まさかの神狩りをする羽目になるとは」

「グチグチ言っている暇があるなら、二人纏めてさっさと潰されていなさい」


二人を跳ね飛ばす勢いで故意に傍を通過したゼトが、魔術による無数の雷を遠慮無く落としていった。

痛覚があるのか、はたまた当たること自体が嫌なのか、のたうち回る度に霊峰が破壊されていく。

それでも執拗に腕を伸ばしてニナーナとゼトを捕まえようと躍起になっているので、ギリギリのところで旋回を続け、巨体の周りを何度も飛び交って翻弄するとそのうち痺れを切らしてきたようで、その不完全な体躯から更に管の様な触手を無数に形成し、一定距離までしか届かないながらもミサイル並の威力で攻撃をしかけてきた。

それすらも避けていくゼトだが、竜型の大きさが不利となって徐々に追い詰められていく。


「図体がでかいのも困りものだな」

「申し訳ございません⋯。ところでニナーナ様。もう魔術は問題なくお使いになれるのですか?」

「俺を誰だと思っていやがる。お前に渡した分の魔力はとっくに充填済みだ」

「流石でございます」


そう言いながら、ニナーナは魔術でその触手を真正面から弾いていった。

弾かれた拍子に飛び散る火花がまるで花火のように爆ぜる。

それを意に介さずずっと攻撃をし続ける怪物は、友人を殺害したニナーナ達以外はまるで眼中にない様であった。


「完全に俺達しか視野に入ってないな。殺されて、そんなに頭に血が上る程大事なんだったら、アイツも氷の中に引き摺りこんで一緒に凍っていれば良かったじゃねえか。そうすれば流石の俺も、手までは出せなかっただろうによ」


挑発する様に貫手の仕草をすれば、それを見た怪物は更に激昂して体躯を眩しく熱く、発光させた。

次第に上昇していく、周囲の温度。

それを怪物のすぐ真下にまで到着したライディエゴは間近で感じ、冷静に構えを取る。


「悪いな。気持ちはわかるが、そう熱くならないでくれ。⋯⋯“大冷却(ポロ・トヴァルプ)”!!」


神術が発動し、雪を蒸発させられるよりも早く、熱が吸収されて元の温度に戻されていき、怪物の身体を冷やしていった。


ライディエゴの力の本質⋯⋯それは熱操作である。

吹雪や氷を操る自然系の能力だと勘違いされる事が多いのだが、それらは全て物質の熱量を操作する事で付属してくる付与効果なので、むしろ吸収や放出といった概念系の能力に類するものである。

なので、外気温だけでなく怪物の熱くなりすぎた身体を冷まさせるのに、これ以上適した存在はおらず、本来ならばそのまま瞬間冷凍されて氷漬けに出来る筈なのだ。

だが、怪物の体躯は既に山と見まごう程に巨大となっており、術が届ききらず、流石のライディエゴでも僅かに動きを鈍らせる程度の冷却しか出来ずにいる。

それでも少しばかりできたその隙に、ピスマとピズマが何とか怪物の頭部近くにまで辿り着く事はできた。


「此処まで近付けられれば」

「我等の権能も届くハズ」

「「“因果応報(ティタンリスク)”発動!!」」


二人同時に権能を放つ。

それは見事に怪物の額部分へと射出され、真っ直ぐにその業へと辿り着き、“憤怒”の罪を引き摺り出した。

怒りに呑まれれば呑まれる程、己の内部がその感情により破壊され、最終的には感情の業火で内外を焼き尽くされて自滅していく憤怒の業⋯⋯だが、此処で想定外が起きてしまう。

足止め程度になればと思っていたのに、怪物が抱くその怒りはあまりに強大かつ高熱すぎて、ピスマとピズマの力量では手に負えなかったのだ。

逆に“因果応報(ティタンリスク)”を注いでしまったが為に、折角ライディエゴが冷却した部分すら熱が急激にぶり返し、全身からとてつもなく強烈な熱気が発生する。

それに反して周囲はまだ雪を被っている程の低気温である為に、熱気と冷気が衝突する形となり、温度差による突風が発生して怪物の傍にいた者達は全員、吹き飛ばされる形となったのだった。


「「!!マズイ!!」」

「おいおい⋯⋯嘘だろ⋯」

「コイツは⋯⋯ハハハッ!見ろよゼンティウヌス!こんな怪物、魔界でもそうそうお目にかかれねえぞ!」

「わ、笑い事では御座いませんよ!?これは⋯⋯この様なモノは、今の我々では荷が勝ちすぎるのでは!?」


温度差による対流の影響で、スノードームの輪郭を辿る様に不気味な霧と雲が形成されていく。

だがそれよりも全員が目を剥いて驚愕したのは、発光していただけの邪神もどきの怪物が、まさかの全身マグマのおどろおどろしい怪物に変質した事だった。

しかも、そのマグマはクゥフィアの神聖力の膜をも溶かしつつある為に、いよいよ怪物が霊峰から解き放たれようとしているのだ⋯⋯。


怪物から流れ出た溶岩が山の斜面を徐々に下っていく。

その流れに乗る形で怪物自身も移動を始め、ニナーナとゼトはそれを暫しの間、熱気の篭もる空中で見守っていた。


「アレを神と呼ぶには惜しすぎるな。さて、どう調理すれば良いのやら⋯」


内心「ペットにしたい」と思いつつ悩ましげにそう思案していると、唐突に自分の背後に何かが乗ってきた音がして、ゼトが「ウッ!」と軽く呻く。

振り向くと、大地に足場が無くなりつつある為に緊急で空中へと逃げてきたライディエゴが、その両手にピスマとピズマの首根っこを掴んで立っていた。

二人は自分達の仕出かした失態が理解出来ず、放心している様子であった。


「おい、誰が乗って良いと許可を出した?」

「緊急事態なんだから不問にしろ。おい悪魔共、もっと本気で力を貸せ。このままじゃドームも到底もたねえぞ」

「俺達は十分囮役に徹していたぞ?ヘマをしたのはそっちじゃないか」


チラリと意味深に♧10(トレーフル・テン)達を見遣れば、ビクッ!とその肩を盛大に跳ねさせたのが見るからにわかった。


「言っただろう?貴様等の天秤なんぞ、所詮こんなものだったんだよ。その皿に乗り切らなかった罪は、天秤を蹴り倒して、ドロドロと周りを溶かしながら罪なき無垢をも嚥下して、その腹を満たしていくもんだ。如何に自分らが傲慢であったか、これでつくづく思い知っただろう?」

「やめてやってくれ。⋯⋯コイツらは純粋なんだよ。あまり詰めてくれるな」


二人から手を離しながらも庇護をする獅子男に、ニナーナは気に食わないと言いたげに鼻を鳴らしてみせた。

その間にも怪物は前進を続けており、遂にスノードームの壁に手が届く位置まで流れ着いてしまう。

そのまま両手らしき部分と複数の管を壁に付けて、摂氏千度以上にもなる高熱でその壁を溶かそうとしだした。

これが自然の溶岩であるなら全くビクともしないのだろうが、神の力を纏ったモノであるのだからかなりタチが悪い。


「適合者同士がやり合っても滅多に壊れない、丈夫なドームの筈なんだがなあ⋯⋯。俺もまだまだ修行が足りねえな」

「これはもう相手が悪すぎるだけでは?氷とマグマでは相性が最悪です」

「⋯⋯最悪か⋯。まあ普通は、そうだよな⋯⋯」


何やら考え込んでしまうライディエゴに疑問を持つが、それを問うている程の暇は生憎とない。

このまま指を咥えて見ているだけでは、じきに町にも被害が及ぶ。

そちらの方角を確認してみれば、元いた住人達は内海や陸路を使って既に相当避難をしている様子だが、クゥフィアとグレーはまだ麓の町に留まって作業をしている筈である。

それにマグマの怪物は動けるようになったが為に、仇であるニナーナを狙うのをやめているようなので、恐らく行動目的をヘイヌー奪還へと変更したものと思われる。

であれば、狙われるのは必然的に、ヘイヌーの傍にいるあの二人となるので、足止め組としてはうかうかしてはいられないのだ。


「とにかくダメ押しだ。出せるだけの力を使って、スノードームを三重にかけてみる。それが壊されたら後はもう、カタストロフィの到来だと思え」

「!良い響きだな、“災禍(カタストロフィ)”!立場が違っていれば高みの見物と洒落込みたかったところだ」


正気か?と呆れ顔を向けられるが意に介さず、ニナーナは楽観ながらも思案する。

そして今ひとつ使い物になっていない者達をチラリと見やると、一つ、試してみたい思いつきを閃いた。


「そこの一つ目共は、確かNo.10だったな?」

「⋯⋯だから何だ」

「ネチネチと我々を責めるつもりか」

「それで事態が好転するならそうしてやる。が、今はそんなつもりじゃねえよ。No.10なら、お前等の実力はNo.9よりも上の筈だろう?だったらまだまだ本気を出し切ってねえと踏んでるんだが、俺の見込み違いだろうか?」

「⋯⋯⋯発破をかけたところで」

「我等の権能の本質は変わらない」

「更にあの怪物の業を」

「さらけ出させるだけだ」

「だがこれ以上アレを加熱させてしまうと」

「いよいよ大地が溶け消えてしまうやも⋯」

「えらく消極的になったもんだな。折角名誉挽回のチャンスを後押ししてやろうというのに」


疑問符を浮かべて視線を向けてくるピスマとピズマに、ニナーナは不遜な態度のまま続けた。


「“因果応報(ティタンリスク)”、だったか?七つの罪源を断罪する“だけ”の力、という認識のようだが、それがもし、違っていたら?」

「「?⋯⋯⋯⋯!!」」


本来、因果応報とは、過去の行いに応じてそれ相応の報いが自身に返ってくる、という意である。

その名を冠した権能であるのなら、今まで悪と見なしてきた罪源だけでなく、美徳の方にも反応する筈なのだ。

ニナーナが暗に言わんとしているその部分を汲み取ったピスマとピズマは、互いに顔を見合せて、その言葉の真偽を戸惑いながらも精査してみる。

自分達の権能はまだ覚醒には至っていない。

であれば、更に先の因果にまで手を伸ばせる可能性を、此処で掴む事が出来たならば⋯⋯。


「⋯⋯⋯本当に、今以上の権能を、引き出せるのか?」


恐る恐る、ピスマが尋ねた。


「我々の解像度が、まだあまりにも低いというのに?」


続けてピズマも口を開く。


「出来るかどうかはわからんが、さっき俺がお前等の権能を回避した方法を応用すれば、理論上は可能だ。後はあの怪物に通用するかにもよるが⋯⋯まあ大丈夫だろうよ。どうだ?やってみるか?」

「「やる」」


相談する事もなく即答であった。

先程まで殺意剥き出しであったというのに、あっさりとした掌返しである。

だがそれも、なりふり構っていられない現状を鑑みると臨機応変のきく対応であると言い表せるので、ニナーナは意外と図太い二人のその神経に少しばかり一目置いたのだった。

そんなやり取りを静かに見守っていたライディエゴが口を挟む。


「良いのか?そっちの手の内を一つ曝け出す事になるんだぞ」

「この程度の事、大したペナルティにもならねえよ。貴様等を御する方法なんぞ幾らでも思いつくもんさ」

「とんでもない自信家だな。じゃあ、邪神もどきの対処はお前等に任せる」


そう言ってゼトの背中から高く、遥か高く跳躍すると、雲と化している黒靄を突っ切ってスノードームの天井から一旦外に脱出し、その上に飛び乗って自分が持ちうる限りの神力を詰めに詰めて、全力全開のスノードームを追加で二重分張り巡らせた。

その数秒後に一枚目のドームの壁が溶解されてしまったが、ギリギリのところで展開が間に合ったので未だ被害は外部に漏れ出ていない。

ならば、枚数が増えたところでやる事は変わらないとばかりに、怪物は再び壁に手を伸ばす為に前進し始めた。


「させませんよ!」


ゼトが飛行を再開して、天井に出来た雷雲を利用した無数の雷を怪物に絶え間なく落としていく。

雷を発生させる媒体が用意された事で先程よりも大規模な攻撃が繰り広げられ、身体を何度も撃ち抜かれた事で体勢を崩しかけている様子が伺える。

流石にこれ以上は無視できなかったのか、怪物は改めてゼトを認識して、攻撃の矛先をそちらに向け直した。

触手だけでなく、マグマの爆弾をその身体から打ち出す。

隕石と見まごうサイズが乱発されてドーム内を激しく飛び交いだした。

ゼトはそれを全て回避しながら、折を見てしっかり反撃も加えていくので、雷とマグマが絶え間なく交錯しているその場はさながら、怪獣大決戦の様相を呈していった。

この世界の者からすれば、天変地異の信じ難い光景である。

神力と魔力という相対する力がぶつかるその戦いは激しさを増していき、その衝撃で一番目のドームは完全に穴だらけとなって、そのまま形を保てず瓦解した。

続いて二枚目もヒビが入りそうになっているところを、足場を確保し直したライディエゴが必死で修繕と補強を繰り返し、一秒でも長持ちさせる為に踏ん張っている。


「このままでは、本気でジリ貧ですよ⋯!」


自力の限界を感じ出したゼトがそう弱音を吐きながらも、怪物の周りを飛び回って翻弄するのをやめない。

そんな竜の動きに何をしたいのかすら掴めないでいた怪物は、ふと、その背中にもう誰一人として乗せていない事実を、熱く燃えすぎた頭でようやっと理解したのだった。

急いで周囲を見回すと、自分の死角になっていた暗雲の方角に、今迄とは違った神力が集約しつつあるのを発見する。

それは更なる力を引き出す為に一つの眩い光に包まれていた、ピスマとピズマであった。


「バレちまった様だが、もういけるか?」


その傍で黒翼を広げていたニナーナが問いかける。

集約していた神力は、それを合図に中に居た者へと溶け込んで、神々しい輝きを放った。


「ああ。やれる。やってやるさ」


出てきたのは、シンメトリーの様だったピスマとピズマ双方の特徴を持った、両耳にノブデュレスのピアスを付けている長身の三ツ目族であった。

二人が融合し、一人の適合者となってこの場に顕現したのである。

流石にニナーナもその姿を見た瞬間、まさかそうなるとは思っていなかったが為に、目を丸くして驚愕してみせた。


「お前等⋯⋯合体できたのか」

「我は【(トレーフル)部隊No.10】、ピスマ・ピズマ。元々一人の三ツ目族だ。我の種族の性質上、普段は二人に別れて生活しており、有事の際にはこうして力を集約させる為に一人に戻る」

「だから神の涙(ヘブンスフィア)を共有していたのか。⋯⋯じゃあなんで元は三ツ目のくせに、二人になると一つ目になるんだよ?あと一個の目ん玉は何処に行くんだ?」

「⋯⋯ソレは、今気にすることではない」


いやめっちゃ気になるだろ。

片方が二つ目になるなら納得出来るが、と、その純粋な疑問にピスマ・ピズマは口を噤む事しか出来なかった。

それは正直、自分でもわからないからである⋯。

なのでその部分は有耶無耶にして、こちらを捕捉した怪物と対峙する為に二人は滑空を開始する。

ニナーナは魔術で出現させた黒剣を。

ピスマ・ピズマは両腕に生やした鎌を。

それぞれが翻弄をしながら攻撃をしかけていき、ドームの中はより一層の混沌と化していく。

凄まじい熱量のせいで周囲はもはや水分が蒸発し尽くし、草木は燃え果て、マグマが一面を覆い尽くした灼熱の大地と成り果てている。

そんな中でも人ならざる者達は活動を続け、何度も決定打を狙う為に試行錯誤を続けていった。

別に倒す必要はない。

ただ時間を稼げればそれで良いのだ。

だがその時間稼ぎに相当の技量と力量が求められているので、決してお気楽な気分ではいられない。

怪物はその動き自体は単調ながらも、全身がマグマ状なので触れる事すらも適わないのだ。

なので一定の距離を保ちながら攻撃を連射する戦法を取るしかないのだが、マグマ内に循環させているエネルギーも想像を絶する程に膨大なので、それが鎧と同等の機能を果たしているのか、普通の方法ではダメージがほぼ通らないでいる。

規模の大きな攻撃を回避するだけでも中々大変だというのに、非常に厄介極まりない相手であった。


「まずは我の権能を、この者の神核に叩き込めるところまで道を作らねば」

「その道筋は見えているのか?」

「無論」

「なら少しずつで良い。削り出せ」


その合図を皮切りに、ピスマ・ピズマが怪物の動きを回避しながら、折を見てマグマの鎧を剥ぐ為に一箇所に攻撃を集中させていった。


「“虚無魔術(オブリビオン)”」


ピスマ・ピズマのその斬撃にニナーナが魔術を纏わせる。

すると掘削された箇所で術が発動し、負のエネルギーを充満させる事で新たにマグマで塞がれないよう、妨害と固定化がおこなわれた。

本来ならば“虚無魔術(オブリビオン)”は、再生可能な者や無尽蔵のエネルギーを持った相手の力を結合崩壊させる為に使う術だ。

対象を無に帰す事を目的としている為に、使い所が非常に困難であるのだが、この場では最適解であるとニナーナは割り切って一切の迷いなく発動させていた。

単純な掘削作業のように見えて、相当型破りである。

かつ、怪物に悟られないよう囮の攻撃も加えながらおこなっている為に、言葉で表すよりも相当な精度が求められる方法でもあった。

怪物は痛覚こそないものの、身体が虫食い状態となっていく違和感を不愉快だと感じているのか、羽虫を叩き落とそうかという勢いで躍起になりつつある。

そこにゼトも陽動として加わり、雷魔術の威力を強めていく。

無作為に撃たれるマグマの触手や弾丸を正面から撃ち落とし、時に回避しながら、ニナーナに少しでも貢献しようと空を縦横無尽に飛び回り踏ん張っていた。

三人が避けただけで威力の落ちなかった攻撃は、次々とドームの壁に被弾していく。

その度に苦悶の表情を浮かべているのはライディエゴだ。


「アイツらっ⋯!ちょっとは俺への負担も配慮しながら戦えってんだ!」


思わず文句を吐くが、それを聞き拾う者など居る筈はない。

実際はニナーナだけはライディエゴの不満を直感で感じ取ってはいたのだが、素知らぬ振りどころかあえてライディエゴに負荷のかかる回避行動を取り続けていたのは、ニナーナ本人にしか知らない事実である。

そんな応戦がしばらく続いた中で⋯⋯。


───ブオオアアアアッ!!!


遂に怪物が、痺れを切らした。

埒が明かないと言わんばかりに咆哮して、自身の前に膨大なエネルギーを凝縮させ始めたのだ。

全員が瞬時に反応し、阻止不可能と判断して照射ラインから退避する。

すると物質を一瞬で焼却させてしまう程の超高熱ビームが、大気をも焼き尽くしながら瞬く間もなく駆け抜けていった。

ドームは、意味を成さなかった。

ほんの数秒は持ち堪えたものの、あっさりと溶解されて風穴が空き、そのまま威力を落とす事なく照射線上の山を一つ吹き飛ばして、空を突き抜けた。

ビームが通過した大地も、衝撃波だけで地面が大きく抉られ、熱によって飛び火してしまっている場所もあるようだ。

もし今の攻撃が地上に直撃していたのなら、恐らく国一つは簡単に消し飛び、大陸の一部が完全に火の海と化していたであろう。

翼を動かして空中に留まっていたゼトは、容易にその光景を想像して戦慄した。


「⋯⋯最初は土地神レベルの神の涙(ヘブンスフィア)かと思っていたのに、まさか、これ程とは⋯⋯」

「土地神ではあるのだが」


偶然にもその吐露を拾ったピスマ・ピズマが、思わず反応する。


「このモノは、この世界にあるとある島に伝承されている、国生み神話のモデルにもなった神の涙(ヘブンスフィア)なのだ。海を裂き、表土を隆起させ、島を幾つも生み出し、己自身も一つの島となって長い年月加護を循環させていた。それ故、内包している神力の量は天災地変をも引き起こせる程に膨大なのだ」

「だからマグマの姿に変化したのか。そこは納得だが、なら何故こんな雪山に⋯」

「ヘイヌー曰く、気まぐれに放浪し避暑地感覚で氷穴にて堕落を貪っていたところ、そのまま凍ってしまっていたようだ、との事」

「「馬鹿なのか(ですか)?」」


情けないオチに声を揃えて呆れてしまった。

なんとも間抜けな理由ではあるが、本人⋯本フィア的には誰にも発見してもらえず笑えない窮地であったところを、任務遂行の為に捜索しに来たヘイヌーがベール越しに手を差し伸べてくれた形になったのだ。

神の涙(ヘブンスフィア)にとってヘイヌーは、希望の光であり、まるで救世主の様に感じられたのであろう。

だからこれ程までに執着し、友愛を向け、友の熱はどれ程かと思いを馳せて⋯そんな大切な己の光を消し潰された事に、怒り狂って暴走しているのだ。

取り戻したい。

全てを燃やし尽くしてでも。

そんな激情が煮え滾るマグマとなって己の内から噴き上がり続けるのを、止められないでいる。

その結果、先程のビームで二重構造のドームや山だけでなく、己の加護下にあった筈の付近に点在する町等も、自らの手で殆ど消し飛ばしてしまっていた。

まだ近隣で逃げ惑っていた生命の安否は絶望的である。

だが怪物は、そんな中でも破壊されず、形を保ち続けている不可思議な結界を、意図せずに発見する事が出来てしまった。


「!!テメエら早く動け!!グレー達が見つかったぞッ!!」

「「!!!」」


怪物の視線の先に気付いたライディエゴが慌てて叫ぶ。

だが時既に遅し。

破壊されたドームを補修する前に怪物がその縁を握り、穴から身を乗り出してしまったのだ。

そのままマグマを垂れ流しながら急いで麓へと這いつくばっていく。

その先にある結界の中では、此方の様子に気付いて臨戦態勢を取っているクゥフィアと、権能を行使し続けているグレー。

そして宙に浮き、その身体から数多の記憶情報因子を帯状に伸ばしているヘイヌーの姿が、遠方からでも確認できた。


───ブオオアアアアーーッ!!


怪物が雄叫びを上げながら、猛烈な勢いで駆け下りる。

遅れてドームから出てきた者達は懸命に気を逸らさせようと攻撃の手数を増やし、ライディエゴも急遽ドームの制御権を手放して、加勢する為に全力で怪物を追いかけていく。

それでも怪物がクゥフィア達の元に辿り着く方が、圧倒的に早かった。

このままではヘイヌーごと全てを消滅させてしまうという、少し冷静になればすぐにわかるだろう現実すらも見えていないまま、憤怒の業に従って熱く煮え滾るマグマの手を、本能のままに伸ばしてしまった。


「やめてー!!」


クゥフィアは叫んだ。

結界に阻まれながらも握り潰そうとしてくる手に向かって、今使える限りの神聖力をぶつけてみた。

するとそのクゥフィアの力は、マグマ内のエネルギーを伝って腕部分全体に伝達されていき、ほんの数秒ではあるが偶然にも一時的な麻痺症状を引き起こしたのだ。

それはまるで骨部分を硬い物にぶつけて、鈍痛が暫く続くような感覚に近いと言える。

そしてこのクゥフィアの功労は良い方向へと転んでくれた。

数秒だけ出来たその隙を狙って、スパーク音を立てながら人型のゼトが突然クゥフィアの傍に出現し、また同じ音を立ててその場にいる全員を一瞬で避難させる事に成功したのだ。

次の刹那には結界用の札が燃え尽きて、怪物の手が虚空を握り潰したので、まさに紙一重のタイミングであった。

怪物は、何が起こったのかわからず混乱する。


「危機一髪でございました。分身体を坊ちゃんの傍に忍ばせておいて正解でしたね」

「ゼト!⋯ありがとう!」


飛翔し続けている竜型の上で、人型のゼトが小さい主を支えながら安堵の笑みを浮かべた。

実は全員で特攻をする間際、ゼトは服の中に隠れられる程の小さい分身体をクゥフィアと共に置いてきていたのだ。

昨夜のうちに民宿で話し合っておいた戦法の一つで、いざという時は本体の魔力を瞬時に補填し、このように本体側へと緊急脱出できるよう保険をかけてあったのだった。

この方法は、本体側が危険に陥っても同様に分身体側へ避難出来るので、とても使い勝手の良い魔術なのである。

本体か分身体どちらかが安全地帯にいる前提条件と、以前のゼトであれば魔力が足りずに分身術自体が使用できなかったのでクゥフィア的には今回が初挑戦であったのだが、結果オーライとなった。

その光景を見ていたピスマ・ピズマも、つい胸を撫で下ろす。

ニナーナは、こうなる事がわかっていたのかあまり動じておらず、怪物がクゥフィア達に向かって暴走していた時も、一人だけ至極冷静を保っていた。

一緒に避難されてきたグレーは、現状を把握しつつも未だ動けないでいる。

途中で止められないプロセスまできているので、このまま不安定な竜の上で作業を続けるしかないのだ。

本来であれば既に改変が終了していてもおかしくはないのだが、ノブデュレスから離脱する際に消耗した神力がまだ回復していない状態で覚醒権能を行使している為、かなり苦戦している様子である。

それをドームの壁上から遠目で確認したライディエゴは、何か思うところがあったらしく、徐々に握り拳を強めていった。


「⋯⋯こうなったらもう、とことんやってやろうじゃねえか」


怪物がドームを打ち破った時点で、もはや外部への影響は免れなくなった。

であるならば、これ以上の防衛戦は無意味と判断し、盛大に暴れる事にしたようだ。

だがライディエゴは己の力の特性上、この場では全力を出せないので、攻撃勢の援護に徹する役割は変えないでいるつもりだ。

無力、ではないものの、思う通りにいかない現実は、ライディエゴの特殊な体躯を更に冷え切らせていったのだった。








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