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フィア─帰りたい者達の異世界旅─  作者: ミリオン
"グレー"編
23/25

6


神殿前の表広場では、激闘の歯車が加速していきつつあった。

吹雪が止まぬ中で絶え間なく上がる火花。

激しい刃のぶつかり合いに、頻発に放たれる神術。

それらの衝突の余波で破壊されていく、神殿の建造物。


「むむむ」

「しぶとい」


その中心でピスマとピズマが同時に呻いた。

二人がかりで、息をつく間も与えない程の神速をもって先程からずっと攻撃し続けているというのに、未だニナーナには擦り傷一つも付いていないのだ。

それどころか最初の打ち合いから槍のキレを全く落とさないまま、二人の攻撃をとても巧みに利用してカウンターを行い、攻守をバランス良く切り替えてきては此方をいとも簡単に、とも思える手腕で翻弄してくる。

神術も交えた上で隙など微塵もないというのに、時間が経つに連れて徐々に押され始めてきた手応えすらも感じてしまい、このままでは埒が明かないと判断した。

一旦ニナーナから距離を置いて、視界が悪い中で睨み合いの間を設けてみる。


「成程。貴様等の権能の仕組みは何となく理解した」

「「何?」」


唐突な発言にピスマとピズマは顔を顰める。


「諦めな。貴様等だけでは俺には敵わん。その証拠に、さっきから何度も権能を流し込んできているみたいだが、最初以外は何の影響も受けていないだろう?」


確かに流し込んではいた。

♧10(トレーフル・テン)、ピスマとピズマの権能、【因果応報(ティタンリスク)】。

誰もが持つ欲望の中から、特に七大罪と称される強欲・色欲・暴食・嫉妬・憤怒・怠惰、そして傲慢に強く反応を示し、善悪正邪を選定した上でそれに相応する影響を与える能力である。

どの罪に反応するかはその者次第だが、選定に関しては二人の裁量で決まる為、一度琴線に触れてしまえばほぼ確実に断罪できてしまうという恐ろしい力であった。

現に、ニナーナの持つ欲望の中では特に傲慢さが抜きん出ており、それが琴線に触れたが為に先程は断頭台まであっさりと引き摺り上げる事が出来たのだ。

それをグレーが断ち切ってしまったせいで中断されてはしまったが、ただ首の皮一枚繋がっただけのその場凌ぎ。

再度同じ選定をすれば結末は変動せず、後は己の魔力暴走に身を引き裂かれて自滅するのを待つのみである、筈であった。

⋯なのに何故、突如として“因果応報(ティタンリスク)”が発動しなくなったのか、二人はまだ見定められずにいる。


「⋯⋯罪は消去できない」

「“因果応報(ティタンリスク)”が発動しない悪魔など、前代未聞」

「我々の前にはどんな罪であろうと、白日の下に晒される運命である」

「だから例え深層に沈めようとも、必ず炙り出してみせよう」


淡々と言い切ると、二人は同時に身構えて権能を発動させた。

それを真正面から受け止めたニナーナは、しかし槍を振るってあっさりと払い除けてみせる。

有り得ない現象に、ピスマとピズマの表情は険悪となっていった。


「罪、ねえ⋯貴様等の言う傲慢さが罪だと言うなら、いかにも神らしい屁理屈な定義だな」

「屁理屈?」


ピスマが更に反応した。


「七つの罪源は最も罪深い感情だ」


ピズマもそれに続く。

だがニナーナは動じない。


「罪深いとは言うがな、それ等の感情や欲望があるからこそ、様々な種が意志を持って進化し続けられるんだぞ?それを貴様等の天秤にかけて勝手に審判するなんぞ、それこそ傲慢だと思わねえのか?」

「「黙れ」」


呆れた物言いをされて、流石に苛立ちが募り言葉を遮った。

権能の威力を上げながら阿吽の呼吸で更なる猛攻をしかける。

ニナーナはそれを槍一本で去なしつつ、単純な筋力だけで相手をしながら神殿外部を猛スピードで移動していった。


「我等の神の涙(ヘブンスフィア)は」

「主神からの賜物であり」

「我等は審判者として」

「神命を与えられた選ばれし者」

「それ故に生きとし生ける者は全て」

「我等に裁かれる運命!」


ニナーナを挟むように着地すると、ザッ!と踏ん張りを利かせて対となる構えを取る。

そして腕から生えた鎌に神力を充満させた瞬間、同時に叫んだ。


「「"斬首刑・執行"!!」」


神光煌めかせた力が突如としてニナーナの身体を拘束する。

一瞬にして再び身動きが取れなくなり、首を差し出すような姿勢で強引に前のめりにさせられれば、高く飛び跳ねたピスマとピズマの両鎌がその首に狙いを定めて、勢い良く振り落とされた。

吹雪も、空気すらも切り裂いた二本の鎌は⋯⋯しかし結局のところ、肝心のニナーナ自身を傷付ける事はなく、まさかの拘束していた神術をあっさりと霧散させて攻撃を回避されてしまう。

ピスマとピズマは、驚愕を隠せなかった。


「⋯⋯何が」

「起こって、いる⋯?」

「隙あり」


次の瞬間、ピズマの身体にだけ衝撃が加わった。

大きな目を下に向けると、何故か胸から槍の柄が生えていて、理解するのに数瞬かかる。

しかしその前にニナーナが柄の先端を握って、ピズマを串刺しにしたまま力任せに投擲し、数十メートルも飛来したのちに建物の壁に磔にしてしまった。

その光景を、ピスマは思考が追い付かず見届けるしか出来なかった⋯。


「体術は申し分無いが、些かフィアの権能に拘りすぎているのが目に余る。余程自分達の力に陶酔しきっていると見受ける」

「⋯⋯」

「別に良いんだぞ?力があるのは良い事だ。だがその所為で発想が凝り固まっちまっては、伸びるものも伸びやしねえ。だから今の貴様等程度なら、生身だけで(・・・・・)相手するぐらいが丁度良いんだよ」


そう言ったニナーナは闇の渦を手元に出現させると、その中からデューベで使用していた、魔晶石無しの片手剣を取り出した。

そして槍を携えていた時とはまた違う闘気を発しだすと、ピスマはそれを肌で感じ、たじろぎつつも直ぐに身構える。

目の前に立つ男は、とても一世界を力と恐怖で統治する、傲慢な魔皇帝とは思えない。

むしろ、業を捨て去りその道を極め、遙か高みへと登り詰めた、剣聖と称した方がしっくりくる⋯。


「俺が、魔力でゴリ押しするだけの脳筋野郎だと思うなよ。馬鹿野郎(イディオット)共」


ピスマが思慮している途中である事も気にかけず、容赦無い剣戟が吹雪と共に踊り狂う。

とてつもない覇気と研ぎ澄まされた一太刀一太刀に、ピスマは今迄の余裕など瞬時にかなぐり捨てる羽目になった。

一瞬たりとも剣筋を見誤れば、たちまち小間切れにされてしまうと直感したのだ。

追いつかない。

片方が欠けていては、とても敵わない。


「ピズマーッ!!」


急いで投げ飛ばされた片割れの名を叫んだ。

その声を聞いたピズマは直ぐに槍を握り締め、元がヘイヌーの神術で造られていた物なので自身の神力で相殺・消滅させると、力強く壁を蹴ってピスマの下へと戻る。

胸に風穴が空いてしまっているが、気にも止めず応戦に加わった。

が、それでも劣勢を強いられ続ける。


「ハハハ!身体に風穴が出来た程度じゃあ何の支障もねえのか!貴様等、一体何て種族なんだ!?」

「黙れ!」

「貴様には関係ないだろう!」

「何なんだ此奴は!」

「何故ッ“因果応報(ティタンリスク)”が発動しない!」


先程までの淡白さから、焦りの入り交じった声色でニナーナからの猛攻を何とか凌いでいく。

拮抗状態が完全に崩れた今、この戦況を打破する為に二人は必死で鎌と神術を振るうが、何の変哲もない剣一本だけで翻弄されている事実が受け入れ難く、連携に乱れが生じ始めていた。

阿吽である筈のピスマとピズマの動きにズレが出てきたこのタイミングを、ニナーナは見逃さない。

剣戟の合間に回し蹴りを入れて、まずは動きの鈍っているピズマを近くにあった窓に突っ込ませた。

続けてピスマにも斬り込み続け、防御された流れで壁をも斬って建物内に吹き飛ばすと、ニナーナ自身も轟音や土煙と共に神殿内に侵入していく。

建物内であるにも関わらず、外と変わらず吹き続ける吹雪の中で目を凝らす。

すると偶々すぐ近くに立っていたのだろう、異形の姿と目が合った。


「ほお⋯?成程。お前、【鬼憑き】だったか。通りで風変わりな気配と力だった訳だ」

「はは⋯⋯バレてしまったか。そちらは意外と余裕そうだね?」


品定めしてくる様な物言いに苦笑で返したグレーは、半身だけ牙と角を生やし、目の色も左だけが反転していた。

その姿で相当暴れたのか、既に身体は傷跡や打撲だらけでボロボロであり、神殿内も激しい戦闘痕が至る所に広がっている。

ニナーナは、そんなグレーの現状を冷静に観察し、そして違和感を覚える。


「意外と肉弾戦もやれそうなのはわかったが、その中途半端な姿は一体どうしたんだ?」

「えー?いやあ、こんなところで全身変化してしまったら、私、この後本気で動けなくなってしまうから、余力を残しておきたくてねえ」

「そっちの方が余裕そうじゃねえか。だがまあ、此処で全力を出したくないという気持ちは同意する。後でその力について、もっと情報を寄越せ」

「そうなるよねえ⋯まだ暫く隠しておくつもりだったのに、上手くいかないものだ⋯」


疲れの混じった溜息を零す間に、ピスマとピズマが瓦礫の中で身を起こす。

すると二人の背後にも足音と共に気配を感じて、急いで振り返った。


「「♧A(トレーフル・アス)!」」

「意気込んでいたわりには、か⋯。どうやら俺のフォローもあまり効果が無かった様だが、お前等、本当にやる気あるのか?」

「「も、申し訳御座いません!」」


此方もボロボロではあるが、眼光ですらも相手を凍てつかせる程の鋭いものを向けられて、ピスマとピズマは完全に萎縮してしまう。

ライディエゴの邪魔はしないと豪語した上に、悪魔達の行動を制限する為にお膳立てまでしてもらったにも関わらず、この体たらくなのだ。

事前情報では十分勝算があると見込んで遠路遥々やってきたというのに、自分達の想定以上にニナーナ一人に手を焼いてしまっているこの状況は、流石に不味いと肝を冷やした。


「もう一度、チャンスを頂きたく」

「必ずや、あの悪魔を討ち取って見せます故」

「⋯⋯俺の邪魔さえしなければ何でも良い」

「「有難うございます」」


仰々しく頭を下げた後、二人は改めてニナーナと相対した。

だが肝心のニナーナは構える事なく、吹雪の音で聞こえにくいのを良い事に、グレーと会話を続ける。


「クゥフィアとゼトは何処だ?」

「この先だよ。やっぱり♧4(トレーフル・フォー)も此処に居るらしくて、奥まで連れて行かれたものだから、ゼトが今追跡中さ」

「そしてお前は此処で彼奴を足止め、か。及第点だな。彼奴が一番厄介そうだし、まあ、無難な対応だろう」

「手厳しい評価だね⋯。正直なところ、このままライディとやり合っていてもジリ貧だし、あまり意味もないし、適当なタイミングで切り上げたいというのが本音だよ」

「それは確かに言えている。だが、アレはどうする?」


ニナーナが天井を指差しながら疑問を投げかける。

正確に言うと、建物の上空にあるスノードームを指差しながら、だ。

ニナーナも説明は聞いていないながらも、室内外関係なく吹き荒れているこの猛吹雪とドームの所為で、魔術だけでなく自分達の移動手段すらも制限を受けているのは既に勘づいていた。

それを察して、グレーは顎に手を当てて悩ましげに唸ってみせる。


「⋯ほんの僅か、抜け道程度で構わないなら、穴を開けられなくもないんだけれども」

「歯切れが悪いな。そう簡単にはいかないってか?」

「少し時間が欲しいからねえ。それにこの吹雪のおかげで、神力はともかく(コッチ)の力の方が今制限を受けているんだ。君達の魔術と同じ。ドームの前に、まずは吹雪を何とかしないと」


少し思案した後、ニナーナは何かを確認する様に手を出して、その掌にかかる雪の状態を観察した。

ライディエゴの持つ神力で出来た、疑似吹雪。

恐らくこれも神の涙(ヘブンスフィア)の権能の一種なのだろう。

この吹雪に当たる度に自身の魔力が、まるでスポンジに吸収される僅かな水滴のように徐々に吸われていっている感覚を味わい続けているので、神力以外の特殊な力を吸収・蒸発させる、いわば障害機能の働きがあるのだろうと推測出来る。

力を内に引っ込めておけば活動する分には支障ないのだが、放出すれば必ずその先から吸収されてしまう為に、どのようにして放出系の魔術に頼らず彼等を牽制し続けられるのか、それなりの策を弄する必要に迫られていた。

それに加えて、ピスマとピズマの権能である“因果応報(ティタンリスク)”。

今はニナーナだけに向けられているのでそれ程の脅威ではないものの、使われ方次第では厄介極まりない事に変わりは無い。

そこでニナーナは、建物の奥へと続く、比較的小さめの門の先へと目を向けた。


「⋯⋯吹雪いているのは、外と此処だけみたいだな」

「あ。気付いたかい?なら恐らく、私と同じ事を考えているだろうね」


二人は目を合わせて頷きあう。

そして同時に構えると、攻撃をしかける、と見せかけて、力任せに周囲を破壊し始めたのだった。

吹雪に混ざって瓦礫と砂埃が激しく舞う事となり、途端に視界が全く効かない状況となって、ノブデュレス側の反応が一瞬遅れてしまう。


「「小癪な!」」

「行くぞグレー!」


飛来してくる瓦礫を払っていると、その叫びと共に辛うじて捉えられる二人分の人影が、勢い良く門の方へと動き出していた。

恐らく今の隙を狙って奥へと進み、一気に神の子の所まで行こうとしているのだろう。

ピスマとピズマはすぐにそれを察知して急いで後を追うが、先に門を越えて吹雪の影響が出ないエリアまで足を踏み入れたらしく、白一色の世界の先から飛んでくる激しい攻撃の嵐に少しばかり足止めを食らってしまう。

それでも攻撃を凌いでいき、陽の光があまり届いていない渡り廊下に飛び込んで行った瞬間、吹雪での視界悪化は無くなったものの、暗順応による視力の一時低下により影としてでしか認識出来ない二人が、急いで更に奥へと駆け出していったのをすぐに捉えた。

門から門へと続く、少し距離のある厳かな廊下。

そこで僅かに追いかけっこをしてから、この先にある中庭へ出る寸前に、ピスマとピズマは違和感を覚える。


「待て!囮だ!」


背後から同じく追ってきていたライディエゴの怒声が飛んだ。

その声と同時に、行く手を阻むかの様に足を止めて振り返ったのは、ニナーナが魔術で編み出したおどろおどろしい闇人形と、グレーに等身を似せた人形代(ひとかたしろ)であった。

それぞれが本体と同じ力を内包していた為、その姿が視認出来るようになるまでピスマとピズマは気づく事が出来ず、度肝を抜かれてしまった。

すると三人の退路を絶つように、今度は通路ギリギリサイズの巨大な鬼が出現し、背後に立ち塞がる。

更に闇人形が妨害魔術へと形を変え、通路全体を包み込む様に広がると、三人の精神をも汚染しようと体に纏わりついてきたのだった。


「これは、してやられたか」


自虐っぽくライディエゴが呟く。

そしてすぐに神力でレジストしたものの、たった一度の判断ミスで立場が逆転してしまい、ピスマとピズマは余りにもの悔しさに身体を震わせて下唇を噛み締める。

欲を持たない術式が相手では、二人の権能は役立たず以外の何物でもないのだ。

そこから更に、人形代(ひとかたしろ)が別の鬼へと変化し、魔術で足が掬われている間に板挟み状態で全員に襲いかかって来る。

そのまま三人は暫く狭い通路の中で、足止めをくらう羽目になってしまったのだった⋯。

その間、自分達の能力を囮に使ったニナーナとグレーは、壊していた壁から再び外へ出ており、神殿の屋根や壁伝いで敷地の奥へと向かっていた。


「貴様っ!自力で走りやがれ!」

「無理。私、君みたいに身軽じゃない。それに今ちょっと充電が切れかけているから、休ませて⋯」

「充電って何だ!体力が無さすぎるにも程があるぞ!こんなんじゃ先が思いやられる!」


半身の鬼化を解いて脱力しきったグレーを肩に、ニナーナは青筋を浮かばせながら、人ならざる身のこなしで疾走し続けた。

人を担いで走る事自体はデューベでしょっちゅうやっていたので何の問題もないのだが、毎回こんな風に足にされてしまっては、彼にとってはたまったものではない。


(此奴絶対走るの面倒くさがっているだけだろ!今からでもあの獅子男に投げつけに行ってやろうか!?)

「あ、今絶対良くない事考えているね?やめなよー。私を見捨てたらきっと後悔するよー?」


腹の中を見透かされて本当に投げ捨てたい気分に駆られながら、ノブデュレスの三人を足止めしている渡り廊下、中庭、それに祠や多柱室等をスキップして、祭殿の間らしき場所まで一気に到着する。

再び建物の中に侵入すれば、吹雪の影響を免れられる様にもなった。


「奥と言っていたが、此処が最深部じゃねえのか」

「ライディの話だと、隠し通路があるらしいよ。少し待っていて」


気怠げに肩から降りたグレーは、何かを探るようにフロアを少し徘徊した後、神像と複数の天使像が祀られている方へと足を向けた。

そしてすぐに像の背後に周り、「これか」と呟きながらニナーナを手招きする。

促されるまま近寄ってみれば、一つの天使像の背部が人一人分通れそうな程の大きさだけ破壊され、中の通路が丸見えとなっていた。

破損部分に、こびり付いた魔力の残滓を確認する。


「ゼトが先に見つけて突破したのだね。神力を使って開閉する仕組みだっただろうけれど、こうなってしまってはなんの意味も無い」

「⋯⋯お前、何故わかったんだ?」

「え?何が?こんなのゼトが分かりやすく壊していってくれているのだから、一目瞭然じゃないかい?」

「その前の過程だよ。俺が言うのもなんだが、ゼンティウヌスは探知魔術が優れている。だから隠し通路を見つけるのも容易なのは知っているが、お前はどうだ?」

「⋯⋯?」

「まだとぼけるのか。なら聞き方を変えてやる。何故、この広い部屋の中から真っ直ぐ、この像の裏手に来た?他にも怪しそうな場所は、幾らでもあるよな?」


そう、ニナーナが引っかかったのは其処である。

今二人がいる祭壇の間。

先程ライディエゴ達と相対していた部屋も相当な広さではあったが、此処は先程より少し狭いながらも天井は非常に高く、複数の像や催事用の道具、装飾品等、広さを有効的に考えたのだろう物の配置がなされている。

そして左右には神殿らしい支柱の上に、何十体もの天使像が此方を見下ろす様に並んでいる。

言葉を変えるならば、遮蔽物がごまんとあるこの部屋で、グレーが他の物には一切目もくれずに真っ直ぐこの天使像の裏側に歩いて行った事が、ニナーナにとっては疑心の種となってしまったのだ。

これがゼトであれば、魔力を拡げ、雷竜でもある己の電気体質を利用して物理探査をする事が可能であるのだが、グレーはそもそもそういった力を使った気配が無かった。

結論、何故、と疑うのも無理はない話なのだ。

その所為で、二人は暫しその場で睨み合う羽目になる。


「⋯まだ私を疑っている?」

「当然だ」

「さっきは私の力を頼っていたクセに」

「こちとら悪魔だぞ。使えるもんは使う。疑うもんは信用しない、だ。で、返答は?」


手にしていた剣をス⋯とグレーの肩に置く。

困った表情を向けられるが、ニナーナにとっては知った事では無い。

今はあまり足を止めている場合では無いというのは百も承知だ。

だが、グレーがもし一芝居を打っており、ノブデュレス側と共謀しているのであれば、これ以上下手を打つのは避けたいのだ。

そんなニナーナの心境を察してか、それとも彼の威圧に辟易してか、グレーは少し目線を泳がせた後に細く長い溜息を吐き、肩に置かれている剣を手で軽く押し退けた。


「改めて言うが、私は断じてノブデュレスと繋がってはいない。先程のは、私の権能を利用したんだ」

「随分と都合の良い権能だな。なら、今問おう。貴様の神の涙(ヘブンスフィア)の権能は、何と言う?」

「⋯⋯【世界の記録保管者アカシックレコード・ガーディアン】。世界が生まれた時から紡いできた、事象、概念、生物の歩みに感情⋯時空に刻まれたあらゆる記録の痕跡を、全て閲覧する事ができ、且つ、現在起きている事柄すらも管理していく、かなり特殊な力だ。だからこの通路の場所も、数分前に刻まれたこの空間の記録を確認して、辿り着いた」


その言葉を聞いて、ニナーナは瞬時に理解した。

この男が権能の説明を渋っていたのは、面倒だったとか、此方の懐に入って内包したかったとか、そんなやましい気持ちがあったからではない。

自分の力が、今後の未来を大きく捻じ曲げる可能性を秘めており、使いようによっては他者に悪用される危険性もある事を、十分理解しているからなのだ。

過去を知れば未来が解る。

歴史という広大な海を読み解けば、現在の波をも掌握する事が可能となる。


彼は言わば、超常的な預言者たりうる存在なのだ。


その能力は権力者からしてみれば喉から手が出る程に渇望するものであり、グレーの持つ権能は、情報の重要性を理解している者にとって、金銀財宝など足元にも及ばない程に、とてつもない至宝なのである。

この世界の文字を瞬時に理解していたのも、確かにこの権能を利用すれば容易い事であった。

それ程迄に貴重な力であれば、ニナーナ達にその存在を打ち明けるには未だ信頼関係が築かれていない為に、これまで躊躇して引き伸ばされていた事も、これで納得できた。


「成程。破壊神への信望心が低いくせにJ(ヴァレ)という高位に居た理由は、実力以上にその神の涙(ヘブンスフィア)が優秀すぎた所為か」

「⋯⋯覚醒も済んでいるし、責任のある椅子に縛り付けて、逃げにくくされていた自覚はあるね。囲われていたという感じかな?」

「それならあんな自然現象の権化みたいな奴に命を狙われるのも納得だ。俺なら、絶対に闇に堕として隔離する」


悪どい思惑がその笑みに宿って、グレーは思わず「ヒェッ⋯」と鳴いて表情を強ばらせた。

それはそれとして、誤解は無事解けた様だ。

ニナーナが剣を下ろして場の空気を少しほぐしたタイミングで、通路の奥から微かに爆音らしき音が聞こえてきたのを、二人同時に拾い取る。

恐らくゼトが戦闘に入ったのだろう。


「⋯時間を食った。先を急ぐぞ」

「えっ。食ってしまったのは誰の所為⋯否失礼。何でも無いですよ。さあ行きましょう」


鋭く睨まれてさらりと掌を返し、そのまま二人は像の中へと潜り込んで、薄暗い通路を歩き始めた。


(こいつはとんでもない上玉が向こうから転がり込んできていたもんだ。“世界の記録保管者アカシックレコード・ガーディアン”⋯云わば過去を掌握する者、ってところか。その規模の程度が気になるところだが、一個人の過去すら覗き込める程の精度があるなら、今後非常に役立ちそうだ。それに過去視の者が出てきたとなると、何処かに未来視の力を持つ適合者だって居るのかもしれん。⋯神の涙(ヘブンスフィア)ってのは本当に多種多様だな。とにかく此奴、リカ程ではないが、そう簡単に手放すワケにはいかなくなった。最悪の場合は此奴を殺して、神の涙(ヘブンスフィア)だけ懐に入れておく事も視野に入れておこう)


先に進みながら、ニナーナはそう奸策(かんさく)していく。

彼的には表情筋一つも動かす事なく、決して悟らせない様にと胸の内だけに留めているのだが、その心の声を聞いた(・・・・・・・)グレーは、ニナーナの後を付いて行きながら内心呆れていた。


(やっぱりどいつもこいつも、考える事は皆一緒だなあ。神も魔王も中身はそれ程大差ない、人間らしい思考の者ばかり。殺されない様に気をつけておかないと。⋯それにしても、リカって誰だろう?俺以外にも此奴に目を付けられている不憫な人が居るなんて。名前からして女性かな?此奴の過去を覗いてやっても良いけれど⋯うーん⋯⋯なんか藪蛇の予感。やっぱりやめておこう)


⋯⋯グレーには、鬼を使役する力や神の涙(ヘブンスフィア)の権能以上に、秘匿にしておきたい事が幾つかあった。

その一つが、この読心能力である。

読心能力は、グレーの“世界の記録保管者アカシックレコード・ガーディアン”に付属されているスキルの様なものであるのだが、今現在、誰が、どういう思想を持ってそういった行動を起こしているのか、その事柄が一秒後の過去となって瞬時に次元に刻まれていくが故に、管理者としては絶対不可欠なのだろうと考えている力だ。

だがこのスキルは諸刃の剣であり、実はオンオフの切り替えができない代物であるので、常に周囲の心の声がグレーには生活音の様にダダ漏れの状態であるのだ。

そのくせ相手に読心している事がバレてしまえばそれ相応の対策を取られてしまうので、足元を掬われるリスクが伴ってしまう。

しかもニナーナは悪魔の中でも最たる巨悪の存在。

万が一にも悟られてしまえば、アカシックレコードの悪用と共に、もっと卑劣な策や要求をしてくる可能性も有りうると、グレーはかなり危惧しているのだ。

現にグレー自身、若い頃にこの読心能力の所為でかなり苦労をしており、とある独裁者に酷いトラウマを植えつけられた過去をも抱えている。

だから自分が優位に立ち続ける為に、権能の大元こそはカミングアウトしても読心能力の事だけは絶対にニナーナ達には打ち明けまいと、決心していた。

そうすれば、大まかには彼等の思惑通りに道筋を立てて機嫌取りをしつつ、クゥフィアを己の目標まで徐々に誘導する事が可能となるだろうと計算しているのだ。

⋯⋯いずれは悪魔達と袂を分かつかもしれない。

だからその時までは、上手く手駒として操られているフリをしておくつもりであった。


(ライディとの件もあるんだ。ここまで来た以上、絶対に下手を打つ訳にはいかない。利用出来るものは全部利用して、必ず、必ず成し遂げてみせるよ)


だから、待っていて⋯⋯。







───────

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