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「我等の力、主より与えられし審判の役目を担うもの」
「故に、悪魔如きが其れを覆す事等、不可能だ」
交互に話す敵の片耳に、それぞれピアスが付いているのを全員が確認する。
「クローバーと、10のピアス⋯♧10?4ではありませんね」
「ピスマにピズマか。ヘイヌーよりも格上の、二人で一柱の神の涙適合者だ。少し厄介だね」
「二人で一柱?そんな事が有り得るのですか?」
「♧部隊の特殊性は多岐に渡る。けれども、複数人で同一のフィアを所持しているのは彼等だけだ」
「!クゥフィア⋯!」
急いでクゥフィアとライディエゴの居た場所を確認したが、ピスマとピズマの術中に嵌っている間に二人はもうその場から姿を消していた。
その瞬間、あっさりと出し抜かれた事にニナーナはとてつもなく憤慨する。
「⋯神殿の内部に連れて行かれた。追いかけようにも、君達をどうにかするのが先だと思って」
「⋯⋯この俺が、足手まといになったのか⋯?」
決して油断をしていた訳ではない。
未だ呪法に雁字搦めにされている以上、苦戦を強いられるのは覚悟していたが、それでも微速ながらに解呪は確実に進めているのだ。
クゥフィア達が今迄何とか逃げおおせていたという過去からも見て、アリステアよりも格上の実力者と衝突したとしても、多少は渡り合える自信がニナーナにはあった。
なのに、この体たらく。
何の確証も無い虚勢であったと、ほんの刹那とも言えるこの会合の間に、現実を突き付けられてしまう。
いくら複数人で不意を付かれたからとはいえ、もしグレーが居なければ、こんなくだらない所で呆気なく終わっていたのだ。
その可能性を想像した瞬間、ニナーナは自分自身の不甲斐無さ、そして“傲慢さ”に、激しく失望してしまった。
「おや?」
ピスマがその異変に気付く。
「まさか?」
ピズマも同じく反応した。
だが敵の心境等、ニナーナには知った事ではない。
このままでは、契約も、約束も、守るどころではなくなってしまうのだ。
「⋯⋯グレー」
怒りを押し殺す様に声を発する。
「お前なら、あの獅子男と張り合えるのか?」
「え。⋯⋯隙を見て、クゥフィアを奪い返すぐらいなら、やれない事はないかもだけれど」
「それで良い。ゼトに、今俺が引き出せる魔力を最大限渡しておくから、二人で今すぐ追いかけろ。コイツらは俺が一人で相手をする」
「!?ですがニナーナ様」
「頼む」
その言葉に、グレーだけでなくゼトまでもが驚愕を示した。
傲岸不遜なニナーナが、裏もなく下手に出るなど、前代未聞である。
そして妨害されにくい、系譜専用のコネクトを利用して魔力の譲渡を速やかに行うと、自分は礼聖師が落としていた槍を拾って、本当に一人で前に出たのだった。
巧みに槍を振り回して、腰を落とした構えを取る。
それを見たピスマとピズマは、ニナーナの纏う空気が完全に様変わりした事を察知して、同じく身を引き締めた。
「罪が消えるなど、有り得ない」
「罪から逃れる唯一の術は、贖罪のみ」
「なれど、これは何ゆえか」
「罪が見えなくなった。一体何処に隠れたのだ?」
「「検証せねば」」
そしてそれぞれ対となる様に、不思議な装飾を施した鎌を腕から生やした。
そんな中でグレーとゼトは、互いに顔を見合せた後に妖狐に飛び乗った。
グレーがニナーナに忠告する。
「ピスマとピズマの権能は、七つの罪源に反応する【因果応報】。まだ覚醒はしていないものの、将来有望と一目置かれている程の力だ。ただ感情を押し殺すだけでは、潜在的心理までを深読してくる神の涙の権能を回避する事も出来ない。心してかかった方が良いよ」
「わかった」
一触即発。
後に同時に空を切り、二対一の激しい戦闘が始まった。
ニナーナは刃と柄を使って非常に巧みな槍捌きで、ピスマとピズマに渡り合っている。
その動きは完全に常人離れをしており、最早肉眼では捉えられない程の激闘となっていく。
そのタイミングで、グレーとゼトも一目散に進軍を再開した。
「ニナーナの奴、本当に一人で大丈夫なのかい?」
「たった数十や数百生きた程度の若造共に、ニナーナ様が真正面からやり合って遅れを取る筈がありません。我々は坊ちゃんと、自分達の心配をしておきましょう」
そう言う二人の背後には、猛スピードで追いかけてくる礼聖師達の姿があった。
あちら側の激しい攻防には到底横槍など入れる隙もないので、ゼト達の方へ集中する事にしたのだろう。
後方から放たれる攻撃を回避しつつ、小鬼の援護を受けながら巨大な入口より建物内部へ。
すると中で待ち伏せしていた他の礼聖師達とも相見える事となり、とてつもない数に取り囲まれる構図となった。
それでも二人にとっては、烏合の衆と言える。
「退きなさい」
静かに、だが力強く言い放ったゼトが、大広間の隅まで届く程の全方位雷撃を放った。
大規模であり、心臓すらも破ってしまいそうな万雷がけたたましく響き渡る。
先程迄何もできなかったのが嘘であるかのように、ニナーナから託された魔力量で普段以上もの威力を発揮しているゼトの魔術に、グレーは巻き添えを喰らわないよう自身に神力を纏わせつつ、追撃を行う。
礼聖師はそんな二人の猛攻に一気に戦力を削られ、何十、何百と地に伏しては霧散するものの、その度に増援が出現しては懲りずに襲いかかってくるを繰り返し、人海戦術で対抗してきていた。
「⋯恐怖心というものを持ち合わせていない様子ですね」
「だろうね。まるで己の意志が感じられない。という事は⋯」
言葉を溜めたグレーが、近くに居た礼聖師のベールを強引に剥いでみた。
中から現れたのは、冷気。
本来であれば顔がある筈の其処には何も無く、首から下も空洞で、服の内側には神力で生成された氷の結晶がびっしりと堆積しているのが確認出来た。
「やっぱり権能の傀儡だ。この張り付いている氷は⋯⋯霜かな?」
「霜⋯霜の巨人⋯。では昨晩仰られていた♧4の力である可能性は⋯」
「可能性も何も、ヘイヌーの“霜の巨人”で間違いねえよ」
戦闘音しか響いていなかったこの場に、先程聞いたばかりの男の声が響いた。
急いで其方の方を振り向くと、建物の奥から尻尾を揺らしながら歩いてきているライディエゴが、恭しく道を開ける礼聖師達には目もくれずに二人を睨みつけてきている。
その傍にはもう、クゥフィアの姿は見当たらない。
「貴様、坊ちゃんを何処へ連れて行った⋯!」
妖狐から飛び降りたゼトが食ってかかる様に鋭牙を露わにする。
だがライディエゴの方は歯牙にもかけず、鼻を鳴らすだけに留めた。
「そのヘイヌーに投げつけてきてやった。行きたきゃ行けば良い」
「何⋯!?」
「俺は其処の小男に用があるんだ。スノードームを使ったのも、転移術を妨害してソイツを他所の世界へ逃がさない為。この中に居る以上は、俺自身がドームを解除するか、何らかの方法でスノードームを破壊しない限り、外部への行き来なんて出来やしねえんだ。だからお前が神の子を追ったところで、痛くも痒くもありゃしねえ」
(?という事は、坊ちゃんを捕獲しても他所の世界へ移送する事自体、今の段階では不可能なのでは??)
やっている事が矛盾している様に思えるのだが、グレーしか眼中にはないライディエゴにとっては、何も可笑しい事はないのかもしれない。
その証拠に、そう説明したライディエゴは早々にゼトへの興味を無くし、妖狐に跨ったままのグレーに一心を注いでいる。
熱い眼差しを受けている男の方はどうしたものかと困った表情を見せるが、直ぐに諦めがついたのか吐息を零した。
「もう、仕様がないね。こんなに熱烈なラブコールを受けてしまったら、応えてあげない訳にはいかないじゃないか」
「やあっとその気になったか」
「うん。というか、先程ニナーナに君の相手を任されてきてしまったからね。その代わり、クゥフィアとヘイヌーが今何処に居るのか、教えちゃくれないかい?」
「ハンッ!えらく上手いこと懐に潜り込んだもんだなぁ?」
皮肉げに見下しつつ、親指を立てて自分の背後にある通路を指差す。
「この神殿の最奥部にある祭殿の間。そこから更に、裏の霊峰に続く隠し通路がある。今頃そこを通って何処かに連れてかれてる頃だろう」
「何処か⋯とは?」
「さあ?行ってみればわかるんじゃねえのか?行ければの話だが」
そう言った直後、礼聖師達の動きが変わった。
神秘的な楽器の音が建物に反響する程響き渡り、数体は壁際に避難して演奏を続け、残りは全て組ごとに集合しだすとそのまま身を寄せ、練り混ぜるかの様に一つの個体を形成していく。
そうして新たに出現したのは、身の丈数メートルはある、ベールを纏った巨人や巨獣だ。
それらはライディエゴと共にゼトとグレーの前に立ちはだかり、その手には槍や斧など、先程の何倍ものサイズにもなる多様な武器が握られている。
図体が大きくなった分、内包している神力の量も増大している様子だ。
「私は恐らくライディにかかりっきりになるけれど、君、隙を見て抜けきれる自信はあるかい?」
辛うじて聞き取れるか程の声量で、グレーが問いかける。
「お任せを。こう見えて速さには定評がありますれば。必ずや坊ちゃんの下まで辿り着いてみせます」
髪を掻き上げ、姿勢を正したゼトは、ぶれる事なく返答した。
そして数秒の緊迫感が漂った後、巨人達が一斉に攻撃を仕掛けてきて、それを皮切りに全員が間髪入れずに動き出した。
ゼトは紫電を散りばめて、複数の巨人・巨獣を同時に相手取る。
巨体の合間を脱いつつ、臆する事なく的確に翻弄していきながら一層高く飛び上がった後に、空中で数回転。
「邪魔でございます」
逆さまの状態で腕を大きく広げると、建物内にも関わらず数多の稲妻を発生させ、全ての巨体の真上に降り注いだ。
巨人達は一瞬で焼け焦げてしまうも、先程とは違って霧散する前に修復していき、宙に浮いたままのゼトに再び襲いかかってくる。
その流れを読んでいたゼトは身を翻して全ての攻撃を躱し、その場から離脱するタイミングを注意深く伺っていった。
⋯⋯その側で、グレーはライディエゴと壮絶なタイマンを張っていく。
神術と併用した肉弾戦をしかけてくるライディエゴに対し、グレーはホルダーから今までとは違う赤札を取り出すと、強く念じて、前方に投げ飛ばしながら一言。
「“金熊”!」
その瞬間、角を生やした巨体の鬼が、ライディエゴの行く手を阻む様に出現した。
獅子と鬼の拳が正面からぶつかり合い、空気を割らんばかりの衝撃波を発生させながら無数の撃ち合いが始まると、その間に更なる札を数枚取り出したグレーはそれを宙に浮かせ、素早い動きで手印を結んでいく。
「“臨兵闘者皆⋯”」
「させるかよ!」
一吠えと同時に鬼の顔面に拳をめり込ませ、床が割れる程の馬鹿力で叩きのした瞬間、グレーの足下から強烈な吹雪が吹き上がった。
反応が遅れた所為で妖狐が一瞬にして氷漬けにされ、グレー自身も勢いに呑まれて凍傷を負いながら真上に飛ばされてしまう。
それでも何とか空中で体勢を整えるのだが、顔を下に向けた瞬間、目の前まで迫っていた大きな拳に気付いて驚愕の色を見せた。
たった今それなりに強い鬼をけしかけた筈なのに、あっさり打ち破ってきたライディエゴと視線が合う。
そしてそのまま天井に食い込む程の苛烈なパンチが撃ち込まれたが、それも辛うじて両腕で衝撃を緩和した。
「俺に小細工なんて通用しねえぞ。舐めてんじゃねえ」
怒気を含んだ声でそう挑発すると、撃ち込んだ拳でグレーの腕をそのまま引っ掴み、身体の捻りを利用して今度は真下に勢い良く投げ飛ばす。
猛スピードで床に叩きつけられ「ぐはっ!」と呻いている間に、ミサイルの如く追い討ちをかけられるが、流石のグレーもそちらは急いで回避した。
⋯が、身体中に激痛が走って、結局は蹲ってしまう。
「いた⋯いたたた⋯骨、折れてるかも⋯」
「軟弱ぶりやがって。まともに権能も使わず、地力すら手を抜こうとするからだろうが」
情けなく呻きのたうっているグレーに、ライディエゴは顔を顰めながら苦言を呈する。
「別に抜いてなんかいないよ。それに私のフィアは戦闘には不向きだって、君も知っている筈だろう?」
「知っているが、お前の場合は戦わなくっても、一発で俺に勝てる方法を持ってるじゃねえか。俺の存在を消すって方法がよ」
少しの間が空いた。
礼聖師達の演奏と巨人達の発する騒音が、二人の沈黙など意に返さず響き続ける。
蹲ったままのグレーは暫く身じろぐ事をやめ、その音の波に数秒の時間を委ねてから、眉をハの字にしてライディエゴに苦笑してみせた。
「やだなぁ。そんな事出来っこないよ。もし出来たとしても鬼じゃあるまいし、私が君にそんな酷い事、する訳ないじゃないか。だって私達、親友だろう?」
その瞬間、建物内であるにも関わらず、猛吹雪が吹き荒れた。
強烈な神力が渦潮の如くその場を呑み込み、辺り一面が白一色となる。
それに巻き込まれた礼聖師や巨人達は抵抗虚しく吹き飛ばされ、寸断されて吹雪の一部と化してしまう。
ゼトもグレーの神力を未だに纏っているものの、踏ん張りが効かずに再び宙を舞う羽目になったのだが、運が良いのかそのまま、建物の奥へと繋がる通路へと運ばれていった。
唯一影響を受け流しているグレーは、目をひん剥かせ、尻尾を立てて小刻みに震わせているライディエゴの毛色が白銀から、氷の様に一層冷えきった色へと変化していくのを確認する。
「~~っざけんな⋯!」
何とか言葉を絞り出したライディエゴは、見ようによっては笑っているようにも思える程に口角を上げて牙を剥き出し、射殺さんばかりにグレーを強く、強く睨みつけてきた。
それに応える為に立ち上がり、喉を凍らせないよう気を付けつつ呼吸を整える。
「調子に乗りやがって⋯!今ので更に決心したぞ。クリュプトン。いや、グレー。お前は⋯お前だけは、絶対に逃がさねえ!お前は俺のモンだッ!!」
「本当に君って一途だよね。そんな所が好ましいんだけれど」
手脚に冷気を纏わせていく。
それが透明な鋭氷のオーラとなって、ライディエゴの攻撃力と防御力を数段階向上させる。
肉体一つだけで先程の破壊力だったのにも関わらず、過剰とも言えるパワーアップだ。
流石にグレーもそれを目の当たりにすると、己の非力さをネタにしている場合では無いと気を引き締めて、左腕のグローブの金具を外す事にした。
「今はまだ、君の望み通りにはしてあげられない。御免よライディ」
そうしてグローブを脱いで現れたグレーの左腕は、異形の形をしていた。
途端に溢れ出す、異質で禍々しい気。
下手に当てられれば発狂してしまいそうなオーラを垂れ流して、ライディエゴの吹雪と真正面から衝突する。
そしてグレー自身も、腕から左肩、そして左頬の近くまでと部分的ではあるが、細胞が破壊されるビキッ!ビキッ!といった音を立てつつ変質していくと、その戦闘スタイルを大きく様変わりさせていくのだった⋯。
その一方で、クゥフィアは全く知らない洞穴を歩いていた。
松明が壁に掲げられ、人の手が行き渡っているが、天然の冷凍室と言っても良い程のとても寒い洞穴だ。
外の騒音など微塵も届かないその場所を歩いている理由としては、自分の前を歩いている礼聖師風の装飾を身に纏ったヘイヌーに連れて来られたから、の一言に尽きる。
少し時間を遡る。
ライディエゴに胸倉を掴まれたまま神殿内に拉致されたクゥフィアは、もがき叫びながら神像の前で祈りを捧げていたヘイヌーの前へと到着すると、存外優しく床に降ろされた。
「Aよ。この子供、がもしや?」
「神の子だ。此処から逃げないよう、お前が見張っていろ」
「吾が、ですか?」
戸惑う気配を見せるヘイヌーだが、上の階級である者の命令には逆らえない。
それに、自分自身も権能を行使してライディエゴとピスマ、ピズマ達の援護をおこなっているつもりではあるものの、今一つ貢献出来かねているという自覚があったので、断る理由も見つからない。
一抹の不安としては、神の子に暴れられた時に自分の力だけで制圧出来るかどうか、という部分であった。
「下手に暴れたところで、ガキ一人だけじゃ碌に逃げられやしねえよ。ピスマとピズマが相手じゃあ悪魔には分が悪すぎるし、どう足掻いたって誰も俺のスノードームからは絶対出られねえんだから、事が終わるまで適当に何処かに放り込んどけば良い」
「そ、そう仰られ、ましても⋯」
「ニナーナさんは絶対負けないよ!ゼトも絶対僕のところに来てくれるんだから!それにお兄ちゃんだって、たぶん強いと思うから、お前達なんかに負けないと思うんだ!たぶん!」
「今、たぶんって二回言ったな」
力強いわりには推察の域から出ないセリフに、思わずツッコミが入ってしまった。
グレーと旅をしだしたのが本当につい昨日からなので、そういう言い方になってしまうのは仕方のない事なのだが、それでも意地を張って睨みあげてくるクゥフィアをライディエゴは真っ直ぐに見つめ返す。
「アイツが強いのは俺が誰よりも知ってる。だから俺が出て来てんだよ。分かったら此処で大人しくしていろ」
「しないよ。僕だってちょっとは戦えるんだ。勝てなくたって、暴れて困らせるぐらいはしてやるんだから」
「フ⋯まだ小さいクセに、言う事だけは勇ましいな」
無理をすんな、と、何故か頭をポンポン叩かれた。
不意打ちの優しさに虚をつかれ、そして弾力はあったものの、大きな手が頭に乗った瞬間に育て親の顔がフラッシュバックされて、せっかく作った握り拳の力が緩んでしまう。
その間にライディエゴは踵を返して、本当にクゥフィアをヘイヌーに押し付けた状態で、先程通った道を戻っていこうとした。
だがその途中、もう一度クゥフィアに視線を向ける。
「そういやお前、“怠け者”を叩き起こしたらしいな」
「え?」
「ならもしかして、その逆も出来るのか?起きているフィアを寝かしつけるというか⋯その力を押さえつけたり、分離させる、的な感じの事」
「??⋯⋯う、うーんと⋯試したことないからわかんない」
唐突かつ、意図の読めない質問に混乱しながらも素直に答えると、「まあそうだよなあ」と適当な反応を零してからライディエゴは去っていった。
一体何を知りたかったのかが分からない。
行き場のない疑問にその場で「?」を飛ばすクゥフィアを、成り行きを見守っていたヘイヌーは、まだ暫く無言で観察する。
そして少し思案した後、静かにクゥフィアの傍へと近寄った。
「神の子、よ」
呼びかけ、目線を合わす為に横でしゃがみ込んでみる。
「少し、吾にお付き合い、いただけますでしょうか」
「?付き合う、って、何処に?」
クゥフィアは警戒する。
「ご安心を。危険な場所、ではありません。ただ少し、見ていただきたいもの、が御座いまして」
ベール越しで表情どころか顔も見えないが、出来うる限り優しい声色で、敵対心が無い事を示そうとする。
礼聖師をけしかけはしたものの、ヘイヌー自身はクゥフィアを害するつもりなどは毛頭ないのだ。
その証拠に、今まで刃を向けてきたのは頑なに悪魔と裏切り者だけで一貫させており、神の子にはむしろ敬意を評して保護しようとしていた。
その事をクゥフィアも何となくながらちゃんと感じ取っていたので、ヘイヌー自身の様子を見て、どうやら騙そうとしている風ではないのだろうと察すると、少しだけ警戒を緩めてその言葉に耳を傾けてみる姿勢をみせる。
⋯⋯そうして連れて来られたのが、この洞穴であった。
「先程、のAの質問、で思った事が御座い、まして」
ヘイヌーが歩みを進めながら話し出す。
「“怠け者”の覚醒が可能、という事は、神の涙の力、を引き出せる、という事」
「でもアレ、僕が起こしたというより、寝ていたフィアが僕に反応して起きてきた感じだよ?だから叩き起こしたとかそんなつもりはないんだけど」
「それでも、貴方様の御力、に惹かれたのは間違いない、かと思われます。貴方様には神の涙、を制御する御力、があるのやもしれません」
どうなんだろうか、と首を傾げてみる。
あの時は怒りの感情のままに神聖力を氾濫させて、それに引っ張られる形で神の涙が偶然目覚めた、というのが本来の真相なのだ。
それ以前では、“怠け者”と呼ばれている眠ったままの神の涙に接触する事自体は数回あったが、自分の力の因果で起きる兆候を感じた事は一度たりともなかった。
それに、あの時のフィアは既に“生贄の儀式”の最終段階にまで来ていた為、いつ目覚めてもおかしくはない状況でもあったのだ。
なので、本当に偶々ああいう結果になっただけかもしれないというのに、さも自分の功績であるかの様に過大評価されてしまっているのだとしたら、困る、の一言に尽きる。
そんな風に思いながら、困惑顔で両こめかみに指を添えているクゥフィアの心境など知りもしないヘイヌーは、やがて、洞穴の最奥までクゥフィアを案内した。
「う⋯わあぁ⋯⋯」
目前に広がる景色に、思わず感嘆の声が漏れる。
洞穴の最奥は大氷穴だった。
とても広大で、隅々まで神力が満ちているのか幻想的な光を放っており、壁だけでなく氷柱や氷山、湖の様な氷の足場が神秘的な光を蓄えたまま、数百メートル先まで続いていた。
まるで別世界に来たかと錯覚させる程の美しさであり、その絶景に完全に言葉を失ってしまう。
あまりに、綺麗すぎる。
そしてその中心部には大木とも例えられそうな程の極太の氷柱が一本、堂々とその存在をアピールしており、中央で淡く光り輝いている何かを大事に抱え込んでいた。
クゥフィアがその光景に圧倒されている間に、ヘイヌーは笛を出現させ、礼聖師が移動中に奏でていたのと同じ音色を演奏しだす。
すると神力を帯びた霜の架け橋が二人の足元に生み出され、大氷柱の前へとアーチを描いていった。
ヘイヌーが笛を奏でたまま、橋に乗って自動で移動を開始する。
クゥフィアも恐る恐るそれに続いた。
そうして辿り着いた大氷柱は、良く見るとその中に、綺麗な雫型の結晶石を内包させていたのだった。
「神の涙!」
「はい。この辺り一帯地域、の守り神、であります」
確かに言われてみれば、ミシュ・ミシュの時に感じたフィアの意識と同じものが備わっている。
封じられている訳ではなさそうなのだが、このような形で保管されているとは思わなかった。
「ノブデュレス、が様々な世界の管理⋯厳密に述べますと、様々な神の涙の管理、を使命の一環、として担っているのはご存知、でしょうか?」
「世界の管理は聞いたことあるけど、フィアの管理もなの?」
「はい。神の涙、はいずれ世界そのもの、となりうる大いなる、力の種子。此方にあるモノ、も時が来ればいずれ発芽、して世界に溶け込み、世界そのものとなっていく⋯筈でした。吾、はそれを保護、そして見届ける役目、を主神より仰せつかって、いたのですが」
歯切れの悪い言い方で、おまけに肩を落としてみせる。
「実はこのモノ、自力、で此処から出られず、困っておるのです」
「⋯⋯⋯んん?」
「吾が此処を訪れる、前よりずっとこの状態、なのだそうです。恐らく避暑地感覚、でこの氷穴に入り、そのまま堕落、している間に氷柱、に覆われてしまった、のかと。おまけにこのモノの神力、が氷に溶け馴染んで完全に癒着、してしまっており、もはや一心同体、と言っても過言、ではない始末。如何様にすれば良いもの、か頭を悩ませている、のであります」
一体何百年堕落したらこんな氷漬けになるんだ。
まさか棲みついているのではなく、此処から身動きが取れず年月を重ねていただけであるとは思いもよらず、クゥフィアの頭の中では、「助けて~!!」とヘイヌーに泣きついている石の姿が目に浮かぶ様に想像出来てしまい、少し呆れてしまった。
「じゃあミシュ・ミシュって、ほんとはこのフィアの溢れ出ている神力を、外に流していくのが目的なの?」
「ご明察、です。昔はもっと力が充満、していて何時、爆発してもおかしくない、程だったのですが、吾がこの表に神殿、を用意しました。そして“霜の巨人”を“礼聖師”、と命名して排出作業、を儀式化し、それを定期的に行っていった事、で漸く今の状態、 にまで落ち着きました。この期間、此方の世界の時間、にしておよそ二百三十年」
「気が遠いね⋯」
「はい⋯」
世界ごとに時間感覚は異なるものの、あまりに長すぎだ。
おまけにそれだけの年月を費やし、ミシュ・ミシュのおかげで地元民の信仰心も高まり力の分配がしやすくなっている状況となった筈にも関わらず、肝心のフィアは未だに極太い大氷柱の中であるのだ。
穴を物理的に開ける事だって、神力が邪魔をしているので不可能なのであろう。
「溶かすのは無理なの?」
「神力を伴った聖なる氷、と成り果てております故、普通の方法では雫、一滴程も溶けません。♧Aならば融解、は可能らしいのですが、周囲一帯にも影響、が出てしまい、この場が崩壊してしまう、だろうと拒否されました」
そうなってくると、後の方法としてはやはり神力の消耗か抑制、排出、もしくは分解、分離、といった具合になるのか、とクゥフィアは納得した。
そして、ライディエゴからされた質問を思い出す。
「⋯あの御方、は吾が途方に暮れていた、事を御存知、でした。ですから貴方様、にあの様な質問、をなされたのだと思います」
そう言うとヘイヌーは再びクゥフィアに向き合い、その場で膝を付き頭を垂れた。
それに合わせてか、大氷柱の中からも神の涙の声が、クゥフィアに届く。
「烏滸がましいのは承知、しております。ですが神の子よ。どうか吾等の願い、聞き届けてはいただけませんか?」
「⋯⋯⋯」
どうしたものか、と沈黙した。
外ではゼト達が、連行された自分を案じて懸命に戦ってくれている頃だろう。
だが♧部隊は、特にヘイヌーは、今迄接敵してきたノブデュレスとは違い、欲望に染まった黒い意思をあまり感じない。
純粋に神を信じ、純粋にその使命を果たさんとひたむきに頑張っている、実直な心が何となく見えるのだ。
だからこの場にいる神の涙も、ヘイヌーを信じ、この者に己の運命を委ねている風に見て取れるのだ。
そうした信頼関係を薄々ながらに感じたクゥフィアは、どうせなら時間稼ぎと己のスキルアップも兼ねて、やるだけやってみようかなと少し思案した後に、気持ちを前進させる事にした。
「できるかはわからないけど、とりあえず神聖力でフィアを包んで、氷に流れていってる神力の流れを切ってみるね」
「!⋯あ、有難うございます!」
ヘイヌーの声が明らかに弾んだ。
それにぎこちなく笑いつつ、クゥフィアは大氷柱に近付いて手を触れ、そのまま目を瞑った。
冷たい筈なのに何となく温もりを感じる。
神力が氷の中を血潮の如く巡回している証拠だ。
そこの合間、例えるならば血管の極わずかな隙間を縫うように、自身の神聖力を細く、細く、蜘蛛の糸並の細さで伸ばしていく。
力の流し方は、法力の捻出訓練をする際にゼトから教わっていたので、感覚で把握していた。
それを神聖力の側で応用的に運用してみれば、一瞬のうちにその手応えを掴んだようで、そのまま神の涙に触れる位置まで注入する事に成功する。
⋯⋯そこからクゥフィアは、とても緻密な作業を、長時間強いられる事になるのだった。
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