15限目
『パーツってのはあれだ。部品てことだ』
だろうな。心中でそう返して衣嚢 から鏡を出す。
漆喰を固めたような質感の壁に手をついて、恐る恐るそれを壁の先に差し出す。迷宮の中は罠だらけ……とは言わないけど、もちろんそれなりの数の罠がある。鏡を使うのは基本の基本だ。もっとも基本はあくまで基本だし、完全物理耐性とやらがあるのだからもう少し大胆に動いてもいいのかもしれないけど……これはもう好みだな。俺はこうやって慎重に先を探りながら進むのが好きなんだ。ええと、この角の向こう側はどうなってるかな。
『まあいいや、お前が言いたいことがまとまらないなら、先にオレも確認したいことあるんだが』
(あ、いや、まとまらないけど聞くことはあるな。勇者になり得る素質ってなんだ?)
『おお、丁度その話をしたかったんだ』
そうなのか……ええと、別に角の向こう側には一見何もない。ただ3歩くらいでまた角だ。何かが隠れてて、足音に反応して出てくる可能性だってある。油断は良くない。
いや、でも魔法とかは無いだろうな。今の俺に対して有効な罠ってどんなんだろう?
物理耐性ってことはまあ、殴る蹴るは大丈夫なんだろ? ドラゴンの頭突きでも痛いだけだったし。いや、あれはドラゴンに似せて作られた血の赤い別物だったわけだけど。青い血の本物達相手に有効なのかは結構怪しいものだけど……まあ今ここでそんなものの心配をする方がどうかしてる。
『まあ、改めてオレの機能を説明するぞ? オレの機能はオレの所有者の《覚醒》だ。その能力を引き出す。それも二つの方向にな』
二つの方向? 《覚醒》が二つの方向? うーん。
さて、見えないからといって何も無いとは限らないけど、だからと言って影でも無いものに怯えるのはそれはそれで間違ってるしな。進まなきゃ。
そういえばユーティエは元気かな。補習がまだ終わってないのは確かだけど。
ええと確か呪文は《範囲指定1・威力指定1・特性設定1・属性設定0・射程設定0・ドミナグスパス》。うん? ちょっと威力が上がったか?
『お? お前魔法使えんのか』
「才能無いから射程0以外指定できないけどな。せいぜい格闘戦の補助とか、土壁を掌大に切り取るとかな」
それにしても良く整備された普通の刃物の方が生き物に対しては威力は高い。ちゃんと射程があったら探査魔法とか使えるんだろうけど、こんな場面で俺の選択肢は『切り取った壁の土塊を投げる』という非常に情けないものになる……うん、音を立てても反応は無いな。とりあえず次の角まで走るか。
今威力があがったことを考えると、二つの方向とやらの片方は俺の能力を単純に高めるってことか。それで、もう一つが《完全物理耐性》とか《連結》だとか。そんなかんじなのかな。
でもモディエフは結構普通に俺の様子見に来たんだよな。《癒し手》と《戦士》では補習内容は違うだろうけど、それにしたって全く暇が無いわけじゃ無いだろうに。うん、顔を出しにくいのはわかってるんだけどな。わかってるんだけどさ。心配な気持ちも悟ってほしいっていうか。
『……お前、今なんかすごいことになってるな』
なにが?
はぁ、さすがに女子寮に行くわけにはいかないし、こっちで会わなきゃどうやったって会えないんだよなぁ。
投げた土塊を拾いながら駆ける。曲がり角手前の壁に背をつけて再び耳を澄ます。壁からは変な音はしないみたいだな。運がいいのか悪いのか。迷宮全体の罠の総数は決まってるからな、早いうちに出切ってくれた方がのんびり話をしながら探索できて楽そうなんだけどな。
やばっ、いくらここに生きた害獣がいないからってまともな短剣も棍棒も持ってない。
使いものにならないのわかってるのについつい魔法に頼っちゃうのは、小隊 の中でこう言う小技が使えるのが俺だけだからなんだよな。まあ、オットーやモディエフには子供だまし扱いされるんだけど。
《完全物理耐性》《連結》それが俺の才能? 《連結》は、まあ理解できなくも無い。触らなきゃ魔法の効果が無いってこととなんか関係ありそうだけど、でも《完全物理耐性》なんて人間の持ってていい才能なのか? なんかおかしいような気がするんだけど。
身体能力含めてどこまで上がるのかな、《覚醒》って。っていうか上がるんだよね身体能力? せめてオットーやモディエフと腕相撲でいい勝負ができるくらいに上がってくれれば……いや、せめてっていうか、それはむしろ思いっきり贅沢だよな。それとも魔法が強化される分身体能力は強化されなかったりするのかな。あんまり偽ドラゴンと戦ってる最中は身体能力が上がってる感じしなかったしなぁ。いや、あのときは『完全物理耐性』に食われててちょっとした身体能力の変化とか気にならなかった気もするし。
『いや、お前まじで頭の中すごいな。もうちょっと戦闘中に冷静さを保ったりできれば普通に強くなれるんじゃね』
(意味がわからないけど、とりあえず話進めろよ)
『っああ、そうだな。ええと、いやちょっと待てよ。お前の頭の中が濃すぎてこっちの思考が持ってかれ……あああああああああああ! お前ちょっと落ち着け!』
(落ち着いてると思うけど)
『考えるのやめろ!』
《探索者》に考えるのやめろとか、死ねというのと同じだぞ。さてと、鏡になんか映ってるな。それから、何も映ってない。光を遮断する魔術的な罠ってところかな。こう言うのがあるってことは、魔術的な炎の罠とかもあるだろう。いや待てよ? そもそもこの迷宮自体魔法で形作られてるわけで、ってことはここの物理的に見える罠も実は魔法的な罠なのかな。
『よしよし。オレの声と迷宮の攻略にだけ集中してればいいんだよ』
(はいはい)
『察しがついてるらしいけどちょっと改めるぞ。《覚醒》が効く二つの方向っていうのは、基礎的な能力と隠された能力だな。前者は誰もが持ってて本人が自覚してる基本的な身体能力とかをオレとの相性しだいで底上げする……って言っても、これに関してはあまりあてにすんな。よっぽど相性良くても一割上がればいいほうだし、分解されたからさらに落ちてるんだ』
角灯は持ってきてないし、最善はこの道を行かないこと。次点は慎重に中を探索しながら進むこと。でもここまでの分岐では行き止まり以外は見てないし、慎重も何も探索用の長い棒の一本も持ってない。
ところで、だとしたら魔法の威力が上がってる気がするのはなんでだ。
『お前との相性は最高にいいからな。それ以上にお前が自分の能力を詳細に把握してるからそう感じるってくらいだ。あてにならないから忘れろ。とにかく二つ目、隠された能力のほうな』
(それが《連結》と《完全物理耐性》なんだな)
『これは、オレを手に入れない限り絶対目覚めない能力だ。だから、隠れたもともと持ってる能力というより、オレとの間に新しく生まれる能力だと思ったほうがいいかもな』
(それって、相性がいいほうがいい能力が手に入るってことか?)
『んー……そういうわけでも無い気がする。そうだとしても、前者の相性と後者の相性は別物だ。やっぱり、相性と才能だな。オレにとっては』
まあどこまでいっても死ぬわけじゃ無いし、いっそ駆け抜けてみるか?
いつも読んでくださってありがとうございます。




