11限目
目を留めてくださってありがとうございます。
『まぁ普通の生き物と同じレベルで考えれば確かにそうかもな』
(おい、またわからない言葉が出てきたぞ)
『うぐぐ……いいか? あいつはまだ戦える。それはわかっとけ』
(ほっといたら死んでくれるってことは?)
『ない。まあ、瀕死になると隠れた力が! なんてのはほぼ幻想だからその点だけは安心してろ……おまえさっきやったけど』
(最後聞こえなかったぞ? お前器用だな……頭の中に響く声なのに、聞こえてもなに言ってるかわからないって)
『どうでも良いだろそこは……まああれだ。単にあいつにやる気があるのがオレにはわかるんだよ』
(お前があいつをわかっても、オレがお前をわからないな)
『おっと、そうこう言ってるうちに相手がその気になったみたいだぞ』
(その気……?)
ドラゴンが翼を広げた。一枚と半分弱。意外にも翼膜は無事なようだけど、左の翼が半ばでぼっきり折れていてはたはたと揺れながらぶら下がっている。どう見ても今更飛べるとは思えない。だとすると、最初の一撃を喰らったときみたいにそれで俺を薙ぎ払おうと言うつもりなんだろうか。手足よりは長いし自由に動くだろうけど、今の距離で届くわけがない。
何かをするつもりだ。でも何をするつもりだ? ほんの一瞬緊張で身体がかたくなり、次の瞬間には足が地面を蹴って後ろに飛び退こうとした。
『止まれ!!』
(!?)
剣の叫びに足が止まる。尻餅をつきそうになるのを辛うじてこらえた。だけど体勢が崩れる。これは、ドラゴンが見逃すはずが無い!
そう思った瞬間、ふわりとドラゴンの身体が浮いた。
「は?」
口から言葉にならないような音がぽろりとこぼれる。翼を羽撃かせてはいるけど、いや、おかしいだろそれは。今にももげそうになってるのに、明らかにそのまま浮いてるじゃないか。
こんなのあり得ない。空を飛ぶには翼を使うものだ。どんな翼を持った生き物でもそう、だからグリフォンだってロックチョウだってレッサードラゴンだって、やり合うなら最初に狙うのは翼だ。いや、そんな幻獣の類いなんて歌留多以外で戦ったこと無いけど。
でも、あれだって訓練の一環なんだから、実際に翼を折られて飛ぶなんてことは……其れこそ魔法で空を飛んでいるガーゴイルやなんかじゃないと……魔法? 浮かび上がったドラゴンは浮かび上がったときそのままの姿勢で突っ込んでくる。最初みたいに突撃の姿勢をとることすらしない。つまりあれはそういうふりをしてたってだけで、実は今やってる翼の動き含めて姿勢とかそういうの全然関係なく、其れこそディスケロスの突撃みたいに、全部魔法の力で。
「くそ、ずるいぞ! 翼が折れたら飛べなくなるのがドラゴンだろ!」
逃げ……
『ようとしたらまた怒鳴るぞ?』
「だ、だらぁあああ!」
また頭の中で叫ばれるのも、そのせいで体勢を崩して腹に頭突き喰らって吹っ飛ぶのはごめんだ。とっさに右足を前に踏み出して、腰を落とす。武器で迎撃を、
「がっ!」
頭に、頭に、ドラゴンの頭が……痛い、めっちゃ痛い。
逃げようとした分後手に回ったのか、武器を構えるのが間に合わずにお互いの頭が衝突してしまった。めちゃくちゃ痛い。めちゃくちゃ痛い!
っけど! 跳ね上がった身体を無理矢理立て直す。顔を正面に向けて思い切り睨みつける。
「痛いのはお前もだなッ!」
痛みを感じる姿を擬態する力すら残っていないのか、目の前のドラゴンは浮かび上がったときの姿のまま静止している。だけど痛みを感じるのは知っている……覚えている。それでついさっき地面に叩き落してやったんだから。それに、そうじゃなきゃたかが俺の頭に当たったくらいで今の突進が止まるはずが無い。
っていうかたかが頭がかち合ったくらいで足を止めるなら、なんで突進してきたんだよ。ただ弱みをさらしただけじゃないか、馬鹿め。追いつめられたら、逃げることが許されないなら、後ろに下がることが出来ないなら、俺だって前に出るぞ!
「もういっぱぁつ!!」
三歩前に出てドラゴンの顔を適当に掴む。ぬるっとした感触と尖った感触、多分鼻の穴か上唇だな。確認するより先に頭を振り上げ、掴んだ場所の少し上めがけて、目をつぶって思いっきり振り降ろす。
俺にぶつかったとき響いただろう痛みに、今掴まれたときに《連結》しただろう俺の痛み。そして俺の頭突きによって加算された痛みにさらに俺自身が頭突きの反動で得た痛み。それでも落ちないドラゴンに、俺はもう一発頭突きをぶちかます。なんで頭突きかと言えば、頭に頭突きすれば最低限俺が痛いと思うだけの痛みが相手の頭にも響くからだ。
「まだまだぁ!!」
三度の頭突き。いや、四度、五度。ひたすら数を重ねて行く。俺の狂態に恐れをなしたのかそれとも痛みで動きがとれないのか、ドラゴンは全く動かず俺の頭突きを喰らい続けている。
泥沼。
傍から見たらそうとしか言い様が無いだろう。どこにドラゴンに頭突きしようなんて阿呆がいるのか。平時なら、腹に頭突きするのだってごめん被る。普通に考えれば俺の頭が割れるのが先だろう。だけど今回に限って言えば、俺の額を濡らすのはあくまでドラゴンの頭蓋が叩き割られて流れる血だ。要するに、返り血。
目に入って鬱陶しい。
「いい加減……!」
ふと思いついて剣の柄を口にくわえる。今まで掴んでいた左だけでなく、自由になった右手も使ってドラゴンの顔を掴む。
深呼吸。
「おひほお!!!」
渾身の一撃。閉じたままの目から火花が出るような感覚。頭蓋越しに響く、ぐちゃりと言う音。
足から力が抜ける。膝をつく感触。いや、両手が重力に引きずられる。
目を開ければ、ドラゴンが相変わらずの姿勢で。ただし顔だけは潰れたトマトのように。静かに地面に落ちていた。
「っは……」
口から剣がこぼれる。ついで両手が額を抑えた。特に口にするはずのなかった言葉が、口からほとばしる。
「痛ってぇえええええええええええええええええ! 痛い痛い痛い本気で痛い。言い訳出来ないくらい痛い痛い、どうしようもないくらい痛い、ああ痛い!! 痛い! いったああぁい!」
思わず地面を転げ回っていた。いや、ほんと痛い。剣を手放したとたん傷が開く……なんてことは無かったけど、ドラゴンが地に落ちたせいか緊張の糸が切れたみたいで、とにかく痛い。ひたすら痛い。どうしようもないくらい痛い。ので、遠慮なく転げ回って叫びながら痛みを訴える。別に誰にってことは無い。痛いものは痛いんだからしょうがない。ほんとうにとにかく痛いのだ。
体感で十分くらい転げ回っていたら地面に落ちてた剣が腕に刺さって……というか刺さるように当たってなお痛かった。けどとりあえず気持ちが収まったので拾い上げて立ち上がる。ドラゴンは……やはり動かない。多分死んだのだろう。いや、ドラゴンを模して作られたこれが、死んだと言うのかどうか……壊れたのか? 俺が言うのも変な話しだけど。
「まあ、あれだ。痛みにもがき苦しむことすら出来ない身体ってのも、不便なものだな」
『だせー決め台詞だな』
(……別に決め台詞じゃねーし)
ドラゴンが偽物だった……その伏線を張るのを忘れてたんですよね。
例えばディスケロスの返り血が青かったーとか、ワインのことを『血のように赤い液体』じゃなくて『人や獣の血のように赤い液体』と書くべきだったとか。
全て私の不徳の致すところです。面白くなくて申し訳ない。




