第4話 どうして気になるんだろう
「おはよう、桐谷くん」
「おはよう、水瀬」
翌朝。
教室に入ると、昨日と同じように水瀬が声をかけてきた。
「今日も眠そう」
「昨日はちゃんと寝たぞ」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ、まだ眠そうなのはいつものことなんだ」
「……ひどくない?」
水瀬が小さく笑う。
最近、水瀬はよく笑うようになった気がする。
最初はクールで近寄りがたい印象だった。
でも、こうして話していると、意外とよく笑うし、冗談も言う。
「そういえば、昨日の帰り」
「ん?」
「楽しかった」
「……俺も」
「じゃあ、今日も一緒に帰ろう」
「いいよ」
そんな会話をしていると――。
「直人」
後ろから声がした。
振り返る。
そこには美咲が立っていた。
「おはよう」
「おはよう、美咲」
「……昨日、水瀬さんと一緒に帰ったんだよね?」
「うん」
水瀬が答えた。
美咲の視線が一瞬、水瀬へ向く。
「そっか」
それだけ言うと、美咲は自分の席へ戻っていった。
「……」
なんだ?
少しだけ、いつもと違う気がした。
「桐谷くん」
「ん?」
「幼馴染の人、怒ってるのかな」
「美咲が?」
「うん」
「まさか」
俺は笑った。
「昨日までと何も変わらないだろ」
「……そうかな」
水瀬は少しだけ複雑そうな顔をしていた。
「何か気になる?」
「ううん」
「ならいいけど」
その日の昼休み。
俺が弁当を広げていると、水瀬がいつものように前の席へやってきた。
「今日も一緒に食べる?」
「ああ」
「やった」
「そんなに嬉しい?」
「うん」
即答だった。
「……変なの」
「変じゃないよ」
水瀬は笑いながら弁当を開く。
俺も弁当を食べ始める。
すると――。
「直人」
また美咲だった。
「どうした?」
「今日、一緒に食べない?」
「え?」
思わず水瀬を見る。
水瀬も美咲を見ていた。
「……」
少しだけ空気が変わる。
「いつも一緒に食べてたじゃん」
美咲がそう言った。
確かに。
高校に入ってからも、時々一緒に昼飯を食べていた。
でも、昨日から俺たちは――。
「ごめん。今日は水瀬と食べる約束してるから」
「……そっか」
美咲が小さく笑った。
「じゃあ、また今度ね」
「ああ」
美咲が離れていく。
その背中を見ながら、俺は少しだけ胸が痛くなった。
「……桐谷くん」
「ん?」
「ごめん」
「何が?」
「私がいるせいで」
「別に水瀬のせいじゃないだろ」
「でも……」
「俺が自分で決めたことだから」
「……そっか」
水瀬はそれ以上何も言わなかった。
その頃。
自分の席に戻った美咲は、弁当箱を開いたまま、ほとんど箸を動かしていなかった。
「……なんで」
昨日までなら。
直人と昼飯を食べるのは当たり前だった。
放課後に一緒に帰るのも当たり前。
何かあれば最初に話すのも直人。
それが普通だった。
なのに。
今は、その場所に別の女の子がいる。
「……嫌だな」
小さく呟く。
自分でも驚いた。
昨日、直人が水瀬と一緒に帰っているのを見たときもそうだった。
胸の奥がざわざわした。
そして今日も。
水瀬と楽しそうに話している直人を見ると、落ち着かない。
「私……」
美咲は胸元に手を当てた。
ドクン。
心臓が強く鳴る。
「……直人を取られたくないの?」
その言葉を口にした瞬間。
美咲の頬が熱くなった。
「……違う」
すぐに否定する。
「直人は幼馴染だから」
そう。
幼馴染だから気になるだけ。
ずっと一緒だったから。
急に距離ができるのが嫌なだけ。
きっと、そうだ。
「……そうだよね」
自分に言い聞かせるように呟く。
けれど――。
窓際の席。
水瀬と話しながら笑っている直人を見た瞬間。
また胸が痛くなった。
「……どうして気になるんだろう」
その答えを。
美咲はまだ知らなかった。




