隣にいるのは、私じゃない
放課後。
校門を出た俺の隣には、水瀬梓が歩いている。
普段なら一人で帰る道。
それなのに今日は、隣に学校で一番有名な美少女がいる。
「……なんか変な感じだな」
「何が?」
「水瀬と二人で帰ってること」
「私も」
「水瀬も?」
「うん。桐谷くんとこうやって話すの、今まであまりなかったから」
「確かに」
同じクラスになって半年以上。
それでも、ほとんど話したことがなかった。
席替えで隣になった。
それだけのことなのに。
こうして一緒に歩いていると、少し不思議な気分になる。
「……昨日のこと」
「昨日?」
「幼馴染の人」
足が止まりそうになった。
「……聞いたの?」
「少しだけ」
「そっか」
昨日の放課後。
教室で美咲に告白した。
そのことを誰かに話した覚えはない。
けれど、誰かが見ていたのかもしれない。
「ごめん。聞くつもりはなかった」
「別にいいよ」
「……振られたんだよね」
「ああ」
「辛かった?」
「まあ……十年間好きだったから」
正直に答える。
「でも、仕方ないよ」
「どうして?」
「好きになる気持ちは、無理やり変えられないだろ?」
美咲が俺を好きじゃなかった。
ただ、それだけのこと。
だから責めるつもりはない。
「……優しいね」
「そうかな」
「うん」
水瀬は前を向いたまま言った。
「普通なら、振った相手を嫌いになる人もいると思う」
「俺も一瞬、そうなりかけたよ」
「え?」
「でも、今まで一緒にいた時間まで嫌いにはなれないから」
美咲と過ごした十年間。
楽しかった思い出はたくさんある。
だから、それまで否定したくなかった。
「……そっか」
水瀬が小さく笑う。
「何?」
「ううん」
「絶対何かあるだろ」
「秘密」
「なんだそれ」
思わず笑ってしまう。
すると水瀬も笑った。
「……桐谷くんって、ちゃんと笑うんだね」
「失礼だな」
「昨日はずっと暗い顔してたから」
「昨日は仕方ないだろ」
「うん」
しばらく歩く。
夕焼けに染まった道。
隣には水瀬。
昨日までなら考えもしなかった光景だ。
「ねえ、桐谷くん」
「ん?」
「明日も一緒に帰らない?」
「……明日も?」
「嫌?」
「いや、嫌じゃないけど」
「じゃあ決まり」
水瀬は嬉しそうに笑った。
「……なんで俺なんかと?」
思わず聞いてしまう。
水瀬なら、もっと一緒に帰りたい男子なんているだろう。
なのに、どうして俺なんだ。
「それは……」
水瀬が少し黙る。
「桐谷くんといると、落ち着くから」
「……そう?」
「うん」
それだけ言って、水瀬は前を向いた。
耳が少し赤くなっているように見えた。
でも、夕日のせいだろう。
俺はそう思った。
――翌朝。
教室に入ると、水瀬が俺の席の横に立っていた。
「おはよう、桐谷くん」
「おはよう」
「今日も一緒に帰ろうね」
「ああ」
その会話を、少し離れたところから見ている少女がいた。
美咲だった。
「……直人」
小さく呟く。
昨日まで、いつも自分の隣にいた幼馴染。
朝、教室に来れば「おはよう」と声をかけてくれた。
休み時間になれば、くだらない話をして。
放課後になれば、当然のように一緒に帰った。
それが当たり前だった。
ずっと。
だから――。
自分ではない女の子と、直人が楽しそうに話している。
その光景が、なぜか気になった。
「……なんで?」
胸の奥が、ざわつく。
昨日、自分で直人の告白を断った。
幼馴染として大切だから。
恋愛対象として見られなかったから。
それだけのはずだった。
なのに。
「……なんか、嫌だ」
自分でも驚くほど小さな声が漏れた。
直人が他の女の子と一緒にいる。
ただ、それだけなのに。
胸が苦しい。
「……私、どうしたんだろ」
美咲は自分の胸元に手を当てる。
まだ、この気持ちが何なのか。
本人にも分かっていなかった。
ただ一つだけ。
昨日まで当たり前だったものが、少しずつ自分の手から離れていくような気がしていた。




