第2話 隣の席の美少女
翌朝。
「……眠い」
昨日なかなか眠れなかったせいで、目が重い。
美咲に告白して、振られた。
頭ではもう受け入れたつもりだった。
それでも十年間好きだった相手だ。
一晩寝れば忘れられるほど、簡単な気持ちじゃない。
「おはよ、直人」
教室に入ると、美咲がいつも通り声をかけてきた。
「おはよう」
「……なんか元気ない?」
「寝不足なだけ」
「そっか」
美咲は少し心配そうに俺を見る。
昨日のことがあったから、気を遣っているのかもしれない。
「じゃあ、また後でね」
「ああ」
美咲が自分の席へ戻っていく。
俺も席に座った。
そして始業のチャイムが鳴る。
担任が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。
「そういえば、今日から席替えするぞ」
「マジか!」
「先生、くじ引き?」
「男女別?」
教室が一気に騒がしくなる。
席替え。
普段なら、それほど気にすることでもない。
だけど今回は――。
「……お」
自分の新しい席を確認して、少し驚いた。
窓側の後ろから二番目。
そして隣の席には――。
「水瀬?」
「……よろしく」
学校で有名な美少女、水瀬梓が座っていた。
長い黒髪。
整った顔立ち。
大人しくて、少し近寄りがたい雰囲気。
男子から告白されたという話も何度か聞いたことがある。
そんな水瀬が、俺の隣に座っている。
「よろしく」
「うん」
短いやり取り。
それだけだった。
授業が始まる。
俺は黒板を眺めながら、必死に眠気と戦っていた。
すると――。
「……桐谷くん」
「ん?」
小さな声が隣から聞こえた。
「昨日、何かあった?」
「……え?」
水瀬がこちらを見ていた。
「昨日?」
「うん」
「別に何も」
「……嘘」
「え?」
「目、赤いから」
思わず目を逸らした。
「寝不足なだけ」
「そう」
水瀬はそれ以上聞かなかった。
けれど、しばらくすると小さく呟いた。
「……泣いた?」
「……」
図星だった。
昨日の夜、一人になったあと。
ほんの少しだけ泣いた。
誰にも見られていないと思っていた。
「泣いてない」
「そう?」
「ああ」
水瀬は俺の顔をじっと見つめる。
そして――。
「じゃあ、そういうことにしておく」
ほんの少しだけ笑った。
「……」
その笑顔に、思わず見入ってしまう。
「どうしたの?」
「いや……」
「?」
「水瀬って、笑うんだなと思って」
「……失礼」
「ごめん」
水瀬は頬を少し膨らませた。
学校ではクールだと思っていた。
でも、意外と普通の女の子なのかもしれない。
そして昼休み。
俺が一人で弁当を食べていると、水瀬がこちらを向いた。
「桐谷くん」
「ん?」
「一緒に食べてもいい?」
「俺と?」
「嫌?」
「いや、全然」
水瀬が俺の前の席を借りて座る。
「いただきます」
「いただきます」
二人で弁当を食べる。
特に会話はない。
それでも、不思議と気まずくなかった。
「……美味しそう」
「水瀬のも美味しそうだけど」
「一口交換する?」
「え?」
「嫌ならいいけど」
「いや、いいけど……」
俺たちは弁当のおかずを一つずつ交換した。
そんな些細なことなのに。
昨日までとは違う時間が流れているような気がした。
そして放課後。
帰る準備をしていると、水瀬が俺の机の横に立った。
「桐谷くん」
「どうした?」
「今日……一緒に帰らない?」
「俺と?」
「うん」
昨日、美咲に振られたばかりの俺。
そして今日。
学校で一番と言われる美少女から、一緒に帰ろうと誘われた。
理由なんて、まだ分からない。
ただ――。
「……分かった」
「よかった」
水瀬は嬉しそうに笑った。
俺はまだ知らなかった。
この帰り道から。
俺と水瀬梓の距離が、少しずつ変わっていくことを。




