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リューイの冒険2

リューイは横にいるダントンを見た。

「……管理官?」

ダントンは目と口を大きく開いたまま固まっていた。

瞳孔が広がり、呼吸が浅くなっている。

「管理官、どうしたッス?」

呼びかけにも、ぴくりともしない。


「ミハイ先輩!管理官が……、先輩?」

異常事態を報告しようと振り返った先にいたミハイは更に、異常な様子だった。

普段糸のように細い目をカッと限界まで見開いている。体はがたがたと傍目に見てわかるほどに震えていた。

ミハイが乗った馬が、困惑したようにぶるるると口を震わす。


「管理官?ミハイ先輩?……ルイスくんは!?」

リューイは少し離れたところにいるルイスを見た。

こっちは異常な様子はなく、どうしました?と問う顔をしていた。


─なにが起きてる……?


もう一度リューイはダントンとミハイを見て、その視線の先を繋ぐ。

そこには、地面から立ち上がって膝を払う女の子がいた。

今しがた、村人らしからぬ挨拶を述べた子だ。

彼女はリューイを困ったように見て、首を傾げた。


「わたしの妹が何かご無礼を?」

「……あ」

リューイはやっと、自分の腕の中の娘の存在を思い出す。

娘は「姉ちゃ」と子どもに向かって手を伸ばしていた。

「いいや、道案内をしてもらっただけ」

リューイは娘の脇の下を持つと、子どもの前に降ろしてやる。

娘は子どもにぎゅっと抱きつき、子どもはぽんぽんと宥めるように背中を叩いた。

背の丈は子どもの方が頭ひとつほど低い。

けれど子どもの方が姉なのだとわかった。


「──おお」

声が聞こえて、リューイはハッと振り向いた。

ダントンが、今夢から覚めた、という顔をしていた。

「絶世の美女じゃ!絶世の美女がおったぞ!」

「はい?管理官?」


ダントンはもたもたと馬から降りると、子どもに近づいた。

「お主こそ、城主アヒム様お求めの絶世の美女じゃ!名は?」

子どもはそっと自分に抱きつく妹を引き離すと、にこりと笑った。

「カナと申します。お役人様」

「カナ!カナ!覚えたぞ。なんとお主にぴったりのかわゆい名前であろうか!」

カナという名前の子どもは、口を小さな手で押さえ、うふふと子どもらしからぬ笑い方をした。

「さぞ遠くからおいででしょう?よろしければ拙宅で寛がれませんか?」

何だか小難しい言い方だが、たぶん、家に来ませんかと言っている。


──これ、ついて行っていいのか?護衛として止めるべき?

リューイは迷う。

なにが起きているのかまるでわからないけど、なにか異常だ。


「管理官、ちょ…」

「もちろん行くぞ!」

ダントンは叫ぶ。鼻でふんーふんーと息をしながら。

「ミハイ先輩、止めた方が…」

ミハイはまだぶるぶる震えていた。

力が入りすぎているのか、こめかみに血管が浮いていて怖い。


ルイスだけが、厳しい目でカナを見ていた。

ダントン一行の中で、リューイとこの異様な感覚を共有しているのはルイスだけらしいとわかった。



※※※※



「絶世の美女、ですか」

カナはダントンに茶を供すると、自分も一口こくりと飲んだ。

銀の燭台に灯る蝋燭の火がゆらゆら揺れる。


──いったいどこのお偉いさんの家だ?

家自体は木でできたあばら家だ。あちこち板をつぎはぎした跡がある。

けれど家の中の調度ときたら、リューイは身を置いたこともない豪華さ。

──どこかの金持ちの娘が、なんかの事情で村に隠れ住んでるとか?


「可愛いとはよく言われるんですけど、美女だなんてー、うふ」

カナは頬に手を当てて、いたずらっぽく笑った。

それを見たミハイの肩がびくりと上下する。

ダントンは茶に口もつけず、ぎゅむっとテーブルに身を乗り出した。

「お主は確かにかわゆい!かわゆいが美女なのじゃ〜」

「えー、そうですか?」

きゃらきゃらと、ちょっとこれまで聞いたことのない笑い声でカナは笑う。

「儂の目にはどこの誰よりも輝いて見えておる!なんとお主はかわゆく美しいのだ、カナや〜」

「褒めすぎですよ、お役人様ってばー」

「ダントンと呼びなさい、儂の妖精ちゃんや」

「はぁい、ダントンさま!」


──管理官、キモい。いやいや、これ絶対変だろ


リューイとミハイは護衛なので、席にはつかず、ダントンの後ろに並んで立っている。

リューイは遠慮なく、カナの顔を真正面から観察した。

ころころ変わる表情は、確かに可愛く見える瞬間もあるが、目を奪われるほどでもない。


隣に立つミハイは、カナの表情のひとつひとつにぴくりぴくりと反応している。

万が一、今ダントンが襲われても護衛の務めは果たせなさそうだ。

あの子どもの何が、ダントンとミハイをおかしくしているのか。

リューイには見えない何かを見ているのか。


──魔女


その単語が頭に浮かぶ。

ゾクゾクと体の内側から震えが起こる。


──マジで?そんなの楽しすぎるだろ


「ペレシュク城。素敵なお城なんでしょうね」

「もちろんじゃ。丘の上にそびえる堅牢な城でな、城市十万の民をその威厳で守っておるのじゃ」

「ちょっと怖そう……?」

「怖くなんぞないぞ、この儂が一緒なのだからな。はっはっはっ」

カナはふふふと笑う。

「いいんですか、本当に?わたしのような者がお城に行っても?」

それはただの確認のようにも、なにか含みがあるようにも聞こえた。

「もっちろんじゃ。お主は儂が見出した絶世の美女なのだから!」


─いやいや。せめて素性とか確認しなくていいの……?

カナという子は明らかにただの村人ではないのに。ダントンは気づかないのだろうか?


「はい、ちょっとカナ…ちゃんに、質問していいッスか」

リューイは挙手した。


「なんだ、リューイ!たかが護衛が僭越だぞ」

「護衛するのに、聞いとかなきゃいけないこともあるッスよ!」

例えば…と、リューイはカナの方に視線を向けた。

「カナちゃんはダントン管理官がお役人様だって、すぐわかったよね、どうして?」

「服装でわかりました」

カナはあっさりと答えた。

なぜそんなことを聞くんだろう、というようにリューイを見る。


「服装かぁ。でも他の村の人は、『お役人様ってなに?』って言ってたよ?この村に役人は来た事がないんじゃない?カナちゃんはどこでお役人様の服装なんて見たの?」

そう問うと、カナは目を大きくした。

「そう、ですね……、どこだったかな?」

カナは言葉を濁した。

……つまり村の外ってことかな?

リューイは頷く。


「そう言えばぁ、カナちゃんの言葉って他の村の人たちと違うよね、どうして?」

「それは、……教わったんです」

「誰に?」

「誰……、ええっと」

カナは言葉を探している。

どうもリューイの質問はカナを困らせるもののようだ。

リューイは少し楽しくなってきた。

「ね、俺、カナちゃんがなんだか村の中で特別な子に見えるんだ」

「そう……」

「カナちゃんはもしかして、この村の生まれじゃないんじゃない!?」

ずばりと聞いた。


「リューイ!そのどこが、護衛に必要なことなのだ!」

ダントンが怒鳴った。

「え〜?大事な情報ッスよ」

リューイは唇を尖らせて言い返した。

「カナちゃんのこと、ちゃんと知っとかないと……」


ぷぷぷ

吹き出すような声が聞こえた。

くすくす、きゃーらきゃらきゃら!

「リューイさんっておもしろーい!」

カナが耐えられないというように笑った。

「好奇心で溢れてるんですね!冒険好きの男の子みたい!」

「へ」

リューイは変な顔になった。

冒険好きな子ども。まんま自分がそれだという自覚がある。


カナは自分の胸を手で指した。

「間違いなくわたしはこの村の生まれですよ。父も母もこの村の者。さっき会った妹も実の妹です」

「!」

きっぱり宣言された。

嘘のようには聞こえない。

「でも!」

「もしわたしが、みんなと違って見えるとしたら…」

「……したら?」

「旅をしていたからかも?」

「旅ぃ!?」

思わず、リューイは前のめりになった。


「旅をしていれば、各地のお役人様にも会うし、言葉も変わりますから」

「いやいやいや、待って待って」

リューイは額を押さえた。

「え?旅ってなに?農民が旅?君みたいな子どもがどうして?」

疑問が多すぎて質問がまとまらないリューイをくすくすとカナは笑う。

「旅のお話、聞きたいです?」

カナの細められた目がきらりと光った。

「……聞きたい!」

「ふふ、じゃあ少しづつお話しようかな。今はひとつだけ…」

「なになに?」

「わたしはこう見えても、大人です!」

リューイはきょとんとした。


─大人?



「リューイ…、この愚か者をどうしてくれよう…」

地の底から聞こえてくるような低い声にリューイは飛び上がった。


ダントンとミハイが、リューイを睨みつけていた。いや、睨みつけるなんてかわいいものじゃない。

目の中にメラメラ燃える怒りの炎が見えるようだ。


「え、なんで怒ってるんスか?え、だってみんな知りたいスよね?え?」


部屋の隅で話を聞いていたルイスは、大きくため息をついた。



※※※



出立は明日早朝。

まずはローリントンの町へ向かう。


カナの“後見人”がローリントンの町にいるのだという。

ローリントンはリューイたちは今朝出立してきた町。

場所的に必ず通る町であり、ならば後見人とやらに挨拶してこよう、そう決まった。


となれば、今夜はこの村に一泊しなければいけない。

案内された家は、カナの家のすぐ裏。

長いこと空き家だったらしいが、家の中はカナの家と同じような調度が置かれていた。

「うふふふ〜、いざという時の為に用意していた、わたしの秘密基地なのです〜」

カナは人差し指を唇に当てて言った。

秘密基地!なんて男心をくすぐる響き。

いざという時がどんな時なのか、リューイは想像が止まらない。



ザン、ザン、ザク

上から突き落とされる刃の突きを、リューイは床を転げ回って逃げる。

「ひゃっ、ひゃっ、も、先輩っ、勘弁!勘弁してっ」

「こんの痴れ者が!よくも儂のかわゆい妖精ちゃんを、あのように虐めてくれたな、処刑だ!ミハイ処刑しろ!」

「いっ、虐めて、ないッスよぉ」

無言で剣の切っ先を突き落としてくるミハイは本気だ。目がいっちゃってる。


カナが魔女で、ダントンとミハイにおかしな術をかけたとして。

カナが見えなくなればふたりは元に戻るのでは。

そう考えたりしたリューイだが、駄目だった。

─そもそも、普通じゃないから魔女とかな。ちょっと安直すぎだよなぁ


「そろそろお食事をいただきませんか?」

素晴らしいタイミングで、優秀な従僕くんの声がかかる。

村人たちが運んできた食事をルイスはテーブルにセッティングしてくれていた。


湯気の立つ乳白色のスープ。緑の粒の混ぜ込まれたパン、チーズにパテ。

「案外、まともなもん出てきたッスね〜」

命からがらテーブルにたどり着いたリューイは手を打った。


早速席につき食べてみると、スープには肉が入っているし、パンはどっしりしている。

リューイが普段食べているものより豪華かもしれない。農奴の村なのに。

「ふむ、これはカナへの貢物かもしれんな」

ダントンがスープを飲みながら言う。

「貢物?」

「忘れたのか。城主(アヒム)様お求めの“絶世の美女”はあらゆる男を虜にし、貢物を持った従者の列が山を越える、と」

「ああ、そんな話だったスねぇ」


あれこれあってすっかり頭から抜け落ちていたが。

リューイたちはペレシュク城の主から“噂に聞こえる絶世の美女”を連れて来いと命じられていたのだ。

別に綺麗な姉ちゃんを適当に連れて来いと言われたわけではない。

「……カナちゃんは、城主様の言う絶世の美女なんスか?どこにも貢物の列、見えないんスけど」

「たわけ」

ダントンは鼻で笑った。

「この燭台が、この絨毯が、この調度全てが貢物であろうが。どれもこんな田舎で賄えるものではないわい」

「……なるほどっスねぇ」


カナの家があんまりにも金持ち風だったから、

実は偉い家の隠し子なのでは、なんてリューイは想像したけど、実はカナの虜になった男たちからの貢物だったかもしれない。


カナの前に、キンキラキンの金持ちの男らが並び、美辞麗句を述べながらあれやこれやの家具を置いていく。

カナは椅子の上からそれを見下ろし、きゃらきゃらと笑う。

そんな光景を頭に浮かべて、リューイは吹き出した。

そして3人から気違いを見る目で見られた。


「ちょっと外へ出てくるッス!」

リューイは空っぽの皿の前で立ち上がった。

「は?どこへ」

「せっかく初めてきた村ッスから〜、探検!」

「待て、お前は護衛だろうが!護衛というのは……」

ダントンの声を適当に聞き流し、リューイは家を飛び出した。

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