リューイの冒険1
「リューイ」
「リューイ!」
「……〜っ、リューイぃぃ!!!」
夏山に、老人の怒鳴り声が木霊した。
「はぁ〜い!なんっスかぁ、ダントン管理官」
リューイは愛馬の鞍の上に2本の足で立ち、片手に手綱を握り、片手を大きく後方に向けて振った。
「こんの愚か者!戻ってこんかーいっ!」
老人の喉の限界を思わせる声だ。
「え〜?……了解ッスよぉっと」
山から吹き降りてくる風や匂いを楽しんでいたリューイは、残念そうな顔をしながらも、素直に馬首を翻す。
赤い髪とマントが大きく翻る。
ストンと鞍に尻を落とすと、小さく見えるみっつの人影に一気に迫った。
「お主はっ!儂の護衛という自覚があるのか!?」
ダントンは顔を真っ赤にしてお怒りモードだ。
と言ってもこの御仁、怒っていない方が珍しい。
リューイはばっと大きく両腕を広げた。
「ダントン管理官、見てくださいよ。人の影も獣の影もない。怪しい人家も崩れそうな岩山もない。空は見渡す限りの青。河は穏やかに流れ、山は左右にそびえ、鳥は歌い、我々の前を遮るものはなにもない」
歌うように言う。
「護衛する意味あるッスか?」
「意味が無くとも、護衛をするのが護衛であろうが!」
「え〜?管理官。もっと力を抜くとこは抜いてかないと、疲れちゃうッスよ〜」
ダントンはぶるぶると体を震わせた。
「……リューイ。お主、儂の護衛任務がしたいと自ら志願したのではなかったのか?」
リューイははぁいと手を上げた。
「そうなんス!もう兵士訓練の毎日は飽き飽きで。城市町から離れたとこに行ってみたいなぁって。管理官、俺をここまで連れてきてくれて感謝してるッスよぉ」
ダントンの血管がぶちりと切れた。
「ミハイっ、このうつけものを切れ!」
「はっ」
途端、銀の煌めきがリューイの頭上を裂いた。
「!……あっぶねっ」
咄嗟に頭を下げて、死の危険からかろうじて逃れる。
そのまま馬を駆けさせてその場から距離を取ると、リューイは動悸の止まらない心の臓を押さえて、抜き身の剣を構える先輩兵士を見た。
「ミハイ先輩、その、躊躇なく殺しにくるの、やめてくださいよぉ」
「ダントン様の命令だ、切る」
ミハイは無表情で淡々と言う。
「ひぅぅぅ」
リューイは情けなく頭を抱えた。
「あ、あれ。向こうに集落らしきものが見えます」
透き通るような声が言った。
「あれが目的の村ではありませんか?……ダントン様、早く参りましょう」
小柄な金髪の少年ルイス。
こういうリューイのピンチの時、さりげなく話をそらしてくれる優秀なダントンの従僕くんである。
「おお、とうとう着いたか!ふん、こんな馬鹿者に構ってられん。参るぞ、ミハイ」
「はっ」
ダントンとミハイがルイスの指差す方向へ馬を進める。
その後ろを静かにルイスが付いていく。
「ルイスくん。感謝……」
命を救われたリューイがルイスに手を合わせた。
「ちゃんと仕事はした方がいいですよ」
ルイスはつんとして言い、背を向ける。
リューイは悲しい目で3人の同行者たちの背中を追い、ぷるぷると頭を振った。
重なり合う山の合間に見える、ぼやけた集落に目を向ける。
「あそこが、ふたつ山の村か、へぇ」
生まれ育った城市町を出立して、5日。
とうとうたどり着いた。
「わっくわくしたいなぁ!」
リューイはえいっと馬の手綱をひいた。
※※※
この初夏の頃、陽は長い時間をかけて白んでいく。
うっすら青い空の下、穂たなびくライ麦畑が山のふもとまで広がり、畑の向こうには人家が固まって建っているのが見えた。
畑のあちこちで人の頭が蠢いている。
畑の中の道へ馬の歩を進めると、音に気づいた村人たちが次々と頭をあげる。
そしてそのまま凍りついたように固まった。
「あ、なぁーんか、嫌な感じ」
リューイは鼻に皺を寄せた。
襤褸を着て、痩せこけた小汚い農奴たちだ。
彼らはなにも言わず、動かず、けれどじっとりと検分する目だけが、こちらを追っている。
まるで初めて目にする珍獣が次にどう動くか目を離すまい、というような。
「なんという陰気な村人たちじゃ」
ダントンが嫌悪を込めた声で吐き捨てる。
「……彼らはダントン様が偉い方だと見てわからないようですね。…農奴というのはこういうものなのでしょうか」
ルイスは眉を顰める。
「ダントン管理官。それでこれからどうするんスか?」
リューイは尋ねた。
「どうする?“絶世の美女”を探すに決まっとろう」
ダントンがじろりとリューイを見た。
“絶世の美女”
それがリューイたちがこんな山の間の村までやって来た理由である。
「それはわかってるっスけど、どうやって探すのかなって」
「どうやって?……そんなこと儂が知るか!」
ずるっとリューイは馬から落ちそうになった。
「管理官が知らなかったら、誰が知ってるんスか!?」
「何故儂が、そんな些末なことを知らねばならん!……ミハイ!」
「はっ」
「どうやって“絶世の美女”を探すのだ!?」
リューイもミハイも、ダントンという高官役人につけられた護衛兵士に過ぎない。
兵士の仕事とは基本肉体労働。上官の指令に従って動く。
ところがこのお役人様は指令の内容を護衛に決めさせようと言うらしい。
命令には従うものと信じて疑わないミハイは、ダントンの問いになんとか答えをひねくり出した。
「村人たちを全員1列に並べるのは。城主様がお求めになるほどの美女、すぐにわかるのではありませんか」
──1列に並べるって……兵士の服装チェックじゃあるまいし
リューイは思ったが、ダントンは重々しく頷いた。
「リューイ、村人どもを並べろ」
「えええ!?俺っスかぁ?」
リューイは畑のあちこちで暗い目を向けてくる村人たちを見た。
素直に並んでくれる気は全くしない。
──さあ、どうすっかなぁ……
リューイが思案した時、ひとりの青年がリューイたちの前に立ち塞がった。
他の村人たちと同じ汚らしい格好だが、背格好はたくましく背はのび、なにより目には生気が宿っている。
「おめぇら、なんなんかね」
それはひどい訛りのある言葉だった。
けれど、とりあえず話せそうな奴が出てきた。助かった。そうリューイは思った。
「俺らはペレシュク城城主様の使いの者だ。俺は兵士のリューイ。こっちにいるのは城の上級管理官、ダントン殿」
まずは礼儀を示そうと、リューイは名乗った。
ちらりとダントンを見るとふいと目をそらされる。
農奴如きの相手はお前がやれということらしい。
青年はひどく困った顔になった。
「すまんだけん、なんちゅっとんかわからん」
リューイのせっかくの挨拶は伝わらなかったらしい。
「あー、つまり。俺らは、城から来た、お役人様の一行ってこと。わかる?」
「……シロ?……オヤクニン?なんのこっちゃ」
さすがにリューイは仰天した。
──マジかよ!?城も役人もわからないって、そんなことある?ここは世界から切り離された地なのか?
役人を知らない。すなわちリューイの常識の通じないところだ、ここは。
そう察すると、知らずリューイの口元に笑みが浮かんだ。
さあ、どうする。
と、つんつんと青年の服を引っ張る娘がいた。
娘は青年に向かって言う。
「こん人ら、姉ちゃの知り合いじゃねぇかね?」
──アネチャ?アネチャって名前か?それとも姉ちゃんのこと?
「ミィナ、黙りぃ!」
青年が鋭く言い、娘は驚いたように自分の口を押さえた。
へぇ、とリューイはにたりとした。
リューイはくっと鐙に体重をかけるとばっと飛んで、娘の元にすたっと着地した。
「娘さん、かわいいね」
これはリューイ式この世全ての女への挨拶である。
娘はびっくりして固まり、大きな目が落ちそうである。
──この娘、ちょっと綺麗にして、化粧すれば化けるかもな
リューイは一瞬で検分した。
…もちろん絶世の美女になり得る程ではない。
「ね、アネチャんって誰?君よりかわいいの?」
娘に顔を近づけ、尋ねる。
「……な、な」
「ね、アネチャんのところに連れて行ってよ」
戸惑うばかりの娘を脇に抱えると、ひらりと馬に乗り上げた。
「ミィナ!ミィナになにすんさ」
青年が娘を取り戻そうと、馬に飛びかかってくるのを片足一本で止めた。
「アネチャんのところに案内してもらうだけ。傷つけたりはしないよ」
「……っ」
青年は娘とリューイを交互に見ると、
「誰か、カ……彼女に知らせに行きぃ!」と鋭い声で叫んだ。
その瞬間、畑にいた幾人かが同じ方向に走る。
リューイはぴゅ〜と口笛を吹いた。
この青年はリューイよりも年下に見えるけど、この村の司令官だ。
──農奴にも司令官がいるとは思わなかったな
「あんた名前は?」
「………ロイドだがー」
青年はリューイを燃えるような目で見て名乗った。
※※※
「お主はなんだ?誘拐魔か?」
リューイの華麗な手口をそう評したのはダントンである。
「誘拐なんてしてないっしょ!村人全員を並べるよりも、温厚な手ッスから」
“絶世の美女”についてひとつも手がかりがないなら、引っかかりを感じた部分を掘るべきである。
もたもた村人全員を当たっていたら、苛立ったダントンの命令でミハイが村を血の海にしかねない……
娘は馬の上でぴるぴる震えている。
小鳥みたいな子だな、とリューイは思う。
「驚かせてごめんねー。痛いことしないよー」
できる限りの優しい声をかけ、ロイドという青年を見る。
彼はリューイの馬の横に並んで歩きながら、ちらちらと娘を気遣うような目を向ける。
そして家が立ち並ぶ方へリューイたちを案内した。
「もしかして、このかわいい子は妹さん?」
「……そのうち、嫁さんになる、かもしれん」
恋人だったらしい。
家が立ち並ぶ一角に足を踏み入れた時、前方から数人の男らが息せき切って走ってきた。
さっきロイドの指示で畑から走っていった男らだ、とリューイは察する。
「ロイド、連れてきたがー」
「……連れて来たん!?」
ロイドはぴたりと歩を止め、リューイたちも馬の歩を止めた。
「姉ちゃ」
娘が掠れた小さい声をあげる。
──アネチャん、どこだ?
見ると、男のひとりが子どもを背負っていた。
たぶん10歳前くらいの女の子だ。
子どもは丁寧に背から降ろされると、地にちょんと立つ。
ゾクッ
リューイの背を悪寒のようなものが走った。
──なんだ?
一瞬、この場にいる全員が消えて、その子どもだけが浮かび上がったような気がした。
─いや、違う。ただの子どもだ。
他の村人たちと変わらない汚らしい格好。
なのに、なにか違う。
ふっくらした頬?大きな目?
この村の中では、一等に可愛い女の子かもしれない。
けど城市町から来たリューイにはちょっぴり可愛い、くらいにしか見えない。
なのに、なぜだろう。
リューイの心の臓がどくどくしている。
この女の子が、特別な子に見える。
子どもはリューイたちをあからさまに見上げたりはしなかった。
静かな佇まいのまますすっと前に進むと、ダントンの前に両膝をついた。
「ようこそ、この鄙びた村へおいでくださいました。お役人様」
子どもの高い声がそう述べた。
そして子どもが顔を上げる。
その瞳が陽の光を弾いて強く光った、気がした。
後ろでひゅっと息を吸い込む音がした。
やっと旅立ちの章です。
引き続きよろしくお願いします!




