ミィナの姉7
「わい、村から出ていきたくねぇ。姉ちゃだけで行って」
可愛い妹の無慈悲な言葉に、カナは愕然とし、それから頭を抱えた。
食料庫が燃えてから5日ほど過ぎた日のこと。
村に残った食料は、村のみんなが10日間食べられるくらいの量だったそうだ。
山狩組は雪の山に入った。
食べられそうな草や根を探しに、村の外へ出かけていったチームもある。
大竈はほとんど水みたいな粥を皆に配っている。
村の子どもたちがどんどん元気を無くしていっているのがわかる。
けれど飯なしを経験したミィナには、これでも立派な飯だと思えるのだ。
「ミィナ、ちっと水汲んできとくれな」
「ん」
「まだ右手は使うなて姉ちゃが言っとったんろ?バケツ1個で行きな」
「ん」
ミィナが空っぽになったバケツをひとつ持つと、ジーナ婆はそれでいいと頷いた。
ミィナは大竈係の手伝いという役目になった。
ザーネとネネが居なくなり、全員で4人だった大竈係が半分になってしまったからだ。
齢で大竈係を辞していたジーナ婆が復帰しても、力仕事は難しい。
ミィナが左手で水汲みや草や麦を潰して手伝っているのだ。
河に向かう途中、畑で作業中の者たちがミィナを見て頭をあげた。
「ああ、ミィナ。大竈の手伝いかね」
「……ん、そう」
「まだ手が良くねぇんだろ?無理ねぇよ」
ミィナは頷く。
大人たちの優しい声は少しぎこちなく、口元は無理に笑っているように見える。
ずっとミィナのことを見ない振りしてたから、声がかけづらいのだろう。
それでも頑張ってミィナに話しかけてくるのは、ミィナがカナの妹だからだ。
村の全員が、食料を積んだ馬車が来るのをいまかいまかと待ち焦がれている。
馬車が来るまで生き残る。それが今の村人たちの目標なのだ。
─カナを怒らしちゃなんねぇ。ミィナを大事大事にしたれ
大人たちがそんなことを話すのを聞いてしまった。
でも別にいいと思う。
姉は食いもんをくれる神さまだから、みんながご機嫌を取るのは当然なのだ。
片手で水を汲み、大竈に戻ろうとすると、向こうからロイドが来た。
「なんだね、ミィナ。そんなん持って」
ロイドはミィナの左手からバケツを取り上げた。
「左手は大丈夫なんに。みんなわいの手ばっかり気にしよる」
ミィナが唇を尖らせると、ロイドは笑った。
「みんなおめぇが心配なん。ほらみんなの前であんな風に殴られたろ?わい、あの時おめが殺されるんじゃねぇかて思ったさ」
「……わいも死んだか、思ったさ」
あの時のザーネは蹴られ慣れていたミィナでさえ怖かった。ロイドがいなければ間違いなく死んでいたと思う。
ミィナはバケツを返してくれないロイドを見た。
「…ロイドは山狩なんに、山に行かんかったん?」
「ああ、わいは留守番さ。村長は村におらんと」
その声は淋しげに聞こえたが、顔はどこか誇らしげだった。
「…前からロイドが村長みたいなもんだったが
ね。なにが違うん?」
「村長の息子よりも、ロイド村長!て呼ばれた方がカッコいいろ?」
ロイドはにかりと笑う。
ジーナ婆は並んで戻ってきたロイドとミィナをじろじろと見比べた。
「おめぇら、夫婦になったらどうかね」
ミィナはぱちぱちと瞬きし、ロイドは飛び上がった。
「と、突然、なんちゅぅ言うかね!」
ジーナ婆はにんまりした。
「したら、全部うまく行くんじゃねぇかね」
「うまく?」
「ミィナがロイドの嫁になれば、ミィナが蔑ろにされっこともねぇだろさ。カナも村を出てくん、やめっかもしんねぇ」
ジーナ婆の言葉にロイドはふむと腕を組む。
「……なるほど?一理あるような……」
「そんなん駄目だがー!」
ミィナは話を遮った。
「ミィナ?」
「駄目。姉ちゃは…」
ミィナはきゅっと唇を引き結んだ。
※※※
「ミィナそれ、どうしたの?」
「ネルのばっちゃにもらったさ。冬の間に拵えたんだて」
ミィナはくるんと回ってみせた。
茶色い革製の上着である。
ミィナはこれまで服を2枚しか持っていなかった。寒い日は薄いそれを2枚を重ねて着ていた。
それがとうとう初の上着を持ったのだった。
もう春とはいえ外はまだまだ寒い。皮の上着はミィナの体をぽっかぽかにしてくれた。
「わたしが作った服はぁ?」
「あんなん妙ちくりんな色の服、着れんちゅぅとるがね」
ミィナは持ち帰った鍋を炉にかけた。
大竈係手伝いになったミィナは、自分で大竈から飯を持って帰れるようになったのだ。それがすごく嬉しい。
姉はもう手持ちの食料がない。炭や砂が入った味のない水みたいな粥を一緒に食べる。
「…ジーナ婆がな、わいとロイド、夫婦になったらどうかて」
「えぇ?」
粥をスープみたいに飲み干したカナは、眉を寄せた。
「……そうやって、ミィナを村に縛り付けて、わたしからこの後も食料を引き出そうってことでしょ?」
一瞬でジーナ婆の企みを理解した姉は、さすがすぎるとミィナは思った。
「…みんな一生懸命なん」
「そうでしょうとも。けどそれでミィナの結婚を決められたらたまらないわよ」
カナはぷんぷんした。
「ミィナは村を出たら、ローリントンの町でのんびり暮らすんだから。美味しいものを食べて、素敵な洋服を着て、楽しいことをたくさん経験して。そうしてたらきっと、かっこいい紳士が次々に結婚を申し込みに来るわよ。ミィナはわたしに似て可愛いんだから。ああ、わたしが花嫁衣装を用意してあげたいなぁー」
うふふふ〜と姉は手を組んだ。
ミィナは聞いた言葉の半分も理解できなかったけど、姉がなにかをすごく楽しみにしているのは伝わってくる。
ミィナは気まずくうつむいた。
「ミィナ?どうしたの?」
姉はすぐ気がついて、ミィナの顔を覗き込む。
「……わい、な。前から言いたかったんだけん」
「なになに?なんでも言ってみて」
姉がそう言ってくれるから、ミィナは思い切って言った。
「わい、村を出ていきたくねぇ」
え、と目を丸くしたカナは
「ええええええ〜!」叫んだ。
ミィナは膝の上の手をぎゅっと握る。
「だって、村の外なん、怖いがね」
「大丈夫、わたしがいるから!ミィナはなんにも心配しないで大丈夫!」
「それに、わい、こん村にいたいんさ」
「どうして!?ミィナはずっとこの村で辛い目にあってきたでしょ?…村の人たちを恨んでないの?」
(恨む?)
ミィナは自分の胸を探った。けど恨みはどこにもなかった。
ザーネに対する感情でさえ、恨みとは違う気がする。
たぶん親なしになった時幼すぎて、毎日必死すぎて、恨みとかわからなかったのだ。
「わいな、思い出したん…。いつも飯がもらえんばかりじゃなかったなて」
「……うん」
「わいに飯くれる人もおった、じゃなきゃさすがにわい、死んどるし」
「……そうでしょうけど」
「そうやって生きてきたんに、村出てくなん、できんがね」
「みんなに恩があるってこと?でも、ミィナが村に残ったって…」
違う違う、とミィナは首を振った。
「なんもできんのはわかっとる。けど、けど…」
けど、なんだろう。ミィナにもうまくわからない。
ただこの村から、畑から、みんなから、この古い家から離れられない、と思うのだ。
カナが宥めるように言う。
「この村はこれから大変なの。1年後村が残ってるかもわからない。そんなところにミィナを置いておけないよ」
(姉ちゃは本当に、わいだけが大事なん…)
他の人は自分で頑張れ。
でもミィナだけは幸せにする。
ずっとそう言っている気がする。
姉とは、家族とは、そういうものなのだろうか。
けどミィナはおんなじ気持ちにはなれない。
「姉ちゃは馬車来たら、村出てって。わいは残るさ」
「ミィナ!」
カナは悲鳴みたいな声をあげた。
「わいはな、この村で死ぬのが当たり前なん。村の外で生きるなん、考えたこともねぇ。でも姉ちゃは違う」
「わたしは、ミィナを死なさない為にこの村に来たんだよ!この死にかけた村からミィナを連れ出す為に!」
姉の必死の訴えにミィナは頷いた。
初めて聞いたけど、そうだと思ってた。
ミィナの為だけに村に来て、ミィナが飢えて弱ってたから村に留まった。
そして雪が解けたら、何もなくてもミィナを村から連れ出す気だった。
ミィナはなんとなく知ってた。
「あんがとぉ、姉ちゃ。姉ちゃのせいでわい、幸せになったがー。腹膨れて元気に、強くなった。もう姉ちゃおらんでも大丈夫」
「待って、ミィナ」
カナの声がいつもよりももっと高い。
「どうして、そんな簡単に言えるの?まるで、わたしを追い出したいみたい…」
「……」
ずっと暗い家に籠もってる姉が嫌だった。
いつもミィナしか見ていない姉が嫌だった。
にこにこ笑顔で優しい事しか言わないのが。
自分のことを全然話さないのが。
いろんなことをミィナの為に犠牲にしているだろう姉の姿が嫌だった。
「姉ちゃに、この村は似合わんよぉ」
わいの為に、似合わん村でうす汚れていく姉ちゃは嫌だ。
きっと姉ちゃには、もっと明るくて綺麗なところがあるんだから。
「ミィナ、そんな…」
カナは目を見開いた。
鼻頭がぽうと赤くなっていった。
「どうしても?もう決めたの?その気持ちは変わらないの?」
ミィナはまっすぐ姉を見て、こくんと頷いた。
「そんな、せっかく…」
カナは赤らんだ目でミィナを見て、手を伸ばした。
ふにっと頬をつまむ。
「せっかくここまで膨らませたのに!」
「!?」
「またわたしの妹が骨になるなんて、絶対嫌!!」
そう言うと、カナは自分の頭の付け根をがりがり掻いた。
「嘘でしょ!?計画全部なし!?えー、今からどうするの!?えっとえっと…」
ひとりで苦悩し始めた姉を、ミィナはわけがわからずみつめた。
※※※
食料を積んだ馬車がやって来た。
とうとう村はこの日を迎えたのだ。
口減らしはしなかった。
村の外に出た4人が行方不明になっていることと、食べてはいけない草を食べて苦しんでいる数人がいる。
けれど村最大の危機は乗り越えたと言えるだろう。
食料を降ろして空っぽになった馬車は元来た道を帰り、またすぐに食料を乗せて戻ってきてくれるらしい。
もちろんカナの采配だ。
村に残りたいといった妹の為の。
「結局、1番強いんはミィナってことだんな」
「1番強くてすごいんは姉ちゃに決まっとる」
ロイドをミィナは呆れて見た。
「けど姉ちゃ、いつまでもは村におられんよ、て言っとった。行くとこあるんだて」
「村出るんが少し伸びただけでも、えらい助かるがね。カナから教わんなきゃいかんことがいっぱいあるん」
ロイドは最近毎日カナのところへ通って、どうしたら村を立て直せるかを相談している。
カナは鬼気迫る勢いで、朝から晩までロイドに難しい話を聞かせている。
ミィナがこの村で死ぬまで生きていく為に。
「文字ってすごいんさ。もし文字書けるようになったら、遠くにいる人と会話ができるんだて」
ロイドは目をキラキラさせて言う。
「わいが文字を習得するまで、カナには村にいてもらわんと!」
「ロイド、楽しそう」
「ミィナも大竈の手伝い楽しそうだがね」
ミィナは頷いた。
ずっと畑仕事しか知らなかったから、大竈の仕事は新鮮だ。それに大竈係の人たちは皆ミィナに優しい。
罪滅ぼしの気持ちがあるからだとしても。
「けど、楽しいじゃ駄目」
ミィナが言うから、ロイドは驚いた。
「なしてさ」
「だって姉ちゃがしょっちゅう、心配そぉな顔でわいを見るん…」
「あー」
「大人たちみんな、わいを歩き始めた幼子みたいな目で見とる」
「あー」
「ロイドだって。わいを姉ちゃの代わりに守ったらんといかん子、て思っとるがね」
「あー、けどそりゃぁ…」
「それじゃ駄目なんさ!」
ミィナはキリッとした顔で、ぎゅっと拳を握った。
「ミィナはもうひとりでも大丈夫。村もミィナがいるから大丈夫。そう姉ちゃに思ってもらわんといかん!」
「……」
ミィナがこんな風に意思を見せるのを、ロイドは初めて見た。
まるで枯れかけていた芽が、雨を受けてむくっと頭を持ち上げるのを見たような。
「……うん、そうだなぁ」
ロイドは暖かい気持ちになって、思わず笑った。
「ロイド、どうしたら姉ちゃを安心させられっと思う?」
「んー。どうだろかなぁ」
「わいが手伝いじゃねぇで大竈係になればいいかね?」
「んー、それもいいかもなぁ」
「ロイドの、村長の嫁さんになればどうかね?」
「んー!?」
悩んだロイドは、ミィナの肩をぽんと叩いた。
「とりあえず、食料が届いたん。今から大竈は大忙しだろね。ミィナはパンを焼くのを手伝って姉ちゃに持ってってやりぃな。きっとカナ、喜ぶぞ」
ミィナは、姉に似てきた顔をぱぁと輝かせた。
「うん!あんがとぉ、ロイド。わい、パンの作り方覚える!」
ロイドははぁと息をついた。
それから柔らかな水色の空を見上げた。
「わいも頑張んないと。カナが笑って出かけられるように」
結局、妹が心配なカナは村を離れられず、春が過ぎていった。
畑の間の道をやって来た4つの影がカナを連れて行くのは初夏の頃。
前話あとがきで、あと2回と書きましたが、1回でまとめられました!
これでミィナの話はおしまいです。
評価、ブクマ、ありがとうございます!!
実はここからがカナの話の本番。続きも読んで下さると嬉しいです。
悪癖だなぁと自分でも思うのですが、1回投稿した話をしょっちゅう手直ししています。
読み返していただくと、けっこう違う感じになってたりするかもしれません。
もちろん話の流れは変わっていませんので、「あ、また更新w」と笑って許していただければと思います。




