ミィナの姉6
「ザーネ、おめは面倒見たれないのかね」
何度言われただろう。
嫌に決まってる。まだ4歳の、なんの役にも立たない子ども。
なぜ叔母というだけで、引き取ってやらなきゃいけないのか。
「そんならミィナは……可哀想だけん、死……」
なぜそんな責めるような目で見られなきゃいけない?
親を亡くしてしまった幼子が生きられないのは、世の中そういうものだ。
「なして、生きとるん?」
冬を越えてまだ動いている子どもに仰天した。
どうやら、隣の家の老いぼれが自分の分の飯をちまちまと与えていたらしい。
老いぼれは死んだ。
だが次の年も、子どもは生きていた。
周りの者を問いただすと、子どもの姑息な手がわかった。
「毎日雪の中、水汲みしてきてくれるんさ。それでちぃっとだけ、ちぃっとだけ飯わけてやったんさ」
「あのちっこい体で、家の前の雪かきしてくれてなぁ……」
おかしい。大竈係である自分が飯を渡さなければ、死ぬしかないはずなのに、なぜあの子どもは生きている?
「ジーナ!またあのガキに飯を渡したんな!?」
「はあ?わいの勝手だがね。ザーネ、なんでも自分が決めていいと思うんじゃねぇさ」
1番の原因は、同じ大竈係のジーナだ。
もう70歳にもなる大婆だというのに、いつまでも出張ってきやる……
──なして、なして!あの子どもは生きている!?誰も彼もが、わいの目をかいくぐって、あの子どもを生かそうとする。
『わいに食いもんくれんで!何度も何度も何度もわいを殺した。おめが悪魔だろがね!』
──死なんかったくせに!死ななきゃいけんかったんさ!いつまでもおめが生きとるから、こんなことになったじゃねぇだか!
「ザーネ、こうなったんは全部おめのせいだが!悪魔とか言い出したんもおめぇだったがね!」
いつもすり寄ってきていた女たちは、広場の隅に固まり動かない。あんなにいつも助けてやったのに。
「どうしてくれんだね!?食料は燃えた、お館様は怒らせた、こん村は終わりだがー、おめのせいで!!」
男らはいきり立ち、醜く顔を歪めて、脳のないことを喚くばかり。
ザーネがどんなに真実を語ってやっても、聞けるまともな耳なんてないに違いない。
「ああ、もういいさ!」
ザーネは怒鳴った。
驚き顎をひいた男どもを睨みつけ、ザーネは家に帰ることにした。
「待ちぃな、話はまだ……」
肩を掴んできた男は思いっきり蹴飛ばしてやった。
「おい、ザーネ!」
ザーネは駆け出した。
家に帰って、藁で編んだ袋に思いつくものを片っ端から詰め込んだ。
家族はいない。夫はとうに死んだし、子どもらは別の家族を作っている。だからこの家のものは全てザーネのものだった。
ぱんぱんになった袋を肩に担ぐと、ザーネは家を出た。
広場に戻るとまだ馬鹿どもは広場にいた。火の消えた食料庫を解体しようというのか、男どもが農具で食料庫をつついている。
食料庫の横の“大竈”。特別な者しか入れないはずのそこに女どもが何人も入り込んで、大きな尻を蠢かしていた。
広場の隅にはポツンと、小さく藁が積まれていて、その横には女がひとり小さく小さく萎れていた。
あの藁の下には、6歳の少年の骸がある。
「ミィナもあれくらい素直に死んでくれりゃぁ……」
ザーネはチッと舌打ちをした。
…ネネも馬鹿な母親だ。そんなに子どもが大事なら、しっかり管理しとけば良かったのに。
けどザーネの言うことをちゃんと聞いて、食料庫に火をつけたのは、認めてやってもいい。
「ネネひとりくらい連れてってやっかね」
「……ザーネ?」
つかつかとネネの元へ行くと、どうにも反応の薄いぐんにゃりした体を引っ張り立たせた。
そして腕を掴み、広場の外へ引っ張っていく。
「ザーネ!おめなにしとんかね!その袋はなんさっ、また馬鹿なことを……」
ザーネの姿を見咎めた者が、喚く。
ザーネは村全体に轟くような声で怒鳴った。
「こんな汚れた村、これ以上おれるかね!!」
もうこの村は終わりだ、終わり。
すでに悪魔に侵されて、この村はすぐに滅びる……
あはは、とザーネは笑った。
「わいの言うことをきかんから!もうおめぇらみんな、おしまいだがー。わいは村を出てく!おめぇらは勝手に滅びぃ!あははは!」
そう、この村のもんはみんな馬鹿ばっかで、いつだってザーネのお荷物だった。
それを捨ててやると思ったら、途端体が軽くなって、笑いが止まらない。
左手に荷物を担ぎ、右手でネネを引っ張り、ザーネは村を出ていった。
「……ザーネ」
いくつかの手がザーネとネネの背中に伸ばされかけ、落ちた。
誰1人として、ザーネを止める言葉は口にしなかった。
村を出る。それは死を意味すると、皆が知っていたけれど。
※※※
黒黒とした食料庫の前には、ちんまりとした黒い山があった。これがかき集めた食料の全て。
今からありったけの種を蒔く?
いっそ、去年蒔いたライ麦を掘り返す?
村の外へ行く?雪の山?他所の村?町?
どんなに考えたって、村が生き延びる妙案なんて出てこない。
けれど。
─またカナが、食料をくれるんじゃねぇかね
たぶん今、村の全員がそう期待していた。
「まったく誰がカナを悪魔だなん、言ったかね!えっらい可愛い女の子だったがねー」
「いんやぁ可愛くて、わいドキドキしたがー」
「カナは昔となんも変わっとらんかったわ。わいよぉ覚えとるがね」
「しかし、お館様の知り合いなん、びっくりだんなぁ」
広場の雪の乾いた土に、20人ほどが円になって、おしゃべりに興じていた。
おしゃべりくらいしかできることがないと言うべきか。
皆がちらっちらっと村の北の端へ続く道を見る。
「…ロイドは戻ってこんなぁ」
「話がうまくいっとらんだろかね」
「ロイドは『カナなら絶対助けてくれる』て言っとったがね。大丈夫さ!」
そう笑った男も、目は不安の色に染まっていた。
「ふん、わいは無理さ思うがね…」
嗄れた声が、皆の希望を否定した。
「ジーナ婆…」
「考えてみぃ。カナはミィナの姉ちゃなんだで?」
「……そりゃぁ…」
その時、ロイドの姿が道の向こうに現れた。
「ロイド!どうだったかね」
「カナはなんちゅぅ?食料は?」
若い者はロイドに向かって駆け出した。
そしてロイドの沈んだ顔に気づいて、青ざめた。
「…まさか、助けてくれんて?」
ロイドはうつむいたまま首を横に振り、広場の年寄りが待つところにたどり着いた。
「カナは、村を出てくて」
ロイドの短い報告に、皆は顔を見合わせた。
「村を?出てく?……村を出てく!?」
皆が思い浮かべたのは、ほんのさっき村を出ていったザーネとネネだった。
「…ザーネを追いかけて?…違げぇな?」
「…もしかして、余所から食いもん持って来るっちゅぅことかね?」
村で一生を暮らす村人たちには、村を出るという言葉が、理解できない。
ロイドはぐっと拳を握った。
なにかを堪えるような顔で言った。
「山の雪が解けたら、馬車がやって来る。そしたらカナとミィナはその馬車に乗って村の外へ出てくて。もう戻って来ねぇて」
かみ砕いた説明に、皆は黙った。
皆、ロイドの言う事を理解したけど、理解したくなかった。
だって、それは…
「そりゃぁ……、つまり……、カナはわいらを助けてくれんて……?」
掠れた声にロイドは首を振った。
「カナは馬車が来るまでの間なら、助けになるて言ってくれた。みんな、ミィナの家に来てくれな」
「来てくれてありがとう」
カナはにこやかに20人ほどを出迎えた。
家に入りきらなかった者は、開きっぱなしのドアの外から中を伺う。
居間の奥にはミィナが小さく座りこんでいる。毒々しい色の布が敷かれた床の上に、派手な見た目のテーブルセット。
その手前にカナとロイドが並んで立った。
「これ、わたしの手持ちの食料なの」
カナは床に置かれた木箱の蓋を開けてみせた。
「手持ちの食料!?」
皆が身を乗り出して中を見る。
箱には袋に入った麦粉や、壺に入ったなにか、チーズや小さな赤い実等が綺麗に納められていた。
「たぶん、10人が月ひとつ食べられるくらいの量だと思うよ」
「10人が月ひとつ……」
皆はひーふーみーと考え、「足りん」と口々に言った。
「村全員で食べたら2,3日しか食えんがね。もっと無いのかね…」
「馬っ鹿、おめぇら!」
ロイドがらしくない怒りの声をあげた。
「まずは礼を言うべきだろがね!カナはこれまでもずっと食料くれとった。今も最後の食料をくれようとしとるんだで!」
「あ」
「そ、そうだんな…」
皆は気まずく顔を見合わせた。
ロイドの言うとおりだった。
だけど期待しただけ、少ない食料にがっかりした顔が繕えない。
「本当はもっとあったんだけど。冬前にみんなにあげちゃったから」
カナは頬に手を当ててふふふと笑った。
その強烈な嫌味に気づいた者は、怖怖とカナを見る。
カナが木箱に元通り蓋をすると、あ、と何人かが手を伸ばすが、その前にロイドが立ちふさがる。
カナは閉めた蓋の上にちょこんと座り、ピンク色の膝頭が可愛らしく顔を出した。
「足りないけど、これが村を出ていくわたしの最後の助けだよ。あとは自分たちで頑張ってね」
「頑張れて…」
食料がないのに、どう頑張るのか。
困惑の空気の中で、あ、とひとりが声をあげた。
「お館様は助けてくれんだろかね?カナから頼んでもらえば。知り合いなんろ?」
カナはきょとんとした。
「助けてくれるわけないでしょ?」
「…なして」
「だって。この村が納める年貢、もう何年も全然足りてないって聞いてるよ?」
しん、と静まり返った。
「お館様は、もうこの村はいらないって」
「いらない……」
「毎年大勢の餓死者出して、子どももどんどん減って、収穫量は減る一方。お館様にとってはお荷物みたいな村だもん」
ロイドは青ざめた顔でカナの横顔を見る。
カナはくすりと笑った。
「て考えると、食料があったってこの村は助からないね…」
「カナ、もうやめてくれな」
ロイドが言うと同時に、
「そんなん、わいらのせいじゃねぇ!」
誰かが叫んだ。
「わいらは毎日一生懸命……っ」
そうだ、と賛同の声がいくつも上がった。
「わいが産まれた時から、この村はこうだったさっ」
「なして!こんな目に合わにゃぁいかん…」
村人たちが口々に言うのを、カナはうんうんと聞いた。
「自分たちは悪くない。ふぅん、そう」
にっこりと笑う。
「そんなに善行を積んできたって言うなら、神さまが助けて下さるのを待ってたらいいんじゃない?」
その声は、なぜかびりびりと恐ろしく聞こえ、村の者たちは揃って口をつぐんだ。
「これ、ちっと通しな」
音が失われたような家に嗄れた声がして、村人が立ちすくむ中から老婆の顔が出てきた。
腰が直角に曲がった老婆は歩くのも難儀なようだったが、皆の前に出てくると、皺の奥の目で木箱に座るカナを見る。
「その尻の下の食料はわいらにもらえるんかね?」
カナは目を細めて、老婆を見返した。
「…あげるよ」
老婆は頷いた。
「山の雪が解けたら馬車が来るて聞いたさ。また食料はもらえるんかね」
「馬車はあと一回だけ、この村に来るよ。その一回が持ってくる食料はあげる」
老婆は頭をこくこくとさせた。
「そうかね。おめは優しい子だがねぇ、あんがとぉ」
カナは少し驚いた顔をして、それからふふふと笑った。
「そうだ、言い忘れてた。ザーネの家を見てみたら?多少の食料は見つかるかも」
村人たちは顔を見合わせた。
「見てくるがね!」
ロイドが叫び、皆が一斉に家を飛び出す。
カナは出来の悪い子どもたちを眺めるような顔でそれを見送った。
部屋の隅ではミィナがじっと姉を見ていた。
カナはその頭をぽんぽんと叩いた。
あと2話くらいでカナのお迎えが来るはずです。
ミィナの話、こんなに長くなる予定じゃなかった。それにカナはどうしてこんな嫌味な子に…(泣)




