ミィナの姉5
その娘が歩くたびに、ひとつにまとめた茶色の髪が頭上でひょこひょこ動いた。
他の娘たちと同じようなつぎはぎだらけの服。頬に煤汚れの線。
けれどその肌の異様なまでの白さはまるで隠せていなかった。
大きな目は春の日差しを映してキラキラと煌めき、瞬きする度に虹を作り出す。
その顔を正面から見てしまった者は皆、目を離すこともできず、ただぽかんと立ち尽くした。
「あーあ。これはきっと怒るだろうなぁ」
見た目は8、9歳くらい。
母ちゃに怒られる、というような口調で娘は言った。
「せっかくローリントンのおじいさま……違う、お館様が食料送ってくれたのに。全部燃やしちゃうなんて、信じらんなぁい」
しんと静まっていた広場に、その声は殊の外良く響いた。
「な、なん?……お館様だて?」
村人たちは顔を見合わせた。
目の前にしゃがんだ姉を見て、ミィナはホッとした。
(いつもどおり、にっこにこ姉ちゃだがー)
「ミィナ、すごかったねぇ、かっこよかったねぇ、ちゃんと言えたねぇ」
カナはふわりとミィナの頭を抱きしめた。
「姉ちゃ……」
姉の体は、いつだってほかほかと温かい。
ふわんと体の力が抜ける。
「家に帰って、腕の手当てしようね」
ミィナはこくんと頷いた。
「ミィナをおぶって家に連れてってくれる人いるかな?」
(……え?)
ロイドが「わいが」と返す。
「ま、待ちぃ、わい歩けるがね。おんぶなんて、赤子じゃあるめぇし……」
「いいから」
「いいから」
カナとロイド同時ににこやかに言われ、ミィナの喉がきゅっと縮んだ。
「さあ、帰ろ帰ろ」
「……待ちぃな。お館様が食料送ってくれたて、どゆことかね」
村人のひとりが焦ったように声をかけてきた。
ミィナを優しい目で見ていたカナはきゅっと眉を寄せ、ふぅとひとつ息をついた。
「そのまんまだよ?あの食料は、お館様がわたしに送ってきてくれたものだもん」
「お館様が……」
村人は二の句が継げないようだ。
そのまましん、としてしまったので、ミィナはくいっと姉の服を引っ張った。
「お館様て、毎年年貢を納めなきゃいけない方のことだかね?」
「そうだね。家や畑があるこの土地全部、お館様から借りてるものだから、代わりに年貢をお返ししてるんだよね」
ミィナは頷いた。
お館様のおかげで生きているのだから、お館様の為に死ぬまで働かなきゃいけない。そう物心ついた頃から教えられている。
(そのお館様が、姉ちゃに食料送ってくれてたてことは…)
「えっと。悪魔の食いもんちゅぅんは、お館様の食いもんだったてこと?」
ミィナの疑問にカナはきゃらきゃら笑った。
「そういうことだね、ミィナ。お館様の食いもんが悪魔の食いもんのわけないのにね!」
ミィナはぱちんと瞬きをした。
(悪魔の食いもんじゃなかった…!)
村人たちは息も止まりそうな顔で、カナたちを見ていた。
よりにもよって、自分たちを生かしてくれているお方からの食料を自分たちが燃やしてしまった、などとすぐに信じられるだろうか。
「お館様の…」「嘘さぁ…」「…まさか」
ぼそぼそ、ぼそぼそ、と聞こえるのは、信じたくないという呟き。
「おめは何もんさね!?」
びりっと胸が刺されるような悪意の籠もった声にミィナはぎくりとした。
声の方を見れば、未だに男子たちに地面に押さえつけられたままのザーネの、ぎらぎらした目にぶつかった。
思わず身を竦める。すると優しい手がぽんぽんと頭を叩いた。
「おめの言うことが本当だて、誰が証明できるんさ。たわ言言うんじゃねぇさ、この悪魔!わいは騙されんぞ」
ザーネのわめき声にカナはふっと笑うと、静かに立ち上がった。
「わたしが何者かって聞いてるの?」
カナが振り向いてザーネを見ると、何が起きたのか、ザーネの喉がぐっとおかしな音を立てた。
「わたしはカナ。ザーネ、あなたの姪っ子だよ。そしてミィナのお姉ちゃん」
2歩3歩と近づくカナを、ザーネは目が離せないというように首を持ち上げて見上げた。
「ねぇ、ザーネ。わたしのかわいい妹にいろいろしてくれたんだってね?」
カナはザーネの顔の間近でしゃがむと、つっと見下ろし、指先でつんとザーネの額をつついた。
ザーネははあはあと荒く息をついだ。
「わたし、あなたにはすっごく怒ってるんだよ?」
「………あ、あ、悪魔っ悪魔っ!」
ザーネは額に汗して、声を絞り出すようにそれを言った。
「また悪魔?他のこと言えないの?」
カナは呆れたように言うと、また立ち上がった。
ひと声も出せずに、ただ傍観する村人たちをカナは見回してにこりと笑った。
「そろそろわたし帰るね。ミィナの手当てしてあげたいし。あなたたちも忙しいでしょ?残った食料かき集めないと」
村人たちははっとした。
そうだ。それが今彼らが1番考えなければいけないことだった。
「じゃあね、みんなばいばい!」
カナは可愛らしい小さな手をひらひらさせた。
「歩けっがね」
「いいからいいから」
仕方なくロイドに背負われたミィナは、少しだけ後ろを向いて遠ざかる広場を見た。
食料庫を裏から崩そうとしている男たち。
魂が抜けたように座り込んでいる女たちと放っておかれて泣いている子ども。
明日火がつくはずだった、雪じまいの祭の為の積み木。
そして、力が抜けたように地面に座り込むザーネ。
(明日からわいら、どう生きてくんかね…)
ミィナは痛む腕を抱えるように、ロイドの肩に顔をうずめた。
※※※※
やっぱりミィナの腕は折れていた。
カナはてきぱきと添え木をし、白い布を細長く割いてくるくると巻いて固定した。
「しばらく安静!」
「アンセイ、てなん?」
「ゆっくりしてなさいってこと。お仕事禁止」
「けど、明日から畑が始まるんに……」
(あれ?……始まるんかね?明日みんな畑出てくる?)
ミィナは寝床の上で横になって考えた。
「やっぱりミィナはミィナだね」
「どうゆぅこと?」
「ほら、広場でミィナが別の子みたいに勇ましかったから」
カナはくすくすと笑って、ミィナに毛布をかけた。
ミィナはほぅと息をついた。
(姉ちゃだて、別の人みたいだったがね)
姉が広場に表れた時、空気がぴたりと止まった。
ザーネに向けた目がぎらりと光ったのを、ミィナは見てしまった。
姉はやっぱり人ではないのかもしれない。
けれど家にずっと籠もっていていた姉が、たぶん村に戻って初めて、ミィナの為に家を出てくれたのだ。
それがすごく大事なことに思える。
「ロイド、ミィナを助けてくれてありがとうね」
姉がお礼を言うと、部屋の隅に立っていたロイドはハッとしたように顔を上げ、手を振った。
「いんや。……腕折らしちまった」
どうやらロイドは、ミィナが棒で殴られる前に助けられなかったことを後悔しているらしい。
ミィナの口から自然と言葉が出た。
「嬉しかったさ。ロイドも姉ちゃもありがとぉ」
カナとロイドが揃って驚きの顔でミィナを見た。
ミィナはなんだか恥ずかしくなって毛布を頭から被る。
毛布の向こうで姉とロイドが何か話しているのを聞きながら、ミィナの瞼がすぅと落ちていった。
ミィナの精神年齢は7.8歳のイメージ。
ミィナなりに頑張りました。
明日からの食料問題とザーネの今後は次回。




