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リューイの冒険3

子どもの頃は冒険家に憧れた。

遠い地を旅し、見た目も言葉も違う人々に出会い、不思議な景色を見て、知らない世界に触れたかった。


もちろん冒険家なんて職業はない。

結局は父親と同じ兵士になって、初めての遠征でやって来たのは馬で5日のしょぼい農村。

だけど、いいのだ。

─これが、俺の初めての冒険!


リューイはぺろりと唇を濡らすと、ダッシュで飛び上がって家の屋根の端を掴んだ。

ぐっと体を持ち上げ、急斜面を駆け上って屋根の棟にとん、と立ち、両手を上げた。

「冒険家リューイ、今、荒山の頂に立ちぬ。なんちゃってー」

初夏だというのに、ひんやりとした風が吹き抜けていく。


藍色の空に丸い月が眩しく輝いていた。

リューイはくるりとその場で回って、高いところからの景色を堪能する。


同じ高さ、同じ形の家々。

少し先には少し高さのある建物がいくつか見えた。なんでみんな屋根がとんがってるんだ?

村を囲む、今は黒黒と見える畑。

その畑を3方から囲む山のシルエット。


下からはいろんな音がした。

赤子の泣き声、さわさわと語らう声。

なにかを削る音、当たる音、足音。

それらが、虫の合唱、風のざわめき、河のせせらぎの中に混じり合って、騒々しいほどだ。


こんなに賑やかな村だったろうか。

昼間畑で見た村人たちは、意思のない木偶のようだった。

けれど今この夜空に伝わってくるのは、確かな息づかい。


しばらく小さな感動に浸っていたリューイだが、やがてこみ上げる笑いを堪えきれなくなった。

「くっくっ、あはははは、魔女だって!旅する農民だって!」


明日から数日、カナと一緒に旅をする。

また不思議なことが起きるだろうか。

どんな話を聞かせてくれる?

絶対なにか起きる。そんな予感にリューイの胸は高ぶる。


見下ろすと、ちょうど下の道を近づいてくる松明の灯りがあった。

リューイはまたぺろりと舌で唇を湿らせると、一気に屋根を駆け下りて飛び降りた。



※※※



「なっ、なっ、なんっ、」

偶然か運命か、そこにいたのは昼間会ったロイドという青年だった。

「やぁ、お兄さん、昼間はどうも!」


松明を持ったロイドは亡霊にでも出会ったような顔でしばらく固まり、それから叫んだ。

「び、びっくらしたぁー!!なして、上から降ってくるん!?」

「あー、ごめん。ちょっとおしゃべりしたいなって」

「は?おしゃべり?」

信じられないものでも見るような目を向けられた。


「ロイドくんは、こんな夜にどこ行くの?」

「オヤクニンサマになんか足らんもんねぇか、聞きに行くとこだったんけど……」

「足りないもの?充分だったよ!美味しい食事をありがとう!」

親指をぐっと立てて、笑ってみせる。

ロイドはぱちりと瞬きをした。

そしてふっと口元に笑みが浮かぶ。

─お、いい顔だ。

やっぱり彼は話せそうな男だ。



道の脇にちょうどよく木箱が逆さに置かれていたので、少し強引にロイドを座らせ、自分はその前にしゃがみ込んだ。


「カナちゃんってどんな子?」

「は?どんな子て?」

「カナちゃんって、ほら、なんか不思議じゃん?村ではどんな感じなのかな?て」

村人たちも、カナを見ておかしくなったりしてるのだろうか。

儂の妖精ちゃん、と気持ち悪い声で呼んだり、顔真っ赤にしてガタガタ震える者が村にもいるだろうか。


ロイドは松明を左手に持ち替え、木箱の上で足を組んだ。

「……村の外のもんが見ても、カナは不思議なんなぁ」

妙にしみじみとした口調だ。

「村の中でもカナちゃんは不思議ちゃん?」

「不思議ちゃ?……ていうか、カナは。村の神さまみたいなもんかね」

「神さま!」


─美女でも魔女でもなく、神さまときた!


「なんでなんで!?なんでカナちゃんは神さまなの!?」

「なんでて……」

大興奮のリューイを、ロイドは複雑な顔で見やる。

「カナがおらんかったらな、ここは今ごろ、生きとるもんのおらん村だったかもしらんで」

「……生きてる者がいない村?どゆこと?」

いきなり怖い話でもしてくれるのだろうか。

リューイはぐっと前のめりになる。

ロイドは嫌そうに頭を後ろに引いた。

鼻に深く皺が寄っている。

「おめぇさ、なしてそんな楽しそうなん?」

「へ?」


ロイドは目つきを険しくして、ピッとリューイの鼻先を指さした。

「おめらが急に村来て、カナが明日村出てく聞いて。わいらがどんな気持ちかわからんのかね?」

リューイはドキンとした。

村人たちの気持ち?


「村のもんはみんな大慌てだて。村はおしまいだぁて泣いとるもんもおる」

「……どうして、村がおしまいなの?」

「今、村は……いろいろ大変なん。カナのおかげで今日まで乗り切ってこれたんさ。カナはみんなの命の恩人だがね」


─なんっだ、そりゃ!


この村の人々はなにかの危機に面していて、カナが神のごとく偉大な力でもって、守っているということだろうか。

「すっごいんだな、カナちゃんって」

「……そのカナを、おめぇら、連れてっちまうんろ?」

恨めしそうな視線に、リューイは唾をのみ、頭を掻いた。


「あー…、それは、つまり……、カナちゃんを連れてくな、みたいな話なのかな?」

そんなことをリューイに言われてもどうしようもない。

しかしロイドは、「いんや」と首を振った。

「おめがあんま楽しそうにしとるから、こっちは大変なんにって、腹たっただけさ」

「……あ」


本気でリューイは反省した。

どんなに浮かれていても、それを村人に見せるべきじゃなかった。

「……悪かったよ。ごめん」

ロイドはじっとリューイを見て、それから、たははと気が抜けたように笑った。

「おめ、意外に素直なんね」

「意外って。悪いと思えば謝るさ」

そっか、とロイドは頷いた。

「カナを迎えに来たんが、おめみたいに話通じるもんで良かったんかもな」

にかりと爽やかな笑顔で言われ、リューイは返事に困って頭を掻く。


「カナがどんな子て話だっけな?」

「あ、ああ」

「カナはめっちゃ可愛くて、にっこにこしとるが?けど、実はめっちゃ怖いやっちゃで」

「え」

ロイドはリューイを見て、によっと笑った。

「あとな、妹のミィナがめっちゃ好き」

「そ、そうなんだ」

「頭良くてな、いろんなこと知っとるけど。村の奴はみんな馬鹿って思っとる。絶対そう」

「えええ?」

「時々、めっちゃ辛辣なこと、笑って言うん。参るわ」

ハハッとロイドは笑った。

リューイはにこにこしているカナを思い出して、首を捻る。

確かに変な迫力はあったけど。


「そんな、カナちゃんって怖い子なの?」

「けど怒らさんかったら、可愛くてノリのいい、楽しいやっちゃで」

─ノリが良くて楽しい?

それもリューイが見たカナとはちょっとイメージが違う。


「カナはなんでもできるように見えっけど。ちっこいからなー。高いところのもん届かんし。椅子に座るのもよいしょって座るし」

「それはしょうがないな」

「毎日よく寝るんだわ。日が登ってもなかなか起きてこねぇの」

「へぇ、寝起き悪いタイプかぁ」

「あと、ミィナにいっつもくっつきたがって、ミィナに嫌がられてる」

「……へぇ。本当にミィナちゃん好きなんだ」

ミィナとは昼間会った子のことだろう。カナが妹にべたべたしてるところは想像できない。


ロイドが話すのは、まるで家族の話だ。よほど親しい付き合いをしていたのだろう。

彼の口からは、美女も魔女も、不思議な魔法の話も出てこない。

村を救った神さま。だけど無敵ではない女の子。


「まぁカナはそんなやっちゃだで。よっしく」

よろしく、と軽く投げられた言葉はやけにずっしりと重い。

「……うん」

「わいがよっしく、とか言うんも変だけん、もうわいらはカナに恩も返せんかんな……」

それは、今生の別れのように聞こえた。


「もう会えないってわけじゃないだろ」

思わず言う。

ロイドがきょとんとなった。

「ここってカナちゃんの故郷なんだろ?そのうちまた戻ってくるんじゃないの?」

絶世の美女を求めている城主がどういうつもりか知らないけど、一生家に帰るなとは言わないと思う。


ロイドは衝撃を受けたように、目を見開いた。

「戻って、くる?」

慌ててリューイは手を振った。

「いや、俺よく事情は知らないけど」

「いんや。……そうな、またひょんと戻ってくんかもしんねぇ。カナだし……」

ロイドの表情が、明るくなっていく。

「そうな。ここにはミィナがおるんし。戻ってこねぇわけない」

ロイドが嬉しそうにリューイを見た。

「あんがとぉ」

「あ、いや、別に……」

その目に光るものを見つけてしまい、リューイは慌てて月を見上げた。


─これは、カナちゃん、大変だ……


伝わってくるのは、別れへの悲痛な覚悟だ。

こんな想いを向けられたら、リューイなら動けなくなってしまうかもしれない。

城に行くとあっさり決めたカナは、どういう気持ちだったんだろう。

どういう顔で明日村を出る?


明日はリューイには冒険の始まり。

村人たちにとっては別れ。

そしてカナにとっては?

彼女が旅人だというのなら、こんな別れも、いくつも経験してきたのだろうか。


目をぐいと拭うロイドの横で、

─冒険家初心者の俺には、ちと手に余るぜ、こりゃ

リューイは困り果てて、ひたすら空を見上げていた。



※※※



「どうしたの、カナちゃん!?目が!」

旅支度に身を包んだカナの顔は、真っ赤に腫れ上がっていた。

明らかに泣きはらしたあと、いや、まだ泣いている。

「ミィナが、妹が…『姉ちゃはとっとと村を出てけ』って言うんですぅ、ううう〜」

「え」


カナが妹を溺愛しているというのは本当らしい。

─妹ちゃん、あんなおとなしそうな子なのに、そんなこと言うんだ、意外…


「その妹ちゃんは、どこに?」


まだ登りきっていない朝日を浴びて、カナの出立を見送る村人たちは5人ほど。

村の神さまを見送るには少ないし、妹の姿もなかった。

「ミィナは家で寝てます〜、ううう〜」

「…それは冷たいね」


ロイドは見送りにいる。

彼にとってカナの旅立ちがどれほど深刻な事か、リューイはもう知っている。

なのに、妹はずいぶん素っ気ないらしい。


「どうする?もう出立してもいい?ミィナちゃん、起こしてくる?」

「いいの〜、ミィナはもうひとりで大丈夫だから〜、強い子になってお姉ちゃんは嬉しいぃぃ〜、ぐすっ」


なに言っているのかわからない。

リューイはちらっとロイドを見る。

視線に気づいたロイドが近寄ってきた。


「カナは一晩中、こんな感じでミィナにすがりついてて、ミィナが最後は怒って、とっとと出てきぃ、言ったらしいがー」

「一晩中…」

「ロイド、本当にミィナをお願いね!信じてるよ!お館様にもちゃんと言っておくから!」

「ほいよ。ミィナのことも村のことも、任しぃ。わい、頑張るから。カナも……あんま無理すんな」

ロイドはにかりと笑い、手を振った。


「では、ちょっと失礼して……」

リューイは愛馬の上にカナの体を持ち上げる。

軽い動きで、カナは馬の鞍の前の方におさまった。リューイもカナの後ろにひらりと跨る。

「カナちゃん、もしかして乗馬できる?」

「小さくて優しいお馬さんならー」

女の子らしい答えが返ってきた。


「んじゃ、行きますかー!」

すでに、ダントン、ミハイ、ルイスは馬上にあって、少し離れたところから見ていた。

背後でライ麦がささささ、と音を鳴らす。


先導はミハイ。

ミハイは無言で、『ぜひとも自分がカナを前に乗せたい』と主張していたが、現実問題無理だった。

何故ならミハイは馬の鞍に、城から持ち出した槍と盾を装備していたからだ。


ミハイの次を行くはダントン。

ダントンこそは、『儂がかわゆいカナを抱っこして馬に乗せるんじゃー』とごねたが、やっぱりどう考えても無理だった。

馬の2人乗りはコツがいる。その上、これから山越えをしなければいけない。ダントンの乗馬技術では危険すぎた。


ダントンに付き従うルイスの馬は荷物でいっぱい。そもそもカナと同乗したいとは欠片も思っていなそうだ。


というわけで、どんなに睨まれてもリューイが最後尾について、カナを乗せて行くしかないのだ。

……さぁて、道中どんな話が聞けるのかな?


リューイが手綱を持ったところで、

「ちょっと待ちぃ」声がかかった。

カナがひょいと首を巡らせた。

「ロイド、なぁに?」

ロイドは一歩前に進み、へへっと笑った。

「カナ、ここはおめの故郷だがね。またいつ帰ってきてもいいんだで?…今度は誰も悪魔扱いせんから」

ぷっとカナは吹き出した。

「うんうん、信じてるよ」

カナはばいばい、と手を振った。



金の穂の間を通り、河沿いの道を行く。

「ね、ね。さっきの悪魔扱いってなに?なんの話?」

美女に魔女に神さまに、悪魔とくれば、聞かずにいられない。

「悪魔っていうのは……」

カナは答えようとして、ふわぁとあくびをした。

「ごめんなさい、昨日、一睡もしてないから……ふわぁ」


遠慮なくあくびをする姿は、まるで見た目どおりの子どもだ。


「ちょっと、寝てもいい?」

「え」

「もぉ、限界……」

リューイの胸に軽い体重がかかった。

すぐにくーくーと寝息が聞こえてきた。


「嘘?カナちゃん?ここで寝る!?」

顔を覗き込むと、目に涙の跡をつけた幼い寝顔があった。

これで村とはお別れ。ミィナを出すべきか最後まで迷ったけど、カナが旅立てなくなるのでお別れには行かせませんでした。

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