ルイスとギフト1
神は時に、人に贈り物を授ける。
素晴らしい贈り物ばかりではない。
危険だったり、理解不能な贈り物であることもある。
誰が授かるのか、何の意味があるのか。
神のみぞ知ること。
ただ不思議を起こす者の後ろに、神の息吹を感じる時、人はそれを神から贈り物─ギフトと呼ぶ。
「ルイス、こんなことをそなたにさせたくはない。しかし他にいないのだ」
城主に渡されたのは、手のひらに収まるほどの小瓶だった。
「絶世の美女がただの美女ならば良いのだ。しかしもし、触れれば爆発するような危険な女であるならば。我が家やそなたを害するようなギフト持ちであるならば……」
ルイスはおそるおそるその小瓶に触れた。
緑がかった分厚いガラスの瓶。持つとさらりと中に入った粉が動く感覚。
「ルイス、もし危険だと判断したらこれで殺すのだ。害の及ばぬうちに」
ルイスは破れそうな心の臓の音を聞いた。
けれど黙って、その瓶を自分のポケットに入れた。
そうする他なかった。
※※※
平坦な地の向こうに浮かぶように、灰色く町の長い塀が見えていた。塀からは1本突き出すように三角屋根の建物が飛び出している。
「村の子どもはみんな8歳になると、あの三角屋根の教会で洗礼を受けるの」
「じゃあ、カナちゃんも?」
「そうだよー」
背後から馬に相乗りしたリューイとカナの楽しげな声が聞こえてきていた。
前方を行くダントンが、馬に跨ったままぐるりと首を後ろへ回した。
「カナや。ローリントンに着いたら、後見人殿に会う前に服を買うてやろうのう」
「服、ですか?」
「そのままでも充分かわゆいんじゃが、かわゆい服を着ればもぉーっとかわゆくなるぞ。後見人殿もカナがかわゆい格好をしている方が喜ぶじゃろうて」
べたべたと甘ったるい声で、ダントンはかわゆいを繰り返した。
ルイスはちらりと後ろを見た。
カナは生成り色のマントを羽織り、髪はひとつにまとめ、丈夫そうなブーツを履いている。
完璧な旅人スタイルだが、ダントンには地味に見えるだろう。
「ダントンさま、お洋服はとっても嬉しいんですけど」
カナがちょっと困ったように言う。
「なんじゃ、遠慮は要らんぞ!儂はこう見えてそこそこ金はある!」
「え、すごーい。でもでも。可愛いお洋服でもぉーっと可愛くなったら、わたし、誘拐されちゃうかも」
(……なぜ誘拐?どういう発想?)
ルイスは思わずまじまじとカナを見てしまった。
カナという少女は、時々理解のできないおかしなことを言う。
「カナちゃん、誘拐て!」
リューイは遠慮なく笑っている。
ダントンはしごく真面目な顔で頷いた。
「うむうむ。確かに。こんなかわゆい妖精ちゃんが町にいたら、拐かされる心配はあるのう」
「やっぱり!わたし町ではずっとこのフード被ってますから!」
カナは力強く言って、マントのフードをがばりと被って、鼻下までを隠してみせた。
「カナや、大丈夫じゃ。護衛もおる。……そうだな、ミハイ!?」
ダントンの向こうから、
「はっ、何があろうと必ず俺がカナ殿を守ります!」
かくかくとしたミハイの応えが返った。
「俺は?俺も護衛っスよ!」
「リューイ、誰がお主のようなちゃらんぽらん男を頼るものか」
「えー、ひどーい」
ダントンとリューイのふざけたやり取りの間に挟まって、カナはきゃらきゃら笑っている。
けれどフードはあげなかった。
ルイスにはどうも、カナが顔を隠したいように見えた。
誘拐なんておかしな言い訳で。
ローリントンの町で顔を晒したくない?
(カナさんが危険人物かどうか…)
ルイスは無意識にポケットに触れて固い感触を確かめ、前方のローリントンの町影を睨んだ。
※※※
「も〜しわけ、ありません」
町兵の男がへこへこと謝った。
「町長はまた隣町に行ってしまいまして。あとすこーし早くお役人様が早く町に来てくだされば……」
「そうか。留守では仕方あるまい。ローリントンの町長とはタイミングが合わんのう」
ダントンは素直に頷く。
町兵は笑いを堪えるような表情になり、ルイスはムッとした。
三日前、この町を通った時も町長は「留守」だった。
城の役人が来れば本来は町長自ら出迎え、邸へ招いて宴のひとつも催すものであるのに。
「こちらの宿をご自由にお使いください。食事は大通りに美食自慢の店が並んでいますので」
用意された宿は三日前より格下。
食事も「好きな店でどうぞ」という始末だった。
(役人を馬鹿にし過ぎ)
苛烈な役人ならこの場で町兵を斬り捨ててもおかしくない。
ダントンだとて無礼を笑って済ませる質ではない。
が、ダントンはそもそも無礼に気づいていないのだった。
「大通りに近い宿は助かるのう。食事はカナが好きな店を選ぶと良い」
ダントンの横で、フードの頭がこくりと頷く。
町民は口を押さえ、肩を震わせている。
(そんなに面白いか。ダントン様が鈍くて)
なにか一声言ってやりたい、ルイスが口を開こうとした時。
ぴゅ~いぴっ
突然リューイが口笛を吹いた。
町兵がはっとリューイを見た。
リューイは唇の端を上げて、指をくいと曲げてみせる。
『喧嘩売ってるの?相手しよっか?』
声なき挑発をした。
途端、町兵は顔を引きつらせ、
「ではごゆっくり〜」
と逃げていった。
町の名の元であるローリントン家こそ、古くからこの地を治める主。
この町の者にとって、城主などなにほどのものでもない。
大通りでも、ダントンの服装や護衛の剣を見て役人一行だと察し、
『なんで役人なんかが、このローリントンのお館様のお膝元にいるんだ』という目で見てくる者はちらちらいた。
「わー、すごい数の店ー!ちょっと覗いてきていいっスかー?」
「駄目に決まっておろうが!お主はなんだ!?この愚かな護衛が!」
「えー?じゃぁどこに行くっス?」
「服屋に決まっておろう!カナにかわゆ〜い服を買ってやるのじゃ、のぉ、カナや?」
「あ、服買う話、続いてたんスねー」
ダントンとリューイは呑気に浮かれていた。
ダントンは不快な視線に気づかないし、リューイは気にしていない。
それでもリューイは、護衛の立場は忘れていないらしく、並んで歩くダントンとカナの左前の位置をキープし、うまく人混みを避けるよう誘導している。
もうひとりの護衛ミハイはといえば、リューイと反対の右後ろについているが、何故かひたすらカナを凝視していた。
ルイスは従僕らしくダントンの手荷物を持って最後に付き従いながら、その様子を見ていた。
ダントン、ふたりの護衛、全員の視線が小さなマント姿に注がれている。
まるで忍びの姫を囲んでいるよう。
一体どうして、皆がこれほどカナをちやほやするのか、ルイスにはさっぱりわからない。
ルイスはフードの頭をじぃっと見た。
やはりカナは顔を晒す気がないらしい。
ずっとフードを被っていては不便だろうに。
ルイスは不自然に見えないようにさりげなく、カナの横へ並んだ。
「カナさん、暑くはありませんか?マントを脱いではいかがでしょうか?僕お持ちします」
従僕らしく言ってみる。
「大丈夫よ」
フードの中から応えが返った。
「でもそれでは前が見えにくいのでは?せめてフードだけでも降ろしては」
「ちゃんと見えてるから大丈夫。心配してくれてありがとう」
柔らかい声で、けれど拒絶された。
(やっぱり顔は隠しておきたい、と)
ただの自意識過剰か。
それともこの町の誰もが顔を知るほどの……犯罪者?
カナが危険人物かどうかを知る為には……
ルイスは目でカナのフードを止める紐の位置を確認した。
その時、
ゴーンゴーンゴーン…
教会の鐘が響く。
『やめろ!!』
天から声が降ってきた気がして、ルイスはびくりと震えた。
「おお、教会の鐘。前来た時もびっくりしたけど、すっごい近くで聞こえるんだよなぁ」
リューイが建物の向こうに見える三角屋根を興味深げに見上げた。
カナもほんの少しフードを持ち上げた。
「懐かしい。ね、わたし教会に行きたいです」
「ああ、カナちゃんが洗礼受けた教会だもんな」
「しかしもう教会の門も閉じる頃だろう。明日の朝行こう」
3人の会話を聞きながら、ルイスはドキンドキンと暴れる心の臓を押さえた。
1軒の服屋で、カナは水色のワンピースを選んだ。
カナが着替えをして、くるりと回ってみせると、ダントンやミハイだけではなく、服屋の男までがカナの虜になってしまったらしい。
(そんなに可愛いか?)
ルイスは首を傾げる。
あの貧しい村でダントンやミハイがカナに見惚れた時は、他の村人たちがあまりに汚くみすぼらしかったせいで、特別に見えたのかと思っていた。
けれど町に来ても、まだこれだ。
(あの幼い見た目がいいとか?……みんなそういう趣味?嫌だなぁ)
「服はプレゼントする」「いや儂が払う」
服屋の青年とダントンが言い合う。
「……時間がかかりそうですね、先に店を出ていましょうか」
提案するとカナは頷き、またフードを深く被った。
ルイス、カナ、ミハイの3人で店を出る。
「カナさんは可愛いから、大変ですね」
言ってみると、フードの中からうふふと妙に大人びた笑い声が聞こえた。
「……カナさんはそのフード、ずっと被っておくんですか?ペレシュク城まで?」
「そうなるかなー。ちょっとうっとおしいけど、顔は隠しておきたいの…」
「……そうなんですね」
どうして顔を隠したいのか。
別に顔に傷があるとかでもない。
服屋の男の前では平気で顔を見せていた。
まさか本当に誘拐が怖い?…なわけない。
(確認しないと)
夏の日は長く、空にはまだ白い夕光が残っていた。
店じまいを終えた店も多いが、酒を出す店はこれからが客入り時。
大通りの賑やかさは更に増し、人通りも少し前より増えたようだった。
(顔も晒せない女を、城に連れていく訳にいかないんだ、僕は)
ルイスの胸辺りにあるフードの頭。
子どものような細い肩の線。首元から飛び出して見える紐。
(フードを取ったからなんだって言うんだ。なにも起きやしない。なにも起きないことを確認できればいいんだ)
「フードが……、ずれていますよ」
ルイスはふと気づいたように言った。
「え」
「僕、直しますね」
そう言いながらルイスは素早く手を伸ばし、フードを止める紐に指を絡ませた。
紐はしゅるると想像以上に滑らかに解けた。
そのまま手を払うと、フードはふわりと浮き、マントごとはらりと地面に落ちる。
「あ……」
水色のワンピースを着たカナの姿があらわになった。まん丸に見開かれた瞳にルイスがくっきりと映っている。
ルイスは慌てて弁明した。
「すみません。……指が、その……引っかかっちゃったみたい、で……」
カナはすぅと目を細めた。
「あーあ…」
ひどく冷めた声に、ルイスの背筋をぞぞぞとなにかが走っていった。
背後で音が消えた気がして、振り向く。
この時、まだ2,3人だった。
カナを見て動きを止めていたのは。
動きを止めた人を見て訝しんだ人がカナを見た。そしてまた動きを止めた。
全員ではない。
カナを見てもなんともならず、一体何が起きているのかときょろきょろする者もいる。
気づけば、動かない人々の小さな集団がそこにあった。
動きを止めるのは圧倒的に男が多い。
道行く男の半分ほどが不思議な力に絡められたかのように、カナをぽうとみつめた。
はあはあと荒い息づかいが聞こえる。
それはぞわっとするような光景だった。
(これって、もしかして……っ)
─絶世の美女とは、触れれば爆発するような危険な女であるかもしれない…
或いはギフト持ちである可能性も…
城主の不吉な声が脳裏に響く。
ルイスは息を止めてカナを見た。
無意識に手が動き、ポケットの膨らみに触れていた。




