ルイスとギフト2
動けないでいるルイスの前で、カナははぁと疲れたようなため息をついた。
そして足元のマントを拾った。
「ね、ねぇ!君!可愛いね。どこの子?」
動きを止めていた男らが、我に返ったかのように動き出し、カナにまっしぐらに向かってきた。
「俺、そこの店やってるんだけど、遊びに来ない?」
「お前は引っ込んでろよ。なぁ、お嬢ちゃん、俺と……」
あっという間にカナは取り囲まれ、ルイスは男らに押され、引き離されてしまった。
「カナさん……っ」
「てめぇみたいなオヤジが、話しかけてるんじゃねぇよ」
「ふざけんな!お嬢ちゃんは私と…」
どんどんヒートアップする男たちの隙間から、マントを胸に抱えうつむくカナの小さな姿が見えた。
(どうしよう、助けないと。…ミハイさんは)
ルイスが視線を動かしミハイの姿を探した時、
「きゃ」
カナの小さな悲鳴がした。
ハッと見ると、中年の男がカナの手首を掴んでいた。
「美味い店知ってるんだ、ね?なんでも奢ってあげるよ?」
「カナさんっ」
ルイスが手を伸ばしかけた次の瞬間。
カナの背後から銀の光が縦に走った。
「え……」
カナを掴んでいた手が、ずるりと地面に落ちるのを、ルイスは見た。
そしてその前には手首から先を無くした中年男が目をまん丸にしていた。
皆の視線が、手があったはずのところに集まる。手首から赤い水が飛び出した。
カナの手が赤く濡れる……
「ひっ」「わぁぁっ」「きゃぁぁ」
遅れて事態を把握した町民たちが悲鳴をあげ、後ずさり、逃げ出そうとした。
そのうちのひとりの手が運悪くカナにぶつかった。
次の瞬間、その男の背中に血の線が走り、男は崩れるように倒れた。
「やめなさい、ミハイ!」
耳に刺さる鋭い声はカナのものだった。
(ミハイ?)
ルイスは見た。
カナの後ろで、剣を抜いて立つ護衛兵士を。
(ミハイさんが町民を斬った!?…まさかカナさんに触れたから!?)
「逃げろ!」
「役人が人殺しやがった!」
人々が一斉に走り出す。
カナの前には手首を失ってうずくまる中年男と、背中を切られて倒れた青年。
そして抜き身の剣を持って仁王立ちするミハイ。
道に広がる赤い水溜り。
足が震える。頭ががんがんする。
「リューイさん!」
カナが叫び、ルイスはびくりと顔を上げた。
はっと服屋を見ると、店から出てきていたリューイとダントンの姿がある。
「ミハイさんの剣、取り上げて!」
「お?…了解!」
カナの指示に、リューイはすぐに動いて、ミハイの手から剣を取り上げた。
ミハイはまるで木彫りの兵隊のように、突っ立って動かない。
カナは手に持っていたマントを乱暴にまとめると、倒れた男の背中にぐっと押し当てた。
生成りのマントにじわりと赤が浮かぶ。
「リューイさん、剣をダントン様に預けて。こっちの人の腕を押さえて、止血!」
「了解!」
リューイは、腰が抜けてへたり込んでいるダントンに剣を押し付け、自分のマントを外しながら中年の男の元へ走る。
「ルイスくん。あなたは教会へ」
ルイスにまで指示が飛んだ。
「教会?」
「治療できる人を呼んできて」
「…でも、もう教会は閉まってると思うし、余所者が急に行ったって……」
ルイスが混乱する頭で必死に言うと、カナがイラッとしたのがわかった。
カナは片手を首元に突っ込むと、ぱちんと音を立ててなにかを取り出し、ルイスに持たせた。
「これ見せれば、教会は協力してくれるはずだから」
「え、え、」
「早く行きなさい!」
カナの声に押されるように、ルイスは走り出した。
教会の三角屋根はすぐそこに見えていたのに、全力疾走のままたどり着けるほど近くもなかった。
予想通り、教会の門は閉まっている。
ルイスは荒い息の中、手の中のものを見た。
それは金色に輝くメダリオだった。
細かい装飾の中、聖母の横顔が浮かび上がるように彫られている。
ルイスは教会の裏に回った。
教会には大抵、修道院がついているものだ。
案の定、背の低い柵の中に白い建物があり、庭にはシスターの姿が見えた。
「もし、すみません!お助けいただけませんか!」
近寄って来てくれたシスターにルイスはメダリオを見せた。
シスターは訝しげな顔でメダリオを受け取ったが、なにかに気づいたように慌てて修道院の中へ走っていった。
夏の日は長いとは言え、もう空には星が瞬いていた。
程なくしてルイスがシスターふたりと共に服屋の前に戻ると、ランタンの灯りが大通りのあちこちにともり、揃いの制服を着た町兵たちがカナたちを取り囲んでいた。
カナとリューイはまだ怪我人を赤い布で押さえている。
ミハイは無表情のまま町兵に拘束され、ダントンは地べたに座り込んでいた。
シスターふたりがずいと進んだ。
「治療に参りました。通してくださいませ」
町兵が慌てて道をあけた。
シスターはカナの前に膝をつくと、そっとルイスから預かったメダリオを見せた。
「貴女が?」
カナは首を振った。
「わたしのことより、この方々を。聖女アウレリア様の御業をお示しくださいませ」
シスターふたりは頷いた。
大通りには急遽テントが建てられた。
中にシスターふたりと怪我人ふたりが籠もる。
聖女アウレリアの御業─すなわち教会だけが持つ治療の技は決して見られてはならないのだ。
テントの前に立つカナにルイスは駆け寄った。
「カナさんっ」
「ルイスくん、シスターを連れて来てくれてありがとう」
カナはひどく疲れた顔で笑い、へなりとその場に座り込んだ。
※※※
「しばらく、宿でゆっくりしててください。後ほど上の者が話を聞きに来ると思いますので」
町兵は慇懃無礼に言った。完全に犯罪者を見る目だ。
ミハイとリューイの兵士の証である剣を取り上げられたのは、仕方ない処置かもしれない。
ふたりの町民の命が助かったのかどうかわからないまま、ダントン一行5人は今晩泊まる予定だった宿に戻された。
牢屋じゃないだけ良かったのか。いや役人を牢屋には入れられないか。
ルイスは、役人一行が問題を起こした時、どういう扱いをされるのかなんて知らない。
「ミハイ!お主がこれほどのたわけだとは知らんかったぞ!」
ダントンは外套さえ脱がずに、喚き散らす。
しかしミハイは表情ひとつ動かさない。
黒々とした目を宙に向けたまま、かくかくとした口調で応じる。
「『カナ殿を誘拐させない』それが与えられた任務でありました。自分の任務を為したまで」
ミハイは事件現場から、ここまでずっと同じ主張をしている。
「あのぅ、僕、見ていましたが。カナさんを誘拐しようとしていた人はいなかったと思います」
ルイスは恐る恐る発言するが、
「カナ殿に触れた時点で、誘拐未遂であります」
すぱんとミハイが断言する。
(ミハイさん、大きくて無口で怖い人だと思っていたけど、こんなに狂った人だったなんて)
「管理官のせいじゃないっスかぁ〜?」
入口近くの壁に寄りかかって、リューイが意地悪い顔で言う。
「管理官がすーぐ『リューイを斬れ!』とか言ってるから。ミハイ先輩が簡単に剣抜くようになっちゃって」
「なぁに!?儂が悪いというのか!儂はなにもしとらんぞ!」
ダントンはダンダンと床を踏み鳴らした。
「護衛が問題起こしたら、管理官の責任ってことになるんじゃないッスかぁ?」
「全部ミハイのやったことじゃ!儂は知らーん!」
リューイはなんとも言えない顔でダントンを見たあと、ぽりっと頭を掻いた。
「そもそもなんで、あんなに町の人、集まっちゃってたんスかねぇ?」
ルイスはぎくりとした。
(僕がカナさんのマントを……)
リューイたちはいつ店を出て、どこから見てただろうか。ミハイはルイスのしたことがわかっただろうか。
なんと言うべきか迷っていると、
「わたしが悪いんです。ああ……」
ため息のような声が聞こえた。
声の方を見る。
部屋の奥の椅子に一人座り、うつむいたカナがいた。
「わたしが、可愛すぎるから。みんながわたしに見惚れちゃうのはしょうがないんですぅ……」
「……」
なんとも言えない顔でリューイが黙った。
「……」
コクッコクッとミハイが頷いた。
「なにもカナは悪くないぞ!確かにお主は妖精のようにかわゆいが!それが罪になるものか!」
ダントンは力いっぱい主張した。
(顔がいくら可愛くても、あんなことになるもんか)
異様に静まった大通り。カナをみつめるいくつもの瞳の不気味さ。
ルイスはあの不思議を説明できる答えをひとつしか知らない。
「カナさんのあれ、神の贈り物ではありませんか?」
カナがゆっくりと顔を上げた。
「ギフト?」
不思議そうなリューイの声。
「ギフトか!」
ダントンの声。
カナは首を傾げた。
「ルイスくん。ギフトってなぁに?」
その無邪気に問う声にも表情にも、嘘を感じとることはできなかった。
「……知りませんか?神から贈られた不思議な力のことです」
カナは更に首を傾げた。
「不思議な力って?」
「人のものとは思えない不思議な能力、というか。奇跡というか。とにかくそういう不思議を起こす人をギフト持ちと……」
カナはんー、と眉を寄せる。
「それは、魔女とは違うの?」
「……魔女、ですか?」
思わぬ単語にルイスはきょとんとしてしまった。
「実はね、わたしよく魔女とか悪魔とか言われちゃうの。あんまり可愛くて、モテモテなものだから。でもこれってギフトなの?」
カナはとんでもないことを言った。
「え、えっと……」
「こんなに清らかな魔女がいるわけなかろう!」
ダントンが横から言う。
(ギフト持ちか、魔女か?そんなの僕にわかるわけが……)
「そうだ!調べてみませんか。カナさんがギフト持ちかどうか」
ルイスは思いついて、言った。
「……調べる?」
カナが不思議そうな顔をする。
珍しくルイスの意図を察したダントンが頷いた。
ルイスは積んである荷物のところへ行き、中から銅でできた札を取り出した。
「見てください。同じ大きさの5枚のカードがあります。表には丸、三角、四角、五角形、星が書いてあります」
ランタンを寄せてカナに札の印を見せると、リューイもやって来て後ろから覗き込んできた。
「……綺麗なカード。けどこれがなに?」
「カナさん、リューイさん、好きなカードを1枚どうぞ」
カナとリューイは顔を見合わせて、それからルイスの手からそれぞれ札を取った。
「カナさんは丸ですね。ではこれを『ギフト持ち』とします。リューイさんは三角ですね。こちらを『魔女』としましょう。残り3枚は『ギフト持ちでも魔女でもない』。よろしいでしょうか」
よくわからないという顔で、それでもカナとリューイは頷いた。
「5枚全部をこの袋に入れます」
小袋に札を入れて、ザッザッと混ぜた。
「ダントンさま、お願いします。真実の札はどれでしょうか?」
ダントンはふんと鼻を鳴らすと、小袋に手を入れて、さっと1枚を引き出した。
「これじゃ!」
その札には黒い線で丸が書かれていた。
「『ギフト持ち』の意味のカード?」
カナがぱちりと瞬きした。
「ええ?まさかこれで調べたことになるの?偶然でしょ?」
リューイが眉を潜めて言う。
「じゃあ、もう一度」
しかし何度やっても出るのは丸だった。
「?」
リューイがカードを調べ袋に入れても、丸。
「これ、どういう仕組みなの?」
「これがギフトです」
ルイスが言うと、カナとリューイは首を傾げた。
ダントンがふんと得意げに鼻を鳴らす。
「これが儂のギフトじゃ!」
「へ?」
「ダントンさまの、ギフト?」
「ダントン様はギフト持ちなんです。“勘が当たる”という」
「そうじゃ!この力で、カナが絶世の美女だとわかったのだぞ!」
部屋がしん、と静まった。
10も数えた頃、
「なにそれ、すっげぇ!管理官すっげぇ!」
リューイが大興奮で叫ぶ。
ダントンが胸を張る。
カナは唖然とダントンを見ていた。
それからルイスを見ると、顔をくしゃっとさせ、きゃらきゃらきゃら!
大笑いした。
「カナさん?」
「だって、こんな方法でバレるとか、思わないでしょー?あーあ!」




